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183/214

182,ねじれの位置

ケネディの成長譚を描いています。

ピックス湾への工作の承認にむけてダレスの駆け引きが始まります。

一九六一年三月、ホワイトハウス


会議室の扉が開いた。


アレン・ダレスは、西半球を描いた大きな地図を両手で抱えて入ってきた。その後ろに、CIA計画担当副長官のリチャード・ビッセルが資料を携えて続く。


ケネディの右には国防長官マクナマラ、左には国家安全保障担当補佐官のバンディが座っていた。国務省、統合参謀本部、CIAの担当者も席についている。


ダレスが中央の低い机へ地図を広げると、紙の上にキューバ南岸の輪郭が現れた。


北にはフロリダ半島があり、その南にキューバが横たわっている。島の西端から東端まで、飛行場、港湾、軍の施設、幹線道路が細かな記号で書き込まれていた。


「大統領。」


ダレスは席につく前に言った。


「本日は、前政権のもとで準備されてきた対キューバ計画と、新政権から示された条件に基づく修正案をご説明します。」


ケネディは地図からダレスへ視線を移した。


「前政権の計画なのか、新政権の修正案なのか。どちらを承認する会議です。」


ダレスは表情を変えなかった。


「目的は前政権で定められました。方法については、大統領のご判断を反映させます。」


「目的は、もう決まっている。」


「カストロ政権を取り除き、キューバがソ連の西半球における拠点となることを防ぐ。その必要性については、前政権から変わっていません。」


「変わったのは大統領だけか。」


ダレスは一拍置いた。


「決定の責任を負う大統領が変わりました。」


その答えに、ケネディは小さく頷いた。


まだ始まったばかりだった。


※※※※※※※※※※


ダレスは、アイゼンハワー政権下で計画が承認された経緯から説明した。


反カストロ派のキューバ人亡命者を組織し、グアテマラの基地で軍事訓練を行う。部隊は歩兵、通信、工兵、戦車、航空要員に分かれ、輸送船と武器も準備されている。


亡命者が運営するラジオ局は、すでにキューバへ向けて反政府放送を流していた。


上陸後には、反カストロ派による暫定政府を樹立する。アメリカを含む諸外国がその政府を承認し、キューバ国内の地下組織と反政府勢力が動き始める。


革命軍と民兵の一部が離反すれば、カストロ政権は全国を掌握できなくなる。


ダレスの説明では、人、船、航空機、放送、暫定政府が、一つの機械の部品のように正しい位置へ収まっていた。


ケネディは、地図に記された上陸予定地を見た。


「この作戦が成功した場合、アメリカには何が残るのです。」


ダレスは、質問の意味を測るように少し間を置いた。


「西半球からソ連の橋頭堡を排除できます。キューバが他の中南米諸国へ革命を広げる拠点となることも防げます。」


「それは、取り除くものの話です。何が残るのかと聞いています。」


「西半球の安全保障です。」


「カストロを倒したあと、キューバ人はアメリカへ感謝するのですか。それとも、またワシントンが自分たちの政府を決めたと思うのでしょうか。」


ダレスの表情は動かなかった。


バンディは、膝の上の用紙へ短い線を引いた。


大統領は、何を得るのかと尋ねた。


ダレスは、何を失わずに済むのかを答えている。


二人とも質問に答えているつもりだった。


「大統領。」


ダレスは、基礎から説明し直す時のように穏やかに続けた。


「何もしなければ、キューバ革命は成功例として西半球へ広がります。外国資産を接収し、アメリカとの関係を断ち、ソ連の援助を受けても政権を維持できる。その前例を残すことになります。」


「成功すれば、新しく何かを得るというより、これ以上失わずに済む。」


「安全保障とは、多くの場合そういうものです。」


ケネディは椅子へ背を預けた。


悪意のある質問ではなかった。


選挙中、政策を説明する時には、何を行い、その結果として国民に何が残るのかを一文で示す必要があった。道路を造れば人と物が早く動き、学校へ投資すれば子供が教育を受けられる。


キューバへ武装部隊を送り込む。


その結果として残るものが、損失の拡大を防いだという説明だけなのが、まだ腑に落ちなかった。


ビッセルが、キューバ国内の状況を説明した。


アメリカ企業の資産は国有化され、ソ連との貿易と軍事関係が深まり、旧来の政治家や反対派は国外へ追われている。政府、労働組合、新聞、大学には共産主義者の影響が拡大し、カストロは社会主義陣営との結びつきを強めていた。


ケネディは資料をめくった。


そこに書かれているカストロと、記憶の中にある男は、完全には重ならなかった。


一九五九年一月。


革命軍がハバナへ入った直後、アメリカのテレビは何度も同じ映像を流していた。


髭を伸ばし、軍服を着た若い指導者。


群衆の間を進み、演説台で長く話し、頭上を飛ぶ鳩に笑う男。


その周囲には、バティスタ政権から逃れた人々が集まり、農民や学生や労働者が腕を上げていた。


カストロは、テレビの中ではモスクワの役人には見えなかった。


裕福な家に生まれ、大学で法律を学び、独裁政権に反抗して山へ入り、敗北しても戻り、ついにはハバナへ入った。


アメリカ人が好みやすい物語を持っていた。


若い。


大胆だった。


演説は長すぎたが、用意された文書を読む政治家ではなかった。


少なくとも、革命直後の映像からは、ソ連の代理人より、腐敗した独裁者を倒した民族主義者としての姿の方が強く見えた。


ケネディは資料から顔を上げた。


「革命が成功した直後、彼は自分を社会主義者と名乗っていましたか。」


ダレスは答えた。


「明確には名乗っていません。」


「共産主義者だとも。」


「それも避けていました。」


「では、いつから社会主義者になったのです。」


部屋に短い沈黙が生まれた。


ダレスは、問いを嫌った様子を見せなかった。


「思想がいつ完成したかを、本人の発言だけで確定することはできません。」


「私は、思想の完成日を聞いているのではありません。」


ケネディは机の端へ指を置いた。


「テレビで見た男と、いま説明されている男が同じに見えないと言っているのです。」


ダレスは、ケネディの顔を見た。


「革命直後のカストロは、多くのアメリカ人にとって受け入れやすい姿をしていました。バティスタを倒した若い民族主義者。腐敗した独裁から国を解放した指導者です。」


「私だけが、そう見たわけではない。」


「いいえ。」


ダレスは認めた。


「国務省にも、彼と関係を築けると考えた者がいました。アメリカの新聞にも、キューバの新しい英雄として扱った記事がありました。」


「それが、いまはソ連の橋頭堡になっている。」


「本人が変わったのか、最初から隠していたのか。あるいは革命の中で、共産主義者の組織力を必要とし、そこから戻れなくなったのか。解釈はいくつかあります。」


ダレスは資料を一枚、ケネディの側へ押した。


石油精製所をめぐる対立。


アメリカ企業の接収。


砂糖割当の削減。


ソ連との貿易。


政権内での共産党系人物の昇進。


「国家の意図は、本人が何と名乗るかだけでは判断できません。現在何を行い、どの勢力を中枢へ入れ、どこの支援を受けているかで判断します。」


「われわれが敵と呼んだから、ソ連へ近づいた可能性は。」


ダレスの隣で、ビッセルがわずかに姿勢を変えた。


バンディは鉛筆を止めなかった。


質問は素朴だった。


だが、その素朴な問いに答えるためには、アメリカ外交とキューバ革命の因果関係を最初から整理しなければならない。


ダレスは落ち着いて答えた。


「われわれの政策が、カストロの判断へ影響した可能性は否定しません。」


ケネディの眉が少し上がった。


反論が返ると思っていたらしい。


「バティスタへの支援が、革命を反米へ向かわせたことも。」


「その点についても、影響はあったでしょう。」


「選挙中に私が言ったことを、知っているのですね。」


「もちろんです。」


「では、アメリカにも責任がある。」


「過去の責任はあります。」


ダレスは、そこで言葉を切った。


「しかし過去の誤りによって生まれた政権が、現在ソ連へ場所を与えているなら、その危険まで放置する理由にはなりません。」


ケネディは黙った。


同じ事実を認めながら、二人は別の方向を見ていた。


ケネディにとって、バティスタ支援の失敗は、アメリカが自分の影響力を誤って使った証拠だった。


ダレスにとっては、その失敗によって生じた危険を、いま修正しなければならない理由だった。


バンディは、用紙へ書いた。


過去の責任。


現在の危険。


その二つの間に線を引こうとして、やめた。


どちらも同じキューバの話だった。


※※※※※※※※※※


「カストロ政権は、確実に倒せるのですか。」


ケネディが尋ねた。


今度はビッセルが答えた。


「軍事作戦に絶対はありません。しかし亡命者部隊の訓練と士気は高く、装備も整いつつあります。上陸に成功すれば、国内の反政府勢力が動き始めます。」


「国内の蜂起は確実なのですか。」


「政権への不満は、広範に存在します。」


「不満があることと、銃を持って政府へ反乱することは同じですか。」


「上陸部隊が橋頭堡を確保し、反政府勢力が勝利できると示せば、態度を変える者が出ます。」


ダレスが引き取った。


「グアテマラでも、最初から大規模な軍事力を投入したわけではありません。政権が孤立し、反対勢力が存在することを示せば、軍内部に、この政府と運命を共にする必要はないと判断する者が現れます。圧力は、内部の亀裂を広げます。」


「キューバ軍も分裂する。」


「その可能性は高いと見ています。」


「最初の上陸が成功すれば。」


「成功を見せることが重要です。」


「上陸が成功しなければ。」


ダレスの視線が、地図の海岸へ落ちた。


「そのために、上陸前の航空攻撃と十分な兵力を用意しています。」


バンディは、会話を記録する手を止めなかった。


上陸が成功すれば、内部が分裂する。


内部が分裂すれば、上陸が成功する。


説明は円を描いていた。


その円を動かす最初の力は、航空攻撃によって作られる衝撃と、亡命者部隊が海岸で示す勝利に委ねられている。


ケネディは、論理の循環を見破ったつもりではなかった。


ただ、確実に成功すると言う人間へ確実なのかと尋ねると、可能性が高いという答えが返り、その根拠を聞けば、成功すれば可能性が現実になると説明されたため、もう一度同じことを聞いているだけだった。


「成功の確率を、数字で言えますか。」


軍の代表者が慎重に答えた。


「五分五分程度と見る評価もあります。」


ケネディは顔を上げた。


「五分五分。」


「政治的な反応を、数字へ含めることは困難です。」


ダレスが言った。


「軍事面だけでなく、上陸後に生じる心理的効果が重要です。カストロ政権は強固に見えますが、革命政権の内部には、権力配分と今後の方向をめぐる不満があります。外から圧力を加えることで、表面化していない対立が動き始める可能性があります。」


「確実ではない。」


「確実という言葉を条件にすれば、軍事行動は一つも行えません。」


返答には理があった。


ケネディは黙った。


確実でないなら、どの程度の危険まで引き受けるべきなのか。その境界を決めるための経験を、まだ持っていなかった。


専門家に成功を保証させようとしても、専門家は絶対という言葉だけを避け、実行するに足るという結論を残す。


ダレスは、ケネディが黙った間に計画を前へ進めた。


「亡命者部隊を長期間、訓練基地へ留めることもできません。人数が増えるほど機密は漏れ、士気は低下します。解散させれば、訓練を受けた人間が各地へ散り、計画そのものが公になります。カストロ政権の支配は日ごとに強化されています。実行しないという判断にも、重大な結果があります。」


今日承認する危険と、今日中止する危険。


ダレスは二つを同じ机へ置き、後者をより大きく見せた。


ケネディは、作戦を始める判断を求められていると思っていた。


実際には、すでに始まった作戦を止める責任を引き受けるかと問われていた。


※※※※※※※※※※


ビッセルは、当初の上陸案を説明した。


トリニダー周辺には港と飛行場があり、住民や地下組織との接触も期待できる。上陸が失敗した場合には、反カストロ・ゲリラの活動するエスカンブライ山地へ退き、戦闘を継続することも可能だった。


軍事的には、逃げ道のある案である。


しかし人口のある都市へ武装部隊が上陸すれば、アメリカが準備した侵攻であることを隠しにくい。


ケネディは、地図上の都市名を見た。


「もっと目立たない場所はないのですか。」


ビッセルは別の地図を広げた。


トリニダーから西へ約百五十キロ。


ピックス湾。


サパタ湿地に囲まれた、人家の少ない入り江だった。


「ここなら、アメリカの関与を表面化させずに済む。」


ケネディが言った。


「トリニダーよりは説明しやすくなります。」


ビッセルは答えた。


「飛行場を確保すれば、航空支援もキューバ国内から行われているように見せられます。」


「欠点は。」


マクナマラが尋ねた。


ビッセルは地図へ指を置いた。


「周囲が湿地です。内陸へ通じる道路は限られ、住民や地下組織からの支援もトリニダーほど期待できません。」


「退路は。」


「上陸部隊が海岸で封じ込められた場合、エスカンブライ山地へ撤退するのは困難です。」


ケネディは二枚の地図を見比べた。


目立つ場所には、住民と山への道がある。


目立たない場所には、逃げ道がない。


政治的な偽装と、軍事上の安全性は両立しなかった。


「成功することを前提にすれば、退路は必要ない。」


ダレスが言った。


マクナマラが顔を上げた。


「失敗の可能性があるため、軍事作戦には退路を設けるのではありませんか。」


「そのとおりです。」


ダレスの口調は変わらなかった。


「しかし、政治的に承認されない作戦には、退路以前の問題があります。大統領の条件を満たしたうえで、成功に必要な措置を加えます。」


ケネディはダレスを見た。


自分のために作戦が弱くなったと言われているように聞こえた。


それを明言されたわけではない。


「目立たないことは条件です。」


ケネディは言った。


「アメリカ軍がキューバの都市へ侵攻した姿にはできない。」


「承知しています。」


ビッセルは、ピックス湾の地図を机の中央へ移した。


トリニダー案は脇へ寄せられた。


その瞬間、上陸部隊の退路は、会議の中心からも外れた。


※※※※※※※※※※


「上陸が始まれば、アメリカが背後にいることは分かるのではありませんか。」


ケネディが尋ねた。


「実行するのはキューバ人です。」


ダレスが答えた。


「武器は。」


「各国で使用されているものを選び、アメリカ政府へ直接結びつく証拠は残しません。」


「証拠がなければ、国民はアメリカが関わっていないと信じるのですか。」


ダレスの手が、資料の端で止まった。


ほんの一瞬だった。


バンディは、その動きを見た。


大統領の問いが、その日初めてダレスの説明を止めた。軍事力でも、情報の精度でもない。作戦が人々の目に何として映るかという問いだった。


ダレスにとって、秘密工作の成否は、政府の関与を証明できる証拠を残すかどうかで決まる。


ケネディにとって、人は証拠だけで判断するものではなかった。


テレビ討論で国民が見たのは、政策資料ではなく、日に焼けた候補者と、病み上がりで汗を流す副大統領だった。言葉の内容が同じでも、画面が別の物語を作る。


アメリカ製の武器を持った亡命者が、アメリカの近海からキューバへ上陸し、アメリカが望む政府を作る。


その映像を見て、キューバ国内だけで始まった反乱だと世界が信じるのか。


「証拠を残さないことと、誰も疑わないことは違うでしょう。」


ダレスは表情を変えずに答えた。


「疑いを完全に防ぐことはできません。重要なのは、アメリカ軍による侵攻として確認されないことです。これはキューバ人が、自国の政府を変えるために行う作戦です。われわれは、そのための支援を行います。」


「国民にも、そう見える。」


「そう説明できる形にします。」


バンディは、その二つを別々に書いた。


そう見える。


そう説明できる。


消して一つへまとめようとしたが、どちらを残すべきか決められず、結局両方を囲んだ。


ケネディは違いに気づいたが、作戦を止める理由にするほど大きな差だとは思わなかった。


※※※※※※※※※※


ビッセルは、海上支援の配置を説明した。


亡命者部隊を運ぶ船舶の航路を確保し、キューバ軍や第三国の艦艇による妨害へ備えるため、アメリカ海軍の艦艇を周辺海域へ待機させる。


救助や緊急時の対応にも利用できる。


「艦隊を待機させることには同意します。」


ケネディはマクナマラを見た。


国防長官は資料へ目を落としたまま、静かに聞いている。


「ただし、実際に艦艇を戦闘へ投入する場合は別です。国防長官と統合参謀本部の意見を聞いたうえで、最後は私が判断します。」


「当然です、大統領。」


ダレスは即座に答えた。


「亡命者部隊にも、危険になれば米海軍が必ず助けに来るとは思わせないでください。われわれが約束していない援軍を前提に、上陸させるべきではない。」


マクナマラが顔を上げた。


「部隊の指導者には、アメリカ軍の直接支援を前提にできないことを明確に伝えるべきです。その条件でも作戦を実行する意思があるか、確認してください。」


口調は穏やかだったが、言葉は明瞭だった。


ビッセルが頷いた。


「確認します。」


ケネディは、線を引いたと思った。


艦隊は近くにいる。


しかし使うかどうかは、大統領が決める。


ダレスは、線が残ったと思った。


艦隊は近くにいる。


作戦が危機に陥れば、大統領へ運用を求めることができる。


使う予定のない艦隊を、待機させる理由はない。


自分たちが訓練し、送り込んだ部隊が海岸で壊滅しようとすれば、若い大統領も最後には動かすだろう。


同じ合意を、二人は反対側から見ていた。


バンディは、双方の発言を一つの文へまとめた。


海軍艦艇を周辺海域へ待機させる。ただし、その運用には大統領の承認を必要とする。


文章にすると、何の矛盾もなかった。


それがかえって気になった。


※※※※※※※※※※


ビッセルは航空作戦の図面を広げた。


「上陸に先立って、カストロ軍の航空戦力を地上で破壊する必要があります。亡命キューバ人の航空要員が、ダグラスB-26爆撃機を使用します。」


B-26インベーダーは、第二次世界大戦中に開発されたアメリカ製の双発爆撃機だった。キューバ空軍も同型機を保有している。


「機体には、キューバ空軍と同じ標識をつけます。」


ビッセルは説明を続けた。


「攻撃後、一機を第三国へ着陸させ、カストロ軍から離反した操縦士が、自国の飛行場を攻撃して逃げてきたという形を作ります。外部からの空襲ではなく、キューバ軍内部で反乱が始まったことを示せます。」


ケネディは図面を見た。


「アメリカ軍の航空機ではないのですね。」


「操縦するのは亡命キューバ人です。」


「国民が映像を見れば、キューバ空軍内部の戦闘に見える。」


ダレスが答えた。


「そのための偽装です。」


ケネディは少し考えた。


艦隊がキューバ沖へ進み、星条旗を掲げた艦艇が砲撃を始めれば、誰の目にもアメリカの侵攻となる。


キューバ人の操縦士が、キューバ空軍の標識をつけた飛行機でキューバの飛行場を攻撃するなら、少なくとも画面の上では、キューバ人同士の反乱として説明できる。


「それなら進めてください。」


ダレスの顔色は変わらなかった。


「承知しました。」


バンディは、会議録へ書き込んだ。


海軍艦艇の待機を承認。ただし、実際の運用には大統領の判断を必要とする。


亡命キューバ人が操縦し、キューバ空軍の標識を使用するB-26による航空攻撃を承認。


二行を続けて書くと、何かがおかしかった。


海軍艦艇は、本当に動かす場合には改めて判断する。


爆撃機は、外見さえ変えれば本当に飛ばしてよい。


バンディはダレスを見た。


中央情報局長は、何の不思議もないという顔をしていた。


次にケネディを見た。


大統領も、条件を整理したという顔をしていた。


二人とも納得している以上、おかしいと思った自分の方が説明を聞き落とした可能性もある。


バンディは一度鉛筆を止め、二行目を消した。


そして書き直した。


アメリカの公然たる関与を表面化させない航空措置について、計画を継続する。


書き直すと、会議は再び整然として見えた。


※※※※※※※※※※


ケネディは、最後の確認をした。


「この作戦は、アメリカの利益になる。」


「西半球の安全保障にとって必要です。」


ダレスが答えた。


「成功する十分な見込みがある。」


「成功に必要な条件は整いつつあります。」


「アメリカ軍がキューバを侵略した姿として、国民には映らない。」


「アメリカ軍は、作戦の主体になりません。」


一つ目の質問には、損失を防ぐという意味で答えた。


二つ目には、絶対ではないという余白を残した。


三つ目には、国民がどう見るかではなく、形式上の作戦主体を答えた。


それでも、三つとも肯定されたように聞こえた。


バンディは回答を読み返した。


大統領の質問とは、少しずつ違っている。


だが、違っていることを正確に説明しようとすれば、会議を最初からやり直さなければならない。


彼は何も言わなかった。


ケネディは、自分が必要な条件をつけ、専門家から保証を得たと思った。


ダレスは、艦隊の待機、航空攻撃、上陸作戦、亡命者部隊という中核を承認させたと思った。


互いに、会議を有利に終えたと感じていた。


ダレスが資料を閉じ、立ち上がった。


「修正した計画を、改めて提出いたします。」


「成功する作戦を提出してください。」


ケネディが言った。


「そのために準備しております。」


ダレスは一礼し、ビッセルとともに部屋を出た。


ドアが閉まるまで、誰も声を荒らげず、誰も笑わなかった。


※※※※※※※※※※


ホワイトハウスの廊下へ出ると、ダレスは歩調を緩めなかった。


会議は成功した。


若い大統領は質問が多かったが、計画の中核を拒否しなかった。亡命者部隊は維持され、上陸案も、航空攻撃も、艦隊の待機も認められた。


残った条件は、実行段階で整理できる。


そう考えても、苛立ちは消えなかった。


アメリカに利益があるのか。


確実に成功するのか。


国民にはどう映るのか。


三つをすべて満たす秘密工作が存在するなら、最初からCIAへ持ち込まれるはずがない。


公然と利益を説明できないから、秘密に行う。


成功を保証できないから、相手が準備を整える前に動く。


国民へすべてを見せられないから、国家の一部が見えない場所で引き受ける。


それが秘密工作だった。


大統領は、戦争を隠せと言いながら、隠していることまで国民に納得させろと求めているように見えた。


さらに理解しがたいことがある。


艦隊は近くへ置いてよい。


しかし、実際に動かすかどうかは、その時になってから決める。


爆撃機は今から攻撃してよい。


ただし、キューバの標識を描く。


軍事的には、どちらもアメリカが準備した力だった。


一方は旗が見えるため留保され、もう一方は塗装を変えることで承認された。


大統領が判断しているのは、作戦の効果ではなく、画面の中に星条旗が映るかどうかなのではないか。


ダレスは、それを未熟さだと思った。


しかしさらに腹立たしいのは、その未熟な質問が、作戦の弱い部分へ触れていたことだった。


証拠は消せる。


報告書の言葉は選べる。


機体の標識も塗り替えられる。


だが、国民が何を疑い、世界がどの物語を信じるかまでは、CIAにも完全には管理できない。


ビッセルが隣を歩きながら尋ねた。


「艦隊運用の条件を、計画へ反映しますか。」


「承認系統を書き加える。」


「航空作戦の偽装も、広報計画と合わせて組み直す必要があります。」


「組み直せ。」


「上陸までの日程へ影響します。」


ダレスは腕時計を見た。


会議は予定より十一分長引いていた。


質問へ答えるために使った時間だった。


「日程は変えない。」


「しかし、修正する項目が増えています。」


「なら、同じ時間の中で修正する。」


ビッセルは何も言わなかった。


ダレスは、予定どおり進まない計画を嫌った。


計画とは、互いに噛み合う歯車である。一つの歯車を外せば、別の歯車の位置も変えなければならない。


政治的な注文を一つ加えるたび、故障する場所が一つ増える。


それでも作戦は前へ進む。


グアテマラでも、実際の兵力より大きな力が動いていると相手へ信じさせたことで、軍内部が崩れた。


キューバでも同じだった。


最初の爆撃。


最初の上陸。


最初の離反。


一つ目が起きれば二つ目が起き、二つ目が起きれば三つ目は止められない。


若い大統領が画面を気にしている間に、地上では現実が動く。


ダレスはそう信じて、次の予定へ向かった。


※※※※※※※※※※


大統領執務室では、マクナマラと軍の担当者が先に退室し、バンディだけが会議録を整理していた。


ケネディは椅子へ深く腰を下ろし、ダレスが残していった地図を眺めている。


バンディは、書き直した会議録を読み返した。


大統領は、所定の政治的および軍事的条件のもとで、計画を継続することを承認した。


それだけを読めば、何を承認し、何を留保したのかは明快だった。


実際の会議では、ケネディは米軍を使わずに成功する作戦を認めたと思っている。


ダレスは、必要になれば米軍の使用をもう一度求められる作戦を通したつもりでいる。


バンディは、二人の理解を一文に収めたつもりでいる。


文章の中では、三人とも同じ決定をしたことになっていた。


「バンディ。」


「はい、大統領。」


「さっきから、同じ行を何度も読んでいるな。」


「確認していました。」


「何を。」


バンディは鉛筆を置いた。


「B-26による航空攻撃は、このまま認めてよろしいのですか。」


ケネディは顔を上げた。


「何か問題があるのか。」


「操縦するのは亡命キューバ人です。標識もキューバ空軍のものに変えます。」


「それは聞いた。」


「ただ、機体はアメリカ製で、こちらが用意した爆撃機です。」


ケネディは、ダレスが出ていった扉を見た。


それから地図の上に置かれた、B-26の小さな図面へ目を移した。


「ああ。」


短く答えたものの、その先に続ける言葉はなかった。


星条旗を掲げた艦艇を動かせば、アメリカの侵攻になる。


アメリカ製の爆撃機へキューバの印を描けば、キューバ人の反乱になる。


会議中には、はっきり違って見えた二つが、ダレスのいなくなった部屋では、思っていたほど離れていなかった。


バンディは大統領を見た。


ケネディは何かを考えているようだったが、航空作戦を取り消すとまでは言わなかった。


バンディも、取り消すべきだとは言わなかった。


ただ、会議録の「アメリカの公然たる関与を表面化させない航空措置」という一文へ、もう一度目を落とした。


表面化させない。


便利な言葉だった。


ケネディは返事を探す代わりに、机の引き出しを開けた。


中から葉巻を一本取り出す。


赤と金の帯に、ハバナの名が印刷されていた。


いつものように先端を切ろうとして、手が止まった。


バンディの視線が、葉巻へ移った。


「それも、こちらが用意したものか。」


ケネディが尋ねた。


「おそらく以前から、引き出しに入っていたものです。」


「前政権からの継続案件か。」


「そういうことになります。」


ケネディは葉巻を指の間で回した。


「キューバ製だな。」


「そちらは、ラベルどおりです。」


バンディは真顔で答えた。


ケネディは彼を見たが、国家安全保障補佐官の表情には、冗談を言った形跡がなかった。


ケネディは葉巻をもう一度眺めた。


ダレスの説明を信じるなら、それを作った島は、ソ連が西半球へ打ち込んだ楔であり、中南米全体を革命へ導きかねない危険な前例だった。


その島へ、アメリカ製の爆撃機がキューバの印をつけて飛ぶ。


その島から来た葉巻は、アメリカ大統領の机の引き出しに収まっている。


ケネディは少し居心地の悪そうな顔で葉巻の先端を切り、火をつけた。


その葉巻は、なんとも言えない上品な香りを漂わせていた。

奇妙な認識のすれ違いの結果ピックス湾への工作は承認されます。

この承認が1960年代の世界を動かしていくことは当時の誰も知りませんでした。


更新は、水・金・日の夜です。

次回は水曜日の夜更新予定です。


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