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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
【幕間】戻れない海~ヘミングウェイとキューバの海~
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143/214

142,海なき老人

キューバ革命編→アメリカから見たビックス湾事件/キューバ革命→アメリカの1960年代と展開してきた物語。

キューバの英雄の別れを描く前に幕間として、キューバとアメリカの間で引き裂かれた沢山の人々(現在でも問題になっています)からひとりの作家の晩年を紹介します。

「武器よさらば」

「誰がために鐘はなる」

「老人と海」

のノーベル賞作家アーネスト・ヘミングウェイです。

一九六一年七月二日、アイダホ州ケッチャム。


朝の光は、海を持っていなかった。


窓の外には山があった。乾いた空気があり、背の低い草があり、遠くの木々は風を受けてもほとんど音を立てなかった。キューバの朝とは違う。フィンカ・ビヒアの庭を濡らす湿った光でも、ピラーの船底を叩く海の反射でもない。北の土地の、冷たく澄みすぎた朝だった。


アーネスト・ヘミングウェイは、その光の中で目を覚ましていた。


眠れた、とは言いにくかった。夜は何度も途切れ、そのたびに頭の奥で同じ考えが戻ってきた。身体は重く、言葉は遠い。だが記憶だけは、嫌になるほど鮮明だった。


二か月ほど前、キューバの海は彼の中で決定的に遠くなった。


ピッグス湾。


一九六一年四月十七日、キューバの南岸に、亡命キューバ人たちの部隊が上陸した。アメリカが訓練し、支えた部隊だった。彼らにとっては、奪われた祖国を取り戻す戦いだった。ワシントンにとっては、カストロの革命を止めるための工作だった。


だが、キューバはそれを浜辺で撃ち返した。


その報せを聞いた時、ヘミングウェイの中のどこかは、低くうなずいてしまった。


小さな島が、大きな国の影を振り払った。山から降りてきた若者たちが、自分たちの島を守った。外から来た力に屈しなかった。それは、彼が若い日に信じた物語の形をしていた。


問題は、撃ち返された大きな国が、彼の祖国だったことだ。


キューバは、彼にとってただの外国ではなかった。


バティスタの時代から、彼はあの島を愛していた。海は美しく、コヒマルの漁師たちは誇り高かった。フィンカ・ビヒアの朝には、ほかの土地では得られない静けさがあり、ピラーで沖へ出る時間は、彼の人生の一部になっていた。


だが、その美しさは無傷ではなかった。


ホテル。カジノ。売春。マフィア。警官の影。アメリカから来た金。バティスタの名で動く役人たち。島は明るく見えたが、その明るさの下で、多くのものが腐っていた。


ヘミングウェイは、それを知らなかったわけではない。


海を愛することと、目を閉じることは違う。漁師たちの強さを愛し、島の風土を愛しながらも、その上に乗った腐敗と独裁を見ないふりはできなかった。


だから、山から降りてきた若者たちがバティスタを倒した時、彼の中の古い部分が反応した。


キューバが、自分の声で話し始めた。


そう思えた。


革命後のキューバは、美しいだけの島ではなくなった。少なくとも彼の目には、その美しさに正しさが重なったように見えた。土地を取り戻そうとする若者たちがいた。外から来た金と独裁に食われた島を、自分たちの手に戻そうとする意志があった。


それは、彼が一度は文学に閉じ込めた夢に似ていた。


大きなものに踏まれた人間が、それでも姿勢を崩さないこと。壊された土地が、自分の足で立ち上がること。敗北を知った者が、ただ耐えるだけで終わらないこと。


キューバ革命は、彼にとって遠い政治ではなかった。


愛した島が、思想としても愛せる島になろうとしていた。


だからこそ、ピッグス湾の勝利は彼の中で痛かった。


もし自分がキューバにいたなら、違っていたかもしれない。フィンカ・ビヒアの庭でその報せを聞き、コヒマルの漁師たちと海を見ていたなら、彼は老いた胸の奥で、ひとつの満足を得られたかもしれない。


自分が文学に閉じ込めたものを、若者たちが現実にした。


そう思えたはずだった。


だが、彼はアイダホにいた。海のない部屋にいた。勝った側の島ではなく、敗れた側の国にいた。


理想は実現した。

自分は、その場にいなかった。

そしてその実現によって、愛した海へ帰る道は閉じた。


※※※※※※※※※※


部屋の片隅に、猟銃があった。


磨かれた木の手触り。冷えた金属の鈍い光。肩に残る重さ。若いころから、その道具は彼の人生に何度も現れてきた。


戦場では、武器は人間を壊す外部の力だった。自分の意志とは別の場所で鳴り、空気を裂き、若い身体を担架の上へ運ばせるものだった。


スペインでは、銃は別の意味を持った。土地を守り、自由を守り、共同体を守るために握られるものになった。もちろん、それでも人は死ぬ。銃は人間を救い切らない。だが、そこには撃つ理由があり、死ぬ理由を探す者たちがいた。


キューバでは、銃も釣り竿も銛も、もっと人間の営みに近かった。自然の中で風を読み、獲物を待ち、魚の走りに耐え、自分の腕と呼吸を測るための道具だった。人間は自然に勝てない。勝ったと思っても、最後には何かを奪われる。それでも、どう戦ったかは残る。


そしてこの朝、同じ冷たさを持つものが、部屋の中にあった。


敵はいない。獲物もいない。海もない。


その銃は、外へ向かっていなかった。思想にも、自然にも、仕事にも向かっていなかった。静かな部屋の中で、それは最後に残った決定権の形をしていた。


終わりの時刻だけは、自分で決められる。


そのことが慰めなのか、敗北なのか、ヘミングウェイにはもう分からなかった。


彼は、自分の手を見た。


大きな手だった。かつて釣り竿を握り、原稿を書き、酒瓶を持ち、戦場の近くで血に濡れた若者の身体を支えた手だった。今は、指先に力を込めても震えが残る。昔なら怒鳴りつけて黙らせたはずの肉体が、もう命令を聞かなくなっていた。


引き金は、いつでも引ける。


その事実だけが、この朝の彼に残された最後の自由だった。だからこそ、ヘミングウェイは急がなかった。死は逃げない。終わりは、部屋の片隅で静かに待っている。


ならば、その前に確かめてもよかった。


どこで釦を掛け違えたのか。


第一次大戦だったのか。

スペインだったのか。

キューバだったのか。


それとも、自分が信じたものは、間違ってなどいなかったのか。


意地悪な衝動だった。


最後の最後に、自分自身を問い詰めてやりたい。若い日に強さだと思っていたもの、戦場で見たもの、海で守ろうとしたもの、革命に託したもの。そのどこに罠があったのか、見届けてからでも遅くはない。


彼の記憶は、海ではなく、もっと古い戦場へ戻っていった。


※※※※※※※※※※


一九一八年、第一次世界大戦末期のイタリア戦線。


最初に思い出したのは、銃声というより砲声だった。自分の手で握るものではない。遠くから鳴り、人間を壊し、担架の上へ運ばせる音だった。


まだ若かった。


若いということは、自分の身体がどこまで壊れるかを知らないということでもある。戦争の近くへ行けば、世界の中心に触れられるような気がしていた。勇気という言葉には、まだ血の匂いがついていなかった。死は新聞の中にあり、英雄は本の中にいた。


彼は兵士として長く銃を撃ったわけではない。赤十字の救急車隊員として、負傷者を運び、死のそばを走った。夜の道には泥があり、雨があり、砲弾で裂けた空気があった。担架の上の男たちは、国のためでも、旗のためでもなく、ただ痛みのために呻いていた。


そこで彼は、人間の身体が驚くほど簡単に壊れることを知った。


骨は折れる。肉は裂ける。血は熱い。若い顔は、一瞬で老人のようになる。さっきまで冗談を言っていた口が、次の瞬間には母親を呼ぶ。戦場では、勇ましい言葉ほど早く汚れた。


武器は、そこでは意味を持たなかった。


少なくとも、彼の目にはそう見えた。砲弾は兵士の信念を選ばない。破片は階級も国籍も知らない。撃たれる側の人生を読み取ることもない。人間がどれほど勇敢でも、どれほど臆病でも、金属は同じ速度で肉へ入った。


近代戦争とは、人間の意志とは別のところで人間を壊す力だった。


若いヘミングウェイは、その力の前で、自分が何者でもないことを知った。作家でも、英雄でも、強い男でもなかった。ただ、壊された身体のそばにいる若者だった。


それでも、誰かは立っていた。


震えながら煙草をくわえる者がいた。痛みを隠そうとして、笑う者がいた。恐怖を見せまいと、くだらない冗談を言う者がいた。足を失い、友を失い、恋を失っても、自分の姿勢だけは最後まで手放すまいとする者がいた。


ヘミングウェイは、そこに取り憑かれた。


勝利ではなかった。美しい英雄譚でもなかった。彼が見たのは、壊れた人間が、壊れたあとにどう立とうとするかだった。


戦争は、彼に傷を与えた。


だが若い彼には、その傷を言葉へ変える力があった。病院の白い壁、夜の気配、遠い砲声、負傷した身体、手の届かない愛。そうしたものは、年月をかけて小説の中へ沈んでいった。事実はそのままでは書けない。だが、傷は形を変えれば書ける。


彼はそれを知った。


男が去る。女が泣く。雨が降る。戦争は大きな名を持っているのに、人間に残すものはひどく個人的だった。失った恋。戻らない友。夜に疼く傷。誰にも説明できない空洞。


ヘミングウェイの文学は、そこから始まった。


※※※※※※※※※※


彼は戦争を飾らなかった。


勇気を嫌ったわけではない。むしろ、勇気に厳しかった。声高な愛国心や演説の中にある勇気を信用しなかった。人間が本当に試されるのは、誰も見ていない場所で痛みに耐える時だった。負けると分かっていても、なお自分の仕事をする時だった。


それが、彼の男らしさだった。


釣り、狩猟、酒、闘牛、戦場。そうしたものは、外から見れば強さの飾りに見えたかもしれない。だが彼にとっては、もっと切実な形式だった。


弱さを隠すための鎧。


壊れたあとも立っているための作法。


人間は簡単に壊れる。だからこそ、壊れ方だけは選ばなければならない。若い日のヘミングウェイは、そう信じた。信じたから書けた。自分の痛みに形を与えれば、痛みはただの痛みではなくなる。物語になり、人物になり、読者の胸の中で別の命を持つ。


だが老いた今、その作法は彼を救わなかった。


戦場の傷なら書けた。失恋も書けた。敗北も書けた。海で魚を失う老人も書けた。だが、書く力そのものが遠ざかる痛みは、どう言葉にすればよいのか分からなかった。


アイダホの部屋は静かだった。朝の光は床に落ち、そこから先へは進まない。


ヘミングウェイは、もう一度、部屋の片隅を見た。


銃は変わらずそこにあった。


第一次大戦では、武器は外から人間を壊した。スペインでは、その力に意味を与えようとする者たちがいた。キューバでは、道具は自然と向き合い、敗北を知りながら尊厳を保つための営みになった。


そして今、そのすべての記憶を通ったあとで、銃はまた別の意味を持っていた。


誰かを倒すためではない。

何かを守るためでもない。

海へ出るためでもない。


自分の終わりを、自分で選ぶためのものだった。


ヘミングウェイは、ゆっくりと息を吐いた。


まだだ、と彼は思った。


終わりは逃げない。ならば、その前に、もう少しだけ戻ってみてもいい。意地悪な気持ちだった。自分自身に対する、最後の嫌がらせのようでもあった。


どこで間違えたのか。


若い日の戦場で、人間は簡単に壊れると知った時か。戦争の傷を文学に変えた時か。あるいは、もっと後、スペインで銃に思想の顔を見てしまった時か。


第一次大戦は、彼に人間が壊れることを教えた。負傷し、失い、言葉にすることを覚えた。だが、人間が何のために壊れていくのか、その問いには答えをくれなかった。


その問いは、別の土地で待っていた。


スペイン。


乾いた土。山の道。村の沈黙。橋。銃声。遠くで鳴る鐘。


そこでは、死はただの砲弾ではなかった。戦争は、思想の顔を持っていた。土地を守る者がいた。自由という言葉を、演説ではなく血で支払う者がいた。ファシズムに抗う者たちが、負けるかもしれないと知りながら山に残っていた。


彼の記憶だけが、遠くへ行った。


イタリアの夜を越え、もっと乾いた土地へ沈んでいく。


スペインの鐘が、深い場所で鳴り始めていた。

ヘミングウェイは、国籍はアメリカで戦争とともに若い時代を過ごしスペイン内戦後はキューバで過ごします。


祖国アメリカかと生活しているキューバ二つの国の間で揺れ動いた彼の晩年から、物語のおさらいを描きます。


※更新は、月・木・土曜日(朝・夜)二回の週4話です。


次回は、土曜日の朝、投稿予定です。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。


改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)


改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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