第八話 修行Part1
翌朝。
森には気持ちの良い朝日が差し込んでいた。
鳥の鳴き声が響く中、レイガは家の前の広場へ立っていた。
その向かいにはゼクト。
腕を組みながらこちらを見ている。
「よし」
ゼクトが口を開く。
「今日から修行を始める」
「おう!」
レイガは元気よく返事をした。
やる気だけは十分である。
「で、何するんだ?」
「まずは衝気を出す」
「出す?」
「そうだ」
レイガは首を傾げた。
自分では今まで使っているつもりなどなかった。
だから何をすればいいのか分からない。
そんな様子を見て、ゼクトはため息を吐く。
「やっぱりそこからか」
「だからそう言ってるだろ」
「分かっている」
ゼクトは少し考えた後、近くの木へ視線を向けた。
「レイガ」
「ん?」
「川を想像しろ」
「川?」
「お前の家の近くにもあるだろ」
「ああ」
「川の水はどこから流れてくる?」
レイガは少し考える。
「上流?」
「そうだ」
ゼクトは頷く。
「衝気も似ている」
「人間の中には元々衝気が流れている」
「だが普通は意識しない」
「だからまずは流れを感じる」
レイガは難しそうな顔になった。
「よく分からん」
「だろうな」
ゼクトも予想していた。
そこで別の例えを出す。
「じゃあ呼吸だ」
「呼吸?」
「普段、お前は呼吸を意識しているか?」
「してない」
「だが今は?」
レイガは少し息を吸った。
「あー、確かに意識できるな」
「衝気も同じだ」
ゼクトは説明する。
「元々そこにある」
「ただ意識していないだけだ」
「だから感じろ」
「身体の中を流れている何かを」
レイガは「ふーん」と頷いた。
正直よく分かっていない。
しかしやってみる気はあるらしい。
その様子を見て、ゼクトは実演することにした。
「まずは見せる」
そう言って右手を前へ出す。
ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
空気がわずかに震えた。
淡い光の粒がゼクトの身体の周囲へ現れる。
朝日に溶けるような薄い光。
それらが腕へ集まり始めた。
「おお……」
レイガが目を見開く。
光はゆっくり流れる。
まるで水が川を流れるように。
やがて右手の周囲へ集まり、薄い膜のような輝きを作った。
ゼクトが手を握る。
すると地面に落ちていた小石がわずかに震えた。
「これが衝気だ」
静かな声だった。
派手ではない。
だが確かに何かが存在している。
レイガは興味津々だった。
「すげぇな!」
「今のが基本だ」
ゼクトは光を消しながら言う。
「まず感じる」
「次に流す」
「そして出す」
「順番を間違えるな」
レイガは頷く。
そして拳を握った。
「よし!」
「やってみる!」
ゼクトは少し離れる。
嫌な予感がしたからだ。
「一応言っておくが」
「ん?」
「力むなよ」
「分かった!」
レイガは元気よく返事をした。
そして――。
「ぬおおおおおおおおおおっ!!」
全力で力んだ。
「だから力むなと言っただろうが!」
朝の森にゼクトのツッコミが響く
「だってこういうのって気合いだろ!?」
「違う」
即答だった。
「衝気は筋肉じゃない」
「むしろ余計な力は邪魔になる」
「難しいなぁ……」
レイガは頭を掻く。
だが諦める様子はない。
何度も挑戦した。
座ってみたり。
寝転がってみたり。
目を閉じたり。
川の音を聞いてみたり。
途中からゼクトも半ば呆れながら付き合うことになった。
そして。
時間が過ぎた頃。
「……あれ?」
レイガが小さく呟いた。
身体の奥。
どこか暖かい感覚。
心臓の鼓動とは違う。
血液とも違う。
何かが流れている。
「今だ」
ゼクトが言う。
「それを逃がすな」
レイガは目を閉じた。
暖かい流れを追う。
胸。
腕。
肩。
指先。
全身を巡る不思議な感覚。
その瞬間。
ふわり、と。
淡い光がレイガの周囲へ現れた。
「おっ!?」
思わず目を開く。
光はすぐ消えた。
だが確かに出た。
ゼクトの眉がわずかに動く。
「出たな」
「出た!」
レイガは飛び上がった。
「見たか!?」
「見ていた」
「すげぇ!」
「喜ぶのはいいが騒ぐな」
そう言いながらもゼクトは少し驚いていた。
普通ならもっと時間がかかる。
数日。
あるいは数週間。
人によっては数ヶ月。
だがレイガは半日も経たずに感覚を掴んだ。
(やはりこいつ……)
ただ者ではない。
そう思わずにはいられなかった。
だが今は言わない。
まずは基礎だ。
ゼクトは立ち上がる。
「よし」
「次へ進む」
「おう!」
レイガは元気よく返事をした。
ゼクトは近くの木へ歩く。
そして軽く幹を叩いた。
「今のお前は水を見つけた状態だ」
「水?」
「川を見つけたようなものだ」
「ふむ」
「だが見つけただけでは意味がない」
「使えなければな」
レイガは腕を組む。
分かったような分からないような顔だ。
ゼクトは続ける。
「次は《纏》だ」
「まとい?」
「衝気を身体へ巡らせる技術」
「攻撃のためじゃない」
「まず自分を守るための技術だ」
レイガは首を傾げる。
ゼクトは足元の石を拾った。
そして自分の腕へ向かって投げる。
ゴッ。
石が当たる。
だがほとんど痛そうに見えない。
「今のが《纏》だ」
「へぇ」
「薄い鎧を全身へ着るイメージだな」
「鎧?」
「重い鉄の鎧じゃない」
「身体にぴったり張り付く見えない膜だ」
「それが衝気で作る鎧」
レイガの目が輝く。
「かっけぇ!」
「単純だな」
「かっこいいのは大事だろ」
ゼクトは少しだけ呆れた。
だが否定はしない。
興味を持つのも大事だ。
「《纏》ができれば怪我を減らせる」
「力も上がる」
「疲れにくくもなる」
「極端な話――」
ゼクトは少し考える。
そして言った。
「お前が昨日、暴走獣に吹き飛ばされても生きていた理由に近い」
「え?」
レイガが固まる。
「いや、あれ普通に痛かったぞ?」
「痛かった程度で済んでいる時点でおかしい」
「そうなのか?」
「そうだ」
ゼクトは深いため息を吐く。
本当に常識がない。
だがだからこそ面白い。
「とにかくやるぞ」
「今度は身体の外へ流すな」
「身体の表面へ広げる」
「川の水を堤防の中へ留めるような感覚だ」
レイガは真剣な顔になる。
「なるほど」
「分かったか?」
「全然分からん!」
「だろうな」
即答だった。
森の中に再びゼクトのため息が響く。そして朝から始まった修行は昼を過ぎていた。
「だから違う」
ゼクトが言う。
「衝気を身体の外へ出すな」
「身体に留める」
「難しいなぁ……」
レイガは地面へ寝転がった。
空を見上げる。
正直、衝気を出すより難しい。
出すだけなら感覚は掴めた。
だが纏うとなると別だった。
流れた衝気が身体の外へ逃げてしまう。
上手く留まらない。
「もう一回だ」
ゼクトが言う。
「おう」
レイガは立ち上がった。
目を閉じる。
身体の奥にある流れを探す。
胸の奥。
そこから全身へ。
腕へ。
脚へ。
肩へ。
首へ。
今までならそのまま外へ流していた。
だが今回は違う。
身体の表面。
皮膚のすぐ外側。
そこへ薄く広げる。
逃がさない。
留める。
何度も失敗した。
だが――。
ふわり。
レイガの身体の周囲に淡い揺らぎが生まれる。
まるで陽炎のような薄い膜。
ゼクトの目が細くなった。
「……」
揺らぎは消えない。
維持している。
レイガ本人も何かを感じたらしい。
「お?」
目を開く。
自分の腕を見る。
見えない。
だが感覚はある。
身体が少し軽い。
そして不思議と安心感があった。
「なんか変だな」
「成功だ」
「へ?」
「今のが《纏》だ」
レイガは数秒固まる。
そして。
「できたぁぁぁっ!!」
両手を上げて叫んだ。
森の鳥が飛び立つ。
「うるさい」
「やったぞ!」
「聞こえている」
ゼクトは呆れながらも内心驚いていた。
やはり早い。
早すぎる。
普通ならここで何日も足止めされる。
それなのにレイガは感覚だけで覚えてしまった。
(本当に未経験か……?)
疑いたくなるほどだった。
だが本人の反応を見る限り演技ではない。
本気で知らなかったのだろう。
ゼクトは一つ頷いた。
「なら確認する」
「確認?」
「実戦だ」
レイガが笑う。
「戦うのか!?」
「違う」
ゼクトは右手を前へ出した。
空中へ設計図が浮かび上がる。
幾何学模様。
複雑な線。
そして光が収束する。
カシャン。
一挺の拳銃が現れた。
レイガの顔が輝く。
「おお!」
「毎回その反応だな」
「だってすげぇし」
ゼクトは拳銃を構える。
そして。
レイガへ向けた。
「……ん?」
レイガの笑顔が止まった。
「ちょっと待て」
「なんだ」
「それ俺に向いてるよな?」
「向いている」
「なんで?」
「確認するからだ」
「何を!?」
「《纏》を」
当然のように言う。
レイガは嫌な予感しかしなかった。
「いやいやいや!」
「大丈夫だ」
「全然大丈夫そうに聞こえねぇ!」
ゼクトは無視した。
銃口を真っ直ぐ向ける。
そして静かに言う。
「《纏》を維持しろ」
「待てって!」
「撃つぞ」
「待て待て待て!」
「三」
「聞けよ!」
「二」
「話し合おう!」
「一」
「うおおおおおお!?」
レイガは慌てて衝気を纏う。
身体の周囲へ薄い膜が広がった。
それを確認した瞬間。
パンッ!!
乾いた銃声が森に響いた。
「うわああああっ!?」
レイガは反射的に両腕で顔を庇う。
次の瞬間。
バチッ!
何かが弾けるような音がした。
衝撃が腕に走る。
「いてっ!」
数歩よろめく。
だが倒れない。
恐る恐る腕を見る。
服の袖が少し破れていた。
皮膚も擦り傷のように赤くなっている。
しかしそれだけだった。
銃弾を受けたはずなのに。
腕に穴は開いていない。
血もほとんど出ていない。
レイガは目をぱちぱちさせた。
「……あれ?」
もう一度腕を見る。
やはり大した怪我はない。
「生きてる」
「当たり前だ」
ゼクトが言う。
「いやいや!」
レイガは慌てて指差した。
「撃っただろ!?」
「撃った」
「銃だったよな!?」
「銃だ」
「なんでこれだけなんだ!?」
ゼクトは肩をすくめる。
「だから《纏》だ」
レイガは腕を見下ろした。
先ほどまで感じていた衝気の膜。
今は少し薄くなっている。
「今、お前は弾丸を完全には防げていない」
「でも大半の威力は殺した」
「だからその程度で済んでいる」
レイガは感心したような声を出した。
「おおー……」
「感心している場合か」
ゼクトは呆れる。
「普通なら腕に穴が開いている」
「怖いこと言うなよ」
「事実だ」
そう言いながら近くの木へ歩く。
そして拳銃を構えた。
パンッ!
再び銃声。
木の幹に穴が開く。
木屑が飛び散った。
レイガは目を丸くする。
「うわ」
「これが本来の威力だ」
ゼクトは説明を続ける。
「《纏》はただの防御技術じゃない」
「界徒にとっての基礎だ」
「家で言えば土台」
「剣なら鞘」
「呼吸なら肺」
レイガは首を傾げた。
「最後のはよく分からん」
「つまり無いと話にならないということだ」
「なるほど」
それなら理解できたらしい。
ゼクトは頷く。
「衝気を扱う者同士の戦いでは特にな」
「攻撃を防ぐ」
「身体を守る」
「長時間動く」
「怪我を減らす」
「全部《纏》が前提になる」
「じゃあ強い奴ほど硬いのか?」
「基本的にはな」
レイガは少し考え込む。
そしてぽつりと呟いた。
「じゃあ昨日の獣も使ってたのか?」
ゼクトの目が少し細くなる。
「近い」
「暴走獣は理性がない」
「だが衝気そのものは持っている」
「だから普通の武器が効きにくい」
レイガは納得したように頷いた。
「あー」
「だから途中から斬れたのか」
「そうだ」
ゼクトはレイガを見る。
「お前は無意識に鉈へ衝気を流していた」
「だから傷を付けられた」
レイガは鉈を見下ろす。
今までただの道具だと思っていた。
だが違うらしい。
「なんか面白いな」
「面白いで済ませるな」
ゼクトはため息を吐く。
しかしレイガは楽しそうだった。
新しいことを知る度に目を輝かせる。
まるで子供だ。
「よし!」
レイガが拳を握る。
「次だ次!」
「まだあるんだろ!?」
「ある」
ゼクトは頷いた。
「《纏》を覚えたなら次の段階へ進める」
「おお!」
「今度は実際に衝気を動かす練習だ」
その言葉にレイガの目がさらに輝く。
そしてゼクトは内心で思った。
(吸収が異常に早いな……)
本当に数日前まで何も知らなかった人間なのか。
疑問は深まるばかりだった。
だが今は修行が先だ。
こうして二人の修行は次の段階へ進んでいく。




