第十五話 反撃開始
「捕まえたぜ」
レイガが笑う。
両手で。
しっかりと。
ヴェルドの両腕を掴んでいた。
逃がさない。
そう言わんばかりの力だった。
「へぇ……」
ヴェルドが楽しそうに目を細める。
だが。
次の瞬間。
レイガはさらに踏み込んだ。
「おらぁ!!」
ゴッッ!!
鈍い音が響く。
頭突きだった。
真正面から。
全力の頭突き。
ヴェルドの額へ直撃する。
「――ッ!」
流石のヴェルドも目を見開いた。
頭が揺れる。
視界がぶれる。
額が裂ける。
赤い血が流れ落ちた。
数秒。
意識が揺らぐ。
脳が痺れる。
普通の人間なら気絶していてもおかしくない。
「どうだ!」
レイガが叫ぶ。
しかし。
ヴェルドは笑った。
血を流しながら。
嬉しそうに。
「はは……」
「いいなぁ……」
「そういうの……好きだよ……」
その笑顔に。
レイガですら少しだけ寒気を覚えた。
(やっぱこいつ変だ)
だが。
ヴェルドは既に動いていた。
意識が朦朧としている。
それでも。
戦闘技術だけは死なない。
身体を沈める。
そして。
両腕を掴まれたまま。
飛んだ。
「なっ!?」
レイガの顔が変わる。
ヴェルドの身体が宙へ浮く。
そのまま。
バネのように。
脚が跳ね上がった。
ドゴォッ!!
蹴り。
鋭い蹴りがレイガの顎を捉える。
「ぐっ!」
衝撃で身体が揺れる。
その瞬間。
ヴェルドは身体を捻った。
掴まれていた腕を強引に引き抜く。
完全ではない。
だが十分だった。
レイガの拘束が緩む。
「逃がすか!」
レイガが再び掴みにいく。
だが。
その前に。
パンッ!!
銃声が響いた。
ゼクトだ。
「離れろレイガ!」
空中のヴェルドへ向けて発砲。
逃げ場は少ない。
今しかない。
完璧なタイミングだった。
だが。
ヴェルドの紅い瞳が弾丸を捉える。
空中。
足場もない。
普通なら避けられない。
それでも。
ヴェルドは笑った。
「危ない危ない」
身体を捻る。
ギリギリ。
本当に紙一重。
弾丸が頬を掠める。
血が散る。
しかし致命傷にはならない。
そして。
ヴェルドは数メートル後方へ着地した。
ザッ――。
地面を滑る。
帽子は少し潰れ。
額から血が流れ。
頬も裂けている。
だが。
笑顔だけは消えていなかった。
むしろ。
先程より深くなっている。
「最高だ……」
ヴェルドは額の血を指で拭う。
そして。
嬉しそうに二人を見る。
「君たち」
「本当に最高だよ」
その声には。
心の底からの歓喜が滲んでいた。
一方。
レイガは顎を擦る。
「いてぇ……」
ゼクトは拳銃を構え直す。
そして小さく呟いた。
「やっとまともに傷を付けたな」
戦況が変わり始めていた。
初めて。
赤首の死神が追い詰められ始めていた。
「よし!」
レイガが口元を吊り上げる。
鉈を拾い上げると、そのままヴェルドへ向かって駆け出した。
「反撃開始だ!」
地面を蹴る。
今までとは違う。
追われる側ではない。
追う側だ。
「おおおおおっ!!」
鉈が振り下ろされる。
ヴェルドは後方へ飛ぶ。
その瞬間。
パンッ!!
銃声。
ゼクトの援護射撃だった。
「っ!」
ヴェルドが首を傾ける。
弾丸が耳元を通過する。
さらに。
パンッ!!
パンッ!!
連続射撃。
完全に逃げ道を制限する撃ち方だった。
避ければレイガ。
レイガを防げば銃弾。
二人の連携が少しずつ形になり始めている。
「なるほど」
ヴェルドが笑う。
「いいねぇ」
「これだよ」
「こういうのだ」
しかし。
その笑顔のまま。
右手を懐へ入れた。
カチッ。
取り出したのは鋏だった。
新しい一本。
さらに。
左手からも。
もう一本。
銀色の刃が夕日に光る。
「予備かよ!」
レイガが叫ぶ。
「商売道具だからね」
ヴェルドは肩を竦めた。
「複数持ってて当然だろ?」
「その理屈は分かるけど納得できねぇ!」
「ははは!」
笑いながら。
ヴェルドは鋏を構える。
先程使っていた鋏は既に地面へ転がっている。
レイガに拘束された際。
脱出のために手放したのだ。
だが。
本人はまるで気にしていなかった。
むしろ。
新しい玩具を手に入れた子供のような顔をしている。
「さぁ」
ヴェルドが一歩踏み出す。
「続けようか」
ゾッ――
空気が変わる。
殺気。
純粋な殺意。
それでいて。
楽しそうな笑顔。
矛盾した存在がそこにいた。
レイガは鉈を握り直す。
ゼクトも拳銃の照準を合わせる。
そして。
三人が同時に動いた。
パンッ!!
銃声。
ザッ!!
踏み込み。
キィン!!
鉈と鋏が激突する。
火花が散る。
工業地帯に再び激しい戦いの音が響き渡った。
そして気付けば。
夜になっていた。
工業地帯を照らすのは月明かりだけ。
錆びた鉄骨。
廃工場。
そして。
地面に転がる大量の死体。
戦いは続いていた。
レイガは肩で息をする。
「はぁ……はぁ……」
汗が額を流れる。
服も傷だらけだ。
対するヴェルドも無傷ではない。
額から流れた血は既に乾き始めている。
頬にも傷。
服にも裂け目。
だが。
その赤い瞳だけはまだ死んでいなかった。
ゼクトも同じだった。
何度も発砲し続けたせいで腕が重い。
衝気の消耗も激しい。
「しぶといな……」
「お互い様だよ」
ヴェルドが笑う。
レイガは鉈を肩へ担いだ。
「今度こそ決着だな」
「そうだね」
ヴェルドも鋏を構える。
静寂。
風が吹く。
そして。
三人が再び動こうとした。
その瞬間。
――パンッ!!
銃声。
「!?」
レイガが反射的に飛ぶ。
ゼクトも横へ転がる。
ヴェルドも後方へ跳んだ。
直後。
三人がいた場所へ弾丸が突き刺さる。
コンクリートが砕けた。
「誰だ!?」
レイガが叫ぶ。
すると。
工場の入口。
倉庫の影。
コンテナの上。
次々と人影が現れた。
数十人。
全員武装している。
拳銃。
ライフル。
ショットガン。
完全武装だった。
その中央。
傷だらけの男が怒鳴る。
「いたぞ!」
「赤首の死神だ!!」
レイガとゼクトが振り向く。
男たちの腕章。
胸元のマーク。
見覚えがあった。
「ブラッククロウ……」
ゼクトが呟く。
どうやら工業地帯へ向かった連中から連絡が来なかったらしい。
異常を察知し。
増援が来たのだ。
男たちのリーダー格が前へ出る。
その目には憎悪が宿っていた。
「赤首の死神……!」
「今日がお前の命日だ!!」
怒号が響く。
さらに。
「仲間も皆殺しにしてやる!!」
その言葉に。
レイガとゼクトが固まった。
「ん?」
「ん?」
二人同時だった。
数秒。
沈黙。
そして。
「仲間?」
「仲間?」
再び同時。
レイガがヴェルドを指差した。
「もしかして」
ゼクトも嫌な予感がした。
「俺たちか?」
「俺たちだな」
二人は周囲を見る。
地面には死体。
大量の死体。
どれもヴェルドが殺した構成員だ。
そして。
その中心に立っているのは。
レイガ。
ゼクト。
ヴェルド。
客観的に見れば。
どう見ても三人組だった。
「違う違う違う!」
レイガが慌てる。
「俺ら仲間じゃねぇぞ!?」
「ついさっき会ったばかりだ!」
「むしろ戦っていた!」
ゼクトも説明を試みる。
だが。
ブラッククロウ側が聞く気配はない。
「騙されるな!」
「全員殺せ!!」
「死神の仲間だ!!」
「撃てぇ!!」
「聞けよ!!」
レイガが叫ぶ。
全く聞いてもらえなかった。
ゼクトは頭を押さえた。
「最悪だ……」
「どうする?」
「どうするも何も――」
そこで。
二人は気付いた。
妙だ。
ヴェルドが静かだった。
さっきまで笑っていた男が。
何も言わない。
レイガが視線を向ける。
「……おい?」
ヴェルドは俯いていた。
帽子の影で表情が見えない。
ただ。
肩だけが微かに震えている。
ゼクトの背筋に嫌なものが走った。
「レイガ」
「分かってる」
空気がおかしい。
先程までの楽しそうな殺気ではない。
もっと重い。
もっと冷たい。
ブラッククロウの男たちは気付いていない。
怒りに任せて武器を向け続けている。
その時。
ヴェルドがゆっくり顔を上げた。
笑っていなかった。
初めてだった。
今までずっと笑っていた男が。
笑っていない。
紅い瞳だけが月明かりに光る。
「……ああ」
小さな声。
静かな声。
だが。
それが一番恐ろしかった。
「せっかく」
ヴェルドが呟く。
「せっかく楽しい時間だったのに」
一歩前へ出る。
誰も動けない。
「邪魔をするんだ」
その瞬間。
レイガとゼクトは理解した。
今。
ヴェルドは怒っている。
本気で。
心の底から。
怒っていた。




