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205/209

204,あと何ピース

より具体的になりつつあるアメリカとキューバの会談。

歴史的和平に向けたピースが一つずつ揃っていきます。

十一月五日、ワシントン。


キューバから届いた申し出は、扱いに困るほど具体的だった。


カストロはアメリカ政府の人間と直接会う意思がある。相手がメキシコまで来れば、キューバ側が飛行機を用意し、人目につきにくい飛行場へ運ぶ。会談にはカストロ本人が出て、終わればその日のうちに送り返す。


それまでホワイトハウスが探っていたのは、カストロが本当に話したがっているのかという一点だった。その問いに対する答えは、もう十分に強い。


今度はアメリカが答える番だった。


その日、ホワイトハウスでキューバ問題を扱う特別グループが開かれていた。


もともとは、外国での秘密工作を政府内部で統制するために置かれた組織だった。キューバ危機以前にはマングース作戦にも深く関わり、CIA、国務、国防、ホワイトハウスの政策を一つの机へ集める場所になっている。


皮肉なことに、その日の会議でも最初に扱われたのはキューバへの破壊工作だった。


十月下旬に失敗した工作の報告があり、別の地域への低水準の破壊工作が検討され、潜入要員についても話し合われた。その議題が終わると、紙が替えられた。


次の項目には、別の言葉が書かれていた。


キューバ――和平への打診。


同じ政府が、同じ島について、破壊する方法と話す方法を同じ日に検討していた。


そこに矛盾がないわけではない。ただ、国家は一つの意思だけで動く人間ではなかった。昨日まで続けてきた政策が、別の可能性を見つけた瞬間に消えることもない。ましてキューバは、一年前までアメリカとソ連を核戦争の縁まで連れていった国だった。


会議を主導したマクジョージ・バンディは、国家安全保障担当の大統領特別補佐官だった。ハーバード大学の学部長からケネディ政権へ入り、国務省でも国防総省でもない場所から、安全保障政策を大統領の机へまとめて持っていく役目を担っている。政策を実行する省庁の人間ではなく、複数の省庁が互いに違うことを言い始めた時に、それを一つの選択肢へ整理する側の人間だった。


バンディは、机の上の紙を見ながら言った。


「カストロが話したがっているかどうかを調べる段階は、かなり終わったと考えていいでしょう。」


向かいにはロバート・ケネディがいた。


司法長官である以上に、大統領の弟であり、政権内部で兄が書類には残しにくい政治判断を扱うことのできる数少ない人間だった。ピックス湾以来、キューバ政策にも深く関わり、秘密工作について知る一方、十月の危機ではソ連大使ドブルイニンとの最終局面の交渉にも使われた。


「話したがっていることと、こちらが話せる相手だということは別だ。」


ロバートは言った。


反対しているわけではなかった。


むしろ、本当に話すなら何を確認する必要があるのかを考えている。


CIA長官ジョン・マコーンも、その言葉を聞いていた。


実業界出身でアイゼンハワー政権では原子力委員長を務め、ケネディに請われてCIA長官になった男である。キューバ危機の前には、ソ連がキューバへ攻撃用ミサイルを持ち込む可能性を早くから警戒した一人でもあった。その経験もあって、カストロが何か言ったというだけで危険を小さく見るつもりはない。


バンディは、カストロからの申し出を簡潔に説明した。


「本人が会うと言っています。問題は、どう返すかです。」


「誰を行かせる。」


ロバートが訊いた。


それが、この日の本当の問題だった。


カストロが一歩を出したことで、「接触するべきか」という抽象論は、「誰が実際にカストロの前へ座るのか」という人間の問題に変わった。


バンディは一つの案を出した。


「バジェホをメキシコへ出させる方法があります。カストロの提案を本人に持たせ、こちらの大使と話させる。」


レネ・バジェホなら、カストロの医師であり側近でもあり、外務省の正式な外交経路を使わずに首相本人へ戻ることができる。アメリカ側の政府関係者をキューバへ入れる必要もなくなる。


ロバートはすぐに利点を理解したが、同時に問題も見た。


「バジェホがどこまでカストロの裁量を持っているか分からない。」


「そこを会って確かめる。」


「それなら意味はある。」


マコーンが別の名前を出した。


「ドノバンを使う方法もあります。」


ジェームズ・B・ドノバン。


ニューヨークの弁護士で、政府の外交官ではない。しかしキューバとの間では、すでに外交官以上の実績を持っていた。


ピックス湾で捕虜になった反カストロ部隊の解放交渉を担い、何度もハバナへ入り、カストロ本人と長時間話している。医薬品や食料と引き換えに捕虜を帰国させた交渉の過程で、バジェホとも直接連絡できる関係を作っていた。


カストロにとって、見知らぬアメリカ政府の役人ではない。


アメリカ政府にとっても、公式の外交官を送ったという形を避けられる。


「ドノバンならバジェホとの関係もある。本人をキューバへ行かせてもいい。」


マコーンが言った。


ロバートは腕を組んだ。


「それでも問題は同じだ。誰を使うかを決める前に、カストロが何を動かす気なのかを知る必要がある。」


部屋の空気が少し変わった。


誰を行かせるかという話の奥に、もう一つ問題があった。


ロバートは続けた。


「ラテンアメリカでの破壊活動を続け、ソ連軍もそのまま、キューバの政策には何も変える余地がない。それで『話しましょう』と言われても、こちらは何を話す。」


言い方は厳しかったが、筋は通っていた。


アメリカ側にも国内政治がある。


カストロとの秘密会談そのものが漏れれば、ケネディが共産主義へ譲歩したと攻撃される。その危険を負って人間を送り、戻ってきた答えが「何も変えない」では、大統領に説明できるものがない。


「何か根本的な動きがあるのか。その可能性くらいは先に確認したい。」


ロバートが言った。


バンディはそれに反対しなかった。


カストロが求めているものは、アメリカから見てもおおよそ想像できる。侵攻しない保証、秘密工作の停止、封鎖の緩和、国家としての主権。


その代わりに、アメリカが何を得るのか。


キューバがソ連の軍事的な前線でなくなる可能性があるのか。ラテンアメリカの反政府運動への支援をどうするのか。少なくとも、そうした話をする余地があるのか。


互いに条件を持っていること自体が問題なのではなかった。


問題は、その条件の間に一つでも動かせるものがあるかどうかだった。


結論は出なかった。


数日考えることになった。


しかし会議を終える頃には、一つだけ以前と違っていた。


もう誰も、カストロが本当に話すつもりなのかだけを議論してはいなかった。


話すことを前提に、その前に何を確かめるべきかを考えていた。


※※※※※※※※※※


同じ十一月五日、ホワイトハウスの別の部屋では、ウィリアム・アットウッドがバンディとゴードン・チェイスにこれまでの経過を説明していた。


チェイスは国家安全保障会議スタッフの若い実務担当者で、キューバとの秘密接触について、ニューヨークにいるアットウッドとホワイトハウスを結ぶ役を担っていた。表に名前が出る外交官ではないが、誰がいつ何を言ったのかを追い、その言葉を大統領補佐官の机まで運ぶ。秘密外交では、そういう人間がいなければ、一つの会話が政府の意思になる前に消えてしまう。


アットウッドは九月からの経過を順番に話した。


レチューガ。


リサ。


バジェホ。


そして十月三十一日のカストロからの招待。


バンディは途中で一度だけ確認した。


「カストロ本人が一人で会う?」


「バジェホはそう言っています。メキシコまで来ればキューバ側が飛行機を出し、バラデロ近郊の私的な飛行場へ運ぶ。その日のうちに戻すという話です。」


「あなたはどう思う。」


アットウッドは少し考えた。


「話す意思そのものは、本物だと思います。」


「その先は?」


「分かりません。」


答えは率直だった。


アットウッドはカストロを一九五九年に取材している。当時は『Look』誌の記者で、革命直後のキューバがまだアメリカとの関係を決定的に壊していなかった頃だった。その後ケネディ政権に入り、西アフリカのギニア大使を務め、今年八月から国連代表部の顧問としてニューヨークへ戻っている。


記者としてなら、答えは簡単だった。


会えばいい。


相手が何を言うか分からないからこそ、会いに行くのが仕事だった。


しかし今は、アットウッド自身が何を言うかにも意味がある。


一言がアメリカ政府の約束として受け取られるかもしれず、沈黙でさえワシントンの意思として読まれる。政府の中へ入ったことで、以前より多くの情報に触れられるようになった代わりに、自分一人で動く自由を失っていた。


「私ならカストロとは話せると思います。」


アットウッドは言った。


バンディが見る。


「行きたい?」


「記者として訊いていますか。」


「政府の人間として。」


アットウッドは少し笑った。


「それなら、許可が出れば。」


答えを濁したようで、濁してはいなかった。


行く価値はあると思っている。


同時に、自分が勝手に行ってよい話ではないことも理解している。


「問題は、会談そのものより、その前です。」


アットウッドが続けた。


「カストロが何を話したいのか、もう少し知った方がいいでしょう。向こうは我々が何を考えているのか分からない。こちらも同じです。」


バンディは頷いた。


カストロ自身もハバナで、ほとんど同じことを考えているとは、この部屋の誰も知らなかった。


※※※※※※※※※※


その会議より十二日前。


十月二十四日、ホワイトハウス。


ケネディの前に座った男は、アメリカ政府の人間ではなかった。


ジャン・ダニエル。


アルジェリア生まれのフランス人ジャーナリストで、パリの週刊誌『L'Express』の編集部を率いる一方、アメリカの政治雑誌『New Republic』にもフランスから記事を送っていた。第二次世界大戦後のフランス政治、アルジェリア独立戦争、第三世界の民族運動を長く取材し、共産主義にも植民地主義にも単純には寄りかからない左派知識人として知られている。


その秋、彼はキューバへ行き、カストロを長時間取材する予定だった。


ケネディが短い日程の中で彼に会うことになった理由も、そこにあった。


ダニエルがこれからハバナへ行く。


カストロ本人と話す。


そのことを大統領は知っていた。


午後五時半を過ぎてから、ケネディは会議室へダニエルを迎えに来た。


「キューバへ行くそうですね。」


席へ着くなりそう言われ、ダニエルは少し驚いた。


「そのつもりです。」


「カストロには?」


「長いインタビューを申し込んでいます。」


ケネディは椅子へ腰を下ろした。


ダニエルは最初、通常の取材になると思っていた。


アメリカ大統領へキューバについて質問し、その答えを記事にする。それだけなら珍しくない。


ところが話し始めたケネディの口調には、公式声明とは違うものがあった。


「バティスタを支えたことについて、我々には責任があります。」


ダニエルは目を上げた。


ケネディは続けた。


革命以前のキューバで、アメリカが腐敗した体制や一部の富裕層と結びつき、キューバ人の反発を育てたこと。そのために、カストロの革命が生まれる土壌を自分たちも作ったこと。


大統領が自国の政策についてここまで自己批判的に語るとは、ダニエルも予想していなかった。


「革命が起きたこと自体を、すべてモスクワの陰謀として説明することはできません。」


ケネディはそう認めた。


しかし、そこで話を終わらせるつもりもなかった。


「だからといって、現在のカストロがしたことまで正当化されるわけではない。」


声が少し硬くなった。


革命後の政治的抑圧。


ソ連との軍事的な結びつき。


そして何より、一年前にキューバへ核ミサイルを置くことを受け入れたこと。


ケネディにとって、十月の危機は理屈ではなかった。


自分が命令を出せば、その先で何百万人が死ぬかもしれないところまで行った出来事だった。


「彼はキューバ革命を、自分の国だけの問題ではなくした。」


ダニエルは聞いていた。


そこにはカストロへの怒りがある。


同時に、以前のアメリカ政策への批判もある。


一つだけなら理解しやすい。


ケネディは二つを同時に話していた。


「彼をどうすべきだとお考えですか。」


ダニエルが訊いた。


ケネディはすぐには答えなかった。


机の上には、翌年の政治日程につながる書類もあった。


一九六四年には大統領選挙がある。


再選されれば二期目がある。


今年だけでも、ソ連とは部分的核実験禁止条約を結んだ。十月の危機で向かい合った相手と、翌年には一つの条約を作れた。


敵が友人になったわけではない。


核兵器も残っている。


ベルリンもベトナムもキューバも残っている。


それでも、すべての問題を最後まで戦争か降伏の二択にしておく必要はないことを、ケネディは知っていた。


「問題は、カストロがどこまで自分で選べるのかでしょう。」


やがてケネディが言った。


「彼が完全にソ連の政策の一部になっているなら、こちらからできることは少ない。しかし、そうでないなら話は違う。」


「彼が変わる可能性があると?」


「それを私が知りたい。」


ケネディはダニエルを見た。


「あなたは彼に会う。」


その瞬間、ダニエルは会話の意味が変わったのを感じた。


取材のためにキューバへ行くことを話していたはずだった。


だが、自分がカストロに会うことを知っている大統領が、そのカストロについてこれほど率直に語っている。


書簡を渡されたわけではない。


伝言を一字一句覚えろとも言われない。


政府を代表する権限など、もちろんない。


それでも、聞かなかったことにはできない。


「もしカストロが、アメリカとの関係を本当に変えたいと言ったら?」


ダニエルが訊いた。


ケネディは少し考えた。


「聞いてきてください。」


「何を。」


「彼が何を変えられると思っているのかを。」


ダニエルはその言葉を記憶した。


ケネディは最後に、キューバから戻ったらまた話を聞きたいという趣旨のことを伝えた。


会談が終わって部屋を出た時、ダニエルには、自分の仕事が一つ増えてしまったように感じられた。


記事を書く。


それだけではない。


二人の男の間に、互いが直接は訊けない質問を持って歩くことになった。


※※※※※※※※※※


十一月十一日、ハバナから新しい連絡が入った。


バジェホはリサへ、カストロが秘密保持の必要性を十分理解していることを改めて伝えた。


会談方法にも固執しない。


メキシコからキューバ機で運ぶ案だけでなく、必要ならキューバ側の飛行機をキーウェストへ出して迎えに行ってもいい。アメリカ側の飛行機が、人目につきにくいキューバの飛行場へ直接入る方法でも構わない。


重要なのは形式ではない。


カストロ本人と、アメリカ政府から本当に話を持ち帰れる人間が、誰にも邪魔されずに向かい合えることだった。


同席する人間も増やさない。


カストロとバジェホだけでよい。


その話を受け取ったアットウッドは、キューバ側が単に自分たちの条件を押しつけているわけではないことを理解した。


会うという目的のためなら、手段は動かす。


アメリカ側にとって、それは小さくない材料だった。


しかし翌十二日、ホワイトハウスが出した答えは、キューバ側が期待しているものより一歩手前だった。


※※※※※※※※※※


十一月十二日。


バンディはアットウッドへ電話を入れた。


「大統領の指示です。」


その一言で、アットウッドは姿勢を正した。


ここまで何人もの人間を通ってきた話が、ケネディ本人の判断まで上がったことになる。


「現段階で、アメリカ政府の人間をキューバへ送るのは実際的ではない、という判断です。」


アットウッドは何も言わず続きを待った。


拒否なら、それで終わる。


しかしバンディは続けた。


「まずバジェホをこちらへ来させたい。あなたが会って、カストロから何か言葉を持っているなら聞く。」


アットウッドは机の上のメモへ鉛筆を置いた。


「ニューヨークへ?」


「そうです。」


「確認したいのは?」


バンディの答えは明確だった。


「カストロが、こちらにとって受け入れられない政策について、本当に重要な修正を考える余地を持っているかどうかです。」


ソ連からの外部的な影響。


西半球に向けた革命的な破壊活動。


スティーブンソンが国連で公に挙げた問題だった。


「こちらから会談を求めているようにはしないでください。彼らの招待に答えているだけだという形は守る。」


アットウッドは、その政治的な意味も理解した。


キューバと話すこと自体より、「ケネディがカストロへ頼み込んだ」と見られることの方が危険なのだ。


「分かりました。」


電話を切る前に、アットウッドは訊いた。


「つまり、バジェホとの話で何か出れば、その先はまだあると考えていいんですね。」


バンディは一瞬黙った。


「そうでなければ、わざわざ話を聞く必要はないでしょう。」


明確な約束ではなかった。


しかし拒絶でもなかった。


アットウッドは受話器を置いた。


記者だった頃なら、回りくどいと思ったかもしれない。


いまは違う。


大統領が会談を潰したのではない。


会談を政治として成立させるために、あと一枚だけ証拠を求めた。


カストロが話したいことは分かった。


次に知りたいのは、カストロが話せることだった。


※※※※※※※※※※


同じ日、ケネディは別のキューバ政策まで消したわけではなかった。


CIAからは秘密工作の報告が上がり、安全保障の会議では軍事的な警戒も続いている。キューバを敵と見なす政策と、キューバとの対話を試す政策は、互いを打ち消さないまま同じ政権の中に存在していた。


それを矛盾と呼ぶことはできる。


実際、矛盾していた。


しかしケネディにとって、政策とは一つの感情に忠実であることではなかった。


一年後に大統領選挙がある。


再選できれば二期目が始まる。


核実験禁止条約を結んでも、冷戦は終わっていない。ベトナムも残り、公民権も残り、キューバも残っている。


そのキューバを再び侵攻するのか。


永遠に封鎖し続けるのか。


それとも、カストロが譲れないものと、アメリカが譲れないものの間に、何か一つでも動かせるものを探すのか。


ケネディはまだ答えを持っていなかった。


だから調べることを選んだ。


政治家にとって、一歩を出すことは必ずしも前へ大きく踏み込むことではない。


退路を残したまま、次の一歩を出せる場所まで進むこともある。


キューバ危機で、彼はそれを学んでいた。


※※※※※※※※※※


その頃、ワシントンではまだ、誰に国家の言葉を持たせるかという問題が解かれていなかった。


アットウッドなら、カストロと面識があり、政府へ直接報告できる。


ドノバンなら、カストロとバジェホ双方から一定の信頼を得ており、政府の正式な使者ではないという利点がある。


バジェホを外へ出せるなら、アメリカ政府の人間をキューバへ入れる危険そのものを避けられる。


どの案にも合理性があり、どの案にも欠点がある。


だからケネディは、まずバジェホとアットウッドをつなぐことにした。


国家は、国家であるがゆえに慎重だった。


誰かをキューバへ送るということは、その人間の身体と一緒にアメリカ政府の意思まで海を渡らせることになる。


しかし、その判断が下されるより前に、別の線では、すでに一人の男が海を渡ろうとしていた。


※※※※※※※※※※


十月末、メキシコ。


ジャン・ダニエルは搭乗を待ちながら、十月二十四日の会話を何度も思い返していた。


キューバへ入るにはメキシコを経由しなければならなかった。


手荷物の中に大統領から預かった手紙はない。


外交文書もない。


暗号もない。


アメリカ政府の身分証明書など、あるはずもなかった。


持っているのは取材のためのノートと、自分の記憶だけだった。


それでも、自分がただの記者としてキューバへ入る時とは、何かが変わっている。


ケネディは、自分がカストロへ会いに行くことを知っていた。


知った上で、アメリカがバティスタを支えた過去について語り、革命の理由にはアメリカ自身の責任もあると認めた。


同時に、カストロがソ連と結び、革命をキューバの外へ広げようとすることには受け入れられないものがあるとも語った。


そして、カストロが何を考えているのか知りたがった。


命令は受けていない。


だから密使ではない。


何も伝えなくても、職務違反にはならない。


だが、聞いてしまった。


それだけで、人間には責任が生まれることがある。


搭乗が始まった。


ダニエルは席へ着き、窓の外を見た。


ワシントンでは、政府の人間たちが、誰ならカストロの前へ送り出せるのかを考えている。


ハバナではカストロが、アメリカ政府から本当に権限を持つ人間が来るのを待っている。


そのどちらからも正式には選ばれていない男が、先に二つの首都の間へ入ろうとしていた。


機体がゆっくりと滑走路を進み、速度を上げる。


ダニエルはノートを開かなかった。


今はまだ、書くべき記事の形が分からなかった。


ケネディの言葉をカストロがどう受け取るのかも分からないし、そもそもカストロが自分に会うのかさえ分からない。


ただ、もし会えたなら訊いてみようと思った。


アメリカとキューバの間には、本当に何一つ動かせるものが残っていないのか。


地面が少し遠ざかった。


メキシコの滑走路が窓の下へ流れ、その先に海が広がる。


ワシントンでは、まだ最後の一枚を確かめようとしていた。


その一枚が何なのかを知らないまま、ジャン・ダニエルを乗せた飛行機はキューバへ向かう。

メッセージを胸にジャン・ダニエルを乗せた飛行機は飛び立ちます。


更新は、水・金・日の夜です。

次回は金曜日の夜更新予定です。


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