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第二一話 神隠しの夜

夜。


宿場町は静まり返っていた。


昼間の賑わいが嘘のようだ。


店の灯りも少ない。


人通りもほとんどない。


聞こえるのは風の音だけだった。



「じゃあ行ってくる!」


レイガが元気よく言う。


「元気だな……」


ゼクトは頭を抱えた。


囮役。


普通なら嫌がる。


だがレイガは違う。


むしろ楽しそうだった。


「本当に大丈夫なんですか?」


エルフィスが聞く。


「大丈夫だ!」


レイガは胸を叩く。


「俺強いし!」


「そういう問題ではありません」


即答だった。



今回の作戦は単純だった。


レイガが一人で夜道を歩く。


ゼクト。


エルフィス。


ヴェルド。


三人は離れた場所から監視する。


犯人が現れた瞬間。


一斉に動く。


それだけだ。


「無茶するなよ」


ゼクトが言う。


「分かってる」


「絶対分かってない」


「なんでだ?」


「お前だからだ」



やがて。


レイガは一人で歩き始めた。


石畳の道。


薄暗い街灯。


静かな夜道。


宿場町の外れへ向かう。


「暇だな」


ぽつりと呟く。


囮。


もっと緊張するものかと思っていた。


だが。


何も起きない。


十分。


二十分。


三十分。


誰も現れない。


「本当に来るのか?」


レイガは首を傾げる。



その頃。


屋根の上。


ゼクトが双眼鏡を覗いていた。


「異常なし」


通信機へ呟く。


『こちらも異常ありません』


エルフィスの声。


『つまらないなぁ』


ヴェルドの声も聞こえた。


「お前は黙ってろ」


ゼクトが即答する。



その時だった。


レイガが歩いている路地の奥。


ふわり。


何かが揺れた。


霧。


いや違う。


人影。


黒い影が一瞬だけ見えた。


そして。


消えた。


「……ん?」


レイガが立ち止まる。


今。


何かいた。


確かにいた。


だが。


次の瞬間には姿がない。



屋根の上のゼクトも気付いていた。


「今のは……」


双眼鏡を握る。


見失った。


一瞬だった。


本当に一瞬。


だが。


誰かがいた。


『ゼクトさん』


エルフィスの声が緊張を帯びる。


『私も見ました』


『うん』


珍しく。


ヴェルドも真面目な声だった。


『いるね』


『犯人かもしれない』


空気が変わる。


張り詰める。


レイガは足を止めていた。


「……なんだ?」


目の前。


路地の奥。


そこに違和感があった。


ほんの数秒前まで何もなかったはずだ。


だが今は違う。


そこには。


一枚の扉が立っていた。



古びた木製の扉。


壁もない。


建物もない。


ただ。


扉だけが存在している。


まるで。


最初からそこにあったかのように。


「なんだこれ?」


レイガは首を傾げる。


夜道の真ん中。


こんな場所に扉などあるはずがない。



屋根の上。


ゼクトも双眼鏡越しにそれを見ていた。


「……扉?」


思わず呟く。


おかしい。


あまりにも不自然だ。


さっきまで存在しなかった。


それだけは確かだった。


「エルフィス」


通信機へ話しかける。


『見えています』


即座に返事が来る。


『あれは明らかに異常です』


『ですよね』


ゼクトも同意した。



別の建物の上。


ヴェルドが面白そうに眺めていた。


『いいねぇ』


『怪しいねぇ』


『絶対怪しいねぇ』


「お前は静かにしてろ」


ゼクトが言う。


だが。


ヴェルドの言葉も間違ってはいなかった。


怪しすぎる。



ゼクトは扉を見つめる。


そして。


考える。


(間違いない)


普通の物ではない。


界徒の能力。


衝気。


能力によって作られた何か。


そう考えるのが自然だった。


(犯人か?)


失踪事件。


神隠し。


そして突然現れた扉。


偶然とは思えない。


(近くにいるはずだ)


能力で作った物なら。


使用者はそう遠くにいない。


周囲の建物。


屋根。


路地裏。


どこかで見ている可能性が高い。


ゼクトは神経を研ぎ澄ませた。



しかし。


レイガは。


「おー」


感心していた。


「不思議な扉だな!」


「待て」


ゼクトが即座に通信する。


「近付くな」


『まず観察だ』


『触るな』


『絶対触るな』



レイガは通信機を耳に当てた。


「なんでだ?」


『怪しいからだ!』


「確かに怪しい!」


『だったら近付くな!』


「なるほど!」


理解したらしい。


ゼクトが少し安心する。


だが。


次の瞬間。


レイガは歩き出した。


扉へ向かって。


『なんで近付いてる!?』


「怪しいから!」


『意味が分からん!!』



エルフィスが額を押さえる。


『ゼクトさん』


『はい』


『あの人は本当に考えて行動しているんですか?』


『俺も知りたい』


心の底からそう思った。



レイガは扉の前まで来る。


目の前で見ると。


ますます奇妙だった。


古い木目。


真鍮の取っ手。


傷だらけの表面。


本物にしか見えない。


だが。


そこに存在していること自体が異常だった。


「なぁ」


レイガが言う。


『なんだ』


「これ開けたらどうなると思う?」


『開けるな』


「なるほど」


『だから開けるな』


「うん」



沈黙。


数秒。


レイガは扉を見る。


好奇心全開だった。


そして。


ゆっくりと。


取っ手へ手を伸ばした。


『レイガァァァァ!!』


ゼクトの絶叫が夜空へ響く。


その瞬間。


誰も気付かなかった。


遠くの屋根の上。


暗闇の中から。


誰かが静かにその様子を見つめていたことに。


まるで。


獲物が罠へ近付く様子を観察するように。


レイガの指先が。


ゆっくりと扉の取っ手へ触れる。



その瞬間。


空気が変わった。


「!」


レイガの目が見開く。


目の前の景色が揺らいだ。


蜃気楼のように。


水面のように。


世界そのものが歪む。


「レイガ!」


ゼクトが叫ぶ。


屋根から飛び降りた。


エルフィスも動く。


ヴェルドも笑みを消した。


だが。


遅い。



ガチャリ。


扉が開いた。


その先には。


何もなかった。


部屋ではない。


通路でもない。


ただ。


真っ黒な空間。


底の見えない闇。


「おお?」


レイガが首を傾げる。


「なんだこれ」


次の瞬間。


ズルッ――


何かに引っ張られた。


「お?」


レイガの身体が前へ傾く。


そして。


そのまま闇へ吸い込まれる。


「レイガァ!!」


ゼクトが飛び込む。



しかし。


届かない。


レイガの身体は。


水の中へ落ちる石のように。


闇へ沈んでいく。


そして。


消えた。


完全に。


跡形もなく。



バタン。


扉が閉じる。


静寂。


数秒。


誰も言葉を発しなかった。


「……消えた?」


エルフィスが呟く。


「そんな馬鹿な」


ゼクトは扉へ駆け寄る。


取っ手を掴む。


開ける。


だが。


何もない。


そこにはただの路地が続いているだけだった。


「消えた……?」



その時。


ヴェルドがぽつりと言った。


「なるほど」


赤い瞳が細くなる。


「そういう能力か」


「分かったのか?」


ゼクトが聞く。


ヴェルドは扉があった場所を見る。


「完全には」


「でも予想はつく」


「転移系」


「もしくは空間系に近い能力」


「たぶんあの扉そのものが能力だ」



エルフィスも周囲を見る。


「つまり」


「今までの失踪者も?」


「同じだろうね」


ヴェルドが答える。


「突然消えたんじゃない」


「連れて行かれた」


その言葉に。


ゼクトの顔色が変わる。


もしそうなら。


失踪者たちはまだ生きている可能性がある。



その時だった。


コツ。


コツ。


コツ。


静かな足音。


三人が同時に振り返る。


誰かがいる。


路地の奥。


街灯の影。


そこに。


一人の人影が立っていた。


黒いロングコート。


細身の体格。


黒髪。


そして。


月明かりに照らされる古びた懐中時計。


男は穏やかに微笑んでいた。


「へぇ」


静かな声だった。


「まさか本当に引っかかるとは思いませんでした」



ゼクトの全身に緊張が走る。


エルフィスの手がレイピアへ伸びる。


ヴェルドだけが。


面白そうに笑った。


「君か」


男は軽く会釈する。


「こんばんは」


礼儀正しい口調だった。


だが。


その瞳だけは異様に冷たい。


「初めまして」


「……」


「それとも」


男は微笑みながら続ける。


「神隠しの犯人と言った方が分かりやすいでしょうか?」


夜風が吹いた。


そして。


ついに失踪事件の黒幕が。


三人の前へ姿を現した。

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