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第六話 説明

レイガの家の中。


木の机を挟むようにして二人は向かい合っていた。


机の上には湯気の立つ木のコップ。


レイガが淹れた薬草茶らしい。


「飲め飲め」


「……ありがとう」


ゼクトは一口だけ飲む。


意外とまともだった。


レイガは既に飲み終わっている。


待ちきれない様子だ。


「それで!」


身を乗り出す。


「衝気って何なんだ!?」


「落ち着け」


「気になるんだよ!」


ゼクトは小さく息を吐いた。


説明することが多すぎる。


どこから話すべきか。


少し考えた後、最も基本的な部分から始めることにした。


「まず衝気だ」


「おう」


「衝気は、生物の精神・感情・生命力から生まれる特殊なエネルギーだ」


レイガは真剣に聞いている。


「簡単に言えば、人間や動物の中にある力だな」


「へぇ」


「誰の中にも存在する」


「俺にも?」


「ある」


「すげぇな」


ゼクトは頷く。


「ただし普通の人間は意識して扱えない」


「ふむふむ」


「訓練や才能によって初めて扱えるようになる」


レイガは腕を組む。


難しい話を理解しようとしている顔だ。


だが数秒後。


「つまり筋トレみたいなもんか?」


「違う」


即答だった。


「違うのか」


「全然違う」


「難しいな」


ゼクトは少し頭を押さえた。


まだ始まったばかりなのに先が不安だった。


「そして、その衝気を扱う者を界徒と呼ぶ」


「界徒」


初めて聞く単語を繰り返すレイガ。


「界徒は衝気を使い、戦い、調査し、人々を守る者達だ」


「へぇ」


「危険な異常現象や暴走獣への対処も行う」


レイガは少し考える。


そして倒した獣を思い出した。


「あのデカいのも?」


「ああ」


「なるほど」


ようやく繋がったらしい。


ゼクトは続ける。


「界徒という名前には色々な解釈があるが、一般的には『世界の境界を越えて戦う者』という意味で使われている」


「境界?」


「普通の人間が知らない世界と向き合う者達だ」


レイガはしばらく黙る。


そして。


「なんか格好いいな」


第一声がそれだった。


ゼクトは少しだけ呆れた。


「感想がそれか」


「だって格好いいだろ」


レイガは本気だった。


「俺も界徒なのか?」


「そのはずなんだが……」


ゼクトはそこで言葉を切る。


改めて考えてもおかしい。


衝気を知らない。


界徒も知らない。


それなのに暴走獣と戦える。


普通ではない。


レイガはそんな視線に気付かず笑った。


「じゃあ俺、今日初めて界徒って言葉知った!」


「普通はその前に知る」


「そうなのか!」


「そうだ」


ゼクトは再びため息を吐く。


「界徒になると、衝気を使えるようになるだけじゃない」


ゼクトは薬草茶を一口飲む。


レイガは机に身を乗り出していた。


「まだあるのか!?」


「ああ」


ゼクトは頷く。


「衝気を扱えるようになると、人によって特殊な能力が発現する」


「特殊能力!」


レイガの目が輝いた。


完全に好きそうな話だった。


「能力は大きく六つの系統に分類されている」


「六つもあるのか」


「まず強化系」


ゼクトは自分の腕を軽く叩く。


「身体能力を高める能力だ。力、速さ、耐久力。そういうものを強化する」


「おお!」


「例えば巨大な岩を持ち上げたり、獣の攻撃を受けても平気だったりな」


レイガは何度も頷く。


「便利そうだな!」


ゼクトは何とも言えない顔になった。


今の説明で真っ先に思い浮かぶのがお前なんだが。


とは言わなかった。


「次は放出系」


「放出?」


「衝気を飛ばして攻撃する」


ゼクトは窓の外を指差す。


「拳を振らなくても離れた相手を攻撃できる。衝撃波を飛ばしたり、弾丸のように撃ち出したりな」


「遠くから戦えるのか」


「そういうことだ」


レイガは感心している。


「ずるくないか?」


「近付かれる前に倒せるからな」


「やっぱりずるいな」


ゼクトは無視した。


「変質系は衝気の性質を変える能力だ」


「性質?」


「例えば熱くしたり、痺れさせたり、毒のような効果を持たせたり」


「おお!」


レイガは目を丸くする。


「火を出せたりするのか?」


「使い手次第だ」


「格好いいな」


本日何回目か分からない感想だった。


「構築系」


ゼクトはそう言って右手を上げる。


淡い光が集まる。


空中に幾何学模様が浮かび上がった。


レイガが椅子から立ち上がる。


「出た!!」


光が収束する。


そして一本のナイフが現れた。


「うおおおおお!!」


「座れ」


「無理だろこれ!?」


レイガは大興奮だった。


ゼクトはナイフを回しながら説明する。


「構築系は物を作り出す能力だ。武器や道具、機械なんかを構築する」


「すげぇ!」


「ただし何でも作れるわけじゃない」


「そうなのか?」


「構造を理解している物しか作れない」


「なるほど!」


全然分かってなさそうだった。


ゼクトは続ける。


「支配系は相手を拘束したり、行動を制限したりする能力だ」


「嫌な能力だな」


「敵にすると面倒だ」


「俺も嫌だ」


珍しく意見が一致した。


「最後が異質系」


ゼクトの表情が少し真面目になる。


「最も珍しい系統だ」


「何が違うんだ?」


「説明しにくい」


「ん?」


「他の五系統に当てはまらない能力全般だ」


レイガは首を傾げる。


ゼクトは少し考える。


「空間を捻じ曲げたり、未来を少しだけ見たり、常識では説明できない能力だと思えばいい」


「そんなのありか!?」


「だから異質系なんだ」


レイガはしばらく黙り込む。


そしてぽつりと言った。


「界徒ってすげぇな」


「そうだな」


ゼクトは頷く。


そして自分の胸を軽く指差した。


「ちなみに俺は構築系だ」


「やっぱり!」


「能力名は――」


一瞬だけ空中に光が走る。


複雑な設計図が浮かび上がる。


「《兵装設計図アーセナル・ブループリント》」


設計図が回転する。


銃。


盾。


ワイヤー。


ナイフ。


様々な武器の構造図が一瞬だけ浮かび上がった。


「衝気で設計図を再現し、武器を構築する能力だ」


レイガは口を開けたまま固まっていた。


数秒後。


「やっぱり何回見てもすげぇぇぇぇ!!」


机を叩きながら叫ぶ。


ゼクトは静かに薬草茶を飲むと一息ついた。


そして椅子にもたれかかった。


「……まあ、とにかくだ」


青灰色の瞳がレイガを見る。


「界徒っていうのは、衝気を扱う人間の総称だ」


「能力の種類も色々あるが、根本は同じだ」


「衝気を使う者。それが界徒だ」


レイガは「ふーん」と頷いた。


理解しているのか怪しい反応だった。


ゼクトは少し不安になる。


本当に分かったのか?


そんな疑問が浮かんだ直後。


レイガが手を挙げた。


「質問」


「なんだ」


「暴走獣って何だ?」


ゼクトは数秒考える。


どこから説明するべきか。


相手は衝気の存在すら知らなかった少年だ。


難しく説明しても伝わらない。


だからできるだけ簡単な言葉を選ぶ。


「そうだな……」


「簡単に言えば、衝気の影響で凶暴化した獣だ」


「凶暴化?」


「普通の動物が異常な量の衝気を浴びたり、取り込んだりすると変異することがある」


レイガは真剣な顔で聞いている。


ゼクトは続けた。


「体が異常に大きくなる」


「攻撃性が増す」


「生命力も強くなる」


「場合によっては能力まで持つ」


「だから危険なんだ」


レイガは顎に手を当てた。


「じゃあ今日のあいつも?」


「ああ」


「典型的な暴走獣だ」


ゼクトは即答した。


「あれでもまだ中程度だな」


「上にはもっと危険な個体がいる」


レイガの目が輝いた。


「もっとでかいのいるのか!?」


「そこに食いつくな」


即座にツッコミが飛ぶ。


レイガは気にしていない。


「見てみたいな」


「見たくない」


「なんでだよ」


「危険だからだ」


「面白そうなのに」


「面白そうで近付くな」


ゼクトは頭を押さえた。


この少年の思考回路がおかしいことは理解していたが、想像以上だった。


暴走獣の話を聞いて最初に出てくる感想が『見てみたい』なのはどうなんだ。


レイガはそんなゼクトを見ながら笑う。


「でもさ」


「なんだ」


「今日のあいつも強かったけど、最後は倒せたしな」


「……」


ゼクトは黙る。


その言葉に違和感があった。


普通の界徒なら言わない。


今日の戦いは決して楽な戦闘ではなかった。


ましてや未熟な界徒なら逃げ出していてもおかしくない。


だが目の前の少年は違う。


強かった。


それも異常なほど。


衝気を知らない。


界徒も知らない。


能力の基礎知識もない。


それなのに暴走獣と真正面から戦い、生き残った。


ゼクトは改めてレイガを見る。


明るく笑っているだけの普通の少年。


だが。


(本当に何者なんだ……)


心の中で呟く。


レイガ本人はそんな視線にも気付かない。


「なあなあ」


「今度また暴走獣いたら教えてくれよ」


「嫌だ」


「即答!?」


「即答だ」


ゼクトは真顔だった。


その返答にレイガは大声で笑う


レイガの笑い声が落ち着いた頃。


ゼクトは机に肘をつきながら、じっとレイガを見つめていた。


先ほどから気になっていることがある。


いや。


気になるどころではない。


本来ならあり得ないことだった。


「レイガ」


「ん?」


「一つ聞いていいか」


レイガは気軽に頷く。


「おう」


ゼクトは数秒だけ言葉を選んだ。


そして口を開く。


「お前、自分が何をやっていたか分かっているのか?」


「何って?」


「暴走獣と戦っていた時のことだ」


レイガは首を傾げる。


「普通に鉈で戦ってただけだけど」


「普通じゃない」


即答だった。


レイガが目を瞬かせる。


ゼクトは続けた。


「あの獣は暴走獣だ」


「説明した通り、普通の獣じゃない」


「生命力も防御力も異常だ」


「そして何より――」


そこで一度区切る。


青灰色の瞳が真っ直ぐレイガを見据えた。


「衝気を込めていない武器じゃまともなダメージは通らない」


レイガの表情が固まる。


「え?」


「お前の鉈だ」


「戦闘中、何度も衝気を纏っていた」


「だから暴走獣の皮膚を切り裂けた」


静かな声だった。


だがレイガにとっては意味が分からない話だった。


「いや待て待て」


「俺そんなことしてねぇぞ?」


「していた」


「覚えてない」


「だろうな」


ゼクトはため息を吐く。


だから困っているのだ。


もしレイガが界徒なら話は簡単だった。


未熟でも説明はつく。


だが。


目の前の少年は違う。


衝気を知らない。


界徒を知らない。


能力の存在も知らない。


それなのに。


暴走獣を傷つけた。


あり得ない。


本来なら。


ゼクトは机の上で指を組む。


「お前は衝気も知らなかった」


「界徒も知らなかった」


「能力のことも知らなかった」


「それなのに衝気を使っていた」


レイガは困った顔になる。


「いや、そう言われてもなぁ……」


「俺も分かんねぇし」


「だろうな」


ゼクトも同意した。


だからこそ疑問だった。


衝気は偶然使えるようなものではない。


まして無意識で扱い続けるなど聞いたことがない。


そして今日見た光景。


暴走獣の攻撃を受けても立ち上がる異常な耐久力。


異様な身体能力。


戦闘中に自然と武器へ纏われた衝気。


どれも説明がつかない。


ゼクトはゆっくり口を開いた。


「レイガ」


「なんだ?」


「お前――本当に何者なんだ?」


部屋の中が静かになる。


窓の外では夜風が吹いていた。


レイガ自身も答えを持っていない。


だから返事はできない。


ただ困ったように頭を掻くだけだった。


そしてゼクトはそんなレイガを見ながら考える。


(衝気も界徒も知らないのに衝気を扱える少年……)


(そんな奴、聞いたことがない)


小さな木造の家。


静かな夜。


二人の間に、新たな疑問だけが残されていた。

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