第30話 隠れ潜み忍び寄るもの
俺とクロードが深森の迷宮を攻略し始めてから、長い長い時が流れた……
ほんの二週間、魔法訓練からは三日ほどの時が。
まあ、結論から言うと攻略は非常に順調だった。何しろトレント以外の敵は俺の試作刀にかかれば一刀両断。
青々と葉を繁らせるトレントも、もはや敵ではない。
「クロード、あそこにトレントだ」
「君は本当に見つけるのが上手いねえ……
連鎖する炎の公式より、我は燃素を呼び覚ます。目覚めよ、そして明々と燃えろ。立証、フレイムピラー!」
クロードの詠唱に答え、魔法の炎が吹き上がる。
相変わらずバレバレな隠れ方のトレントも、天龍眼にかかればうっかり見逃すことすらない。
こうしてクロードの魔法で燃やせば、刃こぼれを気にする必要すらないのだ。
まあ、魔力に限りはあるが、いざとなったら斬ってもいい。
もはやこのあたりの魔物は俺たちのレベルでは二人で潜っても余裕であった。
今日は念のため奥まで潜ってみるつもりだが、それでも問題がなければ次に進むつもりである。
次、すなわち巣穴の迷宮である。
現在のラディオン周辺の迷宮群では唯一、森林地帯ではなく洞窟内を模した迷宮で、内部は大量のゴブリンしか出ない。
深森の迷宮とも比べ物にならないレベルで、わらわら出てくるらしい。
ここに挑むのは、ラディオンでも中堅クラスの探索士だ。
とはいえ、それも今日を無事に切り抜ければのことである。
「このあたりからが、アサシンスネークやマイナートレントの出てくる第三層だ。どちらも隠れていたり密かに近づいてきたりするから、気を付けて。
……といっても、アヅマならそれも見破るかな」
「どうかな、視界に入れば気付けるとは思うけど……」
いつでも剣を抜けるように気を付けながら、慎重に周囲を見渡す。
天龍眼は完璧だったとしても、それを持つ俺は完璧ではない。左目の視界に入らなかったり、入っていても俺が気付かないこともある。
天龍眼を開放すれば絶対に見落とさないが、5秒を超えれば酷い頭痛をもたらすあれをずっとやり続けるのはなおさら無理だ。
脳にダメージ入ってそうだからそもそもやりたくないんだよな……
『特に右側に気を付けろ。あと、上下もな』
天龍に言われるまでもない。
左を見て、右を見て、後ろを見て、下を見て、上を見──
上から襲いかかってくる蛇の黄色い目と目が合った。
「うおおぉ!?」
慌てて跳び退って回避する。
さっきまで俺の立っていた位置に、深森の迷宮の物陰に溶け込みそうな暗緑色の蛇が音も無くとぐろを巻いて着地した。
結構大きい。全長4mくらいはあるだろうか。身体はほっそりとした印象だが、ひ弱さは感じない。
アサシンスネーク 魔物 Lv12
蛇系 無属性
ちろちろと赤い舌を出しているが、よくあるシューッという威嚇の声は上げない。
声も立てず、音も立てず、気配も無く忍び寄り、奇襲をかけ麻痺の牙でかみつく── まさにアサシンだ。
『ご丁寧に隠密スキルまで持っているな。だがこうして目の前に出てきたなら格好の的だ。
斬れ、ユート!』
天龍の声に反射的に応え、見よう見まねの抜刀術で斬りかかり、その首を一撃で刎ねた。
アサシンスネークは断末魔の声もあげずにびくんと痙攣して全身が弛緩し、崩壊して魔力へと還っていく。
残心しつつ周囲や頭上を念入りに確認するが、魔物が群れやすい深森の迷宮には珍しく、今のアサシンスネークは単体だったようだ。敵の気配は無い。
クロードは、蛇の首を刎ねたタイミングでようやく剣を抜き終えたところだった。
普段は細められている目を、ぱちくりと見開いている。
「……お、驚いた。何だい、今の剣術」
「ん、抜刀術は知らないのか?」
「剣を抜く動作でそのまま切りつけるなんて、見たことも聞いたこともなかったよ。
……そうか、曲剣の構造を利用すればそういうこともできるのか」
ふむふむ、と興味深そうにクロードはうなずく。
そういえば、シャリア先生もこのあたりでは曲剣は使われていないって話をしていた気がする。
……それにしても、思わず抜きつけの一撃を放ったが、上手くいって良かった。
漫画などでは簡単にやっているように見えるが、実は案外難しく、鞘から上手く抜けなかったり、ひどい時には自分の足を斬ってしまうこともあるのだと聞いたことがある。
抜刀術自体は、今後も咄嗟の時に使うことがありうる。練習しておくべきだろう。
ちなみに、ドロップアイテムはアサシンスネークの蛇皮(ランクE)だった。
アンフィスバエナのようにそのまま皮鎧にできるほどの丈夫さはないが、しなやかさを活かして鎧の関節部などの要所に使われるらしい。
レアドロップは麻痺牙だ。用途はアンフィスバエナの毒牙と同じだが、こちらは一時的に感覚を失う局所麻酔のような効果を発揮するらしい。危険性も高くないので買い取り価格は据え置き。
しかし、アサシンスネークは意外に厄介な魔物だな。
今回は単体だから良かったが、他の魔物と一緒に出てくると、気を取られているうちに忍び寄られてがぶり、なんてことにもなりかねない。
また、さっきのように奇襲を仕掛けられる可能性も高いだろう。
こちらは二人しかいないんだから、がぶがぶと二回噛まれたら全滅確定だ。怖すぎる。
「念のため、魔力感知をかけてみるか……」
天龍眼でも十分な索敵能力はあるが、目の届きにくい頭上や足下に忍び寄る相手ならばソナーを使った方が確実だろう。
魔力感知として覚えた俺のソナーだが、天龍に言わせればこれも魔法らしい。
というか、魔力を感知するための感覚器官を持たない人間が魔力を感知すること自体、すなわち魔法なのだという。
「魔法が使える」という魔法が、全人類にかけられているようなものだ。
……もしかしたら地球も、「魔法が使えない」という魔法が全人類にかけられていて、それが解けたら魔法が使えるようになったりするのかもしれないな。
ともあれ、感知範囲や精度はパッシブソナーよりアクティブソナーの方が上なのだが、実はもう一段階上がある。
左手を伸ばして、指先で空中に軽く十字を切る。
「アクティブソナー」
言葉と連動させて、脳裏にソナーのレーダー画面を思い浮かべる。
「響け」
トリガーになる言葉と連動させて、脳裏に浮かべたソナーを起動させ、魔力の波を放つ。
すると、脳裏のレーダーに魔力を持った存在の反応が光点となってぱぱっと表示された。
魔法感知であるアクティブソナーを、改めて魔法として放ったのだ。
こうすることで、無言で放つソナーよりもより範囲と精度が高まることがわかっている。
放つ魔力の波も強くなるようで、最初に大牙亭の自室で試した時はミーシャがすっ飛んできて跳び蹴りくらったけどな!
左手で十字を切るという動作で、意識を「魔法モード」に切り替える。
魔法の名前を唱えることで、定められた魔法を準備状態にする。
トリガーになる言葉を言うことで、魔力を放って魔法を実行する。
こういった手順を条件付けすることで、俺もどうにか魔法を使えるようになっている。
昔流行った漫画みたいに両手をぱんと打ち付ける、とかモードを切り替える動作の案はいくつかあったのだが、剣を片手に持っていても咄嗟にできる動作、ということでこうなった。
……使えるといっても、まだアクティブソナーしか使えないんだけど。
ほかの魔法も試してはいるのだが、どうしてもイメージがうまくいかない。
ともあれ、肉眼で見える範囲にはクロード以外の光点は存在しない。
光点で魔物や人物の特定はできないが、距離が近い順から、後方に光点がひとつ、前方に三つ、右手側の繁みのずっと向こうに四つ。
左前方にはなんと七つほども固まっているが…… これはおそらく魔物と探索士パーティが戦闘中なのだろう。もう一度ソナーを放ってみると光点が六つに減っていた。
「後ろの方に反応がひとつ、動かないからトレントかな。あと前の方に3つほど固まっているな」
「ここから後ろは第二層だから、おそらくレッサートレントだろうね。
今日は第三層の探索予定だから、前に進もう。索敵は任せるよ」
「ああ」
うなずいて、俺は前方の三つの光点の場所に向かう。
層、というと塔や地下の迷宮のようだが、森や山などのいわゆるオープンフィールドにも、ここより先は魔物の分布が変わる、という層がある。
深森の迷宮なら、キノコがメインの第一層、黒いラフィングバードや亜種のキノコが現れる第二層、そしてアサシンスネークが忍び寄る第三層、といった具合だ。
綺麗にわかれているわけではないので、第一層にラフィングバードが飛んできたり、第三層にあるキノコが出たりもする。
なので曖昧ではあるが、ここから変わるな、という境目はあるのである。
「ゲギャッギャッギャッ!」
俺たちを出迎えた魔物も、ラフィングバードとうろつキノコである。
だが三体目の姿が見えない。三体目は……
いた、道の脇に2m少々の枯れ木が枝を伸ばしている。
「クロード、あの枯れ木がマイナートレントだ。
炎の魔法を頼む。俺は先にキノコを斬る」
クロードに指示をして、俺は駆け寄りながら剣を抜く。
一応パッシブソナーで確認するが、魔力を持った何者かがさらに潜んでいる気配はない。
真っ直ぐ進む俺の目の前に、ラフィングバードが大きな翼を広げて文字通りに飛び出してきた。
「――フレイムピラー!」
ラフィングバードが俺に飛びかかるよりも先に、クロードの魔法が完成した。
いきなり、トレントが炎に包まれて断末魔のごとくバキバキと音を立てながらのたうち回る。
枯れ木だからか、レッサートレントよりもよく燃えていた。
クロードの魔法は「対象の持つ燃素を燃やす」というイメージなので、直接相手に火がついて燃える。ラフィングバードが邪魔をしても、視線が通れば問題ない。
なお、燃えたままトレントが暴れても、迷宮を構成する木々は迷宮自体に保護されているとかで燃え移らないし、破壊されても短期間で元に戻るらしい。
なら迷宮の木は切り放題……かと思えば、迷宮で生まれたものはドロップアイテム以外は持ち出すと消えてなくなってしまう。そううまくはいかないものだ。
トレントが燃えているのを横目に、俺は飛びかかってきたラフィングバードを刀で牽制しつつ、一気にうろつキノコに距離を詰める。
苦手なラフィングバードは後回し、キノコが胞子を撒き散らす前に、駆け寄った勢いのまま一刀両断!
キノコが真っ二つになって消えるのとほぼ同時に、マイナートレントも燃え盛っていた炎と共に形が崩壊して消えていった。
「ゲギャーッ!!」
残るはラフィングバード……と思いきや、俺が振り向く前にクロードが剣で仕留めている。
ラフィングバードも魔法で焼いてもいいのだが、魔法の使いすぎは禁物だ。帰る頃にはまだ余裕を残してあるくらいが丁度いい。
トレントのドロップアイテムは、トレントの枯れ枝しか出ない。
レッサーよりは太い枝だが、よく燃えるので薪がわりにしたり、焼いて炭を作ったりするらしい。
残念ながら、枯れているので実はつけないようだ。
……盛大に燃えていたような気がするのだが、ドロップアイテムの枝は焦げ目すらついていなかった。
無事だった部分の枝なのだろうか。まあいいんだけど。
「マイナートレントも、炎の魔法で一撃みたいだね。
このぶんなら、油断さえしなければ問題なさそうだ」
「定期的にソナーをかけるから、大丈夫だと思う。
……トレント系は、もしかしたら全部炎の魔法で即死するんじゃないか?」
「いやいや、流石に普通のトレントくらい大きくなってくると、なかなかね。
それに生木は意外に燃えにくいよ?」
そう簡単にはいかないか。
それに、炎に弱いだけでトレントは巨体とそれに見合ったパワーの持ち主だ。人間よりも大きく、枝も太くなったぶん、まともに戦えば強敵だろう。レベルも14ある。
「ドロップアイテムは…… 全部拾い終わったかな?
よし、それじゃ油断せずに行こう」
「ああ。……アクティブソナー、響け」
甲高く魔力の音を響かせて、もう一度ソナーを使う。
アサシンスネーク対策と、次に進む先を決めるためだ。
脳裏のレーダー画面にぽつぽつと光点が広がっていく。
……ん?
また、後方にひとつだけ反応がある。
少し先に進んだはずなのに、さっきと同じくらいの距離だ。
またトレントだろう、とあまり気にせず先に進む。
この日、探索自体は問題なかったものの、謎の背後の反応は消えることなく、しかし姿は現さず、最後までついて回ってきていた。
この日にだけ現れたこの謎の気配を、俺は不審に思いながらもやがて忘れてしまい、そしてついぞ思い出すことも正体を知ることもなかったのである。
※2016/9/15 抜刀術に関して若干の加筆・修正を加えました。




