16.相棒との出会い④
私は、机の上にスッと1枚の紙を差し出した。コレットが、それを手に取るのを確認してから口を開く。
「これは?」
「アルノルト様のお写真よ。ブルーの優しい瞳がとても格好よくて、つい持ち歩いてしまうの」
「隠し撮りに見えますが……?」
それは気にしないことにして、と話せば、特に気にする様子もなく、私が取り出した紙をつまみ上げた。魔導転写紙ですか珍しいものをお持ちですね、と材質を確かめてから口に出すコレットはさすが大きな商家の生まれといったところか。
「これは、私が手に入れた魔導転写紙で写したものなのだけれど、同じように憧れの方の写真を手に入れたい方はいるのではないかと思って」
「……商売にするおつもりで? 魔導転写紙は、魔導具ですから懐に余裕のある貴族相手なら売れるかもしれませんが、魔道士ギルドとの利権が絡みそうなのであまりお勧めはできませんよ」
ほとんど利益は出ないと思います、と無遠慮にものをいう姿に思わず笑みが溢れる。さきほど遠慮せずに意見を、とは伝えたものの、大抵の人間はそれでもどこかで私に対して気を遣う。長い歴史の中で上に立つものが下のものを弾圧してきたことだってあるのだから、処世術としてそれは間違っていない。
彼女のように侯爵令嬢に対して忖度なく意見を口にしてくれる人は貴重だ。失敗の許されない挑戦で成功を掴むために、コレットのような人物に出会えたことは幸せだ。
「ええ、魔導具はそれ自体が高いから、転写紙で売ることは考えてないわ。複写のスキルを持った人間を雇おうと思ってるの」
「なるほど! ……考えましたね。数を売るなら、断然ありだと思います」
魔導転写紙が、広まったのはここ数十年のこと。少々値の張る魔道具も、主に貴族の家族写真や肖像写真の用途で広く利用されており、現在それ自体は珍しいものではなくなった。魔道転写紙が世に広まるにつれ、代わりにほとんどなくなったと言ってもいい職業が複写師だ。
転写紙が広まるまでの写真というのは、複写スキルを持った人間が紙に複写したものだった。貴族や裕福な家庭は、写真を残すためにお抱えの複写師を雇い、写真という思い出を残してきた。ところが、魔道転写紙が開発され、貴族が手に入れられるような値段になってくると、魔力を持つ貴族がお抱えの複写師を雇うメリットがなくなった。魔導転写紙を使えば、魔力を持つ貴族は、簡単に写真を転写できるようになったのだ。魔導具だから多少値が張るとはいえ、人を一人雇うより断然安い。
現状、複写スキルを持つ人間が重宝されるのは、書類のコピーを作るのに便利な事務仕事くらいだ。魔道具の発展に合わせて投写機も発明され、よほど小さな会社でもなければ複数人で資料を見るときは投写機を使用していて、事務員としても対して重宝されないスキルになってしまったが。
「転写スキルを持つ人間ならそこまで珍しくないですし、雇うのも高くならない。庶民の女性にも手の届く値段で、人気のある殿方の写真を売る。私の友人でも欲しがりそうな人がかなり思い当たりますよ」
考えましたね、と感心したようにアルノルト様の写真を眺めるコレットを見て、少し安心した。私がこっそり持っていた写真を以前仲の良い貴族令嬢に見られた時に、かなり食いつかれたので、商売になるのでは?と考えたのは間違っていなかったようだ。同世代の彼女の目から見ても、商売になりそうと思ってもらえて不安が払拭できた。
「元金も少なくていいし、本格的に商会を立ち上げる前に学内で試験的に売り出すことも可能ですね」
「すぐにそこまで思い当たるのは、本当に優秀だわ。商家の先生と事前に立てていた作戦だったのだけれど……」
「伊達に幼い頃から商売に触れてないですからね。まずは学内で信用できて複写スキルを持つ人間を探しましょうか。リリィが目をつけている方はいますか?」
その問いに対して素直に首を振ると彼女は、知り合いに声をかけてみます、とカバンから手帳を取り出してメモを取り始めた。先ほど商会に誘ったときは、訝しむような視線を隠しきれていなかったコレットが、今は楽しそうにペンを走らせている。鼻歌すら聞こえてきそうだ。
「いつも外に来るのも大変ですし、校内でどこか活動場所が欲しいですね」
「活動場所は私が動くわ。私は平民の知り合いが多くないから、コレットには複写スキル持ち探しをお願いしたいの。身分は問わないけれど、面倒ごとは増やしたくないから女性だと嬉しい」
複写スキル自体は、珍しいスキルではないから貴族より平民の方が持つ人間が多いだろう。とはいえ、平民に侯爵令嬢である私が直接声をかけたら萎縮してしまう。こう言ったことはコレットの方が得意だ。彼女が適任を見つけてくるまでの間に、私は学園内での活動場所の確保に向けて動こう。この学園は、中等部高等部が一貫で学生会が発足していて、今年度の学生会長はお兄様。研究会かなにかの適当な名目をつけて活動許可をもぎ取ってくるのは私の仕事だ。
「貴女が目指すのは女性のための商会だものね。了解、少し時間を頂戴」
パタンと手帳を閉じて、口の端を持ち上げる彼女が頼もしい。
楽しい学園生活の予感に、表情が緩むのを止められなかった。




