三話 炭坑
「空気が黒かった」
チェの最初の言葉は、それだけだった。
詩にしたいわけじゃない、という顔をしている。だから彼は続ける。続けないと、自分の中で美化が始まるのを知っているのだろう。
「朝でも黒い。粉が先に刺さる。目にも、喉にも。痛いのに、みんな瞬きを我慢してた。
……我慢っていうか、暇がない」
つるはしの金属音。荷車の軋み。咳。
咳の合間に聞こえる短い笑い声。笑いが出るのは楽しいからじゃない。息を繋ぐためだ。チェの説明は短いが、そういうところが的確で、腹の底が冷える。
「手を見た。節が歪んでて、爪が黒い。洗っても取れない黒だ」
「汚れじゃないのか」
俺が聞くと、チェは首を横に振った。
「刺さってる。仕事が皮膚に刺さってる。……取れない」
取れない、という語尾が少しだけ低い。
医者の観察と、医者であることへの苛立ちが混ざっている。
「食事の時間が短い。短いから急いで噛む。急ぐから喉に詰まらせる奴が出る」
「監督は?」
「見てるだけだ。助けるのは仲間」
チェはそこで黙った。
黙って、グラスを触る。冷たさを確かめる動き。怒りを言葉にしないための動き。
「賃金袋を見せてもらった。軽かった。……軽すぎた」
命の重さに釣り合わない。そう言わないところが、かえってきつい。
言わないまま、伝わる。
「炭は燃える。燃えれば金になる。誰の金になるか、見れば分かる」
チェは言葉を選んでいる。怒鳴りたいのを抑えている。
抑えているのが分かるから、聞く側の胸も勝手に張る。
「出るとき、男が俺の肩を叩いた」
チェはその仕草を真似した。軽い。冗談みたいに軽い。
軽いのに、重い。頼みごとの重さだ。
『先生、外の世界を見てるなら、外の世界が俺たちを見てくれ』
チェは、その声色だけ少し変えた。
記憶の中の他人の声を、まだ自分の喉に残している。
「“見てくれ”って言われたのは初めてじゃない。……でも、あの言い方は違った」
「どう違う」
「お願いじゃない。確認だ」
チェは言う。
「俺が見たなら、逃げるなっていう確認」
俺は頷いた。頷いたあと、言葉が出ない。
出ないのが、いまは正しい。
チェは、次の話に移る前に小さく咳を畳んだ。
俺は水差しを寄せた。さっきより少しだけ早い。早さが出てしまうのが嫌で、テーブルの上で止める。彼が気づくか気づかないかの場所で。
チェは礼を言わない。
かわりに、水差しを一度だけ見た。それだけで十分だと思った。
なんな、朝見ると、アクセスすごい。。
あんなに夜遅く勢いで投稿したのに…
リアクションもありがとうございます。
本当に歴史公証とかはwikiとかなんで、
突っ込みあればぜひ簡単でいいのでコメントお願いします。
メイン作品は、連載中のゲームチェンジャーです。これは宣伝と自分への戒めです




