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第二話 森の異変


―ドォォォン!!


森の奥から響いた轟音。


静寂に包まれていた夜を切り裂くような音だった。


レイガは縁側から立ち上がる。


琥珀色の瞳が音のした方角へ向く。


暗い森。


遠くの木々の向こう。


何かがあった。


「なんだろうな」


普通なら近付かない。


危険かもしれない。


そう考えるはずだ。


だがレイガは違った。


「見に行ってみるか」


好奇心の方が勝った。


家の中へ戻る。


壁に立て掛けてあった鉈を手に取る。


森で木を切る時や獲物を解体する時に使う愛用品だ。


腰へ差し込む。


そして迷うことなく夜の森へ飛び込んだ。


木々の間を走る。


月明かりだけが森を照らしていた。


風が吹く。


枝が揺れる。


夜の森は昼とは別世界だった。


だがレイガにとっては慣れたものだ。


足元の根を避ける。


低い枝を飛び越える。


暗闇の中でもほとんど速度を落とさない。


「何だったんだろうな」


わくわくした声だった。


危険を感じていないわけではない。


それ以上に興味が勝っているだけだ。


しばらく進んだところで、レイガは足を止めた。


「ん?」


木が折れていた。


一本や二本ではない。


周囲一帯の木々が無残にへし折れている。


地面も抉れていた。


まるで何か巨大な物が暴れ回ったような痕跡。


レイガはしゃがみ込む。


地面へ視線を向けた。


そこには足跡があった。


異様なほど大きい。


人間ではない。


かといって見慣れた獣とも違う。


「熊か?」


思わず呟く。


だが違う。


熊ならレイガも何度か見たことがある。


こんな足跡ではない。


こんな壊れ方もしない。


何より――


「でかすぎるだろ」


足跡だけでレイガの上半身ほどあった。


森の奥から嫌な気配が漂ってくる。


動物達の鳴き声も聞こえない。


異常だった。


それでもレイガは引き返さない。


むしろ興味が強くなる。


「面白そうだな」


笑みを浮かべる。


そして再び森の奥へ進んだ。



同じ頃。


森から少し離れた街道。


一人の青年が歩いていた。


銀灰色の髪。


黒いジャケット。


腰には工具ポーチ。


整備士のような格好だが、その目付きは職人というより戦士に近い。


青灰色の瞳が夜の森を見つめる。


足を止めた。


「……」


何かを感じた。


空気の違和感。


見えない波のようなもの。


それを感じ取った瞬間、青年は小さく眉をひそめる。


「暴走獣か……」


面倒そうに息を吐いた。


目的地まではまだ距離がある。


余計な寄り道はしたくない。


だが放置もできない。


もし近くの集落へ向かえば被害が出る。


青年は数秒だけ考える。


そして方向を変えた。


街道から外れる。


森へ入る。


「最悪だな」


呟きながらも足取りは迷いがない。


そのまま夜の森の中へ姿を消していった。


一方その頃。


さらに森の奥では。


レイガが巨大な何かの気配へ向かって進み続けていた。


木々をかき分けながら進んでいたレイガは、不意に足を止めた。


「……」


空気が違う。


風が重い。


獣の匂い。


それも普通の獣ではない。


目の前に広がるのは、まるで嵐が通り過ぎた後のような光景だった。


大木が何本も折れている。


地面は抉れ。


岩は砕け。


周囲一帯が滅茶苦茶になっていた。


その中心に――いた。


「……おお」


思わず声が漏れる。


巨大な影。


月明かりに照らされたそれは、狼と熊を無理やり混ぜ合わせたような異形だった。


全長は四メートルを超えている。


いや、五メートル近い。


黒ずんだ体毛。


異様に発達した前脚。


口元から伸びる鋭い牙。


そして何より。


暗闇の中で赤く光る両目。


獣はこちらを見ていた。


低い唸り声が響く。


グルルルルル……。


その声だけで周囲の空気が震える。


普通の人間なら逃げ出していた。


だが。


レイガは違った。


「でっけぇな!」


目を輝かせる。


恐怖より先に感動した。


今まで見たことのない生き物。


こんな巨大な獣は知らない。


しばらく見上げていたが、やがて口元がにやりと吊り上がる。


「面白そう!」


言った瞬間だった。


獣が咆哮する。


ガアアアアアアアアアアッ!!


轟音。


周囲の木々が震えた。


鳥達が一斉に飛び立つ。


しかしレイガは一歩も退かない。


むしろ腰の鉈へ手を伸ばした。


鞘から引き抜く。


月光を反射して刃が光った。


森で木を切るための道具。


獣を相手にする武器ではない。


だがレイガは気にしない。


「よし!」


鉈を構える。


獣もまた地面を蹴った。


巨大な体が信じられない速度で迫る。


地面が揺れる。


木々が揺れる。


レイガの髪が風圧でなびいた。


だがその瞬間。


レイガも前へ飛び出していた。


「おおおおっ!」


真正面から。


巨大な獣へ向かって。


鉈を握ったまま一直線に。


激突まであと数秒。


夜の森に、少年と異形の獣の戦いが幕を開けた。

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