第41話 背高鬼
俺たちはスロープを降りて、第五層へと降り立った。
……いや、間違いじゃないよ?
ぶっちゃけ、第四層は順調すぎた。
第四層では新たに、なまくらだが錆びていない剣と革鎧で武装したゴブリンウォリアーというのが出てきたのだが……
ゴブリンウォリアー 魔物 男性 Lv16
亜人系 無属性
レベルが高いだけあって普通のゴブリンより若干体格も良かったのだが、まあ、剣の使い方も棒の振り方も変わらないような腕前では、うん、その。
革鎧も、クロードの魔法や、喉や目を狙うユズのナイフや、元々ゴブリンを骨まで両断する俺の剣にかかると……
……お察しである。
それでも上位のゴブリンなためか、ドロップアイテムの鉄鉱石が他のゴブリンよりも少しだけ大きなものになっているようだ。
……ところでドロップアイテムは基本的に魔物の持ち物や身体の一部が残るものだが、ゴブリンの身体のどこに鉄鉱石が隠されているんだろう?
特に一番低レベルなゴブリンなんて、粗末なぼろ布を腰に巻いてるだけだと思うんだが。
「ああ、それは飲み込んでいると言われているね」
「え゛っ」
ドロップアイテムを拾っている途中にクロードに聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
それを聞いたユズが、思わず鉄鉱石を取り落とす。
「ああ、汚くはないよ、大丈夫。
ゴブリンが死んだときにそういうのも全部消えてるからね」
「それあんまり大丈夫じゃないよ!」
「それはさておき、かつてゴブリンエンペラーが率いたゴブリン帝国では、身分に応じて鉱石を与えられていたらしい、という話が残っている。
もちろん、鉄鉱石は最下級の鉱石だね。
ゴブリンにとっては大事なものなんだけど、ポケットも何もない最下級のゴブリンは手で持ち歩くのを面倒がって飲み込んでしまうらしい。
もちろんそのうち出てきちゃうんだけど、彼らはそれをまた……」
「わー! きゃー、きゃー!」
あまりに汚い話に、ユズが黄色い悲鳴をあげている。
……俺のバックパックに、今いっぱい鉄鉱石入ってるんだよな。なんか嫌な気分になってきた。
「ちなみに最上級の幹部はオリハルコンの鉱石を与えられ、エンペラーに至っては総オリハルコンの剣と鎧を身に付けていたと言われている。
これは今も、ガブリナン王国の国宝になっているよ」
「オリハルコン……」
ゲームなんかでよく出てくる名前だ。
オリハルコンの剣といえば、ほとんどのゲームでは最強かそれに近い位置にあるような武器である。
この世界でも、国宝になってしまうような貴重なものらしい。
「もっとも、この迷宮に出るホブゴブリンでも鉄鉱石のランクだ。銀より上はまた別の迷宮だね」
なお、ゴブリンのランクは下から鉄、銀、金、ミスリル、オリハルコン、となっているそうだ。
銀より上となるとゴブリンといえど侮れなくなってくるのだとか。
「それにしても、鎧つきのゴブリンも案外簡単なものだね。比較的まともな装備をしているから、もう少し強いかと思ったんだけど」
「剣も、ただの鉄の棒と大差なかったからな。
……このまま第四層で狩ってもいいけど、この調子なら第三層と大差なさそうだ。第五層に降りてみるか?」
「ホブゴブリンに挑む? アズマにしては大胆じゃない?」
確かに、普段の俺ならもう少し第四層で戦って、安定したのを確かめてから一度町に戻り、明日になってから改めて第五層に挑むところなのだが……
『うむ、挑め挑め。どいつもこいつも手応えがないくせに数ばかりいてつまらぬぞ、少しは楽しませてもらわねばな!』
……と、無責任に煽ってくる奴もいることだし。
確かめなくても、第四層は問題なさそうだし。
ユズも勝てると思うって言ってたし……仕方ないなあ。
「……今日のところは一回だけやって、様子を見てみよう」
そういうことになった。
第五層に降りて、真っ先にソナーを使ってみる。
……幸いと言うべきか不都合と言うべきか、スロープのすぐ近くにはゴブリンの反応はなく、少し歩く必要がありそうだ。
ひとつの集団につき、数は…… 集まりすぎて数えにくいが、おそらく15前後。ちょっとした大群だ。
「ホブゴブリンは、ガブリナン地方のホブ村というところの迷宮に現れていた魔物で、エンペラーの帝国で『ホブのゴブリン』と呼ばれていたのが伝わったものと言われている」
遭遇まで余裕があるので、クロードにホブゴブリンについて聞いてみる。
こちらの世界だと地名なのか…… ゲームで時々出てくるので「ホブってなんだろう?」と思って調べた時は、古い言葉で「田舎者」という意味だということだったが。
現代では、スマホとインターネットの組み合わせで、疑問に思ったことは何でもすぐに調べられるから便利だったな。
こちらの世界だとそうはいかない。
「体格がかなり違うから、当時はゴブリンとは違う魔物だと思われていたそうだけど、当たり前のようにゴブリン帝国の一員として加わっていたこともあって、今ではゴブリンの亜種とされているね。
それ以前は、背高鬼なんて呼ばれてたらしい」
「……二人とも、そろそろ静かに」
ユズが軽く手をあげておしゃべりを止めさせ、そっと通路の向こうを覗き見た。
ユズの後から顔を覗かせてみると、通路がやや広くなっているところにゴブリンがたむろしている。
数は……14体か。半数は普通のゴブリンやゴブリンシーフだが、シャーマンが一体、ファイターとウォリアーが二体ずつ。
そして、ホブゴブリンも二体いた。
ホブゴブリン 魔物 男性 Lv20
亜人系 無属性
あまり筋肉質ではなくひょろっと背が高い。猫背ぎみの体勢で、足は短いが腕が明らかに長かった。
顔つきは無骨だがぼんやりしていて、手に負えない悪ガキであるゴブリンがダメな大人に成長した、みたいな印象だ。
片方は突っ立っていて、もう片方はあぐらをかいて座っているが、どちらも欠伸などして何やら暢気な様子だった。
最もレベルが高いのはホブゴブリン、次いでウォリアーだが、一番偉そうなのはシャーマンである。腐っても知識階級ということか。
「……ちょっと距離が遠いね。ぼくのナイフじゃ致命傷にならないよ」
「なら、最初は僕が。アヅマの魔法はどうだい?」
「接近しながらなら、シャーマンまで届きそうだ。
いつも通り、まずは数を減らしていこう。最優先はシャーマン、あとは手近な奴から。クロードの魔法はウォリアーに頼む」
「え、ちょっと待って、その呼び方初めて聞いたんだけど」
「ウォリアーは…… 鎧つきのことでいいかい?」
む、しまった。つい天龍眼で見える通りの名前で呼んでしまったが、一般的には同じゴブリンが違う装備をしているだけ、という認識で剣持ちとか鎧つきとか呼ばれてるんだよな。
実際、俺も装備が違うだけにしか見えないが……
『装備も含めて魔物なのだ。もし普通のゴブリンが杖を拾ってもシャーマンにはなれぬし、ファイターが剣を捨てても普通のゴブリンにはならぬ』
と、いうことらしい。
まあ、レベルなんかも全然違うしな。
「まあ、その、鎧つきのウォリアーで頼む。
できればホブゴブリンは後回しだ。ユズとクロードで一体、もう一体は俺がやってみる」
「いいけど、一人で大丈夫?」
「……危なかったら助けてくれ」
冗談めかして言いながら、軽く剣の柄を叩く。
ユズも行けるとは言っていたし、ホブゴブリンは大柄とはいえ武器も防具もつけていない。なんとかなる、とは思っている。
……いかんな、散々ゴブリンが斬れないと悩んでいたのに、いざ斬れるようになると慢心しそうになっている。
よし、気を引き締めていこう。
「よし…… じゃあ、行くぞ!」
「連鎖する炎の公式より、我は燃素を呼び覚ます。目覚めよ、そして明々と燃えろ──」
「ガンシューティング、開始!」
クロードの詠唱と同時に、俺も魔法を起動して銃を引き抜く。
走りながら銃を引き抜くことはできないが、引き抜いた銃を持って走ることはできる。射撃のタイミングには融通が利くのだ。
短時間しかもたないし、弾切れはあってもリロードがないけどな!
弾切れになったら投げ捨てる──というイメージで魔法を解除する──しかない。
ユズは相変わらず気配もなくほとんど無音で駆けていくが、俺はそうはいかない。
一番手近にいたゴブリンがこちらに気付く。
「──フレイムピラー!」
「アギャギャッ!?」
その直後、クロードの魔法が発動し、まだこちらに気付いていなかったウォリアーの全身を炎で炙った。
突然燃え上がりのたうち回る仲間にゴブリン達の目が集まるが、魔力感知のスキルでも持っていたのかシャーマンがすぐにこちらの方を向いて杖を振り回してわめき散らす。
取り巻きに指示するだけで、すぐに魔法を使う気配はないな。
炎の玉を撃って爆発のダメージを与えたかったのだが、ガンシューティングを維持しきれそうにない。ゴブリンたちに駆け寄りながら、シャーマンに撃てる限り連射する。
「グゲッ、ギャアッ!?」
連続する銃撃音と共にシャーマンがよろめいて後ろにひっくり返り、未知の轟音でゴブリンたちに動揺が走る。
まごつくゴブリン達にユズが音もなく懐に入り込み、的確に急所を切り裂いて仕留めた。
俺も一拍遅れて斬り込み、今更に剣を振り上げたファイターを逆袈裟斬りに深く切り裂く。
命を絶つ手応えが伝わり、そのファイターは地面に倒れる前に形を失って消え去った。
ゴブリンたちがわらわらと二手に別れて俺とユズに殺到するが、連携も何もあったものではなくただ殺到しているだけなので、先頭のやつの武器を受け流して隙のできた腹を蹴飛ばしてやれば、後ろを巻き込んで倒れてくれる。
このままうまくあしらいながら的確に数を減らしていくのが、ここまでの勝利パターンだった。
だが、ここでホブゴブリンが動く。
「グオオオオォ!!!」
「ウガアアアアァ!!!」
今更ながらに両手を掲げて、体格に見あった迫力のある咆哮をあげて、俺とユズに向かって一体ずつ、短い足でドタドタ走ってきた。
全身をダイナミックに振り回す、見え見えの全力大振りでその長い腕を打ち付けてくる!
その渾身のパンチをくらって、俺の目の前のゴブリン二体がまとめて吹っ飛んだ。
「グゲェッ!?」
「ゴブゥッ!!」
……って、敵も味方もおかまいなしかよ!?
小柄なゴブリンとはいえ、二体同時に山なりの軌道を描いて吹っ飛んでいき、壁のやや高い位置に激突して大幅に体力を減少させた。
これは見かけ以上のとんでもないパワーだ!
「ガオオオオォッ!!」
「くっ!」
当たり前のように俺に向かって振るわれた二発目を、後ろに下がって回避する。
見え見えで隙も多くて回避はしやすいが、勢いよく振るわれる長い腕は思ったよりも近付きづらくやりにくい。
もっとも、他のゴブリン達の方も近付けずにいるのだが。
おかげで攻撃をさばくのは楽ではある。
『とはいえ、攻撃せんと倒せまい。勇気をもって踏み込むのだ!』
いつもは無責任な天龍の言葉だが、この場に限ってはまさに言う通りだ!
狙うべきは攻撃直後、空振りに体勢を崩した時。
「ゴガアアアァ!!」
「てええぇいっ!」
ぶおん、とホブゴブリンの右フックが弧を描いて通り過ぎ、その右腕が無防備に差し出される。
その腕に向かって、上段に構えた剣を渾身の力で振り下ろした。
ずぱん! と筋肉と骨を断ち切って、ホブゴブリンの腕が落ちる。
「ギャアアアアッ!?」
「おおおぉっ!!」
肘から先がなくなった腕を掲げて、ホブゴブリンは後ろにのけぞった。
無防備になった胴に向けて、大きく踏み込みながら横一線に剣を振るう!
脇腹を大きく切り裂かれ、ホブゴブリンは無事な左手でお腹を押さえながら前のめりになり、大きな音を立てて倒れた。
小手から胴へと繋いで一本、という感じだな。
ユズとクロードは、と見ると、クロードがホブゴブリンや周囲のゴブリンを牽制している間に、ユズがするりと絡み付く蛇のようにホブゴブリンの背中に取り付き、喉笛をかっ切っていた。
まるで暗殺者のような動きだ。クラスはまだ斥候だけど。
ホブゴブリンがいなくなると、あとは掃討戦である。
倒れただけで死んではいなかったシャーマンも、俺がホブゴブリンと戦っている間にユズかクロードが止めを刺してくれていたようだ。
ゴブリンの何体かは逃したが、結果的に大きなダメージもなく勝利した。
「うん、やっぱり問題なかったね。二人とも、どうだった?」
「あれだけ体格とパワーがあると、他のゴブリンとは完全に別物だな。リーチも長くて結構やりづらかった」
「大振りばかりで隙は多かったけれどね。
アヅマも、きちんと一人で倒せただろう?」
「ああ、だがもう何回か戦っておきたいところだな」
『うむ、背が高いというだけでも結構迫力があったな』
今後も、俺より大きな魔物を相手にする機会があるだろう。
アンフィスバエナもかなり大きかったし、オーガや巨人やトロールといったあたりはゲームでもよく出てくる面々だ。
……手強そうだなあ、そのあたりの魔物。
「僕は、ああいう相手と接近戦は遠慮したいところだね。選り好みはしていられないけども」
「まあ、今日はここまでにしようか。ドロップアイテムを回収したら帰ろう」
ホブゴブリンのドロップアイテムは、まあお察しの通り、大きめの鉄鉱石だった。
……なんとなく拾うのが嫌なんだけど、この大きさをよく飲み込んだな、と思う大きさだ。普通の人間だと喉に詰まるのではないだろうか。
しかし、ドロップが鉄鉱石ならいい方だ。
武器を持ったゴブリンはたまに武器を落とすのだが、これがまたかさ張ることかさ張ること。
ひとつひとつはそう重くもないが、シャーマンの落とす杖とかバックパックに入りきらない。
かといってそう高価なアイテムでもないため、レアなはずなのに放置していく者も少なくないという、「外れレア」扱いをされているらしい。
ファイターが錆びた剣を落としていたが、いい加減にバックパックも鉄鉱石で重くなっていたので、放置して俺たちは地上に向かったのであった。
次回予告
巣穴の迷宮最下層での戦いを制したユートたち。
それから数多のゴブリンを倒し、目標の金額を稼いだユートに、ついに日本刀完成の報せがもたらされる。
美しきその刃のきらめきを、天龍眼が映し出す……
次回、第42話「鋼の三日月」。
なお、本編のタイトル及び内容は予告なく変更されるおそれがあります。
※今までひっそりと活動報告でやっていた次回予告を、今回からこちらで行うことにしました。
それにあわせ、毎回の活動報告の更新を終了致します。




