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第九話 修行part2

翌日。


朝の森。


レイガとゼクトは再び広場へ集まっていた。


「よし」


ゼクトが木にもたれながら言う。


「今日は次の技術を教える」


「おう!」


レイガはやる気満々だった。


ここ数日で衝気を感じることにも慣れてきている。


《纏》もある程度は維持できるようになった。


だからこそ次へ進む。


「まず一つ目だ」


ゼクトは立ち上がる。


「気配を消す技術を覚える」


「気配?」


「動物を狩る時を想像しろ」


レイガは少し考える。


「近付いたら逃げるやつか」


「そうだ」


ゼクトは頷く。


「人間も同じだ」


「衝気を垂れ流していると気付かれる」


「だから隠す」


「見つからないようにな」


レイガは興味深そうに聞いていた。


ゼクトは実演する。


ふっと。


存在感が薄くなった。


そこに立っている。


見えている。


それなのに妙に意識から外れる。


木と同じような存在感になる。


「おお?」


レイガが目を丸くした。


「なんかいるのに気にならなくなった」


「それだ」


ゼクトは元へ戻る。


「衝気を抑え込む」


「流れを静かにする」


「川を止めるんじゃない」


「波を立てないようにするイメージだ」


「なるほど」


レイガは挑戦した。


目を閉じる。


衝気を抑える。


静かにする。


落ち着く。


だが――


ブワッ。


衝気が漏れた。


「違う」


「難しいな」


もう一度。


ブワッ。


「違う」


さらにもう一度。


ブワァァッ。


「むしろ増えてるな」


「なんでだ!?」


レイガが叫ぶ。


「叫ぶな」


「だって難しいぞこれ!」


実際かなり苦戦した。


身体を動かす技術ではない。


力を抑える技術。


レイガの性格と相性が悪い。


昼まで続けた結果。


ようやく少しだけ存在感が薄くなった。


しかし。


「荒いな」


ゼクトが評価する。


「できてるか?」


「できてはいる」


「だが隠してるというより無理やり押し込んでる」


「うーん」


「実戦では使えるだろうが改善は必要だな」


レイガは頭を掻いた。


苦手らしい。


だがゼクトはそれほど気にしていなかった。


向き不向きはある。


問題は次だ。


「じゃあ二つ目」


ゼクトの表情が少し真面目になる。


「今度は逆だ」


「逆?」


「抑えるんじゃない」


「解放する」


レイガの目が輝いた。


「おっ」


ゼクトは近くの岩を指差した。


「衝気を身体へ集中させる」


「そして一瞬だけ爆発的に放出する」


「一瞬だけだ」


「なるほど」


説明を聞く。


聞いているうちに。


レイガの顔がどんどん楽しそうになっていった。


ゼクトは嫌な予感がした。


「とりあえずやってみろ」


「分かった!」


レイガは拳を握る。


身体へ衝気を巡らせる。


《纏》を作る。


さらに集中。


圧縮。


圧縮。


圧縮。


次の瞬間。


ドンッ!!


地面が弾けた。


「うおっ!?」


レイガの身体が前方へ飛ぶ。


十メートル。


二十メートル。


まるで砲弾だった。


そのまま木に激突する。


バキィッ!!


木が折れた。


「痛ぇぇぇ!!」


森に悲鳴が響く。


ゼクトは固まった。


数秒後。


「……」


レイガが起き上がる。


「失敗した!」


元気だった。


ゼクトは無言で額を押さえた。


(今ので感覚を掴んだのか?)


普通は無理だ。


まず圧縮。


次に放出。


その制御。


段階がある。


しかしレイガは一発目で成功に近いことをやっていた。


制御だけ失敗している。


つまり。


「もう一回やる!」


「待て」


「え?」


「今の感覚を説明しろ」


レイガは考える。


「えーっと」


「身体の中に溜めて」


「一気にドーン!」


「雑すぎる」


だがゼクトには分かった。


理解ではない。


感覚で覚えている。


完全に戦闘型の人間だ。


その後。


修行は続いた。


結果。


《隠》はどうにか形になる程度。


しかし。


《爆》だけは異常だった。


夕方には自在に発動。


加速。


跳躍。


瞬間移動のような踏み込み。


次々に習得していく。


木から木へ飛ぶ。


岩を蹴る。


森を駆け回る。


その速度にゼクトは思わず呟いた。


「……早すぎるだろ」


レイガは笑う。


「これ面白いな!」


「お前は本当にそればかりだな」


だが内心では確信し始めていた。


この少年は。


普通の界徒ではない。


少なくとも才能だけなら。


自分が今まで見てきた誰よりも異常だった。


夕暮れ。


森が赤く染まる。


一日の修行を終えたレイガは草の上へ寝転がっていた。


「疲れたー」


「そうか」


ゼクトは近くの切り株へ腰掛ける。


だが内心は少し違った。


(想像以上だったな)


数日前まで衝気すら知らなかった少年。


それが今では《纏》を覚え、《隠》も最低限使えるようになり、《爆》に至ってはかなり形になっている。


もちろん未熟だ。


荒削りもいいところだ。


だが基礎としては十分すぎる。


正式な教育を受けていないことを考えれば異常だった。


(まぁ……これくらいなら大丈夫か)


ゼクトは一つ息を吐いた。


少なくとも衝気を暴走させたり、自滅したりする心配は減った。


そう思った時だった。


「なぁゼクト」


「なんだ」


レイガが上体を起こす。


琥珀色の瞳がきらきらしていた。


嫌な予感しかしない。


「能力覚えたい」


「……」


やっぱりか。


ゼクトは頭を押さえた。


「急だな」


「だってかっこいいだろ」


「理由が子供だな」


「重要だぞ」


レイガは真顔だった。


「重要なのか……」


ゼクトは少しだけ呆れる。


しかし能力への興味自体は自然だった。


衝気を覚えた以上、次に気になるのは当然そこだ。


「どうやったら能力って手に入るんだ?」


レイガが聞く。


「修行か?」


「才能か?」


「それともなんか特別な儀式とかあるのか?」


質問が飛んでくる。


ゼクトは少し考えた。


そして口を開く。


「能力は人によって違う」


「違う?」


「ああ」


「例えば俺の場合だ」


そう言いながら右手を前へ出す。


淡い光が集まる。


空中へ幾何学模様が浮かび上がる。


設計図。


複雑な線。


重なり合う構造式。


そして。


カシャン。


一丁の拳銃が出現した。


レイガの目が輝く。


「おおおお!」


何回見ても同じ反応だった。


ゼクトは慣れている。


「俺の能力は《兵装設計図アーセナル・ブループリント》」


「衝気で設計図を再現し、武器を構築する能力だ」


レイガは拳銃をじっと見る。


「でもなんでそんな能力なんだ?」


「さぁな」


「え?」


意外な答えだった。


ゼクトは肩をすくめる。


「気付いた時には使えた」


「そういうものだ」


「能力は自分の性格や考え方に影響されると言われている」


「だが正確な理屈は分かっていない」


レイガは腕を組む。


「じゃあゼクトは武器好きだったのか?」


「嫌いではない」


「なるほど」


納得したらしい。


ゼクトは続ける。


「俺は昔から機械や構造を調べるのが好きだった」


「武器の仕組みも勉強していた」


「だから今の能力になったのかもしれない」


「かもしれない?」


「確定じゃない」


能力の発現には未解明な部分も多い。


だから断言はできない。


レイガはしばらく考え込む。


そして。


「じゃあ俺は何になるんだろうな」


ぽつりと呟いた。


ゼクトも少し考える。


そして即答した。


「知らん」


「ひでぇ!」


「本当のことだ」


レイガの場合は特殊すぎる。


無自覚で衝気を使い続けていた。


才能も異常。


背景も不明。


何が発現してもおかしくない。


「能力は焦って手に入れるものじゃない」


ゼクトは真面目な声で言った。


「衝気の扱いを覚える」


「戦い方を覚える」


「その先で自然と見つかることもある」


「ふーん」


レイガは空を見上げる。


少し残念そうだった。


だが。


次の瞬間には笑っていた。


「まぁいいか!」


「まずは強くなる!」


「その方が早そうだ!」


ゼクトは呆れながらも頷く。


「それは間違っていない」


能力ばかり追い求める界徒もいる。


だが結局。


基礎がなければ意味がない。


そしてレイガは。


良くも悪くも真っ直ぐだった。


だからこそ。


将来どんな能力に目覚めるのか。


ゼクト自身も少しだけ興味を持ち始めていた。


「じゃあ、これで条件はクリアってことでいいんだな?」


夕暮れの森を眺めながらレイガが言った。


ゼクトは少し考える。


「まぁな」


短く答えた。


「改善点はいくらでもある」


「《隠》は雑だし、《爆》も制御が甘い」


「戦闘経験も足りない」


レイガの肩が少し下がる。


「なんだよ、まだ駄目なのか?」


「最後まで聞け」


ゼクトはため息を吐いた。


「基礎は覚えた」


「少なくとも何も知らない状態ではない」


「だから条件は達成だ」


その言葉を聞いた瞬間。


レイガの顔がぱっと明るくなる。


「よっしゃ!」


拳を突き上げる。


「じゃあ早速行こうぜ!」


「そうだな」


ゼクトも立ち上がった。


本来の目的地まではまだ距離がある。


日が完全に沈む前に出発した方がいい。


そう思った時だった。


「でもその前に」


レイガが言う。


「一つだけ寄りたい場所がある」


「寄りたい場所?」


「ああ」


その表情は珍しく真面目だった。


ゼクトは少しだけ首を傾げる。


「遠いのか?」


「いや」


レイガは笑う。


「すぐそこだ」



森の外れ。


小さな丘。


夕日に照らされたその場所へ二人はやって来ていた。


ゼクトは足を止める。


目の前にあったのは一基の墓だった。


質素な石碑。


豪華さなどない。


だが丁寧に手入れされていることが一目で分かる。


レイガは慣れた様子で近付いた。


途中で道端の花を数本摘み取る。


そして墓の前へ供えた。


「よう、ロウガン」


自然な声だった。


まるで生きている相手へ話しかけるように。


ゼクトは少し離れた場所で黙って見ている。


レイガは石碑の前に腰を下ろした。


「色々あったぞ」


笑いながら話し始める。


「変なデカい獣と戦ったし」


「なんか能力使う奴とも会った」


ちらりと後ろを見る。


ゼクトのことだ。


「そいつに修行までつけてもらった」


「衝気ってのも覚えたぞ」


楽しそうに話す。


報告するように。


自慢するように。


しばらく沈黙が続いた。


風が吹く。


木々が揺れる。


やがてレイガは立ち上がった。


「俺さ」


ぽつりと呟く。


「少しだけ外を見てくる」


夕日に照らされた横顔はどこか大人びて見えた。


「ロウガンが言ってただろ」


『森の外にはもっと面白いものがある』って。


レイガは小さく笑う。


「だから探してくる」


「面白いことも」


「強い奴も」


「知らない世界も」


そう言って石碑を軽く叩いた。


昔からの癖だ。


「行ってくる」


短い言葉。


だがそこには確かな決意があった。



少し離れた場所。


ゼクトは黙ってその様子を見ていた。


レイガは振り返る。


「待たせたな!」


いつもの笑顔だった。


さっきまでの空気が嘘みたいに消えている。


「行こうぜ!」


ゼクトは肩をすくめた。


「ようやくか」


「悪い悪い」


「本当に思ってるか?」


「たぶん!」


「たぶんじゃない」


即座に返す。


レイガは大笑いした。


そして二人は歩き出す。


森の外へ。


まだ見ぬ世界へ。


少年と青年の旅が、


ここから本当の意味で始まろうとしていた。

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