第9話 恩赦からメキシコへ
政府は俺を恩赦した。
監獄から外にでる。
空は眩しい。自由は眩しくて、人を転ばせる。
恩赦という言葉は優しく見える。だが俺は分かっていた。これは慈悲じゃない。
殺せば英雄になる。閉じ込めれば象徴になる。
象徴は厄介だ。象徴は育つ。象徴は増える。
なら、どうする?――厄介払いだ。遠くへ投げる。国外へ追いやる。爆弾を外へ転がす。
“恩赦”は、傷を治すための言葉じゃない。
傷が腐る前に、外へ捨てるための言葉だ。
釈放の手続きは淡々としていた。紙に署名し、紙を受け取り、紙に従って外へ出る。
紙は便利だ。便利だからこそ、紙は人間を小さくできる。
俺は小さくならないために、背筋だけは曲げなかった。
外の空気は冷たい。冷たい空気は肺に刺さる。
刺さる痛みで、俺は生きているのを確かめた。
仲間は減っていた。減った分だけ、名前が重い。
俺は数えない。数えると壊れる。背負う。背負うと決めれば、数える必要がなくなる。
会いに来た者がいた。目で合図を送ってくる。言葉は少ない。
言葉が少ないのは、危ないからじゃない。
言葉が多いと、別れが濃くなるからだ。
俺は荷物をまとめる。荷物は少ない。
本当に重いものは、荷物に入らない胸に残る――祖国。
胸に残るものは、歩くたびに重くなる。
俺はメキシコにたどり着いた。
・・・・・・・・
「それが俺が今ここにいる理由だ
。」
ゲバラは何も言わない。真剣な目をただそらさない。それは沈黙でもない。強く炎に映った。
俺とゲバラは、眠らない夜を終え酒場を出た。
※※※※※※
俺は、勘定をしていた。
【メモ】
人数:増える
金:足りない
武器:足りない
医者:必要
戻る場所:なし
酒場の影が浮かぶ。咳を折り畳む男。
ゲバラ。
――みんなはチェって呼ぶ。
巻き込むんじゃない。選ぶのは彼だ。
俺はただ、隣に立つ場所を残す。
そして、再びゲバラに会いに行く。
“チェ”と呼ぶことが、彼を縛るなら呼ばない。
だが呼ばないと、彼は距離の向こうへ行く。
俺は呼ぶ。
呼び名を、便利に使わないように。
呼び名を、武器にしないように。ただ覚悟だけだ。
「ゲバラ」
彼が振り向いた。咳を一つだけ飲み込み、笑わずに頷く。
俺は近づきすぎない。だが遠すぎもしない。
その距離で、俺は言った。
「……医者が要る。来て欲しい。」
ゲバラは返事をしない。吸い口に指を添えたまま、ただ呼吸を整えた。
それから、ほんの僅かに指先の力が抜けた。
肯定の代わりに、体が答える。
それで十分だった。
祖国の海が近づく匂いがした。塩と油と、人間の汗の匂い。
革命は清潔じゃない。だから本物だ。
ゲバラとカストロの共闘が始まります。
革命前夜。0話で先出ししましたがそれは過酷なものでした。
次回は二人達のメキシコ出発を描きます。
ところで勢い出始めた今作品。でも、中南米の近代史ってマイナーなところですよね。ありがたいご指摘を受け、あらすじを更新しました。
本当に読者様の目線にたてなくて申し訳ありませんでした。
また、かなり前書きの説明はかなり簡略化されています。正義や悪は存在しないというテーマは本編で書いていきます。
また、これまでの本編も少しずつ変えていこうと思います。どうか生暖かくお見守りくさされば幸いです。
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