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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
二人の英雄の友情と別れ(前編)
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179,若き英雄と老練な政治家

第二次大戦後それまで大国の植民地や傀儡国家だった国々がどんどん独立していきます。

ただ東西冷戦の時代という印象が先進国の私たちにはありますが、実際は帝国の終わりと民族自決の対立軸が土台にあり選択肢として資本主義と社会主義が存在していた側面もあります。


当時のソ連はキューバと同じ社会主義であり帝国主義国家でした。そして、キューバは、アメリカの傀儡国家から自決を勝ち取る過程で社会主義を選択しました。

一九六三年五月一日、モスクワ。


赤の広場を埋めた群衆は、遠くから見ると一つの巨大な模様のようだった。


赤い旗、労働組合の横断幕、共和国ごとに異なる民族衣装、青年組織の制服、軍楽隊の金管楽器が、石造りの広場をゆっくりと進んでいく。レーニン廟の上に並ぶソ連指導部へ向かって歓声が上がるたび、カストロの隣に立つフルシチョフは帽子を振り、大きな身体を乗り出すようにして応えた。


国家によって組織された行進であることは明らかだったが、群衆の熱まで命令だけで作られているとは思えなかった。カストロの姿が大画面や報道席に映ると、行進の列から彼の名を叫ぶ声が起こり、若者たちはキューバ国旗を高く掲げた。


西側の映画で描かれてきた、冷たい顔をしたソ連人の姿はそこになかった。


工場労働者は隣の男と肩をぶつけながら笑い、少女たちは寒さで赤くなった頬のまま花束を振り、兵士の列を見ていた子供は、母親の手を離れて前へ出ようとして叱られている。


モスクワの国家は巨大だった。


しかし、その国家の中で暮らしているのは、機械ではなく人間だった。


カストロは群衆へ手を振りながら、数日前に砕氷船で出会った若い技師を思い出していた。国家が必要とする場所へ送られ、それを誇りとして受け入れながら、年に二度しか妻と娘に会えない男だった。


その生き方を、本人は犠牲とは呼んでいない。


だからこそ、外から簡単に不幸と決めることもできず、同じ仕組みをキューバへ持ち帰りたいとも思えなかった。


フルシチョフが隣から顔を寄せた。


「どうです。モスクワの労働者は、あなたをよく知っているでしょう。」


広場の歓声に負けないよう、声を張っている。


カストロは、前を進む工場労働者の列に目を向けたまま答えた。


「私より、キューバを知っているのかもしれません。」


「あなたを知れば、キューバも分かります。」


フルシチョフは機嫌よく笑った。


カストロも口元を緩めたが、その言葉をそのまま受け取ることはできなかった。


一人の指導者を知ることと、その国の農民、労働者、母親、子供を知ることは違う。キューバを一人の髭の男へまとめてしまえば、モスクワにとっては理解しやすくなるが、国家の形は見えなくなる。


だが、そのことを祝祭の最中に言う必要はなかった。


彼は群衆へもう一度手を振った。


キューバの革命が、世界のどこかにいる人間へ希望として届いているという事実まで、疑う理由はなかった。


※※※※※※※※※※


訪問の日程は、国土の広さをカストロの身体へ覚え込ませるように続いた。


列車と航空機を乗り継ぎ、戦争で破壊されて再建された都市、農業地帯、工業施設、研究所、学校を巡るたびに、ソ連側の案内役は数字を示した。戦前の生産量、戦争による損失、再建後の増加率、発電能力、卒業した技師の数、灌漑によって耕作地へ変わった面積。


数字には説得力があった。


スターリングラードと呼ばれていた都市では、ドイツ軍との戦いで破壊された工場が再び機械を動かし、戦車を作った場所でトラクターが生産されている。戦争で家族を失った労働者が、新しい世代へ旋盤の使い方を教えていた。


カストロは、傷跡の残る煉瓦の壁に手を触れた。


ソ連は、犠牲を記憶として保存するだけでなく、工場と軍事力と国家への忠誠へ変えていた。


アメリカもまた戦争によって大国となったが、その本土は破壊されていない。工場は海の向こうの戦争へ兵器を送り、その利益によって豊かになった。


ソ連では、工場を動かしている者の多くが、戦争で家や家族を失っていた。


同じ工業力でも、そこへ至る記憶は違う。


ウズベキスタンでは、灌漑施設と農業機械を見せられた。


乾いた土地に水路が引かれ、学校では少女たちが数学とロシア語を学び、診療所には国から派遣された医師がいた。案内役は、帝政時代には教育も近代医療も届かなかった地域を、社会主義が変えたと誇らしげに説明した。


その成果も本物だった。


読み書きを学び、医師になり、技師になった人々がいる。


同時に、広大な綿花畑を見渡した時、カストロは別のことも考えた。


国家が必要とする作物を、共和国全体で作らせる。


遠いモスクワが生産量を決め、土地と人間の役割を割り振る。


それはキューバが長く置かれてきた砂糖の単一栽培と、目的も支配者も違っていたが、土地の多様さを一つの作物へ変えるという点では似ている。


外国資本が命じるのか、社会主義国家が計画するのか。


そこには大きな違いがある。


だが、畑に立つ農民にとって、どこまでが自分で選んだ仕事なのかという問いは残る。


カストロは、同行する農業担当者へ質問を重ねた。


綿花以外の作物はどの程度作れるのか。


農民が計画へ意見を出す仕組みはあるのか。


収穫量が届かなかった年、誰が責任を負うのか。


案内役は丁寧に答えたが、話はしばしば国家の目標へ戻った。


社会全体の必要。


共和国間の分業。


計画の合理性。


どれも理解できた。


しかし、人間が土地をどう愛しているかという話には、なかなかならなかった。


シベリアでは、巨大な発電所を見た。


川をせき止め、山と森林の間に人工の湖を作り、何千キロも離れた工業都市へ電力を送る。制御室には無数の計器が並び、白衣を着た技師たちが、流量と出力を数字で追っていた。


カストロは、窓の向こうで水が落ちていく光景を長く見つめた。


これほどの力があれば、キューバの農村へ電気を通し、工場を動かし、医療機器を使い、冷蔵設備を置くことができる。


アメリカでは、技術が個人の生活へ商品として届いていた。


ソ連では、技術が国家の骨格として土地へ刻まれている。


一方は欲望を集めて力へ変え、もう一方は計画へ人間を集めて力へ変える。


どちらの仕組みも、世界を変えるほど強い。


だが、その強さ自体を、未来の目的にしてはならない。


カストロが欲しいのは、アメリカの商店の棚でも、ソ連の発電量の数字でもなかった。畑で働く者が、翌年も自分の土地で暮らせること。子供が文字を学び、病人が医師に診てもらい、労働者が国家や企業の都合だけで使い捨てられないこと。


発電所も工場も軍隊も、その生活を守るための道具でなければ意味がない。


ソ連が見せる成果に驚くたび、カストロの中では、学びたいという思いと、同じものになってはいけないという警戒が、同時に大きくなっていった。


※※※※※※※※※※


モスクワ郊外のザヴィドヴォにある国家別荘では、公式の演説より長く、率直な会話が続いた。


森と湖に囲まれた建物には、クレムリンほどの威圧感がなく、フルシチョフは上着を脱ぎ、食卓の上へ肘を置いて話した。料理が運ばれ、グラスへ酒が注がれても、二人の話題は農業、工業、アメリカ、アフリカ、アジア、ラテンアメリカを行き来した。


カストロは、新しく独立した国々の指導者について尋ねた。


植民地支配から離れた国々が、どこまで社会主義へ進むのか。


ソ連は、どの国を支援するのか。


民族主義と社会主義は両立するのか。


フルシチョフは、理論ではなく人名で答えた。


ある指導者には民衆の支持があるが、軍を掌握できていない。


別の指導者は演説が巧みだが、経済を動かす人材を持たない。


西側を批判していても、援助の条件次第ではアメリカへ近づく者もいる。


共産主義を語りながら、自分の権力を守ることしか考えていない者もいる。


「革命を語る人間が、革命家とは限りません。」


フルシチョフは、肉を切り分けながら言った。


「選挙の前だけ社会主義者になる者もいるし、モスクワから金を受け取る時だけ同志になる者もいる。言葉ではなく、国を動かせるかを見なければならない。」


その判断は現実的だった。


大国の指導者であれば、当然の見方でもある。


それでもカストロには、名前を挙げられた指導者たちが、一人ずつ秤へ載せられていくように感じられた。


民衆の支持。


軍事的価値。


天然資源。


西側への圧力。


北京との距離。


モスクワへの協力。


援助を与えるに値するか。


維持する価値があるか。


フルシチョフは革命家を、同志としてだけでなく、世界の盤面に置かれた国家の代表として見ていた。


カストロは、グラスを置いた。


「私にも、同じような評価があるのでしょう。」


フルシチョフの手が一瞬止まり、それから丸い顔に笑みが広がった。


「もちろんあります。」


否定しなかったことに、カストロも笑った。


「どの欄が一番悪い。」


「あなたは、欄に収まりません。」


「それは高い評価なのか、管理しにくいという意味なのか。」


「大国の指導者にとって、その二つはよく似ています。」


フルシチョフは声を立てて笑い、カストロも少し遅れて笑った。


革命から四年あまり。


ピックス湾の侵攻を退け、アメリカの経済封鎖に耐え、核戦争の瀬戸際を生き残ったことで、少なくとも他国の指導者と同じ一行では片づけられない程度には、成果が出たらしい。


その事実には、わずかな満足があった。


同時に、自分もまた、石油や武器や軍事的な位置を持つ国の指導者として値踏みされている。


英雄としての歓迎も、友情だけではできていない。


カストロは、フルシチョフのよく笑う顔を見ながら、そう理解していた。


※※※※※※※※※※


一九六三年五月四日、同じザヴィドヴォの一室で、キューバ危機中に交わされた米ソ間の書簡と会談記録が読み上げられた。


窓の外には森が広がり、朝から降っていた雨が細い線となってガラスを伝っている。机の上には、ロシア語の文書が束になって置かれ、通訳が一枚ずつスペイン語へ移していった。


ケネディからの書簡。


フルシチョフの返答。


国連での交渉。


ワシントンとモスクワを結んだ秘密の連絡。


キューバへ侵攻しないというアメリカ側の約束。


カストロは途中で何度も質問し、日付と発信者を確認した。


フルシチョフは、危機をどのように終わらせたかを、隠さず見せようとしているように見えた。


通訳が、ロバート・ケネディとソ連大使ドブルイニンの接触を記した箇所へ進んだ。


アメリカ側は、公にはキューバのミサイル撤去を要求しながら、秘密裏にトルコに配備されたジュピター・ミサイルを撤去する意思を伝えた。


続いて、イタリアに置かれた同型ミサイルについても、整理されていく軍事計画の一部として触れられた。


カストロは、右手を上げた。


通訳の声が止まった。


「いまの箇所を、もう一度読んでください。」


部屋の空気が変わった。


通訳はフルシチョフへ目を向けたが、フルシチョフは机に置かれた書類を見たまま、短く頷いた。


もう一度、文章が読まれた。


キューバからソ連のミサイルを撤去する。


アメリカは、一定の期間を置き、公表しない形でトルコのジュピター・ミサイルを撤去する。


イタリアの配備もまた、同じ時期に終わりへ向かう。


カストロは、通訳ではなくフルシチョフを見た。


頭越しに撤去を決めた理由だけではない。


キューバのミサイルは、トルコに置かれたアメリカの核兵器を動かすための交渉材料にもなっていた。


その事実を、ハバナには知らせなかった。


島へ核兵器を持ち込み、アメリカの攻撃目標へ変えながら、危機を終わらせる本当の代価は、モスクワとワシントンの間だけで共有されていた。


カストロの口元から笑みが消えた。


椅子の肘掛けを握る指へ、ゆっくり力が入る。


フルシチョフは、その変化を見ていた。


「なぜ、われわれに知らせなかったのです。」


カストロの声は低かった。


怒鳴ってはいない。


それでも、通訳は言葉を慎重に選び直してからロシア語にした。


フルシチョフは両手を机へ置いた。


「秘密でなければ、アメリカ側は受け入れませんでした。ケネディは、同盟国の前で取引を認めることができなかった。トルコのミサイルは古く、軍事的な価値も下がっていましたが、表向きキューバと交換したことになれば、西側同盟に亀裂が入る。」


「それはアメリカの事情です。」


「そうです。」


フルシチョフは否定しなかった。


「そして、核戦争を避けるために利用できる事情でもありました。」


「キューバにも事情があった。」


カストロは、机の上に並ぶ文書へ目を落とした。


「われわれの国土にミサイルが置かれ、われわれの国民が最初に死ぬ位置にいた。トルコとの取引を知る権利がなかったとは思わない。」


フルシチョフは、しばらく返事をしなかった。


その沈黙の後に浮かんだのは、言い訳をする者の硬い顔ではなく、いつもの人なつこい笑顔だった。


「あなたに伝えれば、あなたは秘密にできましたか。」


「試してもいない。」


「あなたは世界へ話したかもしれない。」


「話さなかったかもしれない。」


「その不確実さを、あの時のわれわれは負えなかった。」


フルシチョフは肩をすくめた。


「大国にも、怖いものはあります。」


その笑顔に、カストロは一瞬、怒りより深いものを感じた。


フルシチョフは、すべてを嘘で包んでいるのではない。


アメリカの侵攻を避けた。


核戦争を止めた。


キューバへ不侵攻の約束を残した。


トルコのミサイルを撤去させた。


そのどれも本当だった。


同時に、キューバを相談から外し、危険を背負わせた国の意思を、最後まで取引の外へ置いたことも本当だった。


複数ある真実の中から、自分に必要なものだけを前へ出し、残りを笑顔の後ろへ隠す。


ミコヤンは存在しない法律を作り、拒絶を国内法の問題へ変えた。


フルシチョフは、実在する勝利を語ることで、別の取引を見えなくしていた。


国際政治の恐ろしさは、悪人が嘘をつくことではない。


親愛も、援助も、勝利も本物でありながら、それらが同時に計算でもあることだった。


カストロは、肘掛けから手を離した。


怒りは消えていない。


だが、その怒りの底から、別の感情も浮かんできた。


キューバは、ただ捨てられたわけではなかった。


カリブ海の小さな島に置かれたミサイルを撤去するために、アメリカは自国の同盟国に置いた核兵器を動かした。キューバ危機は、ヨーロッパの軍事配置まで変えた。


頭越しに値札をつけられた屈辱はある。


しかし、値段は安くなかった。


カストロは、笑みとも苦笑ともつかない表情を浮かべた。


「革命から四年あまりで、トルコとイタリアのミサイルまで動かしたのなら、わが国も見捨てたものではないらしい。」


通訳がその言葉をロシア語へ移すと、フルシチョフは一瞬目を細め、それから大きく笑った。


「その通りです。小さな国が世界を動かすこともある。」


「大きな国に動かされることもある。」


カストロが返すと、フルシチョフの笑いは少しだけ弱くなった。


しかし、表情を崩しはしなかった。


「だから、同盟が必要なのです。」


「だから、同盟国同士で話す必要がある。」


二人の視線が重なった。


その場で関係が壊れることはなかった。


むしろ、互いがどこまで譲らず、どこで現実を受け入れるのかが、以前よりはっきりした。


フルシチョフは次の文書を取るよう通訳へ合図し、会談は続いた。


カストロも止めなかった。


真実を知ったからといって、石油が不要になるわけでも、アメリカの封鎖が消えるわけでもない。


怒りと外交は、同じ椅子に座らなければならなかった。


※※※※※※※※※※


トルコの事実を知った後も、歓迎は途切れなかった。


工場では労働者が機械を止め、カストロの手を握ろうと集まった。学校では子供たちがスペイン語で覚えた挨拶を叫び、農場では年老いた女性が、自分で焼いた黒パンを持たせようとした。


その一つ一つを、国家の演出として退けることはできなかった。


ソ連政府は、カストロを社会主義陣営の英雄として利用している。


同時に、目の前の労働者や子供たちは、本当にキューバ革命へ希望を見ている。


フルシチョフは、キューバを外交のカードとして扱った。


同時に、カストロを好み、その大胆さを本気で評価している。


どれか一つが偽物なのではない。


すべてが同時に存在している。


それが、カストロを疲れさせた。


一九六三年五月二十三日、クレムリンでカストロはソ連邦英雄の称号を授けられた。


胸へ勲章がつけられ、会場には長い拍手が響いた。フルシチョフは、キューバ革命が帝国主義へ与えた打撃と、カストロの勇気を称え、二国の友情は核危機を越えて強くなったと語った。


カストロも演壇へ立ち、ソ連人民がキューバへ与えた支援へ感謝し、社会主義諸国の連帯を称えた。


その言葉に嘘はなかった。


ソ連の石油がなければ、キューバの経済は止まる。


砂糖を買う市場がなければ、国家の収入は失われる。


武器と防空支援がなければ、アメリカの次の侵攻へ備えられない。


教育、技術、医療、工業化の経験にも、学ぶべきものがある。


カストロは、この訪問によってソ連との同盟を選び直していた。


だが、選び直したのは同盟であり、服従ではない。


ソ連の力を借りる。


技術を学ぶ。


市場と軍事的な後ろ盾を得る。


それでも、キューバの未来までモスクワへ預けるつもりはなかった。


勲章は胸で重かった。


その重さは名誉だけではなく、ソ連がキューバへ期待する役割の重さでもあった。


※※※※※※※※※※


その夜の宴席には、磨かれたグラスと白い皿が正確な間隔で並び、給仕たちは音も立てずに料理を運んだ。


高官たちはカストロへ乾杯を求め、通訳を介して冗談を言い、キューバの砂糖と葉巻を褒めた。楽団はソ連の曲に続いてキューバの旋律を演奏し、会場の一角では、若い将校たちが覚えたばかりのスペイン語で革命歌を歌っていた。


すべてが整えられていた。


歓迎も、料理も、音楽も、笑顔も。


カストロはグラスを手にしたまま、ふいにハバナを思い出した。


暑い夜。


開け放された窓。


通りから聞こえる音楽。


工場の仕事を終えた男たちが、上着の袖をまくったまま酒を飲み、配給へ文句を言いながら、結局は隣の者へ自分の分を少し分ける。


畑の天気を気にする農民。


壊れた機械へ悪態をつきながら修理を続ける労働者。


政治家に聞かせるためではなく、自分たちが歌いたいから歌う人々。


ハバナの街並みが恋しいのではない。


祖国に暮らす人間が恋しかった。


そこにも不満と対立はあり、国家の命令も不足もある。純粋な世界ではない。


それでも、雨は畑を濡らす雨であり、壊れた歯車は交換しなければならない歯車だった。笑顔の後ろに、遠い国の核ミサイルが隠れているわけではない。


国際社会では、握手にも歓待にも値段があり、親愛と計算を分けることができない。


その魑魅魍魎の世界で笑い、相手の肩を抱き、時には怒りを飲み込みながら交渉する理由は、英雄として称えられるためではなかった。


土地を耕し、働き、酒を飲み、歌うという、人間の普通の生活を守るためだった。


ソ連の発電所も、工場も、学校も、軍隊も必要である。


だが、それらは人間の暮らしを支える道具でなければならない。


国家の偉大さを証明するために、人間を配置する国にはしたくなかった。


アメリカのように、豊かさの値段を他国へ払わせる国にもしたくない。


ソ連でもアメリカでもない形を、キューバは自分たちの土地から作らなければならない。


カストロはグラスを口へ運び、強い酒を飲み込んだ。


少し離れた席で、フルシチョフが別の高官へ何かを話し、大きく笑っている。


あの笑顔を嫌うことはできなかった。


信じきることもできなかった。


それでよいのだと、カストロは思った。


外交は友情を信仰する場所ではない。


必要な時に、友情を国家の利益へ変えられる者同士が向き合う場所だった。


※※※※※※※※※※


一九六三年六月三日。


カストロを乗せた航空機は、長い訪問を終えてソ連を離れた。


眼下には、鉄道、工場、集合住宅、発電所、川が、広大な土地の上へ幾何学的な線を描いていた。人間の計画が自然へ刻まれ、その線に沿って何百万もの人々が働き、学び、暮らしている。


ソ連は強かった。


その強さは虚像ではない。


アメリカとは異なる仕組みで、科学と工業と教育を結び、人間を宇宙へ送り、大戦で焼かれた国を世界の大国へ戻した。


カストロは、その力へ敬意を抱いていた。


同時に、その力が小さな国を自分の計画へ組み込もうとする時の恐ろしさも知った。


飛行機が雲の上へ出る直前、曲がりながら都市を抜けていく川が見えた。


街の灯と工場の煙を抱くように流れる太い川は、上空から眺めると一本の腕に似ていた。


守るために抱く腕と、逃げられないように締める腕は、遠くからでは同じ形をしている。


カストロは、その腕を振りほどこうとは思わなかった。


アメリカのすぐそばでキューバを生かすためには、まだソ連の力が必要だった。


ただ、抱かれたまま目を閉じるつもりもない。


雲が街を隠した。


その向こうには、もう一つの大国がある。


商品と資本と映画と軍事力によって世界を引き寄せ、キューバへ侵攻し、破壊工作を続けながら、核戦争の最後の一歩では踏みとどまった国。


そして、その国の中心には、カストロと同じように若い大統領がいる。


ピックス湾の失敗を許可し、マングース作戦を進め、同時に将軍たちが求めた空爆を拒み、フルシチョフとの出口を選んだ男。


ジョン・フィッツジェラルド・ケネディとは、どのような人間なのだろう。


カストロは座席へ身体を戻し、窓の外に広がる雲を見つめた。


もう一つの大国にもまた、守る腕と締めつける腕があるはずだった。

次回以降、当時の世界を味わってもらうためにケネディを主役にした話を何話か描きます。


ケネディの成長譚が、このあとの展開とクロスオーバーしていく予定です。


更新は、水・金・日の夜です。

次回は水曜日の夜更新予定です。


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