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第33話 新たな出発

2016/6/7 ユズのステータスを最新のデータにあわせて調整しました。

「……ん……」


 ユズが目を覚ましたのは、倒れてから30分ほど後だった。

 小さく呻いてまぶたを開いたものの、ぼうっと天井を見つめたままだ。


「……大丈夫か、ユズ?」

「……えっと……アズマ……?」


 どうやら、俺のことはちゃんとわかるようだ。

 まだ少しぼうっとした様子だが、ベッドから身を起こす。


「血を見て急に倒れたから、部屋に運んだんだ。覚えてるか?」

「ん……何となく。ごめんね、迷惑かけて」


 寝起きのせいか、浮かべる笑顔も弱々しい。

 こうしてみると、結構参ってしまっているのが伺える。


「だめだね、ぼく。血を見た途端、あの時のこと、思い出しちゃって……

 まさか倒れちゃうなんて、自分でもびっくりだよ、あはは」

「……探索士、続けるつもりなのか?」

「そりゃあね。斥候の腕前なんて探索士以外に何の役にも立たないし、今更街の仕事なんてできないよ。

 ……それに、うん。ぼくは、探索士を続けたいの」


 そう言ったユズの目に、強い意志が炎のようにちろりときらめいたように見えた。


「あー…… でも、ダメかな? 血を見て倒れちゃうような探索士なんて、仲間にしてもらえない、よね?」

「いや、ユズが寝てる間にクロードとも話し合ったんだけど、ユズが探索士を続けるつもりなら、仲間にしたいと思ってる」

「……もしかして、同情してる?」

「同情じゃない。……って言うと、嘘になっちゃうけど。

 でも、俺達だって実力のある斥候は仲間に欲しい。いずれは三日月に挑むつもりだし、力をつけたらもっと上を目指して街を出ることも考えてる」

「もっと上、って…… ドラゴンにでも挑むの?」

『当然だろう、なあユート。むしろこの私が封じられたダンジョンならば、ドラゴンくらい蹴散らせねば力不足に違いあるまい!』

「……そうだな、それくらいには強くなりたいな」


 天龍のダンジョンとか、むしろドラゴンが山ほど出そうで怖い。


 まあ、ドラゴンを倒せばグランノート店長も持っていた「竜殺者」というクラスになれるはずだ。竜殺者のアビリティには、ドラゴンに対して有利になるものがあったはず。

 つまりこの世界では、ドラゴンを殺すほどドラゴンに対して強くなれる、ということだ。ドラゴンに対して厳しいようだが、それぐらいしないとやってられないくらいドラゴンが強いということかもしれない。


「……ぷっ、あはは」


 不意に、ユズが笑いだした。


「思い出したよ。ぼくのパーティのリーダーが、ぼくをパーティに誘ったときに言ったんだ。

 『俺達は必ず、ドラゴンだって倒せる探索士になる。だからお前の力を貸してくれ!』って」

「……そうか」

「ぼくをドラゴン退治に連れてって……なんてことは、言わないけれど。

 せめてクレセントベア退治には、連れていってくれる?

 ……みんなの仇を、取ってあげたいんだ」

「ああ。俺も仇討ちに力を貸すよ。約束だ」

「あは、期待はしないでおくね」


 笑って、ユズは右手を差し出した。

 俺も右手を差し出して、固く握手を交わす。


「改めて、ぼくはユーザニナ・ニンフィア。よろしくね、アズマ」

「阿妻優斗だ。よろしく、ユズ」


 こうして、ユズをパーティに迎え入れることとなった。

 新たな仲間、新たな出発だ。

 俺にとっても、ユズにとっても。




 そして新たなるダンジョンへの挑戦である。


 翌日。

 俺とクロードは、巣穴の迷宮の前でユズを待っていた。


 昨日はユズはそのまま大牙亭に泊まったのだが、荷物や装備を前の宿に置いたままだということで、俺達二人は先に向かい、ユズは装備を整えて遅れてくることになった。


 巣穴の迷宮は、見た目は普通の洞窟だ。

 岸壁に裂け目のように開いた、人の手の入っていない自然洞窟。

 だが、内部は細かく入り組んでおり、あちらこちらからゴブリンか顔を出し、罠も仕掛けられているという。

 ここに挑む前に腕利きの斥候であるユズを仲間に出来たのは大きい。


 内部は……意外なことに、結構明るいらしい。

 というのも、ぽつぽつと消えることのない松明が設置されていて、それが明々と内部を照らし出しているからだ。

 ゴブリンも暗いところは見えないらしいので、そのために設置されているのではないかと言われている。


 かといって昼間のように明るいというわけではなく、光の届きにくい暗がりに限って罠が設置されていることが多いらしいけど。


「……彼女、大丈夫かな?」

「大丈夫、だと思う。少なくとも、探索士を辞める素振りはなかった。だったら、仲間は必要だろう? ちゃんと来るよ」

「そうじゃなくて。

 彼女は一度、パーティを見捨てて生き残ったんだ。次に見捨てられるのは僕らかもしれない、ということさ。

 本人にそのつもりがなくてもね」

『うむ。やはりクロードとは意見が合うな』


 同じようなことを言っていた天龍が、うむうむ、と嬉しそうに言う。


「それこそ大丈夫だ。彼女はそんなことはしない」

「まるで、ルティアの仲間達みたいな物言いだね。一目惚れでもしたかい?」

「そんなんじゃないって。

 ……ユズは、血を見ただけで失神するほどパーティの全滅がトラウマになってるんだ。もう一度、仲間を見捨てて逃げ出すようなことをしたら……どうなると思う?」

「……………………」

「ユズは俺達を見捨てない。いや、見捨てられない(・・・・・・・)よ」

「……アヅマも、意外にドライなことを言うよね」


 そうかな?


「まあ、そんな状況にならないようにすればいい。

 ゴブリンってのは、そんなに強い魔物じゃないだろう?」

「それもそうか。でも、油断は禁物だよ?」

「ああ、わかってる」


 とはいえ、ゴブリンといえば多くのファンタジーで最序盤のザコとしてよく出てくる魔物だ。スライムと並んで最弱モンスターの名を欲しいままにする。

 こちらの世界でも、弱い魔物として知られているという。


 もっとも、スライムが某国民的RPGでメタルだのキングだのと多彩なバリエーションを見せつつ後半まで出現するのと同じように、ゴブリンも色んなやつがいる。

 今まで確認されている中ではゴブリンエンペラーというのが最強で、ゴブリンによる軍隊を組織して暴れまわっていたらしい。


 ……ま、ここに出てくるゴブリンは、エンペラーを頂点とするゴブリン序列でも下から数えた方が早い程度の強さのものまでしか出ないが。

 この迷宮が貧弱なのか、ゴブリンの懐が深すぎるせいなのか、よくわからない話だ。


「そういえば、ここにはどんな魔物が出てくるんだ?

 ゴブリンしかいないって聞いたと思うんだけど」

「そうだね、ここにはゴブリンしか出ないよ。

 ゴブリンの中でも最下級のものは序列の違いが装備に表れるんだけど、第一層では粗末な棍棒くらいしか持ってないやつと、たまに短剣を持ったやつが出てくるくらいだね。

 最奥は第五層、そこまで行くと簡単な魔法を使うやつや、大柄なホブゴブリン、剣と革鎧で武装したのも出てくる。

 ボスはいない。けれど、単体は弱いゴブリンでも数がいると厄介だし、洞窟の中は壁や天井があって、どうしても戦いにくい。

 探索士はゴブリンが最初の壁、と言われているね」

「ゴブリンが最初の壁、か……」


 弱いゴブリンでも、いや弱いゴブリンだからこそ油断すると足下をすくわれる、ということだろうか。

 確かに、魔法を使うゴブリンとかはちょっと厄介かもしれないな。


「おーいっ、アズマ! クロード!」


 ユズの声がして、俺は声のした方へ振り向いた。

 装備を身に付けたユズが、大きく手を振りながら駆けて近付いてくる。

 斥候だからか足が長いからか、ユズは足が速い。走るというよりも、駆けるとか(はし)るとか言った方がしっくりくるくらいだ。

 すぐに近くまでやってきて、上手に速度を殺して止まる。


「ごめんね、ちょっと準備に手間取っちゃった。待たせた?」

「いや、大丈夫。クロードからこの迷宮のことを聞いてたところだった」


 にこにこと相変わらずの笑みを浮かべるユズは、昨日とは違う服装だ。

 上は相変わらずのゆったりとしたシャツだが、色は黒、袖は半袖で、胸の下で絞るようなシルエットになっている。

 胸を強調するようなデザインだが、胸元のラインはフラットだ。

 中に何か仕込んであるのか、長めの裾がぴんと真っ直ぐ下に下りている。


 下は同じく黒のレザーのホットパンツ。シャツの裾が長いので、一瞬はいてないのかと思ってどきっとしたのは秘密だ。

 ニーハイのソックスからのぞく白い太股には革のベルトが巻き付けてあって、左右それぞれに二本ずつ細い投げナイフが挟んである。

 腰の後ろにも大振りのナイフが二本、交差するように差してあって、これが彼女のメインウェポンなのだと伺わせた。


 手には厚手の、指の部分を切り落とした革のグローブ。

 足元はしっかりとした作りの編み上げのブーツ。

 いずれも色は黒でそろえていた。

 肩掛けの少し大きめのバッグだけが普通の革の色合いだった。

 俺やクロードのようにバックパックは背負っていないので、荷物やドロップアイテムを入れておくための鞄だろう。


「あはっ、どう? 似合う?」


 くるっとその場で華麗にターン。

 服の裾がひらめいてちらりと白いお腹が見えたが、やはり服に何か仕込んであるらしく、しゃらりと小さな金属音がしてすぐに隠れてしまう。天龍眼にも「仕込み装束」と表示されている。

 それにしても……


「黒いな」

「黒ずくめだね」

「実用を考えると黒になっちゃうのっ! これでも精一杯おしゃれしてるんだからね!?」


 鮮やかな赤い髪に黒い服は確かに似合ってるけどな。


 しかし、振り返って俺の装備を確認してみると、腰に差した試作刀はまだいいとして、防具は野暮ったくも貧相なクロースアーマーに、中古とおぼしきグローブとブーツ。

 ぶっちゃけ初期装備そのままだ。


 クロードも、普段の服装の上に簡素な胸当てと灰色のマントをつけているだけだ。

 天龍眼によると、このマントはグレイウルフという魔物の毛皮のマントらしく、ぶっちゃけ胸当てよりも防御効果がありそうである。

 ただ、あまり戦士らしくも斥候らしくも魔法使いらしくもない。


 こうして見ると、一番探索士らしい装備なのはユズかもしれない。

 ほとんど一刀両断であまり攻撃を受けてないので今まで後回しにしていたが、いずれ痛い目を見る前に防具の充実を図りたいな。

 というより、いずれ完成する日本刀に見合う防具が欲しい。


「そんなことより、早く迷宮に行こっ!

 二人とも、ゴブリンの相手は初めてなのかな?」

「ああ、下調べはしてきたけど実際に戦うのは初めてだ」

「俺もだ。弱い魔物だってのは知ってるけど」


 ゴブリンどころか、魔物と戦ったのもラディオンに来てからなんだけどな。


「うーん、ゴブリンは強い弱いっていうより…… 面倒な相手、かな。

 人によっては何ともないけど、逆にゴブリンが倒せない子もいるの。

 ……まあ、実際に戦ってみればわかるよ」


 ユズはちょっと難しそうな顔をして、肩をすくめた。

 何を言いたかったのかは気になるが…… まあ、すぐにわかるか。


 自然とユズが先頭に立つ形で洞窟に入りつつあるわけだが、これは斥候がそもそもそういう位置取りのクラスだからだろう。前のパーティでも先行してた索敵してたっていうし。


 さて。

 今までうっかり忘れていたのだが、実戦に入る前にユズの詳細なステータスを確認しておこうと思う。

 いや、これは単純なうっかりである。


『胸とか腹とか太股に目が向いていたからではないか?』


 違うよ? うっかりだよ?

 あとそのへんについ目が向くのは健全な青少年であれば不可抗力であるので本件とは無関係である。


 ともあれ、ユズのステータスに意識を集中する。どれどれ。


――――――――――――――――――――――――

【名前】ユーザニナ・ニンフィア・ルブルムフロウ  【Lv】23

【種族】エルフ   【性別】女性   【年齢】28歳

【属性】無

【能力値】

 体力 25/61    精神 24(-15)/58

 筋力 18/49    魔力 11/72

 技量 33/75    感覚 32(-5)/78

 敏捷 35/88    知性 22/48


【クラス(取得条件)】

 斥候Lv27 - 罠解除スキルLv1以上

 戦士Lv18 - 武器系スキルLv1以上


【アビリティ】

 魔力感知(種族) 魔力の存在を感知する

 筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する

 体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する

 技量上昇・小(斥候) 技量が僅かに上昇する

 敏捷上昇・小(斥候) 敏捷が僅かに上昇する


【スキル】

 隠密Lv6

 罠解除Lv4

 罠感知Lv4

 短剣Lv4

 二刀流Lv3

 投擲Lv3

 演技Lv1

――――――――――――――――――――――――


 隠密スキルのレベルが飛び抜けて高い。三日月の迷宮で一人先行して魔物や罠の発見をしていたというから、おそらくそのせいだろう。

 その他のスキルも高くまとまっている。もう少しレベルが上がれば、順調に何らかの二次クラスを取得できると見た。


 気になるところは二つ。

 まず…… 精神-15と感覚-5。グランノート店長の怪我によるステータスダウンと同じ表記だ。

 間違いなく、パーティ全滅のトラウマによるものだろう。-15はかなり大きい。探索士でない普通の人間の平均能力値は10前後だからな。

 表面上は普通だが…… いや、だからこそ危ういのかもしれない。

 ちょっと、気を付けて見てやりたいな。


 もうひとつは、魔力感知がアビリティになっていることだ。

 これ、本当は魔法だけどスキル扱いじゃなかったっけ……?

 取得元が種族になってるし。


『それはそうだろう。エルフはスキルや魔法に頼らずとも、魔力を感知する器官をその身に備えているからな。

 何のために耳が長いと思っている?』


 エルフの耳ってそういうものだったのか――!?

 パッシブソナーが生まれたときから備わってるようなものか。

 それにしては、ユズは魔法の心得がないようだ。魔力も限界値は高いのに、現在値はほとんど普通の人間と変わらない。

 いずれ、またアルバート魔法ブートキャンプを開催してみるかな。


 ともあれ、いくつか問題を抱えてはいるが、二次クラス目前なだけあってステータスは高い。

 頼りにさせてもらいたい……が同時に、このレベルのメンバーがいるパーティでもクレセントベアには苦戦し、全滅するのだということを思い出して、気が引き締まる。


 闇に溶けるような黒い装いのユズの背中を見つめながら、俺は緊張も新たに洞窟の闇の中へと足を踏み入れていった。

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