18.作戦会議②
「中等部2年のティアナさん、3年のジョゼットさんを推薦するわ。お二人とも貴族ではないけれど、素直で誠実な方よ」
お家も王都内でお店を出していて、質素だけれど生活に困っている訳ではないことを確認した。学内で試験的に始めるから、金に困っている人間は候補からはじいたようだ。失敗する可能性もあるし、お金に困っていればそれだけ足元を掬われやすい。
コレットの人選を信用して、長机に広げられた二人の履歴書を手に取る。
「実際にお話ししてから決めたいわ」
「もちろん。貴女に履歴書を見てもらって、問題なさそうであれば連れてくるつもりですよ」
「貴族は候補に入れなかったの?」
「貴女に害がどうかかどうか私では判断がつかないから」
リリィが一緒に仕事をしたい人がいるなら最初から連れてくると思って、と言うコレットに思わず笑みがこぼれる。貴族としての有能さを彼女に望んではいないが、自分ができないことを理解しているのは立派な強みだ。
「コレットを仲間にできて、とても嬉しいわ」
「何よ、ニヤニヤして、気持ち悪いわね」
とても自分の家より高位の家の令嬢に対する口調とは思えないが、そこまで彼女が私を信頼してくれている証だと思うととても嬉しい。ますます、ニヤニヤしてしまうのには、この際目を瞑ってもらおう。さして気になる内容はなかったので、2人分の履歴書を机に戻す。私の表情が気に入らないのか、机の向かい側に座るコレットは随分と不満そうな顔だ。
「貴女の最有力候補はどちら?」
「ティアナさんよ。ジョゼットさんは、高等部の学費免除申請を出すようだから、これから忙しくなりそうなの」
「それなら、ティアナさんと会いましょう。彼女の予定を確認してもらえる? 来週なら私はいつでも問題ないから合わせるわ」
了解、とコレットは広げられた履歴書を集め、丁寧にカバンにしまう。机の上を整理すると彼女は席を立ち、教室の隅にある棚から、ティーセットを取り出した。私が最初にお気に入りの紅茶を持ち込んだところ、週に何度かここでティータイムをすることが習慣となっていた。茶葉は、私やコレットが最近のお気に入りをいくつか持ち込んでいる。
「面接場所のご希望は?」
「彼女の人となりを知りたいから、むやみに構えさせたくないのだけれど」
透き通った琥珀色のお茶の注がれたティーカップが、手元に差し出される。
今日はコレットおすすめのお茶だ。貿易商をやっている実家から送られてくるようで、珍しい茶葉が多く私もこの時間がかなり楽しみになっている。まだ相談するような内容も少ないので、話の内容は貴族の間で流行っている演劇の話や、隣国で流行っている小説の話など、他愛のない会話ばかりだ。
「それでは、以前リリィにお誘いいただいたカフェの近くで探しましょうか。庶民向けだけれど予約すれば個室を用意してくれるお店をいくつか知っています」
ティアナさんは何がお好きかしら、お茶をいただきながら呟く。年頃の女の子は大抵甘いものに目がないですよ、と目の前でも同じようにお茶に口をつける赤毛の少女が笑った。違いないわ。
◇ ◇ ◇
――これは一体……どうしたものか。
蛇に睨まれた蛙。いや、齢13歳の少女を蛙に例えるのは失礼だ。虎に睨まれたウサギのように、全身を小刻みに震えているので、手に持ったティーカップの水面が大きく荒ぶっている。思わず隣に座っているコレットと顔を見合わせてしまう。
「あの、ティアナさんの方が先輩ですし、そこまで緊張なさらないでください」
「いいいいい、いえ、き緊張など」
していません、と続ける目の前の少女お声の後半は聞こえなかった。
自分の身分が高いことは自覚しているが、王立学園内では入学試験を受かれば、王族も貴族も平民も同じように肩を並べて授業を受けている。学園の生徒である彼女がここまで怯えてしまうとは。
「私と話した時のように接していただいて問題ありませんよ、ティアナさん。リリィは、プライベートな場での貴賎はないと言ってくれる人ですから」
さすがコレットだ。彼女が侯爵令嬢の私のことを『リリィ』と愛称で呼んだことに気づき、少しだけ目の前の震えるウサギ……もとい少女は落ち着きを取り戻したらしい。
「そ、そうですか、すみません私、昨年学生会の活動でジルベール様とお話ししたときにとても厳しい方だったので
……妹様に対しても気構えてしまって」
めずらしい。
ジルベールお兄様も、従兄弟であるシルヴィエお兄様と同じように他人に対して心を許さない人間だ。幼い頃から貴族社会で生活してきて、他人に蹴落とされないように身につけた術だから当然と言えば当然。
――きっと彼女、とても優秀なのね……。
ただ、『氷の貴公子』と呼ばれる従兄弟と違って、兄は馬鹿は馬鹿なりに上手くコントロールして使う人間だ。兄が学生会活動の中で彼女に厳しく接したと言うならば、彼女が使える人間だからであろう。
「それは、兄が失礼したわ」
「い、いえ! ご家族に対して失礼なことを言いました、すみません」
「貴女が謝る必要はないわ。……言い訳に聞こえるかも知れないけれど、お兄様は期待する人に対してほど厳しい方だから、あまり気にしないでくださいね」
兄の非礼を詫びつつ、目の前の少女の緊張が和らぐように微笑めば、少しだけ肩の力が抜けたようだ。ようやく青かった顔に血色が戻ってきて視線が合う。
栗色のロングヘアに、薄桃色の瞳がまだ少しだけ不安そうに揺れた。




