第42話 鋼の三日月
「おはようございます、ゲイルさんはいますかッ!」
「やあ、おはよう。気合いが入ってるね」
その日、俺は朝一番にカラード工房を訪れた。
ゲイルさんは珍しく店舗部分のカウンターにおり、イケメンの見本みたいな爽やかな笑顔を浮かべている。
最近はずっと鍛冶場にこもって鎚の音を響かせ、顔をあわせると汗だくでギラギラした目をしていたのだが、今は憑き物が落ちたかのようにさっぱりと、初めて会った頃の爽やかさを取り戻していた。
まあ、目をギラつかせていた頃も、俺様系みたいなワイルドなイケメンらしさにあふれていたので、イケメンはどんな状態でもイケメンである。
ゲイルさんはもうシャリア先生と共に末永く爆発すべき。
『落ち着け、ユート…… と言うのも、昨日から何回目だ?』
あきれたように天龍がぼやく。
だって、こう、なんというかわくわくして堪らないのだ。
ことの起こりは昨日、その日のドロップアイテムの清算に探索市協会を訪れた時のこと。
長らく協会の仕事を休んでいたシャリア先生が受付業務に戻っていて、清算を終えた後に言ったのだ。
『明日、工房に来てくださいね』と。
「おはようございます、アルマさん。お待ちしていましたよ」
「おはようございます、シャリア先生!」
お店の奥から姿を現したシャリア先生にお辞儀する。
その手には、細く、そして長く、三日月のように弧を描いて湾曲したものがあった。
先生はそれをゲイルさんに渡し、ゲイルさんはそれを恭しく両手で捧げ持ち、俺に差し出してくる。
「完成した日本刀第一号だ。確かめてくれるかい?」
「おおお……」
その形状はまさしく日本刀だが、鞘は艶やかな漆黒の革で、柄と鍔は西洋剣の拵えになっている。
まあこれはしょうがないな。俺も柄に菱形の模様が出る糸の巻き方とか、あの模様にする意味とか、よくわからないし。
細身だが、見た目以上にずしっと重い。
ゆっくりと引き抜いてみると、深い闇のような鞘の中から、はっとするほど銀色にきらめく、波打つような刃紋を備えた刃が現れる。
優美な曲線を描く刀身はやや長い。刃渡りが70cm少々あって、分類するなら太刀と呼ばれるものになるだろう。
凄いな。うん、これは凄いぞ。
まさしく日本刀である。
なんというか、日本男子のロマン回路を刺激するな!
試し切りしたいけど、巻き藁とかどこに行ったらあるかな?
今日の探索は休みにしてしまったから一人になるけど、深森あたりでキノコ相手に試し切りしてみるか?
『落ち着けユート、迷宮なら明日も普通に潜るだろう。切れ味を確かめるのはそれからでも遅くはあるまい』
冷静に考えるなら天龍の言う通りだが、早く試してみたいという気持ちはいかんともしがたいのだ。
「気に入ってもらえたみたいだね。
僕としても、今までで一番の傑作が打てたと思ってる。
それは君がいなければこの世に生まれなかった剣だ、是非とも君に使ってみてほしい」
「ゲイルさん…… ありがとうございます」
刀身を鞘に納め、ゲイルさんに一礼する。
俺がいなければ生まれなかった剣、か。
これも一種の現代知識チートになるのだろうか?
だが、俺の持っている程度の知識から実際にこの太刀を生み出すのに、どれほどの苦労があったのかを、ゲイルさんは語らずに微笑むのみだ。
時間も何日もかかったし、ゲイルさんのレベルやスキルもこの短期間でかなり上昇している。相当な試行錯誤があったに違いない。
これはもう、足を向けては眠れないな。
「それでは、アルマさん。お代金をお願いします」
「あ、はい」
なんとなくこのまま頂くような空気になっていたのをばっさりと切り捨てるシャリア先生にうなずいて、財布がわりの革袋を取り出す。
中身は1000ダイム銀貨15枚。
鉄鉱石が大きさによって20~80ダイムなので、ざっとゴブリン400~500体、パーティ三人頭割りなのでおよそゴブリン1300体の命と引き換えに得たお金だ。
……やべえ、俺そんなにゴブリン斬ってたの?
実際は宿泊費や生活費もあるし、これが全財産というわけでもないから、もっと斬っている筈だ。
まあ、全部が全部、俺が斬ったわけではないんだけども。
だが、このお金のために最近ちょっと張り切っていたのは否めない。
ありがとうゴブリン。安らかに眠れ。
ちなみに、硬貨には1万ダイム金貨と10万ダイム金貨もあるが、商取引や高レベルの探索士でもない限り、こちらが使われることはほとんどないという。
「今使っている剣は下取りに出しますか? 予備の武器として使うことも出来ると思いますけど」
「いえ、下取りでお願いします」
銀貨が二枚返ってきた。
一応予備のダガーをしのばせてあるし、日本刀のサブウェポンとしてはやっぱり脇差しが欲しい。また後でゲイルさんに注文するつもりだ。
しかし今まで使ってた剣、計算を教える代わりにタダてもらったものなんだけど、さらに2000ダイムもお得になると、逆に申し訳なくなってくるな……
『気にする必要はなかろう。算術のスキルは価値のあるものだし、その日本刀を造るための知識ときっかけも、鍛冶屋にとっては価千金。十分な対価は支払っていると思え』
そういうものだろうか。日本では義務教育とネット検索で手に入れた知識なので、どうにも価値が高いような実感はないが。
ともあれ、待ちに待った日本刀がついにこの手に!
今すぐにでも試し切りしたいところだが、そこはぐっと我慢して、天龍眼によるステータス解析をしてみることにする。
今までアイテムのステータスをじっくり見たことはなかったけど、ちゃんと見れるよな?
『愚問だ。むしろ生きているものを見るより簡単だぞ。
ま、解析を必要とするようなアイテムが今までなかっただけだろうがな』
との天龍の御墨付きももらったので、いざ、解析。
比較対象として、まずは店内に飾られたごく普通のショートソードを解析してみよう。
ショートソード 長剣 ランクE 品質B 耐久100% 重量10
魔力なし 付与なし(0/1)
名前と分類は見たままだ。
ランクは、そのアイテムに秘められた魔力の質と量で決まる……というとわかりづらいが、要はより良い素材、より複雑な工程からなるアイテムほど高くなりやすい。
品質は、同じアイテムでもどれだけ性能が高いかという評価だ。品質Bは市販品としては高い。
ランクと品質を見れば、大まかに性能がわかる。
どちらも、最低はFから、最高はSの七段階評価だ。
耐久は、そのアイテム本来の形状と性質をどれだけ保っているかという……ぶっちゃけ切れ味ゲージである。
新品だから100%だ。刃こぼれしたりすると下がる。
重量はkg……ではなく、筋力いくらあれば持って扱えるか、という目安である。
総重量が同じでも形状やバランスでそのあたりは変わってくるし、自分のステータスを測る目安にもなるので、こういう実用重視の表示だ。
魔力と付与は、そのアイテムに秘められた魔法の力を表しているという。魔力はそのアイテムが作られた時から秘められた能力で、付与は後から刻まれた力なのだとか。
付与を刻める個数はアイテムの品質や性質や偶然によって変わってくるが、そもそも刻む余地がないのが普通で、刻めたとしてもひとつだけなのが普通だ。
ちなみに、最初から魔力を持ったアイテムを生み出すには「魔剣鍛冶」という特殊な上位スキルが必要で、その域まで達する者はほとんどいない。
付与には「魔導具作成」スキルが必要で、こちらはレアではあるものの魔剣鍛冶ほどではないという。
『……という感じだ。わかったか?』
以上「天龍のよくわかる解説:アイテム解析編」でした。
では、それをふまえて本命の刀の解析をしてみよう。
無名の刀 刀剣 ランクB 品質S 耐久100% 重量16
魔力なし 付与なし(0/3)
おおっ、まばゆく輝く品質S……! 最高品質のお墨付き!
ランクBというのも、高くないように思えてこれは凄い。
何しろ、ゲイルさんの工房に置かれている武器には、ランクCのものまでしかないのだ。最高傑作と言うのもうなずける。
いかん。ますます試し切りしたくなってきた……!
『いや、それよりも驚くべきは付与ではないか?
三つの魔法が刻めるのはかなりの逸品だぞ』
それは確かに凄いのかもしれないが、どんな付与ができるのかわからないし、そもそも付与するあてがないからなぁ……
「……じっと剣を見て難しい顔してるけど、何か不備でもあったかい?」
「え、ああいえ、ちょっと考え事をしてただけです。
剣の出来には満足ですよ。次の迷宮に行くのに心強い味方が出来た気分です」
「次……というと、牙狼の迷宮ですか?」
はい、とシャリア先生にうなずく。
巣穴の迷宮も第五層での戦闘も安定してきたし、そもそもユズのレベルでは格下の場所だからな。
三人という少人数なので油断せず慎重に行く必要はあるが、かといっていつまでも同じところで安定しているつもりもない。
俺たちにとって、巣穴の迷宮は……いや、牙狼も三日月も、もっと上の目標のための通過点なのだ。
そういえば、俺の目標は天龍探しで、ユズの目標はドラゴン退治だが、クロードの目標はなんだろう? あまりそういう話をしたことがなかったな。
「でしたら、牙狼に行く前に案内したい所があります」
「なるほど。シオンさんのところだね?」
「シオンさん……っていうと、防具に詳しい革職人さんでしたっけ」
確かに、防具もそろえたいところではある。
結局ここまで、ずっとクロースアーマーだしな。
刀のお金を払ったばかりで余裕はないが、紹介してもらえればお金が出来たときに改めて行ってもいい。
「シオンさんはその剣の鞘を仕立ててくれた職人さんでもある。腕前は僕が保証するよ」
「お時間があれば、今から案内しようと思うんですけど……」
「大丈夫ですよ。今日は特に予定はないので」
というか、このまま先生たちと別れると我慢できずに一人で迷宮に試し切りしに行きそうである。
気持ちを切り替えるためにも、ここはそのシオンという人に会いに行ってみよう。
「それでは、行ってきますね。お昼までには戻ります」
「ああ。いってらっしゃい、シャリア」
シオンさんか…… 職人というと気難しくストイックなイメージだが、一体どういう人なのだろうか。
その人が仕立てたという刀の鞘は、質素ではあるが風格があり、丈夫そうで、刀に負けず劣らずの実用美を備えている。
ゲイルさんが最高傑作と言う刀の鞘を任せるほど信頼するその職人さんに、俺は期待を高めながら、シャリア先生と共に工房を後にした。
次回予告
刀の鞘を仕立てた革職人の元へ、シャリア先生と共に向かうユート。
天龍も驚くインパクトの人物に、二人はたじたじ。
牙狼の迷宮に挑むなら必須、とオススメの防具とは。
次回、第43話「防具もオシャレも足元から」
なお、本編の内容及びタイトルは予告なく変更される場合があります。




