17,幕間Louder Than War~戦争より静かな時代にて~【3/26大幅改変】
【3/26大幅改変しました】
キューバ革命を思い出すカストロをカッコ良いエピソードと一緒に幕間に。
カストロもゲバラも明言がやたらかっこいいですね。
【2001年 ハバナ/カール・マルクス劇場】
ステージの上では、イギリスから来た四人組が音を合わせていた。
マニック・ストリート・プリーチャーズ。
もう駆け出しではない。
賞も取った。音楽も売れた。自分たちの名前で客を集められるところまでは来ている。
だが、そこまで来たからこそ、別の怖さがあった。
代わりのきかない存在になりたいと願ってきた。
そして実際、自分たちが少しずつそういう存在になっていることも分かっていた。
分かった瞬間、救いより先に絶望が来る。
ここで終われない。
ここから鈍れば、自分たちまで、時代の中で「かつて本物だった側」へ回っていく。
売れることはできる。
だが、それは自分たちでしか鳴らせない音を守ることとは違う。
いまの音楽は、どんどん代替可能になっていく。
誰が歌っても、誰が作っても、同じように回っていく音。
熱より先にシステムがある。
人間が音楽をやるというより、音楽の仕組みの中に人間が並べられていく時代だった。
アメリカの音楽は強い。
派手で、刺さる。
売れる。
だが、そこには別の匂いがある。
金の匂いだ。
熱がないわけじゃない。
だが、それは彼らの欲しい種類のパッションではなかった。
だからキューバという言葉が、半分冗談みたいに出てきた。
反体制のバンドが、反体制の国で鳴らす。
そんなことが実現したら、面白いじゃないか。
最初はその程度だった。
だが、冷戦は終わっていた。
空気は少し変わっていた。
広報は面白がった。
政治の連中も、文化の話なら少しは動く。
話は、本当に決まってしまった。
その現実味のなさが、かえって彼らを緊張させた。
ベースの男が、演奏の切れ目にだけ口を開いた。
「変な国だよな。」
ギターの男が振り向く。
「何が。」
「外貨が欲しいなら、音楽よりもっと手っ取り早い稼ぎ方があるだろ。」
ドラムの男が小さく笑う。
「だから、面白いんだろ。」
その短いやりとりのあとで、また音が鳴る。
誰も続きを言わない。
言わなくても分かる。
金の論理だけでは説明できない国だ。
それが彼らには少しおかしく、少し羨ましかった。
スタッフが舞台袖から上がってきて、一言だけ告げる。
「来る。」
それだけで、空気が止まった。
※※※※※※※※※※
劇場の外で、車が止まった。
ドアが開く。
フィデル・カストロは、重い身体をゆっくり外へ出した。
壁の向こうから、低音が滲んでくる。
ドラム。ベース。ギター。
若い怒りが、コンクリートの向こうで跳ね返っている。
フィデルは立ち止まった。
この国をここまで守ってきた。
その思いはたしかにある。
だが、歴史はいつも見送る時間をくれない。
でも、ふとしたときに強く感情で蘇る。
きっかけはこの音だった。
彼は自分の手を見た。
太く、節が目立ち、昔よりずっと動きの遅い手だ。
この手で守ってきたものがある。
この手の届かないところで、失ってきたものもある。
ゲバラ。
キャット。
名もない若者たち。
大きい音は、そういう顔を連れて戻ってくる。
フィデルは小さく息を吐き、劇場の中へ入った。
※※※※※※※※※※
最初に気づいたのが誰だったのかは分からない。
だが、音は一人ずつではなく、空気の方から止まった。
ドラムが途切れる。
ギターが消える。
アンプの低いノイズだけが残る。
ボーカルの男は、舞台袖の向こうを見た。
そこに、思っていたよりずっと年老いた男が立っていた。
大きい。
だが、ポスターに印刷された革命家の圧とは少し違う。
身体は重そうで、歩みも遅い。
「独裁者」という評判が先に頭にあった。
それでも、普通の政治家ではないことだけは、一目で分かった。
老いているのに、目だけがまるで別の年齢だった。
ボーカルの男は喉の乾きを覚えながら言った。
「さっきの演奏、聞こえていましたか。」
通訳が追いつく。
フィデルは、ほんの少しだけ笑った。
「聞こえていた。」
ボーカルの男は続けた。
「本番は、もっと大きな音になります。かなりうるさくなると思います。大丈夫でしょうか。」
劇場の空気が張る。
誰もが、その答えを待っていた。
フィデルは椅子に身体を預け、メンバーたちを見上げた。
汗。緊張。熱。
その全部を見たあとで、静かに言った。
「構わんよ。どれだけ大きな音を出そうと、戦争よりうるさくはならないだろう(It won't be louder than war.)」
その一行は、冗談みたいに軽く置かれたのに、劇場の空気を一瞬で変えた。
最初に動いたのは、ボーカルの男だった。
驚きが、そのまま笑いに変わる。
「……その言葉、使わせてもらってもいいですか。」
フィデルは少しだけ眉を動かした。
「大した言葉か。」
ボーカルの男は、今度ははっきり笑った。
「最高にロックです。いや、たぶん、それ以上だ。」
周りのメンバーたちも笑う。
緊張が解ける。
だが、場の熱はむしろ上がった。
彼らはそこでやっと分かった。
目の前の老人は、ただの記号ではない。
時間と死をくぐった、本物なのだと。
フィデルはもう半分、別の音を聞いていた。
「許可なんていらん。ゲバラの写真だって、もうお前たちのものだろう。」
若者たちは、その返しにまた沸く。
誰かがギターを軽く鳴らす。
スタッフが笑う。
劇場の熱が、一気に上がる。
だが、フィデルだけは、もうその場にいながら別の場所へ沈み始めていた。
戦争は、うるさい。
暑く、熱く、若く、激しく、そして切ない。
勝ったという誇りと、失った友への敬意を、同じ轟音の中へ押し込んでくる。
だから今の言葉は、ただの気の利いた返しではなかった。
若者たちへの敬意でもあり、死んだ者たちへの敬意でもあった。
ステージの上では、メンバーたちが今にももう一度音を鳴らしそうに顔を見合わせている。
だが、フィデルの耳の奥では、もう別の轟音が鳴り始めていた。
そう、あれは――。
まだ自分が「閣下」ではなく、ただの反乱軍の司令官だった頃。
街そのものが、言葉と噂と恐怖で揺れていた時代。
サンタ・クララの、あの決定的な日々だった。
次回『キューバ』誕生を描きます。
でも、このイギリスバンド、その後しれって、アルバムのタイトルにLouder Than Warにしたそうです。
このバンドは、Google先生いわく、今の日本だとイエモン(THE YELLOW MONKEY)さんや、アジカン(アジアンカンフージェネレーション)さんくらいのポジションのバンドらしいです。
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