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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
二人の英雄の友情と別れ(前編)
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175/214

174,カードにされる島

ミサイル基地の存在が世界に公開され次第にキューバはソ連の駆け引きの材料になります。

キューバ危機の結末は。

モスクワ時間 一九六二年十月二十七日朝

(ハバナ時間 同日未明/ワシントン時間 同日未明)


ソ連大使館の地下室には、外の夜気が届かなかった。


窓はなく、壁には湿気が残り、机の上では電灯が白い紙だけを強く照らしている。暗号通信機の低い音が途切れず、電話の向こうでは、島の各地から集められた報告が読み上げられていた。


フロリダへ集められた航空機。


グアンタナモ基地の増強。


海上隔離線を動くアメリカ艦艇。


低空を飛ぶ偵察機。


島の上空を切り取るU-2。


アメリカ軍はまだ攻撃していない。


だが、攻撃しない軍隊の動きではなかった。


カストロは、机の前に立っていた。


椅子は用意されていたが、座らなかった。紙を読み、地図へ戻り、また別の報告へ手を伸ばす。髭の下の顔に疲労はあったが、眠気はなかった。


ソ連大使アレクサンドル・アレクセーエフが、その様子を黙って見ていた。


「限定空爆が先でしょう。」


カストロは、フロリダとキューバの間に指を置いた。


「発射基地、防空陣地、飛行場、通信施設。上陸する前に、こちらの目と腕を潰す。そのあとで、侵攻するかどうかを決める。」


アレクセーエフは慎重に答えた。


「ワシントンが、まだ外交的解決を探している可能性もあります。」


「可能性はある。」


カストロは否定しなかった。


「だが、軍隊は可能性ではなく準備で動く。準備された攻撃は、政治家が一度頷けば始まる。」


彼は電話機を取った。


西部方面を指揮しているゲバラへ回線をつなぐよう命じる。何度か雑音が入り、やがて遠い洞窟司令部の空気を運ぶような声が聞こえた。


「西部はどうだ。」


カストロが尋ねた。


電話の向こうで、紙をめくる音がした。


「偵察は続いている。低空機は海岸線と道路を舐めるように飛んでいる。こちらの配置を撮るだけなら、もう十分なはずだ。それでも飛ぶということは、変化を見ている。部隊の移動、燃料、発射準備、対空火器。爆撃前の確認だと考える者が増えている。」


ゲバラの声は落ち着いていた。


恐怖を隠しているのではない。恐怖を計算の中へ入れた声だった。


「民兵は。」


「持ち場にいる。農民も工場労働者も、銃を置いていない。空爆だけなら、アメリカはこの国を黙らせられると思うかもしれない。だが、上陸すれば山へ戻る。町でも戦う。彼らはピックス湾より大きな戦争を始めることになる。」


カストロは、電話線の向こうにいる友人の顔を思い浮かべた。


山で出会った時から、ゲバラは戦争を美しく語ったことがない。戦争を必要だと語ることはあっても、代価を知らない者の言葉ではなかった。


「時間は。」


カストロが聞いた。


しばらく雑音だけが流れた。


「長くはない。」


ゲバラが答えた。


「二十四時間から七十二時間。お前も同じように見ているんだろう。」


「そうだ。」


カストロは地図から目を離さなかった。


「この島のどこにいても、同じ数字になる。」


アレクセーエフが、二人の会話を聞いていた。


カストロは電話を置かずに言った。


「フルシチョフへ送る。限定空爆が最もあり得る。全面侵攻も排除できない。もし侵攻が始まれば、アメリカはキューバを占領したあと、ソ連に対してさらに有利な位置を得る。」


電話の向こうで、ゲバラが低く息を吐いた。


「その先まで書くのか。」


「書かなければならない。」


カストロの声は変わらなかった。


「世界は、侵攻をキューバだけの敗北として考える。だが違う。アメリカがこの島を潰せば、次にモスクワへ向ける力と自信を得る。フルシチョフには、その順序を理解させなければならない。」


「世界は、核攻撃を勧めたと読むかもしれない。」


「そう読む者もいるだろう。」


カストロは言った。


「だが、こちらが送るのは命令ではない。警告だ。アメリカに最初の一手から最後の一手まで選ばせれば、こちらは永久に後手になる。」


ゲバラはすぐには答えなかった。


やがて、遠くから声が届いた。


「なら、曖昧にするな。モスクワが読みたい文章ではなく、俺たちが見ている戦争を書け。」


カストロの口元が、わずかに動いた。


「そのつもりだ。」


電話が切れたあと、地下室には通信機の音だけが残った。


カストロは机に向かい、アレクセーエフと文面を練った。


後にアメリカでは、その書簡をアルマゲドン・レターと呼ぶ者が現れる。


だが、カストロに世界を破壊する意図はなかった。


彼が書こうとしていたのは、破壊がどれほど近くまで来ているかだった。


攻撃は二十四時間から七十二時間以内に始まる可能性がある。


限定空爆が最もあり得る。


全面侵攻も排除できない。


キューバ人民は抵抗する。


もしアメリカが島を侵攻し占領しようとするなら、それをキューバだけの問題として扱ってはならない。アメリカにその後の戦略的主導権まで与えることになる。


その結論は、危険だった。


だが、危険だから書かないという選択を、カストロはしなかった。


島の指導者がモスクワへ送るべきなのは、モスクワを安心させる言葉ではない。


島の地上から見えている現実だった。


カストロは書簡を読み返した。


「これで送れ。」


アレクセーエフは紙を受け取った。


「議長は、強い反応を示すかもしれません。」


「それでいい。」


カストロは地下室の壁へ目を向けた。


「怒る時間があるうちに読ませろ。爆撃が始まったあとでは遅い。」


※※※※※※※※※※


モスクワ時間 一九六二年十月二十七日夕方

(ハバナ時間 同日午前/ワシントン時間 同日昼前)


キューバ東部上空で、U-2が撃墜された。


報告が革命宮殿へ届いた時、カストロは軍の配置を確認していた。


ソ連軍の地対空ミサイルが命中した。


アメリカ人操縦士は死亡した可能性が高い。


部屋にいた者たちは、次の命令を待つようにカストロを見た。


彼は歓声を上げなかった。


撃墜は勝利ではない。


アメリカの偵察能力を一機分減らしただけであり、その代わりに、アメリカ軍へ報復の理由を与えた。


「誰の命令だ。」


カストロが尋ねた。


報告者は、ソ連軍現地指揮官の判断らしいと答えた。モスクワの許可を得たかどうかは確認できない。


カストロは地図へ目を落とした。


東部の空。


ソ連軍の防空陣地。


グアンタナモ。


フロリダから飛び立つアメリカ機。


一本の線で結ぶことができた。


「アメリカは報復する。」


ラウルが言った。


軍事部門を預かる彼の声には、兄を試す響きはなかった。確認だった。


「その可能性は高い。」


カストロは答えた。


「少なくとも、軍は求める。」


「なら、手紙の時間に入った。」


「最初の一段だけだ。」


カストロは即座に言った。


「まだ空爆は始まっていない。これを予言の証明にするな。だが、われわれの判断を誇張として捨てることもできなくなった。」


彼は東部の指揮系統を確認させ、ソ連側にも連絡を求めた。


「今後、誰が何を撃つかを互いに知らない状態にはするな。次の一機が来ても、それだけで世界戦争を始めるな。」


口にした直後、その命令の弱さを彼自身が理解した。


空から来る機影を見ている兵士に、世界戦争の全体は見えない。


兵士に見えるのは、自分の陣地と、近づく機体と、数時間後には投下されるかもしれない爆弾だけだ。


その狭い視野の中では、発射は戦争の始まりではない。


生き残るための防御に見える。


カストロがフルシチョフへ伝えたかったのも、そのことだった。


恐怖は、命令より速く広がる。


恐怖を抱えた兵士たちの手に武器がある限り、ワシントンとモスクワだけで危機の速度を決めることはできない。


カストロは時計を見た。


二十四時間から七十二時間。


針は、書簡を送ったあとも止まっていなかった。


※※※※※※※※※※


モスクワ時間 一九六二年十月二十八日午後五時

(ハバナ時間 同日午前九時/ワシントン時間 同日午前十時)


革命宮殿のラジオから、モスクワの声が流れた。


フルシチョフは、キューバに配備された攻撃兵器を解体し、ソ連へ送り返すと発表した。


アメリカがキューバへ侵攻しないことを保証する。


海上隔離を解除する。


危機を終わらせる。


部屋にいた者たちは、誰もすぐには口を開かなかった。


カストロはラジオの前に立ち、最後まで聞いた。


聞き終えてから、秘書のセリアへ顔を向けた。


「事前の連絡は。」


「ありません。」


「大使館からは。」


「まだ何も。」


カストロは頷いた。


怒鳴らなかった。


机を叩くこともしなかった。


それだけに、部屋にいた者たちは彼から目を離せなかった。


アメリカへ向けて設置されたミサイルは、ソ連の兵器だった。


だが、置かれた土地はキューバである。


空爆される村も、道路も、港も、キューバにあった。


危機の間、世界はキューバの写真を見た。


キューバ上空の偵察機を見た。


キューバを囲む軍艦を見た。


最後にキューバからミサイルを撤去する決定まで、キューバ抜きで聞いた。


「アレクセーエフを呼べ。」


カストロが言った。


声は低く、言葉に乱れはなかった。


「説明ではなく、モスクワの決定を確認させろ。」


やがてソ連側から連絡が入った。


フルシチョフの決定である。


アメリカの不侵攻保証を得るための措置である。


核戦争を避けるため、急いで公表する必要があった。


どの説明にも、理由はあった。


カストロは、それを理解できた。


理解できることと、受け入れることは同じではなかった。


「誰に相談した。」


カストロは、アレクセーエフに尋ねた。


大使は答えを選んだ。


「時間がありませんでした。」


「時間がないと判断したのは、誰だ。」


「モスクワです。」


「その時間がなくなったと最初に伝えたのは、誰だった。」


アレクセーエフは黙った。


カストロの書簡だった。


アメリカの攻撃が二十四時間から七十二時間以内に迫っている。現地の恐怖は、中央の命令より速く兵士を動かす。戦争が始まれば制御できなくなる。


フルシチョフは、その警告を無視しなかった。


むしろ重く受け止めたからこそ、カストロの返答を待たなかった。


「モスクワは、われわれの分析を信じた。」


カストロが言った。


「だから、われわれに相談する時間がないと決めた。」


大使は否定しなかった。


カストロは机の向こうに立ち、相手を見た。


怒りは消えていない。


だが、その怒りを相手へぶつけるだけなら、キューバはまた感情を持つ小国として扱われる。


世界に必要なのは、キューバの怒りを知ることではない。


キューバの条件を知ることだった。


「紙を。」


カストロが言った。


秘書のセリアが、何枚かの紙を机へ置く。


「ミサイル撤去だけでは、この国の安全は保証されない。」


カストロは書き始めた。


「アメリカは、島へ上陸しないと言う。だが、これまでの攻撃は上陸だけではなかった。」


経済封鎖。


破壊工作。


武器を持った反革命分子の侵入。


亡命者を使った沿岸攻撃。


領空と領海への侵犯。


グアンタナモ基地。


一つずつ書き出していく。


カストロの筆は止まらなかった。


第一に、経済封鎖とあらゆる経済的圧力を終わらせる。


第二に、破壊工作、武器の投下、傭兵や工作員の侵入を停止する。


第三に、アメリカ領やプエルトリコを拠点としたキューバへの攻撃を終わらせる。


第四に、領空と領海への侵犯を停止する。


第五に、グアンタナモ海軍基地を返還する。


アレクセーエフは、書かれていく項目を見ていた。


「アメリカは、すべてを受け入れないでしょう。」


「だから書かないのか。」


カストロは顔を上げた。


「モスクワが世界へ向かって決定を発表したのなら、キューバも世界へ向かって要求を出す。この島の安全が、ミサイルの本数だけで決まると思わせるわけにはいかない。」


彼は五枚の紙を揃えた。


激情の痕跡はなかった。


あるのは、国家の要求だった。


「ミサイルを引き上げることは、ソ連が決めた。」


カストロはアレクセーエフへ紙を差し出した。


「だが、この危機の値段を決める権利まで、モスクワへ渡した覚えはない。」


アレクセーエフは紙を受け取った。


カストロは続けた。


「フルシチョフへ伝えろ。キューバは、救われる代わりに黙る国ではない。」


※※※※※※※※※※


モスクワ時間 一九六二年十月二十八日夜

(ハバナ時間 同日午後/ワシントン時間 同日午後)


ピナール・デル・リオの洞窟司令部に、ハバナから電話が入った。


ゲバラは受話器を取った。


昼間の湿気が岩壁に残り、地図の上には西部の防衛線が引かれている。部下たちは少し離れた場所で報告を整理していた。


「聞いた。」


ゲバラは言った。


電話の向こうで、カストロが煙を吐く気配がした。


「世界中が聞いた。」


「相談は。」


「なかった。」


ゲバラはしばらく黙った。


彼は、ただソ連を罵らなかった。


フルシチョフが何を恐れたかは分かる。U-2が落ち、アメリカ人が死んだ。現地軍の統制が崩れ始め、カストロの書簡には侵攻後の核戦争まで書かれている。ケネディからは不侵攻保証と、表には出せない別の譲歩が届いたのかもしれない。


危機を止めるなら、決断を急ぐ。


国家指導者としては理解できる。


同盟国としては許しがたい。


「フルシチョフは、お前の手紙を信じたんだろう。」


ゲバラが言った。


カストロはすぐに答えなかった。


「そうだろうな。」


「攻撃が近い。現地の恐怖は命令より速い。このままでは、モスクワもワシントンも制御できなくなる。そこまで信じたから、お前の返事を待たなかった。」


「俺が正しかったから、外された。」


カストロの声に、笑いはなかった。


「正しい分析は、常に力になるわけではない。」


ゲバラは岩壁にもたれた。


「時には、他人が自分で決める理由になる。」


電話線の両側に、短い沈黙が流れた。


カストロが言った。


「五項目を出した。」


ゲバラは内容を聞いた。


経済封鎖の終結。


破壊工作の停止。


反革命勢力の侵入と沿岸攻撃の停止。


領空、領海侵犯の停止。


グアンタナモ返還。


聞き終えてから、ゲバラは息を吐いた。


「アメリカは飲まない。」


「すぐにはな。」


「モスクワも困る。」


「困らせればいい。」


カストロの声が少しだけ強くなる。


「世界は、ケネディとフルシチョフが危機を終わらせたと書くだろう。だが、終わらせたのは二人の危機だ。キューバの危機は、ミサイルを船へ戻しただけでは終わらない。」


ゲバラは洞窟の外へ視線を向けた。


暗くなり始めた空の下に、農地が広がっている。


アメリカが空爆すれば、この西部も焼かれるはずだった。


ミサイルが撤去されれば、その危険は小さくなる。


島は救われた。


それでも、自分たちの頭上で交わされた取引の屈辱は残る。


「島は残った。」


ゲバラが言った。


「そうだ。」


「屈辱も残った。」


カストロは、少し間を置いた。


「それも残す。」


「忘れないためにか。」


「国家にするためだ。」


電話の向こうで、椅子の軋む音がした。


カストロは、ゆっくりと言葉を続けた。


「革命は、屈辱を怒りに変える。それだけなら山でもできる。国家は、屈辱を条件に変えなければならない。今日、俺たちは相談されなかった。なら次は、相談せずに決められない国になる。」


ゲバラは、その言葉を黙って聞いた。


彼は革命を国境の内側へ閉じ込めたいとは思っていない。


だが、カストロが島を守ろうとする理由も分かっていた。


革命が生き残らなければ、世界へ渡すものはない。


国家が島を守るだけなら、革命はいつか制度の中で眠ってしまう。


二人の違いは、まだ対立ではなかった。


同じ危機を、別の方向から受け取っているだけだった。


「国家になりたかったのか。」


ゲバラが尋ねた。


カストロは、電話の向こうで低く笑った。


「なりたかったわけではない。」


そして、声を戻した。


「だが、国家でなければ、この島は残らない。」


ゲバラも小さく笑った。


「革命は国境を越えたがる。国家は国境を守りたがる。」


「どちらも必要だ。」


「だから厄介だ。」


洞窟司令部の奥で、通信兵が新しい報告を持って待っていた。


革命宮殿でも、次の電話が鳴っているはずだった。


危機は完全には終わっていない。


ミサイルはまだ島にあり、査察の問題が残り、アメリカの偵察機も空から消えてはいない。


それでも、核戦争へ向かっていた時計の針は、ひとまず速度を落とした。


世界はキューバを救ったのではない。


キューバを材料にして、自分たちを救った。


だが、材料にされた島は残っている。


カストロも、ゲバラも残っている。


「勝ったのは誰だと思う。」


カストロが尋ねた。


ゲバラは地図を見た。


「まだ決まっていない。」


「そうだな。」


「ミサイルを引いた者でも、引かせた者でもない。このあと残ったものを、何に変えるかで決まる。」


カストロは答えなかった。


その沈黙が、同意だった。


二人は別々の場所にいた。


一人は革命宮殿に立ち、一人は西部の洞窟司令部にいる。


それでも、同じ島の夜を見ていた。


危機は終わった。


勝者は、これから決まる。

キューバ危機はとりあえずの集結を迎えます。

しかし、キューバの島内にはアメリカも存在を知らない核弾頭がまだ存在しました。


それを秘密裏に撤去させるソ連との駆け引きが始まります。


※更新は、月・木・土曜日(朝・夜)二回の週4話です。


次回は、今夜投稿予定です。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しました。


改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)


改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿です!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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