18話 300の喉、6000の「いいね(シェア)」
今日はキューバ革命最後の戦いです。
(1958-1959)
舞台は1958年、キューバ革命クライマックス
。
たった300人の反乱軍が、6000人の政府軍に挑んだ「サンタ・クララの戦い」
。
武器は銃ではなく「ラジオの声」。
現代のSNS戦争を先取りしたような情報戦の果てに、ふたりの英雄が見たものとは。
そして、アメリカという巨大な飼い主に対して、彼らが牙を剥く瞬間を描く、男たちの友情と別れの物語。
【1958年12月 サンタ・クララ攻略戦】
ザザザ……というノイズが、湿った空気を支配していた。
銃声はない。だが、目に見えない「弾丸」が、街中を飛び交っている。
政府軍の塹壕の中。一人の若い兵士が、隠し持っていた携帯ラジオに耳を押し付けていた。
『……繰り返す。我々は、君たちを殺しに来たのではない。君たちを縛る鎖を断ち切りに来たのだ』
ノイズ混じりのその声は、隣の兵士へ、そのまた隣の兵士へと、囁き声で伝播されていく。
「聞いたか? 反乱軍は捕虜を殺さないらしい」
「俺たちの給料を搾取してるのは、将軍たちだってよ……」
疑心暗鬼という名のウイルスが、6000人の軍隊の規律を内側から食い破っていく。
指揮官が「撃て!」と叫んでも、引き金に指がかからない。
彼らの意識はすでに、ハッキングされていた。
物理的な戦力差は20倍。
だが、情報の拡散力は、我々が圧倒していた。
一方、瓦礫の陰。
革命軍の仮設テントでは、重苦しい沈黙が流れていた。
簡易ベッドの上で、キャットとみんなから呼ばれた、一人の少年兵が冷たくなっている。
背中には、自分の体ほどもある巨大な通信機。
彼は、ネコのように、銃弾の中を駆け回り、最前線から我々の「言葉」を拡散し続けたルーター(中継点)だった。
私は、“キャット”の泥だらけの手を握り、静かに目を閉じた 。
「……まだ16歳だぞ。ゲバラ」
「ああ」
ゲバラは、キャットの顔に白い布をかけながら、短く答えた。その手つきは医師のものだが、表情は凍りついたように動かない。
「出血性ショックだ。私の腕でも、どうにもならなかった」
私は葉巻を取り出したが、火をつける気になれず、指でへし折った。
「俺たちは勝っている。こいつが命がけで繋いだ『声』ひとつで、敵の一個大隊が投降したそうだ。……だが、こいつは死んだ」
「それが革命だ、カストロ」
ゲバラは淡々と言ったが、握りしめた拳が微かに震えているのを私は見逃さなかった。
彼は、私の折れた葉巻を取り上げ、自分のポケットから新しい葉巻を差し出した。
無言の慰め。
火をつけてやると、煙の向こうでゲバラの瞳が揺れていた。
「 キャットが背負っていた送信機が、今、敵の兵士たちの脳を書き換えている。あいつの命が、数千人の敵を無力化したんだ」
私はテントを出て、広がる戦場を見下ろした。
敵は6000人。装甲列車に戦車。
だが、我々には300人の「拡散者」がいる。
「おい、ゲバラ」
「なんだ」
「300の喉があれば、国一つくらいひっくり返せると思うか?」
ゲバラは愛銃のM1カービンを肩にかけ、少年の眠るテントを一度だけ振り返ってから、私の隣に立った。
その瞳には、医者とも兵士ともつかない、冷たく燃える火が灯っていた。
「ひっくり返せるさ。……キャットの分も叫ぶならな」
私はニヤリと笑い、送信機に向かって歩き出した。
さあ、最後の放送の時間だ。
現代の戦争は、撃ち合いではない。どちらがより強く、人間の感情を支配するか――それだけのゲームだ。
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