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第十三話 死神の狩り

「ヴェルド・アルカイン」


「世間では《赤首の死神》なんて呼ばれている者でございます」


自己紹介を終えた男は、ゆっくりと帽子を被り直した。


夕陽が赤いマフラーを照らす。


深紅の瞳が細まる。


その表情は穏やかだった。


まるで友人との会話を楽しむ紳士のように。


だが。


その場にいる誰一人として安心していない。


むしろ逆だった。


全員が理解していた。


目の前にいる男は危険だと。


ヴェルドは犯罪組織ブラッククロウの面々を見渡した。


そして。


柔らかな笑顔を浮かべる。


「では皆様。今夜は少しだけお付き合い願えますか?」


一歩。


前へ出る。


男たちが一斉に武器を構えた。


「ふざけるな!!」


組織のボスが怒鳴る。


「殺せ!!」


その号令と同時だった。


ダダダダダダダダッ!!


銃声が響く。


拳銃。


短機関銃。


ライフル。


大量の弾丸がヴェルドへ襲い掛かる。


普通なら避けられない。


だが。


奇妙なことが起きた。


キンッ。


キィンッ。


甲高い音が響く。


弾丸が届かない。


何かに当たって軌道が逸れる。


空中で弾かれている。


「なっ!?」


「なんだ今の!?」


男たちの顔色が変わる。


誰も原因が分からない。


壁も盾も存在しない。


それなのに。


弾丸だけが届かない。


ヴェルドは笑った。


「いいねぇ」


「もっと必死になってみろよ」


また一歩。


前へ出る。


ダダダダダッ!!


さらに銃声。


しかし結果は同じ。


弾かれる。


逸らされる。


届かない。


ヴェルドは止まらない。


歩く。


ゆっくり。


ゆっくりと。


まるで散歩でもしているかのように。


そして。


コートの内側へ手を入れた。


取り出したのは。


二本の鋏。


巨大でもない。


派手でもない。


理髪師が使うような銀色の鋏。


一本を右手に。


一本を左手に。


カチン。


カチン。


鋏を鳴らす。


その音だけで何人かが後退した。


理由は分からない。


だが本能が警告していた。


近付かせてはいけないと。


「撃て!!」


「撃ち続けろ!!」


ブラッククロウの構成員たちが叫ぶ。


銃口が火を吹く。


薬莢が飛び散る。


それでも。


ヴェルドは笑っていた。


「そうそう」


「生きようとする顔だ」


「その顔が見たかった」


夕陽が沈む。


工業地帯へ夜が訪れ始める。


その中を。


赤いマフラーだけが不気味に揺れていた。


そして。


死神は。


ついに彼らの目前まで辿り着いた。


ブラッククロウの構成員たちは後退していた。


目の前の男が理解できない。


銃弾は届かない。


笑っている。


それなのに。


まるで散歩でもするような足取りで近付いてくる。


「ひっ……!」


一人の構成員が引きつった声を漏らした。


その瞬間。


ヴェルドの姿が消えたように見えた。


「え――」


男が言葉を続ける前に。


カチン。


鋏の閉じる音。


それだけが聞こえた。


男は力を失い、その場へ崩れ落ちる。


ヴェルドは振り返りもしない。


まるで終わったことに興味がないかのように。


「いいねぇ……」


頬を赤らめながら呟く。


「最後まで生きようとしてた」


「そういう顔、好きだなぁ」


その声に構成員たちの恐怖はさらに膨れ上がった。


「化け物だ!!」


「撃て!!」


再び銃声が響く。


だが結果は変わらない。


ヴェルドは止まらない。


避けるわけでもない。


焦るわけでもない。


ただ前へ進む。


そして。


また一人。


また一人。


構成員たちが倒れていく。


まるで死神が名簿を読み上げるように。


順番に。


確実に。


丁寧に。


「やめろ!」


「来るな!」


悲鳴が響く。


しかしヴェルドは楽しそうだった。


「最高だ」


「本当に最高だよ」


深紅の瞳が細くなる。


「恐怖して」


「必死に生きようとして」


「それでも諦めない」


「人間って綺麗だなぁ」


その言葉に温度はなかった。


あるのは狂気だけ。



少し離れた廃工場の屋上。


レイガとゼクトはその光景を見ていた。


レイガの表情から笑みが消えている。


先ほどまで抱いていた好奇心とは別の感情だった。


「……」


言葉が出ない。


ただ見ている。


一方のゼクトは険しい顔をしていた。


「あれが赤首の死神だ」


小さく呟く。


レイガが視線を向ける。


「強いな」


率直な感想だった。


だがゼクトは首を横に振る。


「強いだけじゃない」


「え?」


「危険なんだ」


ゼクトの声は低い。


「戦うことを楽しむ界徒はいる」


「だがあいつは違う」


視線の先。


ヴェルドはまだ笑っていた。


「死そのものを楽しんでいる」


その言葉に。


レイガも再び工場へ目を向ける。


赤いマフラーが夜風に揺れる。


まるで血の色の旗のように。


そして。


死神の視線がふと上を向いた。


遠く離れた屋上。


そこにいる二人へ向けるように。


深紅の瞳が細められる。


まるで最初から気付いていたかのように。



それから十数分後。工業地帯に響いていた銃声は、いつの間にか止んでいた。


残っているのは一人。


ブラッククロウのボスだけだった。


男は荒い息を吐く。


額から汗が流れる。


拳銃を握る手も震えていた。


「来るな……!」


「来るなァ!!」


引き金を引く。


乾いた銃声。


だが。


当たらない。


ヴェルドは相変わらず笑っていた。


「いいねぇ」


「その顔だよ」


一歩。


また一歩。


距離が縮まる。


ボスは後退する。


必死だった。


威勢よく怒鳴っていた男はもういない。


そこにいるのは恐怖に支配された一人の人間だけだった。


「待て!」


「金ならやる!」


「情報もやる!」


「だから――」


ヴェルドは首を傾げる。


少しだけ残念そうな顔になった。


「それは違うなぁ」


穏やかな声だった。


「君は最後まで戦う顔の方が似合ってた」


ボスの瞳が見開かれる。


次の瞬間。


カチン。


鋏の音が響いた。


静寂。


風だけが吹く。


ヴェルドは帽子を被り直した。


そして空を見上げる。


「ふぅ……」


満足そうだった。


まるで好きな映画を見終わった後のように。


赤いマフラーが夜風に揺れる。


その時だった。


ヴェルドの視線がゆっくりと動く。


工場の屋上。


離れた場所。


そこにいる二人へ向けられた。


「……」


レイガが固まる。


ゼクトの表情も険しくなる。


距離はかなりある。


普通なら顔も見えない。


だが。


ヴェルドは確実にこちらを見ていた。


そして。


にこりと笑う。


まるで旧友を見つけたかのような笑顔だった。


「ねぇ」


穏やかな声。


それなのに。


なぜかはっきり聞こえた。


「そこの二人」


レイガとゼクトの背筋が僅かに強張る。


ヴェルドは帽子のつばへ指を添えた。


礼儀正しく微笑む。


「下に降りてきてくれる?」


「せっかく会えたんだ」


「少しくらい話をしようよ」


その笑顔は優しかった。


だが。


ゼクトは理解していた。


今まで見てきたどんな相手よりも危険な存在が、自分たちへ興味を向けたのだと。

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