第十六話 死神劇場
「邪魔をするんだ」
その言葉が落ちた瞬間だった。
ヴェルドが消えた。
「なっ…!?」
ブラッククロウの構成員たちが目を見開く。
次の瞬間。
ヴェルドは既に集団のど真ん中へ飛び込んでいた。
まるで玩具を取り上げられた子供のような顔。
だが。
その瞳だけは底冷えするほど冷たい。
「本当にさぁ……」
ヴェルドが呟く。
「空気を読めない人って嫌いなんだよね」
パンパンパンパンッ!!
一斉射撃。
数十発の弾丸が放たれる。
逃げ場などない。
普通なら蜂の巣だった。
だが。
――キンッ!
――キィン!
――ガギィッ!
弾丸が何かにぶつかる。
空中で弾かれた。
「は?」
構成員の一人が固まる。
次の瞬間だった。
ズルリ。
男の上半身が滑り落ちた。
「え?」
誰も理解できない。
何が起きたのか分からない。
さらに。
別の男が走る。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
首が落ちた。
血が噴き出す。
「ひっ――」
悲鳴。
だが止まらない。
腕が飛ぶ。
足が落ちる。
胴体が裂ける。
まるで見えない刃が戦場全体を駆け回っているようだった。
「逃げろ!!」
「化け物だ!!」
「撃てぇぇぇ!!」
銃声が響く。
だが。
意味がない。
ヴェルドは歩いているだけだった。
まるで散歩でもしているかのように。
その度に誰かが倒れる。
その度に血が舞う。
その度に命が消える。
◇
少し離れたコンテナの陰。
レイガとゼクトは身を潜めていた。
「なんだあれ……」
レイガが呟く。
さっきまで自分たちと戦っていた男。
だが。
今目の前にいる存在は別物だった。
その時。
レイガの目が僅かに細くなる。
「ん?」
「どうした?」
ゼクトが聞く。
レイガは目を凝らしていた。
そして。
あるものを見つける。
「ゼクト」
「なんだ」
「あれ」
レイガが指差した。
「なんか光ってる」
「光ってる?」
「すげぇ細いけど」
「赤い線みたいなの」
ゼクトも目を凝らす。
普通なら見えない。
だが月明かりが反射した一瞬。
確かに見えた。
空中に張り巡らされた。
極細の赤い糸。
「……っ!」
ゼクトの目が見開く。
「まさか」
さらに観察する。
糸は全て。
ヴェルドから伸びていた。
指先。
腕。
周囲の建物。
鉄骨。
コンテナ。
工場の壁。
蜘蛛の巣のように広がっている。
「能力か……!」
ゼクトが呟く。
「衝気で作った糸だ」
「糸?」
「恐らくそうだ」
レイガも理解し始める。
さっきから弾丸が弾かれる理由。
人が突然切断される理由。
全部説明がつく。
「硬い糸で銃弾を弾く」
ゼクトが分析する。
「そして」
「あの切れる糸で相手を斬る」
「……化け物かよ」
レイガが引く。
珍しく本気で引いていた。
ゼクトも同意だった。
あれは人間の能力じゃない。
戦場そのものを支配する能力だ。
◇
その時。
ヴェルドが立ち止まった。
残っていた構成員たちが震える。
逃げる者。
武器を落とす者。
泣き出す者。
その全員へ向かって。
ヴェルドはゆっくり両手を広げた。
赤いマフラーが風になびく。
深紅の瞳が月光を映す。
そして。
楽しそうに笑った。
「紹介がまだだったね」
誰も答えない。
答えられない。
ヴェルドは帽子を押さえながら優雅に礼をする。
「僕の能力」
「《断命線》」
その瞬間。
月明かりを反射して。
戦場全体に張り巡らされた無数の赤い糸が。
妖しく輝いた。
まるで。
死神が作り上げた処刑場のように。
そして。
ヴェルドは再び一歩を踏み出した。
「さぁ」
「続きを始めようか」
「ぎゃあああああっ!!」
悲鳴が響く。
ブラッククロウの構成員が逃げる。
だが逃げられない。
次の瞬間には首が飛ぶ。
腕が落ちる。
身体が裂ける。
誰もヴェルドへ近付けない。
近付けば死ぬ。
離れても死ぬ。
まさに死神だった。
「ははははは!」
ヴェルドは笑っている。
鋏を振るう。
そして。
糸が踊る。
赤い糸は月光を受けて妖しく輝いていた。
「もっとだ」
「もっと見せてよ」
「生きたい顔を」
「死にたくない顔を」
その声に構成員たちが震える。
完全に恐慌状態だった。
◇
その様子をコンテナの陰から見ていたレイガがぽつりと言った。
「なぁ」
「なんだ」
ゼクトは嫌な予感しかしなかった。
「俺たちも加勢しようぜ」
「正気か!?」
即答だった。
レイガは真顔で頷く。
「いや聞けって」
「聞きたくない」
「聞け」
「嫌だ」
「聞けって!」
レイガが無理やり話を進める。
「俺たち今どう見えてる?」
「最悪な状況の巻き込まれ被害者」
「違う」
「違うのか」
「向こうから見たら」
レイガが戦場を指差した。
「俺とお前とヴェルドの三人組だ」
「……」
ゼクトが黙る。
それは否定できなかった。
「しかも」
「しかも?」
「さっきからあいつら」
『死神の仲間も殺せ!』
『全員撃ち殺せ!』
『逃がすな!!』
戦場の向こうから怒号が飛んでくる。
レイガが肩を竦めた。
「な?」
「殺る気満々だろ?」
「まぁ……そうだな」
「だからさ」
レイガが鉈を担ぐ。
「ここはあいつの味方して」
「とりあえずぶっ倒して」
「その後逃げた方が早い」
ゼクトは頭を抱えた。
理屈だけ聞けば正しい。
悔しいが正しい。
非常に正しい。
だが。
問題は。
味方する相手が。
赤首の死神だということだ。
「普通の人間はな」
ゼクトが言う。
「人生で殺人鬼と共闘する機会なんてないんだ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ!」
レイガは少し驚いた顔をした。
ゼクトは続ける。
「俺はな」
「界徒試験を受けに来ただけなんだ」
「そうだな」
「なのに何故か森でお前と出会った」
「うん」
「気付けば保護者役になった」
「そうかも」
「都市へ来た」
「来たな」
「殺人鬼に会った」
「会った」
「戦った」
「戦った」
「今から殺人鬼と共闘しようとしてる」
「そうだな」
ゼクトは空を見上げた。
月が綺麗だった。
現実逃避したかった。
「俺の人生どうなってるんだ……」
本気で呟いた。
レイガは笑う。
「面白いだろ?」
「全然面白くない」
「そうか?」
「そうだよ!」
ゼクトが叫ぶ。
その瞬間。
バンッ!!
銃弾がコンテナへ当たった。
火花が散る。
「いたぞ!」
「そっちにもいるぞ!!」
「死神の仲間だ!!」
「撃てぇぇぇ!!」
レイガとゼクトが顔を見合わせる。
沈黙。
数秒。
そして。
レイガが親指を立てた。
「ほら」
「やっぱ殺る気だ」
ゼクトは深いため息を吐く。
観念した。
「……分かった」
「おっ」
「ただしだ」
拳銃を構える。
照準を合わせる。
「終わったら試験会場へ直行だからな」
「分かった!」
たぶん分かっていない。
だが今はそれでいい。
ゼクトは拳銃を持ち上げた。
レイガも鉈を握る。
そして。
「行くぞ!!」
レイガが飛び出した。
全身へ衝気を纏う。
《纏》。
ゼクトから叩き込まれた基礎技術。
身体能力が一気に跳ね上がる。
地面を蹴った瞬間。
コンクリートが砕けた。
「うおおおおおおおっ!!」
ブラッククロウの構成員たちへ一直線に突っ込む。
「なっ!?」
「速ぇ!?」
「撃てぇぇ!!」
銃声が響く。
だがレイガは止まらない。
鉈で弾き。
身体を捻り。
突進する。
そして。
「邪魔だ!!」
鉈が横薙ぎに振るわれる。
構成員の一人が吹き飛んだ。
さらに二人目。
三人目。
まるで暴走列車だった。
◇
一方。
後方。
ゼクトは冷静だった。
「ったく……」
拳銃を構える。
発砲。
パンッ!
パンッ!
パンッ!
正確な射撃。
構成員たちの腕や足を狙い撃つ。
だが。
人数が多い。
火力が足りない。
「ちっ……」
ゼクトは舌打ちする。
そして。
右手を前へ出した。
衝気が集まる。
空中へ無数の設計図が浮かび上がった。
幾何学模様。
構造式。
部品図。
複雑な線が重なっていく。
《兵装設計図》。
ゼクトの能力。
そして。
カシャン――
重い音と共に。
巨大な兵器が出現した。
構成員たちが固まる。
「は?」
「おい待て」
「なんだあれ」
ゼクトの肩に担がれているのは。
ロケットランチャーだった。
「人数多いんだよ……」
ゼクトが呟く。
そして。
引き金を引いた。
ゴォォォォッ!!
ロケット弾発射。
ブラッククロウ側。
「は?」
「いや待――」
着弾。
ドォォォォォン!!
爆発。
コンテナが吹き飛ぶ。
地面が揺れる。
構成員たちが悲鳴を上げながら吹き飛んだ。
「ぎゃああああっ!!」
「ロケットランチャー持ち出すなぁぁ!!」
「知るか!」
ゼクトも叫ぶ。
「そっちが人数連れてくるからだろ!!」
◇
レイガが笑う。
「おおっ!」
「派手だなゼクト!!」
「お前も少しは引け!!」
「無理!」
即答だった。
レイガは再び突撃する。
鉈を振るう。
拳を叩き込む。
ブラッククロウの構成員たちは完全に混乱していた。
赤首の死神。
鉈を持った怪物。
ロケットランチャーを生み出す男。
悪夢みたいな組み合わせだった。
◇
そして。
その中央。
ヴェルドは静かに笑った。
「ふふっ」
「はははっ」
血飛沫の中。
赤いマフラーが揺れる。
レイガが暴れる。
ゼクトが爆発を起こす。
そして。
自分が殺す。
三人が同じ戦場に立っていた。
「いいねぇ……」
ヴェルドが呟く。
その瞳が細められる。
「本当に」
「最高だ」
次の瞬間。
彼の周囲から。
無数の赤い糸が月光を反射しながら広がっていく。
まるで蜘蛛の巣。
いや。
死神が張り巡らせる処刑場だった。
◇
工業地帯は完全に戦場になっていた。
爆発。
銃声。
悲鳴。
怒号。
そして。
「うおおおおおおっ!!」
レイガの雄叫び。
「だから突っ込みすぎだ馬鹿!!」
ゼクトのツッコミ。
「はははははっ!!」
ヴェルドの笑い声。
もはや何が何だか分からない。
カオスだった。
◇
レイガは暴れていた。
《纏》を全身へ巡らせる。
身体能力は常人を遥かに超える。
鉈を振るう。
蹴り飛ばす。
殴り飛ばす。
ブラッククロウの構成員たちは次々と吹き飛んでいった。
「どけぇぇぇ!!」
「ぎゃああああっ!!」
まるで大型獣だった。
誰も止められない。
◇
後方。
ゼクトは相変わらず冷静だった。
「右から三人」
パンッ!
パンッ!
パンッ!
正確な射撃。
構成員たちが倒れる。
だが。
それだけでは終わらない。
ゼクトの能力が発動する。
空中へ設計図が浮かぶ。
衝気が形を持つ。
カシャン。
今度現れたのは短機関銃だった。
「便利だなそれ!」
レイガが叫ぶ。
「そう思うなら少しは考えて戦え!」
ゼクトも叫び返す。
さらに。
腰の横へ新たな設計図が浮かぶ。
カシャン。
手榴弾。
「おい待て」
レイガが嫌な顔をした。
「それ俺の近くに投げるなよ?」
「避けろ」
「雑!!」
ゼクトは迷わず投擲。
数秒後。
ドォォォン!!
爆発。
コンテナが吹き飛ぶ。
ブラッククロウの構成員たちも吹き飛ぶ。
「ぎゃああああっ!!」
「隊長ぉぉぉ!!」
「何なんだあいつらぁぁ!!」
完全に地獄だった。
◇
そして。
その中心。
赤いマフラーが夜風に揺れる。
ヴェルドは立っていた。
鋏を片手に。
血飛沫の中で。
笑いながら。
「ふふっ」
「ははっ」
「楽しいなぁ」
糸が舞う。
赤い線が月光を反射する。
一人。
また一人。
構成員が倒れていく。
だが。
今のヴェルドは少し違った。
視線が動く。
レイガを見る。
ゼクトを見る。
そして。
また笑う。
◇
(変だな)
ヴェルドは思う。
(何だろう)
糸を操る。
人が死ぬ。
それはいつも通り。
楽しい。
最高だ。
それなのに。
今日は違う。
レイガが暴れている。
ゼクトが怒鳴っている。
爆発している。
訳が分からない。
なのに。
楽しい。
今まで感じたことのない感覚だった。
◇
「ゼクトォォ!!」
「なんだ!」
「左から来た!!」
「見えてる!」
パンッ!!
構成員が倒れる。
「おお!」
「ナイス!」
「褒めてる暇あるなら前見ろ!」
「うおっ危ねぇ!」
レイガが慌てて鉈を振るう。
敵が吹き飛ぶ。
それを見て。
ヴェルドは思わず吹き出した。
「ふっ」
「ふふっ」
「はははははっ!!」
◇
(何だこれ)
胸の奥が妙に温かい。
死を見た時の興奮とは違う。
命のやり取りとも違う。
もっと不思議な感覚。
昔。
本で読んだことがある。
一緒に遊ぶ相手。
笑い合う相手。
共に時間を過ごす相手。
確か。
あれは――
◇
ヴェルドの目が少し見開かれる。
そして。
答えに辿り着いた。
「ああ」
小さく呟く。
「そうか」
血塗れの死神は。
本当に今更になって理解した。
「これが……」
赤い瞳がレイガを見る。
ゼクトを見る。
そして。
嬉しそうに微笑んだ。
「友達と遊ぶってことなんだ」
その言葉と同時に。
ブラッククロウの構成員が一人、絶望した顔で叫ぶ。
「何でそんな結論になるんだぁぁぁ!!」
直後。
赤い糸が夜空を走った。
悲鳴が響く。
そして。
死神は笑っていた。
今までで一番。
楽しそうに。




