第二十二話 犯人対面
夜風が吹く。
路地裏に静寂が落ちた。
誰も動かない。
ただ。
黒いロングコートの青年だけが穏やかに微笑んでいた。
◇
「神隠しの犯人と言った方が分かりやすいでしょうか?」
青年はそう言った。
まるで世間話でもするような口調だった。
ゼクトの眉がぴくりと動く。
「……お前が」
低い声だった。
「失踪事件の犯人か?」
青年は少し考える素振りを見せた。
そして。
「犯人という表現は少し乱暴ですね」
穏やかに答える。
「私はノクト・クロウウェル」
「界徒試験の受験者です」
軽く会釈する。
まるで初対面の挨拶だった。
◇
「受験者……?」
ゼクトが目を細める。
「そうです」
「皆さんと同じですよ」
ノクトは微笑む。
「もっとも」
「少しだけ事前準備をしていましたが」
その言葉に。
エルフィスの目が冷たくなる。
「事前準備?」
「ええ」
ノクトは懐中時計を開く。
カチリ。
小さな音が響いた。
「界徒試験は危険ですから」
「練習が必要でしょう?」
◇
ゼクトは嫌な予感しかしなかった。
「その練習ってのが」
「失踪事件か?」
「はい」
即答だった。
まるで悪びれる様子もない。
◇
空気が凍る。
エルフィスの指先がレイピアを握る。
ヴェルドだけが興味深そうだった。
「へぇ」
「認めるんだ」
「隠す意味がありませんから」
ノクトは笑う。
「どうせ皆さんは辿り着くでしょうし」
◇
「レイガをどこへやった」
ゼクトが聞く。
「大丈夫ですよ」
ノクトは穏やかに答えた。
「少し眠るだけです」
「質問に答えろ」
「生きています」
「今のところは」
その一言で。
ゼクトの顔が険しくなる。
◇
ノクトは続けた。
「私の能力は」
「《黄昏回廊》」
その瞬間。
空中に薄く衝気が広がった。
すると。
何もない空間に。
一枚の扉が浮かび上がる。
古びた木製の扉。
先程と同じものだった。
◇
「見えない扉を作る能力です」
「その扉を通った者は」
「別の場所へ移動する」
「被害者は突然消えたように見える」
「周囲は誰も気付かない」
「実に便利でしょう?」
穏やかな説明だった。
だが。
話している内容は異常だった。
◇
「それで」
エルフィスが口を開く。
声は冷たい。
「あなたはその能力で人を攫ったのですね」
「はい」
「何十人も」
「はい」
「監禁した」
「はい」
「実験のために」
「はい」
ノクトは全て肯定した。
まるで呼吸をするように。
◇
沈黙。
数秒。
そして。
エルフィスの薄紫の瞳が細くなる。
「最低ですね」
その声には明確な嫌悪があった。
◇
しかし。
ノクトは首を傾げる。
「そうでしょうか?」
「人間は極限状態で本性を見せます」
「恐怖」
「絶望」
「飢餓」
「孤独」
「非常に興味深い」
「皆違う反応をするんですよ」
楽しそうですらあった。
◇
「人間を」
エルフィスが言う。
「観察用の動物か何かだと思っているのですか?」
「似たようなものでは?」
ノクトは微笑んだ。
その瞬間。
エルフィスの目から感情が消える。
完全な拒絶だった。
◇
横で。
ヴェルドがぽつりと言う。
「でもさ」
ノクトが視線を向ける。
「君」
ヴェルドは笑った。
「殺してないんだ?」
「今のところは」
ノクトが答える。
「へぇ」
ヴェルドは少し残念そうだった。
「変わった奴だね」
「君にだけは言われたくありませんよ」
ノクトが初めて苦笑した。
◇
ゼクトは二人を見て頭痛を覚えた。
どちらも異常者だった。
方向性が違うだけで。
◇
そして。
ノクトは静かに一歩後ろへ下がる。
「さて」
「話はここまでです」
懐中時計が閉じられる。
カチリ。
小さな音。
その瞬間。
彼の背後に。
複数の扉が現れ始めた。
夜の路地に。
異様な数の扉が並ぶ。
まるで迷宮の入口のように。
「もし仲間を助けたいなら」
ノクトは微笑む。
「探しに来てください」
「彼も」
「他の失踪者も」
「全員そこにいますから」
夜風が吹く。
そして。
神隠しの犯人は。
静かに扉の一つへ手を掛けた。
その瞬間だった。
「待て」
低い声。
ゼクトだった。
◇
青灰色の瞳が細くなる。
そして。
衝気が右手へ集まった。
光が収束する。
金属音。
次の瞬間。
ゼクトの手には黒い拳銃が握られていた。
《兵装設計図》。
構築系能力。
武器を生み出す力。
◇
カチャリ。
安全装置が外れる。
銃口が真っ直ぐノクトを捉えた。
「……」
エルフィスが横目で見る。
ヴェルドは面白そうに笑った。
◇
ゼクトの声は冷たい。
「レイガの場所を吐け」
ノクトは微笑んだままだった。
「断ると言ったら?」
「撃つ」
即答だった。
◇
ゼクトは続ける。
「別に能力の仕組みなんかどうでもいい」
「お前を拘束して」
「警察に引き渡して」
「吐かせる方法はいくらでもある」
銃口はぶれない。
「レイガを返せ」
◇
静寂。
数秒。
そして。
ノクトは小さく笑った。
「なるほど」
「冷静そうに見えて意外と短気ですね」
「質問に答えろ」
「嫌です」
即答だった。
◇
ゼクトの指が引き金へ掛かる。
だが。
ノクトは全く慌てない。
それどころか。
少し楽しそうだった。
◇
「撃っても構いませんよ」
「……何?」
「私が死ねば」
ノクトは微笑む。
「彼は二度と帰れませんから」
◇
空気が凍った。
ゼクトの目が見開く。
エルフィスも眉をひそめる。
◇
「《黄昏回廊》は私の能力です」
ノクトが言う。
「転送先へ辿り着く方法も」
「出口を開く方法も」
「私が知っています」
「つまり」
懐中時計を軽く揺らす。
「私が死ねば」
「レイガさんは永遠に閉じ込められる可能性があります」
◇
ゼクトの表情が険しくなる。
脅しではない。
おそらく事実だ。
空間系能力。
能力者本人しか解除方法を知らない。
十分あり得る。
◇
「卑怯ですね」
エルフィスが静かに言った。
ノクトは首を傾げる。
「そうでしょうか?」
「合理的なだけですよ」
◇
ゼクトは舌打ちした。
最悪だった。
今すぐ撃ちたい。
だが撃てない。
レイガが人質になっている。
◇
その時だった。
「ゼクトさん」
エルフィスが静かに声を掛ける。
「下げてください」
「……」
「今は撃つべきではありません」
◇
ゼクトは歯を食いしばる。
分かっている。
分かっているのだ。
感情で動けば。
レイガを救えなくなる。
◇
ゆっくりと。
銃口が下がった。
ノクトは穏やかに微笑む。
「賢明です」
◇
だが。
その瞬間。
エルフィスの薄紫の瞳が冷たく光った。
「勘違いしないでください」
ノクトが視線を向ける。
◇
「あなたを見逃したわけではありません」
「……」
「私はあなたのような人間が大嫌いです」
静かな声だった。
だが。
そこには明確な怒りがあった。
◇
「努力も誇りも理解せず」
「人を実験動物のように扱う」
「実に不愉快ですね」
◇
ノクトの笑みが少しだけ薄れる。
「……」
初めてだった。
彼の感情が微かに動いたのは。
◇
そして。
ヴェルドが横から口を挟む。
「まぁまぁ」
二人が見る。
「とりあえず」
ヴェルドは楽しそうに笑った。
「レイガ助けに行こうよ」
◇
赤い瞳が輝く。
「それにさ」
「こんな面白そうな能力」
「中がどうなってるか気になるじゃん?」
◇
ゼクトは頭を抱えた。
エルフィスはため息を吐く。
ノクトは少し困った顔をした。
◇
そして。
神隠しの犯人は扉へ半歩下がる。
「では」
「来られるものなら来てください」
◇
複数の扉が夜の路地に並ぶ。
迷宮の入口。
異界への門。
その先には。
レイガ。
そして何十人もの失踪者。
◇
ゼクトは拳銃を消した。
代わりに。
決意を固める。
「必ず見つける」
◇
エルフィスがレイピアへ手を添える。
「当然です」
◇
ヴェルドは笑う。
「楽しみだなぁ」
◇
そして三人は。
神隠しの扉の先へ足を踏み入れる決意を固めた。
失踪事件の真相へ。
そして。
レイガ救出のために。




