第4話 隔離病棟
「隔離されてた。」
チェはそう言うと、酒場の奥の暗がりを見る。そこに柵があるわけじゃないのに、柵の話をするときの目になる。
「最初に目に入るのは病気じゃない。柵だ。扉だ。線引きだ。……笑ってても届かない。届かないってことだけが毎日届く。」
言葉が乾く。泣きではなく怒りの乾きだ。
チェは怒りを長く燃やすタイプじゃない。燃やす前に、呼吸で折り畳む。だからこそ、燃えると怖い。
「医者が手袋をしてた。怖いのは普通だ。責めない。」
一度、肯定してから、チェは続ける。
「でも患者が言った。『先生、手を握ってくれないか』って。」
その「って」の言い方が、妙に優しい。
優しいのが痛い。
「俺は手袋を外した。」
チェは言い切ったあと、少し間を置いた。
俺はその間を埋めない。埋めると、彼の決断が小さくなる。
「握った手は熱かった。普通の手だった。普通なのに、“触れるな”が先にある。」
「規則か?」
俺が言うと、チェは頷く。
「規則。距離。……紙の都合。」
紙の都合、という言い方がいい。責める相手を一段奥に置いている。
本当に責めたいのは、個人じゃなく仕組みなのだ。
「その瞬間、分かった。病気と戦うだけじゃ足りない。病気を生む距離とも戦わないと、医者は負ける。」
「医者と戦いは両立するのか?」
俺が問うと、チェは一瞬も迷わず答えた。
「する。」
それだけ。
強い言葉を飾らないところが、逆に強い。
言い切ったあと、チェは咳を折り畳んだ。
言葉の強さと身体の弱さが同じ場にある。そこが目を逸らしにくい。俺は逸らさずに、水差しをもう少し寄せた。寄せすぎない。けれど、引かない。
チェはグラスを引き寄せる。指先だけで。
震えない。その無理が、妙に胸に残った。
「次が最後だ。」
チェが言う。
“距離”が、“名前”に変わる。
モーターサイクルダイアリーの章も佳境です。
本作は実史を元にしたフィクションのため、病名などセンシティブな内容はあえて具体名を避けています。
ゲバラの人柄や、旅の中で「戻れなくなる瞬間」が伝わっていれば嬉しいです。
次回は、もう一段深い現実が来ます。
なお、メインでは『ゲームチェンジャー』を連載しています。よければプロフィールから覗いてみてください。
高評価をくださった方、ありがとうございます。
未熟者ですが、どんな目線でも楽しめるよう工夫しながら書いていきます。今後もよろしくお願いします。




