第十二話 遭遇
ネットカフェを出た直後だった。
夕方の街。
人通りはまだ多い。
ネオンが灯り始め、仕事帰りの人々が行き交っている。
その中で。
レイガだけは妙にそわそわしていた。
「なぁゼクト」
「なんだ」
「その赤首の死神ってやつ探そうぜ!」
即答だった。
「却下だ」
「なんでだよ!?」
「俺たちは界徒試験へ向かう途中だ」
ゼクトは呆れた顔で言う。
「目的を忘れるな」
「でも気になるだろ!」
「ならない」
「絶対なるだろ!」
「お前だけだ」
レイガは納得できない顔をした。
腕を組みながら唸る。
「だってさ」
「犯罪組織だけ襲うんだぞ?」
「しかも正体不明」
「めちゃくちゃ気になるじゃん」
「気になるから探そうという発想がおかしい」
ゼクトは頭を押さえた。
しかし。
レイガはすでに聞いていなかった。
「あっ」
「おい」
次の瞬間。
レイガが走り出した。
人混みの中へ飛び込む。
「ちょっと探してくる!」
「待て!」
ゼクトの声が飛ぶ。
だが遅い。
レイガは振り返りながら大声で叫んだ。
「おーい!」
周囲の通行人が振り向く。
ゼクトの嫌な予感が爆発する。
そして。
レイガは両手を口に当てて叫んだ。
「赤首の死神ー!!」
通行人達。
「…………」
ゼクト。
「探し方が雑すぎる!!」
都市中に響くツッコミだった。
レイガは首を傾げる。
「だって名前呼べば来るかもしれないだろ」
「野生動物じゃないんだぞ!」
「でも死神だろ?」
「だから何だ!」
「強そうだから縄張り意識とか」
「あるわけないだろ!」
周囲の人間が少し距離を取った。
明らかに変な人を見る目だった。
ゼクトは顔を覆う。
(何で俺はこいつと行動してるんだ……)
本気でそう思った。
しかし。
レイガはまったく気にしていない。
「あっちかな」
「どっちだよ」
「裏路地とか好きそう」
「偏見が酷い」
「じゃあ港か?」
「知らん」
「工場地帯とか!」
「知らん!」
完全に子供だった。
しかも行動力だけは異常に高い。
ゼクトは深いため息を吐く。
逃がせば絶対に一人で探しに行く。
それだけは分かる。
「……はぁ」
仕方なく後を追う。
「待てレイガ」
「おっ?」
「探すなら勝手に歩くな」
レイガが振り返る。
「手伝ってくれるのか?」
「違う」
ゼクトは即否定した。
だが続ける。
「無駄に歩き回るより情報を整理した方が早い」
「情報?」
「あの事件だ」
レイガは首を傾げる。
ゼクトは歩きながら考え始める。
港。
犯罪組織。
大量殺人。
そして赤首の死神。
ただの噂ならともかく。
あれだけ事件が起きているなら何らかの規則性があるはずだった。
「お前は少し黙ってろ」
「えー」
「黙れ」
「はい」
珍しく素直だった。
ゼクトは眉間を押さえながら空を見上げる。
嫌な予感しかしない。
だが。
同時に一つだけ確信していた。
もし本当に赤首の死神が存在するなら。
そいつは間違いなく危険人物だ。
そして。
目の前の好奇心の塊みたいな少年は。
そういう危険へ真っ直ぐ突っ込んでいく。
ゼクトはもう一度ため息を吐いた。
「頼むから問題を起こすなよ」
「善処する!」
「信用できない」
二人は夕暮れの街を歩いていく。
「まずは情報だ」
ゼクトがそう言ったのは、レイガが三度目の「赤首の死神探しに行こうぜ」を口にした時だった。
「情報?」
「闇雲に探して見つかる相手じゃない」
「じゃあどうするんだ?」
「情報が集まる場所へ行く」
レイガは首を傾げた。
◇
しばらく歩く。
やがて二人の前に大きな建物が現れた。
白い外壁。
何階もある巨大な建築物。
入口の上には文字が書かれている。
『中央図書館』
レイガは建物を見上げた。
「なんだここ?」
「図書館だ」
「としょかん?」
「本を読む場所だ」
「本屋か?」
「違う」
「じゃあ何だ?」
「無料で読める場所だ」
レイガは固まった。
「無料?」
「無料」
「本って金いるんじゃないのか?」
「買うならな」
「すげぇ……」
また感動していた。
ゼクトはもう慣れている。
「行くぞ」
「おう!」
◇
館内へ入る。
冷房の効いた空気。
静かな空間。
本棚がずらりと並んでいる。
レイガは思わず立ち止まった。
「うわ……」
見渡す限り本だった。
上も。
横も。
奥も。
全部本。
「全部読むのか?」
「誰も読まない」
「だよな!」
「読めたら逆に怖い」
レイガは本棚を眺める。
「これ全部知識か」
「そうだ」
「人間って暇なんだな」
「そういう感想になるのか……」
◇
ゼクトは奥へ進む。
目的地は決まっていた。
新聞閲覧コーナー。
机の上には今日の新聞。
棚には過去の新聞が保管されている。
レイガは不思議そうな顔をした。
「新聞ってそんな重要なのか?」
「事件を調べるならな」
ゼクトは椅子へ座る。
「ネットの情報だけじゃ偏る」
「偏る?」
「噂が混ざる」
「なるほど」
「新聞なら少なくとも発生日時や場所はある程度正確だ」
レイガも隣へ座った。
「つまり?」
「赤首の死神が現れた場所を調べる」
「おお」
「今日の事件だけじゃない」
「過去の事件も見る」
「おおお」
少しずつ理解してきたらしい。
ゼクトは記事をめくる。
港湾地区。
倉庫街。
違法カジノ摘発。
密輸事件。
犯罪組織壊滅。
似たような記事が何度も出てくる。
その度に。
『赤首の死神』
という名前が噂として登場していた。
「やっぱりな」
ゼクトが呟く。
「何かわかったのか?」
レイガが身を乗り出す。
ゼクトは新聞を机へ並べた。
数年前。
一年前。
半年前。
一ヶ月前。
そして今日。
記事の日付を順番に並べる。
「見ろ」
「ん?」
「全部犯罪組織絡みだ」
レイガが新聞を見る。
確かにそうだった。
薬物組織。
武器密売組織。
人身売買グループ。
闇金融。
違法賭博。
狙われる相手が妙に統一されている。
「本当だ」
「一般人はほとんど巻き込まれていない」
「じゃあいい奴じゃないのか?」
レイガが素直に言う。
ゼクトは首を振った。
「違う」
「え?」
「善人なら大量殺人はしない」
その一言でレイガも黙る。
確かにその通りだった。
犯罪者だろうが何だろうが。
人を何十人も殺している。
普通ではない。
ゼクトはさらに記事を並べる。
そして地図を広げた。
「次は場所だ」
「場所?」
「事件現場を繋げる」
ペンで印を付けていく。
港。
工場地帯。
裏市場。
廃倉庫。
闇オークション会場。
レイガは横から眺める。
「なんか分かるのか?」
「まだだ」
ゼクトは目を細めた。
だが。
少しずつ。
確かに何かが見え始めていた。
「……」
レイガが珍しく黙る。
ゼクトの顔が真剣だったからだ。
そして数分後。
ゼクトの指がある場所で止まった。
「なるほどな」
小さく呟く。
レイガが反応する。
「何か分かったのか!?」
ゼクトは地図を見つめたまま答えた。
「まだ確証はない」
「だが――」
その視線の先には。
港のさらに外れ。
ほとんど使われていない工業地帯があった。
「もし俺の予想が正しいなら」
「赤首の死神は、また現れる」
◇
工業地帯。
都市の外れ。
かつては盛んに使われていたらしい巨大な施設群。
だが今は違う。
錆びた鉄骨。
動かないクレーン。
割れた窓。
人の気配もほとんどない。
風が吹くたびに金属音だけが響いていた。
「おおー……」
レイガが辺りを見回す。
「なんか秘密基地みたいだな!」
「犯罪者の隠れ家と言え」
ゼクトは冷静に返した。
二人は廃工場の屋上にいた。
ここなら周囲を見渡せる。
待ち伏せにはちょうどいい。
レイガは縁へ座りながら足をぶらぶらさせた。
「で?」
「本当に来るのか?」
「だから言っただろ」
ゼクトは双眼鏡を覗きながら答える。
「あくまで推測だ」
「外れたら?」
「その時は試験会場へ向かう」
「なるほど」
レイガは頷いた。
だが表情は完全に楽しそうだった。
遠足前の子供みたいである。
(こいつ本当に危機感ないな……)
ゼクトは小さくため息を吐く。
そして数時間前。
図書館で説明した内容を思い出していた。
◇
「まず前提として」
図書館でゼクトは地図を広げていた。
「赤首の死神は無差別じゃない」
「悪いやつ専門だよな」
レイガが言う。
「そうだ」
ゼクトは頷いた。
「しかも狙われる組織には共通点がある」
地図へ印を付ける。
港湾地区。
倉庫街。
工場地帯。
裏市場。
密輸ルート。
「全部物流拠点だ」
「ぶつりゅう?」
「物を運ぶ場所」
「なるほど」
「違法薬物も武器も金も人間も」
「犯罪組織は運ばなきゃ商売にならない」
ゼクトの指が線を描く。
それぞれの事件現場が繋がっていく。
「そしてここを見ろ」
レイガも身を乗り出した。
「全部順番に潰されてる」
「順番?」
「ああ」
ゼクトは言った。
「小さな拠点から大きな拠点へ」
「下っ端組織から上位組織へ」
「少しずつだ」
レイガは目を瞬く。
「つまり?」
「赤首の死神は適当に暴れているんじゃない」
ゼクトは真剣な顔で言った。
「何かを追っている」
「追う?」
「もしくは潰している」
「順番にな」
その時だった。
レイガが地図の端を指差す。
「じゃあ次ここじゃね?」
ゼクトは視線を向ける。
工業地帯。
港から繋がる大型物流ルート。
表向きは閉鎖済み。
だが裏社会では有名な場所だった。
「……」
ゼクトは黙る。
数秒考える。
そして。
「可能性は高い」
そう結論を出したのだった。
◇
回想が終わる。
夕暮れが近付いていた。
工業地帯は赤く染まり始める。
レイガは欠伸をした。
「まだかなー」
「待つのも仕事だ」
「暇だな」
「お前は少し静かにしろ」
すると。
ゼクトの目が細くなる。
「……」
「ん?」
レイガも気付いた。
遠く。
工場群の奥。
何かが動いた。
黒い車。
一台。
二台。
三台。
次々と現れる。
人気のない工業地帯へ入っていく。
「来たな」
ゼクトが呟く。
レイガの目が輝いた。
「犯罪組織か!?」
「おそらく」
車は廃工場の前で停止する。
中から現れたのは屈強な男たち。
全員武装していた。
拳銃。
ライフル。
ナイフ。
どう見ても普通ではない。
「おお……」
レイガが小声になる。
初めて見る本物の犯罪組織だった。
だが。
ゼクトが見ていたのは別だった。
男たちは何かを警戒している。
周囲を何度も確認している。
武器も手放さない。
まるで。
何かに怯えているようだった。
そして。
風が吹く。
錆びた鉄板が軋む。
夕陽が沈み始める。
その時。
ゼクトは背筋に冷たいものを感じた。
「……来るぞ」
「え?」
レイガが振り向く。
ゼクトの表情は今までになく険しかった。
工業地帯の空気が変わる。
◇
屈強な男たちは廃工場の前で周囲を警戒している。
誰も口数が多くない。
それほどまでに緊張していた。
その時だった。
風が吹く。
どこからか。
歌声が聞こえた。
「♪ひとつ首が落ちました」
「♪ふたつ命が消えました」
「♪みっつ数えりゃ花が咲く」
「♪赤い夕焼け 血の花が」
静かな声。
だが妙に耳へ残る。
子供が歌う童謡のようで。
どこか不吉だった。
男たちが一斉に身構える。
「誰だ!」
ライフルが向けられる。
しかし姿が見えない。
歌だけが近付いてくる。
「♪よっつ笑顔が消えました」
「♪いつつ悲鳴が響きます」
「♪むっつ数えりゃ終わりです」
「♪それでは皆様――さようなら」
その瞬間。
カツン。
金属音が響いた。
工場の鉄骨の上。
一人の男が立っていた。
長い赤いマフラー。
黒い中折れ帽。
黒髪。
そして夕陽よりも赤い瞳。
男たちはその姿を見た瞬間。
顔色を変えた。
「っ……!」
「赤いマフラー……!」
「まさか……!」
一人が震える声で呟く。
「赤首の死神か……!」
空気が凍る。
その名前を聞いた瞬間。
何人かは無意識に後退していた。
そして。
中央にいた大柄な男が怒鳴る。
どうやらこの場のボスらしい。
「テメェか!!」
「俺たちを追い回してやがるクソ野郎は!!」
拳銃を向ける。
周囲の男たちも一斉に武器を構えた。
だが。
赤いマフラーの男は。
くすくすと笑っていた。
「ふふっ……」
肩を震わせる。
楽しそうに。
心底嬉しそうに。
まるで待ち望んでいた玩具を見つけた子供のように。
「いいねぇ……」
頬がわずかに赤く染まる。
赤い瞳が細まる。
「その顔」
「最高だ」
男たちの怒り。
恐怖。
焦り。
それらを眺めるだけで満足そうだった。
そして。
男はゆっくり帽子へ手を添える。
帽子を外した。
胸へ当てる。
それから。
まるで舞台役者のように。
礼儀正しく一礼した。
「これは失礼」
「名乗るのが先だったね」
穏やかな声。
だがどこか狂気を含んでいる。
男は顔を上げた。
深紅の瞳が笑う。
「私の名は…」
一瞬。
風が吹く。
赤いマフラーが大きくなびいた。
「ヴェルド・アルカイン」
「世間では《赤首の死神》なんて呼ばれている者でございます」
男たちの表情がさらに強張る。
一方。
遠くの屋上では。
レイガが目を輝かせていた。
「おお……!」
「出た!」
ゼクトは頭を抱える。
「お前は何でそんなに嬉しそうなんだ……」
だが。
ゼクト自身も理解していた。
目の前にいる男は危険だ。
今まで出会った誰とも違う。
暴走獣など比べ物にならない。
あれは人の姿をした怪物だ。




