第十八話 白銀の剣士
翌朝。
三人は試験会場を目指して街道を進んでいた。
空は晴天。
雲一つない青空が広がっている。
「いい天気だな!」
レイガが大きく伸びをする。
「そうだな」
ゼクトが答える。
「うん」
ヴェルドも頷いた。
平和だった。
少なくとも今は。
昨日まで犯罪組織との大乱戦をしていたとは思えないほどに。
◇
街道を歩きながら。
三人は雑談していた。
「そういやさ」
レイガがヴェルドを見る。
「お前いくつなんだ?」
「二十一」
「おー」
レイガは頷く。
「俺十七だ」
「若いなぁ」
「ゼクトは?」
「十八」
「へぇ」
ヴェルドが少し驚く。
「年下だったんだ」
「何だと思ってた」
「二十五くらい」
「なんでだ」
「苦労人の顔してるから」
「お前のせいだ」
即答だった。
ヴェルドは笑う。
レイガも笑う。
ゼクトだけが笑わない。
◇
しばらく進む。
途中。
馬車へ乗る。
さらに乗合バスへ乗る。
また歩く。
試験会場は思った以上に遠かった。
「なぁ」
レイガが窓の外を見る。
「結構遠いんだな」
「まぁな」
ゼクトが答える。
「界徒試験は国中から受験者が来る」
「だから場所も簡単には分からないようになってる」
「へぇ」
レイガは感心した。
「じゃあ試験会場ってどんな場所なんだ?」
「知らん」
「知らねぇのかよ!」
「俺も受けるの初めてだ」
「なるほど!」
レイガは納得した。
横でヴェルドが口を開く。
「僕は闘技場みたいな場所だと思ってたな」
「なんでだ?」
「だって試験だろ?」
「うん」
「強い奴らが集まる」
「うん」
「戦う」
「うん」
「楽しそう」
「お前基準で考えるな」
ゼクトが即座にツッコむ。
◇
昼頃。
三人は小さな町へ到着した。
街道沿いに作られた宿場町。
旅人向けの店が並んでいる。
飲食店。
雑貨屋。
宿屋。
市場。
活気のある町だった。
「おおー!」
レイガが目を輝かせる。
「また町だ!」
「昨日も町だったろ」
「でも違うぞ!」
「何がだ」
「雰囲気!」
「なんとなく分かるのが腹立つな」
ゼクトは呆れた。
◇
町へ入った三人は、しばらく周囲を見て回ることにした。
宿場町だけあって、人の流れは絶えない。
荷馬車を引く商人。
大きな荷物を背負った旅人。
護衛らしき剣士たち。
様々な人々が行き交っている。
「こういう場所って見てるだけでも面白いな!」
レイガはきょろきょろと辺りを見回す。
「あんまりよそ見してると人にぶつかるぞ」
ゼクトが注意する。
「大丈夫だ!」
そう言った直後。
レイガは通り過ぎた男性と肩をぶつけそうになった。
「危なっ!」
「ほら見ろ」
「今のは相手が避けたからセーフ!」
「アウトだ」
ゼクトは即答した。
ヴェルドはそんな二人を見ながら苦笑する。
「仲良いよね」
「どこがだ」
「どこがだ!」
二人の声が重なった。
今度はヴェルドが笑う番だった。
◇
市場の近くを歩く。
屋台から良い匂いが漂う。
「腹減った」
レイガが言う。
「さっき食べただろ」
「歩いたから減った」
「燃費悪すぎるだろ」
「育ち盛りなんだ」
「便利な言葉だな」
ゼクトはため息を吐く。
その横で。
ヴェルドも真剣な顔をしていた。
「実は僕も少しお腹が空いた」
「お前もか」
「戦うとお腹減るんだよね」
「普通の人はそんな頻度で戦わない」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
◇
三人は屋台で軽く串焼きを買うことにした。
香ばしい匂いが食欲を刺激する。
「うまっ!」
レイガが一口食べて叫ぶ。
「大げさだな」
そう言いながらゼクトも食べる。
確かに悪くない味だった。
ヴェルドは黙々と食べている。
気付けば一番早く食べ終わっていた。
「もうないの?」
「食うの早すぎるだろ」
「美味しかったから」
ヴェルドは少し残念そうだった。
◇
三人は町の中心部へ向かう。
人通りも増えてきた。
旅人。
商人。
冒険者らしき者たち。
様々な人々が行き交う。
その中で。
ふと。
ゼクトが違和感を覚えた。
「ん?」
視線を向ける。
広場の方だった。
何やら人だかりができている。
ざわざわと騒がしい。
誰かが叫んでいる声も聞こえる。
「何だ?」
レイガも気付いた。
「なんかあったのか?」
「さぁな」
ゼクトが目を細める。
すると。
次の瞬間。
広場の方から女性の悲鳴が響いた。
「誰か!」
「捕まえてください!」
人々がどよめく。
そして。
人混みを掻き分けるように、一人の男が全力で走り抜けていった。
何かを抱えている。
財布だった。
「スリか」
ゼクトが呟く。
だが。
レイガは既に動いていた。
「あっ!」
「おい待て!」
ゼクトが叫ぶ。
しかし遅い。
レイガは笑顔で飛び出した。
「捕まえればいいんだな!!」
そう叫びながら。
レイガは人混みを蹴散らす勢いで飛び出した。
「おい待てレイガ!」
ゼクトも慌てて追いかける。
「ははは!」
ヴェルドも楽しそうに後を追った。
「また始まったね」
「他人事みたいに言うな!」
ゼクトが叫ぶ。
◇
スリの男は必死だった。
人混みを縫うように走る。
屋台を飛び越え。
通行人を押し退ける。
「どけぇ!!」
だが。
後ろから聞こえてくる声に背筋が凍った。
「待てーーー!!」
振り返る。
そこには。
満面の笑顔で追いかけてくるレイガ。
速い。
異常に速い。
「なんなんだアイツ!?」
男はさらに速度を上げる。
しかし。
距離はどんどん縮まっていく。
「もう少しで捕まえられる!」
レイガが拳を握る。
あと数歩。
その時だった。
◇
男の進行方向。
広場へ続く石畳の道。
そこに一人の人物が立っていた。
長い銀白髪。
白いロングコート。
腰には細身のレイピア。
まるで絵画から抜け出してきたような美しい人物だった。
男か女か。
一瞬では判別できない。
だが。
その人物は逃げてくるスリを見ても慌てない。
むしろ。
小さくため息を吐いた。
「騒がしいですね」
静かな声だった。
◇
「どけぇぇぇ!!」
スリが叫ぶ。
そのまま突っ込む。
普通なら避ける。
だが。
銀髪の人物は動かなかった。
代わりに。
腰のレイピアへ手を添える。
次の瞬間。
キィン――
澄んだ音が響いた。
何が起きたのか。
周囲の誰も理解できなかった。
ただ。
スリの男だけが気付く。
気付いた時には遅かった。
男の足元。
靴紐。
ベルト。
上着の留め具。
持っていた財布を包む袋。
それら全てが綺麗に切断されていた。
「え?」
男が呆ける。
次の瞬間。
ズボンがずり落ちた。
「なっ!?」
さらに上着も脱げる。
袋も裂ける。
盗んだ財布が宙へ舞った。
「うわぁぁぁっ!?」
慌てて掴もうとした男は。
そのまま足をもつれさせて盛大に転んだ。
ドガァッ!!
顔面から石畳へ突っ込む。
完全に気絶した。
◇
静寂。
数秒。
誰も状況を理解できなかった。
やがて。
パチパチパチ。
周囲から拍手が起こる。
「すごい!」
「いつ抜いたんだ!?」
「見えなかったぞ!」
歓声が上がる。
銀髪の人物は落ちていた財布を拾った。
そして。
持ち主らしき女性へ優雅に差し出す。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
女性は何度も頭を下げた。
◇
そこへ。
レイガたちが到着する。
「おおー!」
レイガが目を輝かせた。
「すげぇ!!」
ゼクトも思わず目を見開く。
今の剣技。
かなりの腕前だった。
ヴェルドも興味深そうに細める。
「へぇ」
そして。
銀髪の人物が振り返った。
薄紫の瞳。
整い過ぎた顔立ち。
風に揺れる銀髪。
レイガは思わず言った。
「綺麗な姉ちゃんだな!」
一瞬。
空気が固まった。
ゼクトは嫌な予感がした。
ヴェルドは面白そうに笑う。
そして。
銀髪の人物は。
にこりともせず。
静かに言った。
「失礼ですね」
その声は。
間違いなく男性だった。
「私は男です」
その一言で。
レイガは完全に固まっていた。
「……男?」
「男です」
「本当に?」
「本当にです」
「嘘じゃなくて?」
「嘘をつく理由がありません」
エルフィスは真顔だった。
レイガは数秒考える。
そして。
「でもめちゃくちゃ女みたいだぞ?」
「レイガ」
ゼクトが肩を掴んだ。
「それ以上はやめろ」
「なんでだ?」
「これ以上は怒られる」
「怒りませんよ」
エルフィスは微笑んだ。
だが。
目が笑っていなかった。
ゼクトは確信する。
怒っている。
かなり怒っている。
◇
その後。
スリ騒動のお礼として。
財布の持ち主の女性が食事代を出してくれることになった。
四人は町でも評判のおしゃれな喫茶店へ入る。
白い壁。
綺麗なシャンデリア。
木製のテーブル。
落ち着いた雰囲気だった。
レイガは店内を見回す。
「なんか高そうだな」
「実際高い」
ゼクトが言う。
「ほへぇ……」
レイガは感心する。
ヴェルドはメニューを見ていた。
「ケーキ美味しそう」
「意外だな」
「甘い物好きなんだ」
「へぇ」
ゼクトは少し驚いた。
殺人鬼の口から出る話題ではなかった。
◇
注文が終わる。
しばらくして料理が運ばれてきた。
エルフィスは優雅に紅茶を飲む。
姿勢が綺麗だった。
所作も綺麗だった。
レイガがじっと見ている。
「なんですか?」
「いや」
レイガは正直に言った。
「やっぱ女みたいだな」
「まだ言いますか」
エルフィスのこめかみに青筋が浮いた。
ゼクトは頭を抱える。
ヴェルドは面白そうに眺めている。
◇
話題は自然と旅の話になった。
「そういえば」
エルフィスが紅茶を置く。
「皆さんは何をしにこの町へ?」
レイガは即答した。
「試験だ」
「試験?」
「俺たち正式な界徒になるために界徒試験へ向かってるんだよ」
その瞬間。
エルフィスが固まった。
「……え?」
「ん?」
「あなた達もですか?」
今度はレイガ達が驚く番だった。
「もしかして」
ヴェルドが口を開く。
「君も?」
エルフィスは頷いた。
「ええ」
「私も界徒試験の受験者です」
「おお!」
レイガが目を輝かせる。
「仲間じゃねぇか!」
「まだ受験前ですけどね」
エルフィスは苦笑した。
◇
そして。
エルフィスは椅子から少し立ち上がる。
「失礼しました」
「まだ名乗っていませんでしたね」
軽く胸へ手を当てる。
貴族らしい綺麗な礼だった。
「エルフィス・フォン・ローゼンベルク」
「界徒試験受験予定者です」
ゼクトの動きが止まった。
「……は?」
「ん?」
レイガは分かっていない。
だが。
ゼクトは知っていた。
「ローゼンベルクって……」
エルフィスが首を傾げる。
「おや」
「ご存知ですか?」
「いや待て」
ゼクトはエルフィスを見た。
「もしかして」
「代々界徒を輩出してるローゼンベルク家か?」
エルフィスは少し驚いた。
「正解です」
「知っている人は珍しいですね」
◇
レイガは首を傾げる。
「なんだそれ?」
「有名なのか?」
ゼクトは頷く。
「有名どころじゃない」
「界徒について調べてた時に見たことがある」
そして指を折る。
「二百年前に大陸戦争を終結させた界徒」
「世界規模のテロ組織を壊滅させた界徒」
「海賊国家を単独で制圧した界徒」
「歴史の教科書に載るような奴らだ」
レイガの目が丸くなる。
「すげぇ!!」
「だろ?」
ゼクトも素直に認める。
その時。
ヴェルドも頷いた。
「うん」
「裏社会でも有名だよ」
「ローゼンベルク家の人間には関わるなって言われるくらいには」
エルフィスは苦笑した。
「それは光栄ですね」
そして。
紅茶を一口飲む。
さらに。
とんでもないことを言った。
「ちなみに」
「今ゼクトさんが挙げた方々ですが」
三人が見る。
エルフィスは平然としていた。
「全部身内です」
沈黙。
数秒。
そして。
「は?」
ゼクト。
「え?」
レイガ。
「へぇ」
ヴェルド。
三者三様の反応だった。
エルフィスは優雅に微笑む。
「祖父や曾祖父、そのまた先祖ですね」
「まぁ」
「比較対象としては最悪なんですが」
そう言って苦笑した。
その瞬間。
ゼクトは理解した。
この男。
見た目のインパクトだけじゃない。
とんでもない名門出身だった。
そして同時に。
界徒試験へ向かう仲間が。
また一人増えようとしていた。




