138,拳と法廷
アメリカ編の幕間です。
分断を生んだのは個人なのか、制度なのか?
日本ではあまり馴染みのない、徹底した隔離主義をマニフェストにして州知事になり、大統領選挙に立候補したジョージウォレス。
彼の半生を幕間にします。
一九三六年、アラバマの小さな体育館で、ジョージ・ウォレスは拳を握っていた。
十六歳か十七歳の頃だった。
観客席に立派な人々が並んでいたわけではない。町の男たち、選手の家族、退屈な夜に試合を見に来た者たち。古い床板の匂いがあり、汗の匂いがあり、革のグローブが当たる鈍い音があった。
ウォレスにとって、拳は裏切らないものだった。
アラバマ州クライオで生まれた少年には、最初から持っているものなど多くなかった。家が特別に豊かだったわけではない。大きな名前があったわけでもない。町の外へ出れば、自分の声など誰も聞かない。
だが、拳だけは違った。
殴れば、相手は痛がる。殴られれば、自分も痛い。倒れれば負ける。立っていれば、まだ終わらない。そこには、少なくとも分かりやすい公平さがあった。
リングの上では、家柄も、金も、洗練された言葉も最後までは守ってくれない。強い者が勝つ。弱い者が負ける。時には判定への不満もある。運が悪い日もある。それでも、昨日より速くなり、昨日より強くなり、昨日より痛みに耐えられるようになることは、たしかに自分の身体で分かった。
ウォレスには、それが美しく見えた。
努力は身体に残る。
走れば息が強くなる。打てば拳が硬くなる。殴られれば、次に避けることを覚える。痛みはごまかせない。怠ければ、その分だけ拳が鈍る。鍛えれば、その分だけ前へ出られる。
貧しい少年にとって、それはほとんど信仰に近かった。
神の声を聞いたわけではない。深く聖書を読み、神学を語るような少年でもなかった。ただ、世界があまりに大きく、自分の持ち物があまりに少ない時、昨日より強くなれるという約束だけは、彼を支えた。
彼はその年、州のゴールデングローブで勝った。
翌年も勝った。
勝てば、名前を呼ばれる。
それは小さな名前だった。新聞の片隅に載る程度の、すぐに忘れられる名前だった。それでも、ウォレスには十分だった。
負けたくなければ、前へ出る。
その単純な教えは、彼の中に長く残った。
※※※※※※※※※※
一九三七年、十八歳のウォレスはアラバマ大学のロースクールへ入った。
クライオの町からタスカルーサへ出ると、世界は少しだけ広くなった。教室には、自分より育ちのよさそうな者がいた。言葉の選び方が上手い者もいた。最初から人前で話すことに慣れている者もいた。
だが、ウォレスは怖じけなかった。
勉強も、彼には別の種類の拳に見えた。
本を読むことは、身体を鍛えることに似ていた。最初は分からない言葉が並んでいる。法律の条文は固く、判例は回りくどい。それでも、読めば少しずつ分かる。覚えれば、次に使える。言葉を鍛えれば、金持ちの息子にも、名門の男にも、少なくとも同じ場所で向き合える。
法廷は、もう一つのリングだった。
訴える者がいる。答える者がいる。証拠があり、手続きがあり、判決がある。もちろん、南部の法がいつも公平だったわけではない。法は人を守ることもあれば、人を縛ることもある。黒人にとって、そのことは日々の現実だった。
だが若いウォレスは、そこにまだ可能性を見ていた。
少なくとも、法廷では順番がある。相手の言葉を聞く時間がある。証拠を出す場所がある。乱暴な拳ではなく、鍛えた言葉で前へ出る場所がある。
貧しい家の少年でも、法を覚えれば人の前に立てる。
それは、彼にとって十分に魅力的だった。
拳で勝つ世界から、言葉で勝つ世界へ。
その移り方は、彼の中では自然だった。
どちらも、逃げない者の世界だったからだ。
※※※※※※※※※※
一九四二年、ウォレスは法学位を得た。
その年、アメリカはすでに戦争の中にいた。真珠湾攻撃の翌年であり、若い男たちが次々と軍服を着ていく時代だった。
ウォレスは陸軍航空軍へ入った。
彼は戦争から逃げた男ではなかった。
法律を学んだ以上、制度に抜け道があることくらいは知っていた。延期の理由を探す者もいる。健康を理由に外れる者もいる。家族や仕事や地位を理由に残る者もいる。そういう手続きがあることを、彼は知らないわけではなかった。
だが、ウォレスは自分をそういう場所に置かなかった。
国が若い男たちを呼んでいる時、自分だけが言葉を整えて横へ退くことを、彼は自分の物語には置けなかった。規則を知ることと、規則の陰に隠れることは違う。リングの上で痛みを避けるためだけに外へ出る者を、彼は尊敬できなかった。
国の呼び声に応えることが、どれほど立派なことなのか。
その問いを、彼は深く論じたわけではない。
ただ、呼ばれたなら前へ出る。
それが、彼の中の単純な正しさだった。
操縦士になる道は、訓練中の病で閉ざされた。脊髄膜炎にかかり、命を落としかけた。昏睡から戻ったあとも、身体には後遺症が残った。
それでも、彼は軍を離れなかった。
やがて航空機関士として訓練を受け、戦争末期には巨大な爆撃機の任務に関わった。南部の小さな町から出た若者が、アメリカという大きな機械の一部になる。自分の拳ではなく、国家の命令と鉄の機体と多数の兵士たちの連携の中で動く。
そこには命令があった。階級があった。規律があった。
恐怖は、誰にでもある。
だが軍では、恐怖を理由に立ち止まれない。上官が命じる。部下は動く。国のため、味方のため、任務のため。そういう言葉は単純だった。単純だから、強かった。
ウォレスは、その世界を見た。
彼は軍人として名を残す英雄ではなかった。戦争のすべてを知り尽くした男でもない。それでも、国家が人の身体を動かす時の重さを知った。命令が人を前へ出す力を知った。恐怖を規律で押さえる感覚を知った。
そして少なくとも、自分は逃げなかったという感覚を持った。
それは後の彼に、静かな自信を与える。
拳から逃げなかった。
勉強から逃げなかった。
軍務からも逃げなかった。
ならば、自分は前へ出る資格がある。
その思いは、まだ傲慢ではなかった。
むしろ、ウォレスにとっては努力の延長だった。
※※※※※※※※※※
戦争が終わると、ウォレスはアラバマへ戻った。
一九四六年、二十六歳で州下院議員に選ばれる。
若すぎると言われてもおかしくない年齢だったが、彼にとっては不思議なことではなかった。高校時代に拳で前へ出たように、大学で法律を覚えて前へ出たように、軍で命令の中へ入ったように、今度は政治の中へ前へ出るだけだった。
戦後の南部には、まだ貧しさがあった。
道路も、学校も、仕事も足りない。北の大都市のような豊かさはない。南部はいつも遅れていると言われ、田舎者の土地として見られていた。外から見る者は、南部を古いと言った。貧しいと言った。遅れていると言った。
ウォレスは、その視線を嫌った。
彼は自分の州を恥じていたわけではない。むしろ、貧しい場所からでも前へ出られることを信じていた。努力すれば、人は強くなれる。ならば町も、州も、強くなれるはずだった。
学校を作る。
道路を通す。
産業を呼ぶ。
若い者に仕事を与える。
南部が馬鹿にされるなら、馬鹿にされないだけの力を持てばいい。
その考えは、彼の中ではまっすぐだった。
政治は、彼にとって公職というより、もっと大きなリングだった。相手は一人ではない。観客も多い。判定も曖昧だ。それでも、前へ出る者だけが名前を呼ばれる。
ウォレスは、名前を呼ばれる側に行きたかった。
※※※※※※※※※※
一九五三年、三十三歳のウォレスは第三司法巡回裁判所の判事になった。
判事席に座った時、彼は自分を乱暴な男だとは思っていなかった。
法廷には、いろいろな人間が来た。白人の弁護士が来る。黒人の弁護士が来る。町の有力者が来る。貧しい者も来る。怒っている者も、怯えている者もいる。
ウォレスは、相手を「ミスター」と呼んだ。
それは革命ではなかった。
北部の新聞が称えるような進歩的な勇気でもない。公民権の旗を掲げた行動でもない。ただ、法廷では相手を名前で呼ぶ。判事席に座る者として、そうするべきだと彼が考えただけだった。
だが、その「だけ」が、南部では意味を持った。
黒人を名前で呼ぶことさえ、ためらわれる空気がある。肩書きや敬称が、肌の色によって奪われる場所がある。その中で、ウォレスは少なくとも法廷では、相手を「ミスター」と呼んだ。
彼は黒人解放のために生きていたわけではない。
北部のリベラルでもない。
黒人の苦しみを、自分の中心に置いていたわけでもない。
それでも、彼には彼なりの公正さがあった。
リングで相手を見ない者は、殴られる。
法廷で相手を人として扱わない者は、法を扱う資格がない。
ウォレスの中では、それは同じ場所にあった。
彼は自分を卑怯な男だとは思っていなかった。努力を信じていた。勝負を信じていた。礼儀も信じていた。法も、正しく使えば人を裏切らないはずだと信じていた。
法律を知っていることは、彼にとって大きかった。
法を知らない者は、怒りだけで動く。だが法を知る者は、手続きを知っている。多数決を知っている。選挙を知っている。人々がどうすれば自分の意思を政治へ届けられるのかを知っている。
ウォレスは、自分を無法者だとは思っていなかった。
むしろ逆だった。
法を学び、選挙を信じ、多数の声を信じる男だった。
自分が人々の前に立つなら、それは拳で奪うためではない。法と選挙の中で、人々の声を届けるためだ。
その信じ方は、まだまっすぐだった。
だからこそ、後に曲がり始めた時、その曲がり方も大きかった。
※※※※※※※※※※
一九五八年、三十八歳のウォレスは知事選に挑んだ。
もう少年ではない。
ボクシングで名前を呼ばれた若者でもない。法律を覚えた学生でもない。戦争を経て、州議会を経て、判事席にも座った男だった。
彼は勝てると思っていた。
少なくとも、戦えると思っていた。
その時のウォレスは、まだ後のウォレスではない。露骨な憎悪だけを売り物にする候補ではなかった。黒人票にも目を向けた。過激な言葉を避ける場面もあった。自分は判事として公正にやってきたという思いもあった。南部の人間でありながら、乱暴なだけの男ではないという自負もあった。
彼は演説をし、握手をし、町を回った。
貧しい家から這い上がった自分の人生は、南部の人々にも届くはずだった。拳で立ち、法律で立ち、戦争にも行き、判事席にも座った。努力してきた男が、今度は州を率いる。
その物語を、彼は信じていた。
選挙は、彼にとって民主主義のリングだった。
人々の前に立つ。
言葉を届ける。
相手より多くの信頼を得る。
そして票で勝つ。
それは単純ではなかったが、卑怯なものではないはずだった。多数の声を得た者が、政治を動かす。人々が自分たちの代表を選ぶ。法律家である彼にとって、その手続きは正当なものだった。
だからこそ、彼は負けた時にも、選挙そのものを憎まなかった。
ただ、足りなかったのだと思った。
※※※※※※※※※※
敗北の夜、ウォレスはすぐには怒れなかった。
リングで倒されたのなら、まだ分かりやすかった。相手が強かった。自分が遅かった。拳が届かなかった。そう言えた。
だが選挙の敗北は、どこを殴られたのか分からない痛みだった。
努力はした。
言葉も尽くした。
礼儀も捨てなかった。
黒人票にも目を向けた。
それでも届かなかった。
誰かを恨むことはできたかもしれない。新聞を責めることも、組織を責めることも、金の差を責めることもできた。実際、そういう要素はいくらでもあった。
だが、ウォレスはその時点で民主主義を疑ったわけではなかった。
公正さを捨てようと決めたわけでもなかった。
むしろ、彼は逆のことを考えた。
自分はまだ、聞いていなかったのだ。
町の声を。
郡の声を。
教会の声を。
学校へ子供を通わせる親たちの声を。
工場で働く男たちの声を。
北の新聞に笑われていると感じている人々の声を。
拳なら、自分の身体を鍛えればいい。殴られた場所を覚え、次に避け、もっと速く打てばいい。法廷なら、自分の言葉を鍛えればいい。条文を読み、判例を覚え、相手の論理を崩せばいい。
だが政治では、自分一人が強くなるだけでは足りない。
人々の声を背負えるだけの身体にならなければならない。
ウォレスは、そう考えた。
負けたのは、努力が足りなかったからだ。
聞く努力が足りなかった。
届く努力が足りなかった。
代わりに叫ぶだけの力が、まだ足りなかった。
ならば、もっと聞けばいい。
もっと歩けばいい。
もっと話せばいい。
民主主義とは、そういうものだと彼は信じた。
その信じ方は、まだまっすぐだった。
法律を学び、選挙を信じ、多数の声を信じる男の考えだった。
だからこそ、危うかった。
ウォレスは、次の試合のために耳を澄ませ始める。
そしてその耳は、南部の奥に沈んでいた声を聞くことになる。
隔離政策から転換しようとしていたアメリカ。
そして選挙敗北でより多くの票をかくとくするため、民主の声を広く集める決意をするウォレス。
彼らが集めた声とは......
※更新は、月・木・土曜日(朝・夜)二回の週4話です。
次回は、土曜日朝投稿予定です。
【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。
改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)
改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)
ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。
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