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第十八話 白銀の剣士

翌朝。


三人は試験会場を目指して街道を進んでいた。


空は晴天。


雲一つない青空が広がっている。


「いい天気だな!」


レイガが大きく伸びをする。


「そうだな」


ゼクトが答える。


「うん」


ヴェルドも頷いた。


平和だった。


少なくとも今は。


昨日まで犯罪組織との大乱戦をしていたとは思えないほどに。



街道を歩きながら。


三人は雑談していた。


「そういやさ」


レイガがヴェルドを見る。


「お前いくつなんだ?」


「二十一」


「おー」


レイガは頷く。


「俺十七だ」


「若いなぁ」


「ゼクトは?」


「十八」


「へぇ」


ヴェルドが少し驚く。


「年下だったんだ」


「何だと思ってた」


「二十五くらい」


「なんでだ」


「苦労人の顔してるから」


「お前のせいだ」


即答だった。


ヴェルドは笑う。


レイガも笑う。


ゼクトだけが笑わない。



しばらく進む。


途中。


馬車へ乗る。


さらに乗合バスへ乗る。


また歩く。


試験会場は思った以上に遠かった。


「なぁ」


レイガが窓の外を見る。


「結構遠いんだな」


「まぁな」


ゼクトが答える。


「界徒試験は国中から受験者が来る」


「だから場所も簡単には分からないようになってる」


「へぇ」


レイガは感心した。


「じゃあ試験会場ってどんな場所なんだ?」


「知らん」


「知らねぇのかよ!」


「俺も受けるの初めてだ」


「なるほど!」


レイガは納得した。


横でヴェルドが口を開く。


「僕は闘技場みたいな場所だと思ってたな」


「なんでだ?」


「だって試験だろ?」


「うん」


「強い奴らが集まる」


「うん」


「戦う」


「うん」


「楽しそう」


「お前基準で考えるな」


ゼクトが即座にツッコむ。



昼頃。


三人は小さな町へ到着した。


街道沿いに作られた宿場町。


旅人向けの店が並んでいる。


飲食店。


雑貨屋。


宿屋。


市場。


活気のある町だった。


「おおー!」


レイガが目を輝かせる。


「また町だ!」


「昨日も町だったろ」


「でも違うぞ!」


「何がだ」


「雰囲気!」


「なんとなく分かるのが腹立つな」


ゼクトは呆れた。



町へ入った三人は、しばらく周囲を見て回ることにした。


宿場町だけあって、人の流れは絶えない。


荷馬車を引く商人。


大きな荷物を背負った旅人。


護衛らしき剣士たち。


様々な人々が行き交っている。


「こういう場所って見てるだけでも面白いな!」


レイガはきょろきょろと辺りを見回す。


「あんまりよそ見してると人にぶつかるぞ」


ゼクトが注意する。


「大丈夫だ!」


そう言った直後。


レイガは通り過ぎた男性と肩をぶつけそうになった。


「危なっ!」


「ほら見ろ」


「今のは相手が避けたからセーフ!」


「アウトだ」


ゼクトは即答した。


ヴェルドはそんな二人を見ながら苦笑する。


「仲良いよね」


「どこがだ」


「どこがだ!」


二人の声が重なった。


今度はヴェルドが笑う番だった。



市場の近くを歩く。


屋台から良い匂いが漂う。


「腹減った」


レイガが言う。


「さっき食べただろ」


「歩いたから減った」


「燃費悪すぎるだろ」


「育ち盛りなんだ」


「便利な言葉だな」


ゼクトはため息を吐く。


その横で。


ヴェルドも真剣な顔をしていた。


「実は僕も少しお腹が空いた」


「お前もか」


「戦うとお腹減るんだよね」


「普通の人はそんな頻度で戦わない」


「そうなんだ」


「そうなんだよ」



三人は屋台で軽く串焼きを買うことにした。


香ばしい匂いが食欲を刺激する。


「うまっ!」


レイガが一口食べて叫ぶ。


「大げさだな」


そう言いながらゼクトも食べる。


確かに悪くない味だった。


ヴェルドは黙々と食べている。


気付けば一番早く食べ終わっていた。


「もうないの?」


「食うの早すぎるだろ」


「美味しかったから」


ヴェルドは少し残念そうだった。



三人は町の中心部へ向かう。


人通りも増えてきた。


旅人。


商人。


冒険者らしき者たち。


様々な人々が行き交う。


その中で。


ふと。


ゼクトが違和感を覚えた。


「ん?」


視線を向ける。


広場の方だった。


何やら人だかりができている。


ざわざわと騒がしい。


誰かが叫んでいる声も聞こえる。


「何だ?」


レイガも気付いた。


「なんかあったのか?」


「さぁな」


ゼクトが目を細める。


すると。


次の瞬間。


広場の方から女性の悲鳴が響いた。


「誰か!」


「捕まえてください!」


人々がどよめく。


そして。


人混みを掻き分けるように、一人の男が全力で走り抜けていった。


何かを抱えている。


財布だった。


「スリか」


ゼクトが呟く。


だが。


レイガは既に動いていた。


「あっ!」


「おい待て!」


ゼクトが叫ぶ。


しかし遅い。


レイガは笑顔で飛び出した。


「捕まえればいいんだな!!」


そう叫びながら。


レイガは人混みを蹴散らす勢いで飛び出した。


「おい待てレイガ!」


ゼクトも慌てて追いかける。


「ははは!」


ヴェルドも楽しそうに後を追った。


「また始まったね」


「他人事みたいに言うな!」


ゼクトが叫ぶ。



スリの男は必死だった。


人混みを縫うように走る。


屋台を飛び越え。


通行人を押し退ける。


「どけぇ!!」


だが。


後ろから聞こえてくる声に背筋が凍った。


「待てーーー!!」


振り返る。


そこには。


満面の笑顔で追いかけてくるレイガ。


速い。


異常に速い。


「なんなんだアイツ!?」


男はさらに速度を上げる。


しかし。


距離はどんどん縮まっていく。


「もう少しで捕まえられる!」


レイガが拳を握る。


あと数歩。


その時だった。



男の進行方向。


広場へ続く石畳の道。


そこに一人の人物が立っていた。


長い銀白髪。


白いロングコート。


腰には細身のレイピア。


まるで絵画から抜け出してきたような美しい人物だった。


男か女か。


一瞬では判別できない。


だが。


その人物は逃げてくるスリを見ても慌てない。


むしろ。


小さくため息を吐いた。


「騒がしいですね」


静かな声だった。



「どけぇぇぇ!!」


スリが叫ぶ。


そのまま突っ込む。


普通なら避ける。


だが。


銀髪の人物は動かなかった。


代わりに。


腰のレイピアへ手を添える。


次の瞬間。


キィン――


澄んだ音が響いた。


何が起きたのか。


周囲の誰も理解できなかった。


ただ。


スリの男だけが気付く。


気付いた時には遅かった。


男の足元。


靴紐。


ベルト。


上着の留め具。


持っていた財布を包む袋。


それら全てが綺麗に切断されていた。


「え?」


男が呆ける。


次の瞬間。


ズボンがずり落ちた。


「なっ!?」


さらに上着も脱げる。


袋も裂ける。


盗んだ財布が宙へ舞った。


「うわぁぁぁっ!?」


慌てて掴もうとした男は。


そのまま足をもつれさせて盛大に転んだ。


ドガァッ!!


顔面から石畳へ突っ込む。


完全に気絶した。



静寂。


数秒。


誰も状況を理解できなかった。


やがて。


パチパチパチ。


周囲から拍手が起こる。


「すごい!」


「いつ抜いたんだ!?」


「見えなかったぞ!」


歓声が上がる。


銀髪の人物は落ちていた財布を拾った。


そして。


持ち主らしき女性へ優雅に差し出す。


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます!」


女性は何度も頭を下げた。



そこへ。


レイガたちが到着する。


「おおー!」


レイガが目を輝かせた。


「すげぇ!!」


ゼクトも思わず目を見開く。


今の剣技。


かなりの腕前だった。


ヴェルドも興味深そうに細める。


「へぇ」


そして。


銀髪の人物が振り返った。


薄紫の瞳。


整い過ぎた顔立ち。


風に揺れる銀髪。


レイガは思わず言った。


「綺麗な姉ちゃんだな!」


一瞬。


空気が固まった。


ゼクトは嫌な予感がした。


ヴェルドは面白そうに笑う。


そして。


銀髪の人物は。


にこりともせず。


静かに言った。


「失礼ですね」


その声は。


間違いなく男性だった。


「私は男です」


その一言で。


レイガは完全に固まっていた。


「……男?」


「男です」


「本当に?」


「本当にです」


「嘘じゃなくて?」


「嘘をつく理由がありません」


エルフィスは真顔だった。


レイガは数秒考える。


そして。


「でもめちゃくちゃ女みたいだぞ?」


「レイガ」


ゼクトが肩を掴んだ。


「それ以上はやめろ」


「なんでだ?」


「これ以上は怒られる」


「怒りませんよ」


エルフィスは微笑んだ。


だが。


目が笑っていなかった。


ゼクトは確信する。


怒っている。


かなり怒っている。



その後。


スリ騒動のお礼として。


財布の持ち主の女性が食事代を出してくれることになった。


四人は町でも評判のおしゃれな喫茶店へ入る。


白い壁。


綺麗なシャンデリア。


木製のテーブル。


落ち着いた雰囲気だった。


レイガは店内を見回す。


「なんか高そうだな」


「実際高い」


ゼクトが言う。


「ほへぇ……」


レイガは感心する。


ヴェルドはメニューを見ていた。


「ケーキ美味しそう」


「意外だな」


「甘い物好きなんだ」


「へぇ」


ゼクトは少し驚いた。


殺人鬼の口から出る話題ではなかった。



注文が終わる。


しばらくして料理が運ばれてきた。


エルフィスは優雅に紅茶を飲む。


姿勢が綺麗だった。


所作も綺麗だった。


レイガがじっと見ている。


「なんですか?」


「いや」


レイガは正直に言った。


「やっぱ女みたいだな」


「まだ言いますか」


エルフィスのこめかみに青筋が浮いた。


ゼクトは頭を抱える。


ヴェルドは面白そうに眺めている。



話題は自然と旅の話になった。


「そういえば」


エルフィスが紅茶を置く。


「皆さんは何をしにこの町へ?」


レイガは即答した。


「試験だ」


「試験?」


「俺たち正式な界徒になるために界徒試験へ向かってるんだよ」


その瞬間。


エルフィスが固まった。


「……え?」


「ん?」


「あなた達もですか?」


今度はレイガ達が驚く番だった。


「もしかして」


ヴェルドが口を開く。


「君も?」


エルフィスは頷いた。


「ええ」


「私も界徒試験の受験者です」


「おお!」


レイガが目を輝かせる。


「仲間じゃねぇか!」


「まだ受験前ですけどね」


エルフィスは苦笑した。



そして。


エルフィスは椅子から少し立ち上がる。


「失礼しました」


「まだ名乗っていませんでしたね」


軽く胸へ手を当てる。


貴族らしい綺麗な礼だった。


「エルフィス・フォン・ローゼンベルク」


「界徒試験受験予定者です」


ゼクトの動きが止まった。


「……は?」


「ん?」


レイガは分かっていない。


だが。


ゼクトは知っていた。


「ローゼンベルクって……」


エルフィスが首を傾げる。


「おや」


「ご存知ですか?」


「いや待て」


ゼクトはエルフィスを見た。


「もしかして」


「代々界徒を輩出してるローゼンベルク家か?」


エルフィスは少し驚いた。


「正解です」


「知っている人は珍しいですね」



レイガは首を傾げる。


「なんだそれ?」


「有名なのか?」


ゼクトは頷く。


「有名どころじゃない」


「界徒について調べてた時に見たことがある」


そして指を折る。


「二百年前に大陸戦争を終結させた界徒」


「世界規模のテロ組織を壊滅させた界徒」


「海賊国家を単独で制圧した界徒」


「歴史の教科書に載るような奴らだ」


レイガの目が丸くなる。


「すげぇ!!」


「だろ?」


ゼクトも素直に認める。


その時。


ヴェルドも頷いた。


「うん」


「裏社会でも有名だよ」


「ローゼンベルク家の人間には関わるなって言われるくらいには」


エルフィスは苦笑した。


「それは光栄ですね」


そして。


紅茶を一口飲む。


さらに。


とんでもないことを言った。


「ちなみに」


「今ゼクトさんが挙げた方々ですが」


三人が見る。


エルフィスは平然としていた。


「全部身内です」


沈黙。


数秒。


そして。


「は?」


ゼクト。


「え?」


レイガ。


「へぇ」


ヴェルド。


三者三様の反応だった。


エルフィスは優雅に微笑む。


「祖父や曾祖父、そのまた先祖ですね」


「まぁ」


「比較対象としては最悪なんですが」


そう言って苦笑した。


その瞬間。


ゼクトは理解した。


この男。


見た目のインパクトだけじゃない。


とんでもない名門出身だった。


そして同時に。


界徒試験へ向かう仲間が。


また一人増えようとしていた。

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