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第二十二話 犯人対面

夜風が吹く。


路地裏に静寂が落ちた。


誰も動かない。


ただ。


黒いロングコートの青年だけが穏やかに微笑んでいた。



「神隠しの犯人と言った方が分かりやすいでしょうか?」


青年はそう言った。


まるで世間話でもするような口調だった。


ゼクトの眉がぴくりと動く。


「……お前が」


低い声だった。


「失踪事件の犯人か?」


青年は少し考える素振りを見せた。


そして。


「犯人という表現は少し乱暴ですね」


穏やかに答える。


「私はノクト・クロウウェル」


「界徒試験の受験者です」


軽く会釈する。


まるで初対面の挨拶だった。



「受験者……?」


ゼクトが目を細める。


「そうです」


「皆さんと同じですよ」


ノクトは微笑む。


「もっとも」


「少しだけ事前準備をしていましたが」


その言葉に。


エルフィスの目が冷たくなる。


「事前準備?」


「ええ」


ノクトは懐中時計を開く。


カチリ。


小さな音が響いた。


「界徒試験は危険ですから」


「練習が必要でしょう?」



ゼクトは嫌な予感しかしなかった。


「その練習ってのが」


「失踪事件か?」


「はい」


即答だった。


まるで悪びれる様子もない。



空気が凍る。


エルフィスの指先がレイピアを握る。


ヴェルドだけが興味深そうだった。


「へぇ」


「認めるんだ」


「隠す意味がありませんから」


ノクトは笑う。


「どうせ皆さんは辿り着くでしょうし」



「レイガをどこへやった」


ゼクトが聞く。


「大丈夫ですよ」


ノクトは穏やかに答えた。


「少し眠るだけです」


「質問に答えろ」


「生きています」


「今のところは」


その一言で。


ゼクトの顔が険しくなる。



ノクトは続けた。


「私の能力は」


「《黄昏回廊トワイライト・コリドー》」


その瞬間。


空中に薄く衝気が広がった。


すると。


何もない空間に。


一枚の扉が浮かび上がる。


古びた木製の扉。


先程と同じものだった。



「見えない扉を作る能力です」


「その扉を通った者は」


「別の場所へ移動する」


「被害者は突然消えたように見える」


「周囲は誰も気付かない」


「実に便利でしょう?」


穏やかな説明だった。


だが。


話している内容は異常だった。



「それで」


エルフィスが口を開く。


声は冷たい。


「あなたはその能力で人を攫ったのですね」


「はい」


「何十人も」


「はい」


「監禁した」


「はい」


「実験のために」


「はい」


ノクトは全て肯定した。


まるで呼吸をするように。



沈黙。


数秒。


そして。


エルフィスの薄紫の瞳が細くなる。


「最低ですね」


その声には明確な嫌悪があった。



しかし。


ノクトは首を傾げる。


「そうでしょうか?」


「人間は極限状態で本性を見せます」


「恐怖」


「絶望」


「飢餓」


「孤独」


「非常に興味深い」


「皆違う反応をするんですよ」


楽しそうですらあった。



「人間を」


エルフィスが言う。


「観察用の動物か何かだと思っているのですか?」


「似たようなものでは?」


ノクトは微笑んだ。


その瞬間。


エルフィスの目から感情が消える。


完全な拒絶だった。



横で。


ヴェルドがぽつりと言う。


「でもさ」


ノクトが視線を向ける。


「君」


ヴェルドは笑った。


「殺してないんだ?」


「今のところは」


ノクトが答える。


「へぇ」


ヴェルドは少し残念そうだった。


「変わった奴だね」


「君にだけは言われたくありませんよ」


ノクトが初めて苦笑した。



ゼクトは二人を見て頭痛を覚えた。


どちらも異常者だった。


方向性が違うだけで。



そして。


ノクトは静かに一歩後ろへ下がる。


「さて」


「話はここまでです」


懐中時計が閉じられる。


カチリ。


小さな音。


その瞬間。


彼の背後に。


複数の扉が現れ始めた。


夜の路地に。


異様な数の扉が並ぶ。


まるで迷宮の入口のように。


「もし仲間を助けたいなら」


ノクトは微笑む。


「探しに来てください」


「彼も」


「他の失踪者も」


「全員そこにいますから」


夜風が吹く。


そして。


神隠しの犯人は。


静かに扉の一つへ手を掛けた。


その瞬間だった。


「待て」


低い声。


ゼクトだった。



青灰色の瞳が細くなる。


そして。


衝気が右手へ集まった。


光が収束する。


金属音。


次の瞬間。


ゼクトの手には黒い拳銃が握られていた。


兵装設計図アーセナル・ブループリント》。


構築系能力。


武器を生み出す力。



カチャリ。


安全装置が外れる。


銃口が真っ直ぐノクトを捉えた。


「……」


エルフィスが横目で見る。


ヴェルドは面白そうに笑った。



ゼクトの声は冷たい。


「レイガの場所を吐け」


ノクトは微笑んだままだった。


「断ると言ったら?」


「撃つ」


即答だった。



ゼクトは続ける。


「別に能力の仕組みなんかどうでもいい」


「お前を拘束して」


「警察に引き渡して」


「吐かせる方法はいくらでもある」


銃口はぶれない。


「レイガを返せ」



静寂。


数秒。


そして。


ノクトは小さく笑った。


「なるほど」


「冷静そうに見えて意外と短気ですね」


「質問に答えろ」


「嫌です」


即答だった。



ゼクトの指が引き金へ掛かる。


だが。


ノクトは全く慌てない。


それどころか。


少し楽しそうだった。



「撃っても構いませんよ」


「……何?」


「私が死ねば」


ノクトは微笑む。


「彼は二度と帰れませんから」



空気が凍った。


ゼクトの目が見開く。


エルフィスも眉をひそめる。



「《黄昏回廊》は私の能力です」


ノクトが言う。


「転送先へ辿り着く方法も」


「出口を開く方法も」


「私が知っています」


「つまり」


懐中時計を軽く揺らす。


「私が死ねば」


「レイガさんは永遠に閉じ込められる可能性があります」



ゼクトの表情が険しくなる。


脅しではない。


おそらく事実だ。


空間系能力。


能力者本人しか解除方法を知らない。


十分あり得る。



「卑怯ですね」


エルフィスが静かに言った。


ノクトは首を傾げる。


「そうでしょうか?」


「合理的なだけですよ」



ゼクトは舌打ちした。


最悪だった。


今すぐ撃ちたい。


だが撃てない。


レイガが人質になっている。



その時だった。


「ゼクトさん」


エルフィスが静かに声を掛ける。


「下げてください」


「……」


「今は撃つべきではありません」



ゼクトは歯を食いしばる。


分かっている。


分かっているのだ。


感情で動けば。


レイガを救えなくなる。



ゆっくりと。


銃口が下がった。


ノクトは穏やかに微笑む。


「賢明です」



だが。


その瞬間。


エルフィスの薄紫の瞳が冷たく光った。


「勘違いしないでください」


ノクトが視線を向ける。



「あなたを見逃したわけではありません」


「……」


「私はあなたのような人間が大嫌いです」


静かな声だった。


だが。


そこには明確な怒りがあった。



「努力も誇りも理解せず」


「人を実験動物のように扱う」


「実に不愉快ですね」



ノクトの笑みが少しだけ薄れる。


「……」


初めてだった。


彼の感情が微かに動いたのは。



そして。


ヴェルドが横から口を挟む。


「まぁまぁ」


二人が見る。


「とりあえず」


ヴェルドは楽しそうに笑った。


「レイガ助けに行こうよ」



赤い瞳が輝く。


「それにさ」


「こんな面白そうな能力」


「中がどうなってるか気になるじゃん?」



ゼクトは頭を抱えた。


エルフィスはため息を吐く。


ノクトは少し困った顔をした。



そして。


神隠しの犯人は扉へ半歩下がる。


「では」


「来られるものなら来てください」



複数の扉が夜の路地に並ぶ。


迷宮の入口。


異界への門。


その先には。


レイガ。


そして何十人もの失踪者。



ゼクトは拳銃を消した。


代わりに。


決意を固める。


「必ず見つける」



エルフィスがレイピアへ手を添える。


「当然です」



ヴェルドは笑う。


「楽しみだなぁ」



そして三人は。


神隠しの扉の先へ足を踏み入れる決意を固めた。


失踪事件の真相へ。


そして。


レイガ救出のために。

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