200,論理性と二律背反
外交におけるメッセージは時として行動と矛盾します。
十月に入って間もない朝、セリアはレネ・バジェホを首相執務室へ呼んだ。
理由を訊かれても、詳しいことは答えなかった。
「カストロが話したいそうです。ゲバラも来ています。」
それだけなら珍しいことではない。
革命戦争の頃からカストロの近くにいたバジェホは医師であり、軍医であり、いつの間にか健康状態だけでなく、首相が公的な経路を使いたくない時にも呼ばれる側近になっていた。外務省の人間ではなく、軍の指揮系統にも完全には収まらない。だからこそ、春にリサ・ハワードがハバナを離れる時、何かあれば連絡できる人間として彼の名前が残された。
それでも、部屋へ入って机の上を見た瞬間、今日は健康の話ではないと分かった。
カストロの前にはニューヨークから届いたレチューガの報告があり、その隣にはリサ・ハワードの記事、さらにウィリアム・アットウッドについてセリアが集めた薄い資料が置かれていた。
窓際にいたゲバラが、入ってきたバジェホへ顎を上げた。
「今度は医者じゃなく、外交官として呼ばれたらしいぞ。」
「それなら人選を間違えてる。」
バジェホが椅子を引くと、カストロは報告書から顔を上げた。
「だから呼んだ。」
「嫌な始まり方だな。」
セリアだけが少し笑った。
カストロはレチューガの報告をバジェホの前へ滑らせた。
九月二十七日、国連本部。
アメリカ国連代表部顧問のウィリアム・アットウッドは、ワシントンで話をしたうえで、カストロ本人、あるいは本人が直接信頼する使者が何か伝えたいのであれば、アメリカ側には会って聞く用意があるとレチューガへ伝えていた。
しかし、誰の許可を得たのかは言わなかった。
「読んだ。」
バジェホが紙を戻す。
「それで、どうする。」
カストロはすぐには答えず、椅子を離れて窓へ向かった。
外には強い日差しがあり、海から入ってきた風がカーテンの裾を揺らしていた。去年の十月にも、同じ海の向こうにアメリカの艦隊がいた。あの時には、窓から見えない場所で何が決められているのか、自分たちにはほとんど分からなかった。
「話すための道を作る。」
カストロが言った。
バジェホは少し眉を上げた。
「アメリカと?」
「敵と話すのがそんなに変か。」
「去年なら、変だと言っただろ。」
「去年があったからだ。」
カストロは窓辺から戻ったものの、すぐには座らなかった。
「十月の危機で、一番腹が立ったことを覚えてるか。」
ゲバラが答えた。
「候補が多すぎる。」
「俺たちの島に核兵器を置いておいて、最後は俺たち抜きで片づけたことだ。」
そこに冗談はなかった。
カストロは机へ両手を置いた。
「アメリカとソ連が話したことそのものに腹を立てたわけじゃない。俺たちのことを、俺たち抜きで話したことに腹を立てた。五月にモスクワで文書を読んで、もっと腹が立った。トルコのミサイルまで取引の中に入っていた。俺たちの島が、別の場所に置かれたアメリカのミサイルと同じ卓の上に載っていたんだからな。」
バジェホは黙って聞いていた。
その話をカストロ本人の口から詳しく聞くのは初めてだった。
「だがな。」
カストロはそこで声を少し落とした。
「腹が立つことと、学ばないことは別だ。」
ゲバラがカストロを見た。
「国連ではスティーブンソンがゾーリンを追い詰めた。写真を出して、ミサイルがあるのかないのか答えろと迫った。あれは芝居じゃない。アメリカは本気だったし、ソ連も本気だった。俺たちだって、本気で侵攻が来ると思っていた。」
カストロは一度息をついた。
「あの裏では、ロバート・ケネディとドブルイニンが会っていた。モスクワから手紙が来て、ワシントンから返事が行った。一つの線では足りず、別の線まで探した。表では互いに引けない人間たちが、裏ではどうすれば引けるかを探していた。」
ゲバラがゆっくり頷いた。
「あれがなければ、どうなっていたかは分からん。」
「そういうことだ。」
カストロはようやく椅子へ戻った。
「俺は今でも、俺たちを抜きにしたことは許していない。だが、あいつらが最後まで話さなかった方がよかったとは思わない。」
その言葉を言う時だけ、わずかに苦そうな顔をした。
キューバ危機の結末は、カストロにとって単純な教訓にはならなかった。
対話は世界を救った。
その対話からキューバは排除された。
どちらか一方だけなら理解しやすい。しかし現実には、その二つが同時に真実だった。
ゲバラが椅子を少し前へ引いた。
「なら、今度は俺たちも中へ入る。」
カストロが目を向ける。
「俺もそう考えている。誰かに俺たちの代わりに話してもらうんじゃない。ワシントンが何を考えているのか、俺たち自身が聞ける線を作る。」
バジェホはアットウッドの名前がある紙へ視線を落とした。
「その線が、この男か。」
「まだ分からん。」
「分からないのに使う?」
「分からないから使うんだ。」
カストロは即座に答えた。
「アットウッド個人なのか、スティーブンソンまでなのか、国務省なのか、ホワイトハウスなのか。そこを確かめる。向こうも同じだろう。レチューガがどこまで俺の意思を持っているのか、探っている。」
ゲバラが口元をわずかに上げた。
「お互い、相手が本物かどうかを確かめるために、本物ではないふりをして近づいてるわけだ。」
「外交らしくなってきただろ。」
「革命家としては退化だな。」
「お前だって賛成してる。」
「話すことにはな。」
その返事に対立の響きはなかった。
ゲバラもまた、危機を経験している。
彼にとってアメリカは帝国であり、キューバへの圧力が消えたわけではない。だが、敵であることと、敵の意思を知らなくていいことは同じではなかった。
「問題は今だ。」
ゲバラは言った。
「去年の十月より、話せる余地はある。ケネディは危機を経験した。モスクワとも核実験の条約を結んだ。少なくとも、話すことそのものを敗北とは思っていない。」
「だから窓が開いているうちに見る。」
カストロが答えた。
「来年になれば大統領選挙が近づく。キューバと話していると漏れれば、ケネディの敵は喜ぶ。こっちだって、アメリカと取引していると見られれば簡単じゃない。今ある隙間が、半年後にもあるとは限らん。」
それまで書類を整理していたセリアが、ふと思い出したように一枚の紙を抜いた。
「その話なら、アメリカとソ連はもう一つ、十月から学んだみたいですよ。」
三人が彼女を見る。
「六月に決めた直接通信の回線です。八月から使えるようになっています。」
「ホットラインか。」
ゲバラが言った。
「そう呼ばれていますけど、電話じゃありません。電信です。ワシントンとモスクワの政府を直接つないで、緊急時には首脳へ早く文章を届けられるようにしたそうです。」
カストロが紙を受け取った。
危機の最中、フルシチョフからの長い通信が届き、その意味を読み、返事を考えている間にも軍は動いていた。情報が遅れれば、それだけ現場の判断が先へ走る。
カストロは資料を読み終えると、鼻から小さく息を吐いた。
「俺たちの島で世界を終わらせかけて、やっと連絡方法を作ったか。」
ゲバラが笑った。
「高い授業料だったな。」
「払ったのは俺たちもだ。」
カストロはそう言ってから、紙を机の中央へ置いた。
笑いはそこで終わった。
「だが、これは答えでもある。」
バジェホが見る。
「何の?」
「敵だから話さない、という考えの答えだ。アメリカとソ連は敵のままだ。核兵器も向け合ったままだ。それでも、相手に直接届く線が必要だと認めた。」
カストロは指先で紙を軽く押した。
「敵だからこそ必要なんだ。友人なら、多少誤解しても明日話せる。敵は一度の誤解で軍隊が動く。」
ゲバラが続けた。
「俺たちには、その線がない。」
「だから作る。」
ここまでの話は、バジェホにも驚くほどよく分かった。
危機の時、何が危険だったのか。
なぜ今なら話せるのか。
表で対立を続けながら、なぜ裏では相手の意思へ届く道を残さなければならないのか。
カストロとゲバラの考えには筋が通っていた。
むしろ筋が通りすぎているほどだった。
外交関係はない。
だから公式の外交官ではない人間を使う。
アメリカ側がどこまで本気か分からない。
だから最初から信用も拒絶もせず、相手に一歩ずつ手を見せさせる。
キューバ側も弱みを見せない。
しかし、話す意思そのものは隠さない。
危機で失敗した「相手が何を考えているか分からない」という状態だけは繰り返さない。
紙の上なら、何も矛盾していなかった。
その論理の終点で、部屋の視線が自然にバジェホへ集まった。
彼は嫌な予感がしていた。
「待て。」
カストロは構わず続けた。
「レチューガの線は残す。あれは国連という場所があるから使える。ただ、正式な外交官同士に近づけば近づくほど、言葉一つに意味がつく。記録も残る。人も増える。」
「だから俺?」
「リサと直接つながっている。俺にも直接戻せる。外務省を通さなくていい。軍も通さない。」
バジェホは椅子の背へ身体を預けた。
そこで初めて、先ほどまであれほど整って見えた計画の形が、自分の側からはまるで違って見えることに気づいた。
カストロにとっては、二つの条件を同時に満たす計画だった。
話す意思を示す。
しかし、弱みは見せない。
相手を探る。
しかし、疑っているだけだと思わせない。
ケネディまで届くのか知る。
しかし、ケネディとの接触を欲しがっているようには見せない。
表ではアメリカを批判する。
しかし、裏の線は閉じない。
方針として並べれば、どれも合理的だった。
ところが、それを実際にやる人間には、二つを別々の紙に書いておくことができない。
一本の電話の中で、同時にやらなければならない。
同じ声で。
同じ間で。
同じ一つの言葉を使って。
バジェホは眉間を指で押した。
「ずいぶん簡単に言うな。」
「簡単だからお前に頼んでるんじゃない。」
「それなら、もっと悪い。」
セリアが笑いそうになったが、バジェホの顔を見てやめた。
彼は計画そのものを疑っているのではなかった。
むしろ逆だった。
正しいと思っている。
今しかないというカストロの判断にも納得している。
キューバ危機の時のように、相手が何を考えているのか分からないまま軍隊と情報だけが先へ走る状況を二度と作ってはいけないという結論にも異論はない。
だからこそ逃げ道がなかった。
間違った計画なら、反対できる。
無謀な命令なら、止めることもできる。
だが、正しい計画を現実へ移す時に生じる危険は、誰かが引き受けなければならない。
そして今回は、その誰かが自分だった。
「何を言えばいい。」
バジェホが訊いた。
「向こうに、本当に話す意思があるかを見ろ。」
「こっちに話す意思があることは?」
「隠すな。」
「じゃあ、それは言う。」
「ただし、追い詰められて助けを求めているとは思わせるな。」
バジェホはカストロの顔をじっと見た。
「話す意思は伝える。でも、話さなければ困ると思わせるな。」
「そうだ。」
「相手の権限は探る。でも、大統領までつながっているか知りたがっているとは見せるな。」
「ああ。」
「警戒していることは隠さない。でも、信用していないから進めないとも思わせるな。」
「その通りだ。」
バジェホは一度口を開き、何も言わずに閉じた。
ゲバラがその様子を見て、今度は笑わなかった。
「理屈としては綺麗だな。」
バジェホが言った。
「だから怖い。」
カストロが少し眉を寄せる。
「どういう意味だ。」
「今、お前が言ったことは全部分かる。俺でも同じ結論を出すと思う。でも、お前たちはそれを別々の条件として考えられる。俺は電話の向こうで、一度に全部やるんだ。」
部屋が静かになった。
バジェホは机の上の資料を指した。
「ここには『関心は示す』『弱みは見せない』『相手を探る』『扉は閉じない』と別々に書ける。でも、リサが一つ質問した時、俺は一つの返事しかできない。その一言が強すぎれば、キューバは追い詰められていると読まれる。弱すぎれば、話す気がないと読まれる。間を取ったつもりでも、向こうが別の意味で受け取れば、その瞬間からそれがカストロの意思になる。」
カストロは反論しなかった。
バジェホはさらに続けた。
「計画の肝は、何をするかじゃない。どの程度するかだろ。そこには数字がない。」
ゲバラがゆっくり頷いた。
「確かに、そこだけは指示できんな。」
「だろう。」
バジェホは乾いた笑みを浮かべた。
「そこを俺にやれと言ってる。」
カストロは椅子へ深く腰を下ろした。
「だからお前なんだ。」
「一人だから?」
「それもある。」
カストロは少し考えてから続けた。
「それ以上に、お前は俺の言葉を知っている。俺が本気で言っている時と、相手に聞かせるために言っている時の違いも知っている。外務省の人間なら、訓令を守る。お前には、俺の意図を守ってほしい。」
それは信頼だった。
バジェホには、その方が重かった。
「失敗したら?」
「俺の命令でやったと言え。」
「アメリカに?」
「俺たちにだ。」
バジェホは少し笑った。
「それで俺が楽になると思うか。」
「思ってない。」
「だろうな。」
少しの沈黙の後、バジェホは自分の手を見た。
医者としてなら、言葉が結果を変えることを知っている。
患者に必要以上の恐怖を与えれば、治療そのものから逃げることがある。大丈夫だと言いすぎれば、本当に危険になった時に対応が遅れる。検査結果という事実が一つでも、それをどの順番で、どの言葉で伝えるかによって、人間が次に取る行動は変わる。
だが医療では、少なくとも目的が共有されている。
患者も医者も、患者を生かしたい。
今度の相手は違う。
アメリカ政府はキューバを生かしたいから話すとは限らない。
キューバもアメリカの利益を守るために話すのではない。
互いに相手を疑い、相手より有利でありたいと思いながら、それでも最悪の事態だけは避けるために線を作ろうとしている。
それを医療にたとえるなら、患者と医者が互いに相手の診断まで疑っているようなものだった。
「医者なら。」
バジェホはゆっくり話し始めた。
「患者に分かったことを全部、一度にぶつけるのが正しいとは限らない。嘘をつくという意味じゃない。治療には順番があるからだ。ただ、安心させようとして危険を小さく言えば、それは治療じゃない。怖がらせたくないから病状を隠して、その間に悪くなれば、もっと駄目だ。」
カストロが聞いている。
「今回も、そこまでは同じなんだろう。必要なことは隠さない。でも、相手がそれを受け取れる順番で出す。こちらの脈を読ませながら、向こうの脈も読む。」
ゲバラが言った。
「ただし向こうも、同じことをしている。」
「そこが二律背反なんだ。」
バジェホは答えた。
「相手を信用していないから探る。でも、ある程度は信用しなければ探ることすらできない。こちらの意思を伝えなければ向こうは動かない。でも、伝えすぎれば向こうに使われる。俺はその両方を、同時に正しいと思ったまま話さなきゃならない。」
カストロはそこで初めて、はっきり頷いた。
「そうだ。」
「簡単に認めるな。」
「嘘を言っても仕方ないだろ。」
バジェホは鼻から息を吐いた。
「やるよ。」
セリアがメモへ視線を戻した。
カストロは何も言わなかった。
承諾したからといって、バジェホの顔が軽くならなかったことを見ていた。
バジェホ自身も、不思議なくらい迷いはなかった。
怖い。
だが、やるべきだと思っている。
その二つもまた、矛盾してはいなかった。
むしろ腹の底まで計画を理解したことで、自分の背負うものの大きさだけが、さっきよりはっきり見えるようになっていた。
※※※※※※※※※※
十月七日、ニューヨーク。
国連総会の演壇に立ったカルロス・レチューガは、九月二十七日にアットウッドと交わした会話など存在しなかったようにアメリカを批判した。
経済封鎖。
キューバに対する敵対政策。
亡命者による攻撃。
革命政府を孤立させようとする圧力。
レチューガにとって、それらは秘密接触が始まったから消える事実ではなかった。
だから言葉を弱める理由もなかった。
数日前、本人がアットウッドへ予告した通りの強硬な演説だった。
アメリカ側から答えたのは、国連大使アドレー・スティーブンソンだった。
キューバ人にとって、見覚えのある顔だった。
一年前。
同じ国連。
スティーブンソンはソ連代表ワレリアン・ゾーリンへ、キューバに攻撃用ミサイルを置いているのかと問い詰めた。
ゾーリンが即答を避けると、スティーブンソンは返事をいつまでも待つという趣旨で迫り、やがて偵察写真を世界の前へ出した。
あの映像を、カストロもゲバラもハバナで見ていた。
あの時のスティーブンソンは、出口を作る男には見えなかった。
世界の前で相手を追い詰める、アメリカそのものに見えた。
だが、その同じ男が今、アットウッドによるレチューガへの接触を支持し、その話をケネディのところまで上げていたことを、キューバ側はまだ知らない。
表に立つ男と、裏で出口を残す男は別人ではなかった。
スティーブンソンはレチューガへ厳しく反論した。
もしカストロが隣国との平和を望むなら、ソ連への従属をやめ、他国の政府を転覆しようとする活動をやめ、革命の際に掲げた憲法上の権利を実現すればいい。
キューバ側から見れば、到底そのまま呑める条件ではなかった。
レチューガも引かなかった。
国連の議場だけを見れば、九月に何かが始まったとは誰も思わなかっただろう。
それでよかった。
秘密の回線が一本できたからといって、対立している理由まで消えるわけではない。
話すことは、降伏ではない。
批判することは、回線を切ることでもない。
一年前の危機では、その区別を十分に持たないまま、核兵器を積んだ二つの国家が互いの意思を推測し続けた。
いまアメリカとソ連の間には、その教訓から生まれた直接通信回線がある。
キューバとアメリカの間には、まだ何もない。
大使館もない。
首脳を結ぶ電信もない。
あるのは国連の廊下で交わされた曖昧な言葉と、ニューヨークにいる一人の記者、そしてハバナにいる一人の医師だけだった。
※※※※※※※※※※
数日後、セリアが国連演説の全文を持ってくると、ゲバラはスティーブンソンの部分を読みながら露骨に眉をひそめた。
「ソ連から離れろ。革命を外へ広げるな。国内政治も変えろ。それを全部やれば平和にしてやる、か。帝国というのは、相手の自由を尊重する条件まで自分で決めたがるらしい。」
カストロは向かい側でレチューガの演説を読んでいた。
「こっちも大人しくは言ってない。」
「封鎖をしているのは事実だ。」
「だからレチューガに言わせた。」
ゲバラはスティーブンソンの紙を机へ置いた。
「それでも話す?」
カストロが顔を上げる。
「お前は?」
ゲバラは少し考えてから、肩をすくめた。
「話す。あの条件を呑むことと、相手の考えを聞くことは別だ。」
「なら同じだ。」
「気に入らないことまで同じじゃない。」
「そこまで同じなら気持ち悪い。」
セリアが思わず笑った。
ゲバラも少し笑ったが、すぐに新聞の写真へ目を戻した。
一年前と同じ男が、同じ国連で、今度はキューバを厳しく攻撃している。
「去年、あの男が写真を出した時は、あれがアメリカの全部だと思った。」
ゲバラが言った。
カストロはしばらく黙っていた。
「俺もだ。」
それは素直な答えだった。
「でも、違った。」
「全部ではなかった。」
カストロは言い直した。
「あの写真も本気だった。ゾーリンを追い詰めたのも本気だった。その裏で出口を探したのも本気だった。どっちかを芝居だと思うから分からなくなる。」
ゲバラは新聞を折った。
「表で殴りながら、裏では相手が倒れる前に手を出せる場所を探す。」
「去年の俺たちは、その手がどこにあるか知らなかった。」
カストロは机の端にある小さな紙へ視線を向けた。
そこには、リサ・ハワードへつながる番号が書かれていた。
「今度は知っておきたい。」
部屋の隅では、バジェホも国連演説の記録を読んでいた。
カストロの計画は、国連の光景を見ても崩れなかった。
むしろ正しかった。
レチューガとスティーブンソンは本気で対立している。
だからこそ、その二人が演壇を降りた後にも残る線がいる。
表の言葉を嘘にせず、裏の接触も嘘にしない。
二つの真実を同時に抱えたまま、どちらにも潰されない細い場所を通る。
それが計画だった。
そして、その計画の最も曖昧な部分だけが、自分に任されている。
バジェホは胸のポケットからリサの番号を書いた紙を取り出した。
数字はただの数字だった。
そこには、ワシントンともハバナとも書かれていない。
まして平和とも、和解とも書かれていなかった。
それでも、この数桁を使う時、自分はカストロの意思を伝えながら、伝えすぎてはいけない。
アメリカの意思を測りながら、測っていることを見せすぎてはいけない。
線をつなぐためには相手へ近づかなければならず、その線を守るためには近づきすぎてはいけなかった。
医者としてなら、患者の脈に指を置けば、少なくとも生きているかどうかは分かる。
この線では、自分の指そのものが脈を変えてしまうかもしれない。
バジェホは紙を折り直した。
カストロたちの論理は理解している。
だから引き受けた。
理解しているからこそ、自分がこれから行うことが、単なる伝言ではないことも分かっていた。
計画は机の上で完成する。
だが、その計画が歴史になるかどうかは、そこから先にいる人間の仕事だった。
バジェホは紙を胸のポケットへ戻した。
次にその番号を使う時から、論理では割り切れない部分を引き受けるのは、自分だった。
冷静でもなく、攻撃的でもなく冷めきったアメリカとの窓口を探るキューバ政府。
そして電話はいつ発信されるのでしょうか?
更新は、水・金・日の夜ですが次回の金曜日はお休みします。
次回は日曜日の夜更新予定です。
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