第32話 心に抱いた傷跡
「その日の探索は、いつも通りの探索だったんだ。
ぼくたちのパーティは三日月でも浅目の層を探索していてね。主な魔物は、トレントとか、ヤマネコかな。
クレセントベアを相手にするときは、相手が単体の時に奇襲をかけるの。そうじゃないときは、出くわさないように避ける。
もちろん、そのためにはこっちが先にクレセントベアを見付けなきゃいけない。
そこで、ぼくの出番だよ。みんなから少し先行して、魔物がいたり罠がないかどうか、確認してくるの。これも斥候の大事な仕事だね。
その日はうまく、1体でうろついてるクレセントベアを見つけたんだ。
近くには罠もないし、他に隠れている魔物もいない。
みんな怪我もしてなくて魔力や体力も消耗してない絶好のチャンス。
ぼくたちは、そっと隠れながらクレセントベアを取り囲んで、一気に奇襲をかけた。
結果は大成功! ちょっと時間はかかったけど、大きな怪我もせずにクレセントベアを仕留めることに成功したの!
ぼくの投げたナイフがうまく右目に当たってね、あれが決め手だったなぁ。
しかもね、ドロップアイテムはクレセントベアの胆!
みんな喜んだよ。やったね! って感じ。
まだまだ余裕もあるし、うまく奇襲できそうなら次もやってみよう、ってことになって。
ぼくももう一度、斥候に出たんだけど、今度はなかなか魔物が見つからなくて。まあ、危険がないってことだから、それでいいんだけど。
で、みんなの所に戻ったらね。
もう、パーティは半壊してた。
妹みたいに可愛がってた、神官の子がうつ伏せに倒れてた。
でもね、首から上は3mくらい離れたところにあって、何が起こったかわからないみたいな顔をして、ぼくを見てたんだ。
戦士の子は、首から脇腹までばっさり。
みんなでお金を出しあって買った、クレセントベアの革鎧が無惨に裂けてたっけ。
みんなのお兄さんみたいだった面倒見のいい弓使いの彼は、自慢の弓と右腕がどっかにいっちゃってた。まだ生きてたのがわかったけど、出血が酷くてもう助からないのもわかったよ。
すごい血の臭いが、あたり一面に漂ってた。
今でもまだ、むせかえるような血の臭いが鼻の奥にこびりついてるみたい。
リーダーと、魔法使いの子だけはまだ無事だった。
でも、みんなで力をあわせてやっとクレセントベア一体が倒せるくらいなのに、二人だけじゃ、勝てるわけがない。
ぼくは……何が起きてるかわかんなくて、ううん、何が起きてるかわかりたくなくて、頭が真っ白になって息をするのも忘れるくらいだった。
その時、リーダーが振り返ってね。
魔法使いの子と…… そして、ぼくを見て言ったんだ。
逃げろ! って。
その、本当にすぐ後に、リーダーは背中からばっさりやられちゃった。
魔法使いの子が、声にならない悲鳴をあげてね。
ぼくは、声もあげずに、逃げた。
そのあとは……どうやって帰ったか、覚えてない。
気がついたら宿の部屋で、ぼくは装備もそのままでベッドの上に丸くなって、がたがた震えてた。
怖かったよ。すごく怖かった。
今にも部屋のドアを開けて、ぼくを殺しに追いかけてきたそいつが姿を現しそうな気がして、一晩中眠れなかった。
仲間は、誰も戻ってこなかった。
みんなといた時は狭いくらいに感じてた部屋が、すごく広く感じたよ。
怖いのは、次第に落ち着いてきたんだけど…… そうするとね、今度はこう思ったんだ。
ぼくは、なんで逃げたんだって。
ぼくが逃げなければ、魔法使いの子くらいは助けられたかもしれない。
もしかしたら、リーダーも死ななくて済んだかもしれない。
弓使いの彼だって…… ちゃんと手当てしたら、生きていた、かも、しれない。
もちろん、ぼくも死んでいたかもしれない。
でも、それならそれでいいじゃないかって。みんなを助けなかった自分を、自分で殺してやりたい気分だった。
自殺したいんじゃないよ。殺してやりたいんだ。
でも……死ねない、って。今死んだら、ああ、きっとみんな怒るだろうなって思ってさ。
でも…… そんなの、ぼくの都合のいい妄想かも。
本当に、みんなが生きてたらなんて言うだろう。
そう、魔法使いのあの子は、もしかしてもしかしたら、まだ生きてるかもしれない。
そして、ある日みんなのことなんて忘れてしまったぼくの後ろから忍び寄って、手を伸ばして…… こう言うんだ――」
「川魚のムニエル、お待たせ!」
「きゅぉぁわあぁぁぁ!?」
「きゃあっ!?」
変な悲鳴がでた。
いや…… いや、あんまりタイミング良くミーシャが背後から腕を伸ばしてムニエルの皿をつき出すものだから!
ミーシャも俺の声に驚いて悲鳴をあげる。
「ちょ、何よ変な声あげて!? 驚かせないで!」
「ご、ごめん、思わず」
「ぷっ、あはははは! 何今の、きょわって! あはははははは!!」
ユズは椅子が軋むくらい後ろにのけぞって、お腹をかかえて大爆笑していた。
くそ、もしかしてミーシャが近づいてくるのが見えてタイミング図ったのか?
ミーシャはユズの前にもムニエルと、サラダのボウルを置いて去っていった。
「あははははっ、あー面白かったー。アズマは面白いねぇ」
ユズはころころと笑っているが、先程語ったパーティ全滅の様子はかなり壮絶なものだった。
親しいパーティの仲間が死ぬところを、目の当たりにして…… まだ、探索士として生きていこうと思うものだろうか。
「ユズは…… いつまで探索士を続けるつもりなんだ?」
「うん? ……まあ、考えたことはないかな。
続けられるうちは続けると思うよ。他の生き方も、ぼくにはわかんないからさ」
少なくとも、探索士をやめるつもりはなさそうだ。
……ユズが仲間になるのを、あえて断る理由はない。ユズが俺達を騙す理由も、騙すメリットもない筈だ。
あとは…… 天龍の意見は、どうだろう。
『む、私か? ……そうだな、ユートが思う通りで良い。
だが懸念があるとすれば、一度仲間を見捨てたこの娘が、二度目にお前を見捨てないかどうか、だな』
……いや、しかしそれを聞くのは流石にデリカシーが無さすぎるよな……
そもそも、相手が見捨てないかどうかなんて、そんな信頼関係は時間を積み重ねて生まれるものだ。今考えたところで答えは出ないだろう。
天龍眼で相手の心まで見通せたら話は違ってくるが……
『ふむ。出来ぬとは言わぬ』
えっ。まじで?
『頭の中を直接見聞きできるわけではないがな。
例えばここを、こうして……こうだ』
左目に映るステータスが、音もなくぱっと切り替わる。
クロード・アレスティン
好感度 +4/-0
ミーシャ・レイン
好感度 +3/-1
グランノート・レイン
好感度 +4/-0
ユーザニナ・ニンフィア・ルブルムフロウ
好感度 +1/-1
『お前に対する好意と嫌悪を大まかな数値にしてみた。
どちらも10段階だ。クロードの+4は、仲間としてかなり信頼していると言っていいな』
そのクロードと同程度に何故かグランノート店長に好かれているんだが、俺、店長にそんな好かれるような何かあったっけ……
確かに、よく一品サービスとかしてくれるけど…… 解せぬ。
ミーシャに嫌悪が-1入っているのは…… まあ、ソナーで散々からかった時のことでも根に持たれているのかもしれない。
肝心のユズはというと、好意も嫌悪も1だ。判断が難しい。
というか、会ったばかりなのに何故-1嫌われているんだろう……?
理由が思い当たらないぶん、逆にヘコむ。
しかし、まさか天龍眼でこういうのもわかるとは……
おそるべし、天龍眼。万物を見通すというキャッチコピーは伊達ではない。
他人同士、例えばクロードとルティアの間の好感度とかもわかるのだろうか?
『ふむ、まあ不可能ではないが……』
ないが?
『人の心は複雑だ。これを読み取るのは負担も大きい。
他人同士ならばなおのことだ。……そろそろ限界ではないかな』
「……アヅマ、鼻血が出てるよ?」
「えっ」
クロードに言われて迂闊に鼻を拭ったら、ぬるりとした。
手が血まみれで真っ赤だ。
それを見た直後、目と鼻の奥がギリギリと痛みだした。
「ぁいただだっ……!?」
ちょ、痛い! 脳が痛い!?
ストップ、天龍ちょっとこれストップ!
慌てて左目を押さえると、赤黒く染まりかけていた視界がゆっくりと元の色と明るさを取り戻す。
頭痛もゆっくりと収まっていった。
こ、好感度確認は、今後は控えよう……
「大丈夫かい? 結構出血量が多いな……
ああ、上を向くのは駄目だよ、下を向いて。ほら、これで鼻を押さえて。急にどうしたんだ?」
「いや、まあ…… ありがとう、クロード」
クロードが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
鼻を押さえた布巾が、みるみるうちに真っ赤に染まった。
血って染み込んだら、洗濯してもなかなか落ちなかったんじゃなかったかな…… とか、呑気なことを考えた。
がたん、と音がした。
見ると、ユズが目を見開いて俺を見ている。
血の気が失せて、顔色は真っ青だ。
椅子を蹴倒して立ち上がり、近付かなくても見てわかるほど身体が震えていた。
「……ユズ? どうしたんだ?」
「あ……」
俺が声をかけると、ユズは何か、言いかけて。
ふらっ、と糸が切れた人形のように倒れこんだ。
「ちょっ……!?」
「おい、人が倒れたぞ!!」
「なんだなんだ、どうしたんだ?」
「アルマさん! 何があったの!?」
「い、いや、わからないけど、急に倒れて」
にわかに店内が騒然として、ミーシャが飛んできた。
ユズは気を失っていて、ミーシャが抱え起こしても目を覚ます様子がない。
「ねえ、ちょっと! しっかりして!
……起きないわね。アルマさん、空いてる部屋に寝かせるから、運ぶのを手伝ってくれる?」
「あ、ああ、わかった」
出血は多かったが鼻血自体はすぐに止まってくれたので、鼻と手元を布巾で拭ってからユズを抱えあげる。
……軽っ。
エルフだからか、ユズの身体はかなり軽い。華奢、というより、人間だったら心配になるくらいの細さだ。
折れそうな、という形容詞はまさにこのことか。
ユズを抱えて、ミーシャと一緒に階段を上がる。
そういえば川魚のムニエルを食べ損ねたことを思い出したが、流石に倒れたユズを放っておいて食い意地を優先するようなことはしない。
「……この子は私が見ておくから、顔くらい洗ってきたら?
寝起きにその血まみれの顔見たら、びっくりしてまた倒れちゃうわ」
「……それもそうか。ありがとう、ミーシャ」
ユズは明らかに、血を見て血相を変えていた。
仲間を亡くしたときのことを思い出してしまったのかもしれない。お言葉に甘えて顔を洗ってくることにする。
それにしても、いきなり倒れるなんてな…… にこにこ笑ってたし、表面上は普通に見えたんだけど。
『例え天龍眼でも、人の心の奥までは見通せぬ。
この娘が何を思い、何を抱えているかなど…… 例えこの娘自身であろうとも、わからぬのかもしれぬ』
やっぱり、仲間を失ったことはユズの中で大きな重荷になっているようだ。
それでも、探索士を続けようとしている。……強いな。
俺なら、折れてしまっているだろうか……
『同情しているのか? だが、お前があの娘のために骨を折ってやる必要などないのだぞ』
同情だけというわけでもない。
この先挑もうとする迷宮に実際に潜った経験のある、優秀な斥候であることに代わりはないのだ。その知識と経験と実力は、やはり欲しい。
クロードの意見も聞いておかないとな。
考えをまとめながら、俺はユズの部屋を後にした。




