1年後
投獄されてから1年ほどが経った。今日も部屋に隊長が来て、話を続けている。
家族からも面会希望の話が来ているのは知っているが、どの面下げて会えると言うのだろう。頻繁に連絡は来るが、面会拒否をしていた。
「体調はどうだ?問題ないか」
隊長は毎回こう切り出しては、何気ない世間話をした。彼は週に1回は必ずここに来ているので、前に"暇なのか"と問うと軽く殴られた。図星だったみたいだ。
「ええ、こんな良い部屋に居させられたら体調を崩しようもないですよ」
アランが想像していた牢獄は、コンクリートむき出しの部屋に、雑巾のような布団が1組、トイレはバケツにする。と言うような典型的なものだった。しかし今実際に過ごしているのは少し休めのホテルのような部屋だ。ベッドはあるし、トイレも備え付き。勿論外から見えるようにはなっているが。
想像していたより100倍過ごしやすかった。
「そういえばな、、、」
一通り世間話をした後、隊長が言いづらそうに切り出した。
「何ですか?」
結婚報告とかだろうか。いや、それは無いか。
「、、今日来たのはこれを伝える為だったんだが、お前に伝えるべきでは無いのかもしれないな、、、」
「いやそこまで言ったんなら最後まで言ってくださいよ」
煮え切らない態度に少々イラついてしまう。
「フィル団長、いや元団長か。、、、あの人が獄中死した」
「そ、、、うですか、、。理由は?」
「元々持病があったらしくてな、加えて今の生活と心労であっさりと」
「1人でゆっくり考えたいこともあるだろ」
そう言い放ち、隊長は部屋から去っていった。
彼の死をどう捉えれば良いのか、全く分からなかった。やっと死んでくれた嬉しさか、自分で仕留められなかった悔しさか、病気に負けた虚しさか。
だが、しばらくしてまず最初に感じたのは、"全て終わった"と言う感覚だけだった。
長い長い物語を読み終えた時の様な、心に穴がぽっかり空いた状態で、アランは暫く壁を見つめていた。
登っていた日が沈みかけた頃、おもむろに胸元へと手を伸ばした。首にかかっているのは、あの日拾った鱗。
看守は、特に危険性は無いと思ったのか、ただ単純に見落としたのか、没収されることはなかった。
紐を引っ張り、手に袋の中身を取り出した。元々鱗の形をしていたものは、今や見る影も無い。粉末状になり、便に詰められている。
アランは一気にその小瓶の中身を煽り、水で喉の奥へと流し込んだ。
苦い様な、甘い様な、不思議な味だった。力が湧くのと同時に脱力感に襲われる。そのうち胃がマグマを流し込まれたように熱くなり、意識が遠のいた。
****
「ホー、、!!!早く!!、、を!」
遠くから誰かが叫ぶのが聞こえる。体が酷く怠くて、ただ放っておいて欲しかった。だが拒否する為の言葉ももう出てこない。
そこからはまた意識の波を泳いだ。
****
目を冷ますと、一面真っ白な世界に覆われていた。
ようやく天国に来れたのだろうか。そうなら、あの子に会いに行かなければ。
立ち上がろうとしたが、体が上手く動かない。天国では体がこんなに重くなるのか?地上より厄介では無いか。
手首にも手枷が付いており、足首には鎖が巻きついてベッドに足に固定されている。
すぐに歩き出せない苛立ちから唸っていると、喉が焼けつくように痛いことに気がついた。少し声を出すだけで咳が止まらない。
酷く咳き込んでいると、ガチャっと音がして、真っ白な世界が壊された。
白いカーテンを開いてこちらを覗き込んできたのは、少しやつれた隊長の顔だった。
「良かった、、、目が覚めたか!」
隊長が居る、、、と言うことは私は失敗してしまったらしい。
いきなり大声を出され、頭にガンガンと響いた。文句を言おうとするが、喉が痛くてそれどころでは無い。喉をさするジェスチャーをすると、
「あぁ、暫くすれば治る。」
と言われた。
自分が生きている事と、喉が痛いことの関係性がわからず、首を傾げた。
「あー、、少しばかりホースをな、使わせてもらった。毒を全部出さないといけなかったからな」
漸く彼が何をしたのかが分かった。喉にホースを突っ込んで胃を洗浄したのだ。
荒っぽいことをされ、ムカムカした私は、近くの机にあった紙とペンを掴んだ。文句の一言や二言書きなぐってやろう。そう思ったが、直前でペンが止まる。
何か考えた後、書いたのは、"どうして自分を助けたのか"。と言う言葉だった。
「そりゃあ助けるだろ。"元々"仲間だったんだしな」
元々、と言う所を強調して言われる。
「これからもお前が死のうとしたら何度だって助ける。逃げられると思うなよ。一生側に居てやる」
嫌がらせをする子供の口調だったが、セリフだけ聞けばプロポーズの様だ。
"プロポーズですか" そう書いてみせる。
「っははは、結婚するか?まぁこの国でも同性婚は禁止されてるけどな」
と、朗らかに笑う隊長。
声は出ていないが、は?と開いた口がふさがらない。
「ん?」
硬直した私を不思議そうに見る。
先ほどまで字を書いていた紙に、ババっ!と走り書きをし、隊長の顔へ投げ当てた。私は恥ずかしくなり、布団を頭から被った。
「イテ!」
痛がる声の後に、数秒の間があり、息を飲む音がする。
自分でも何でこんなにショックを受けているのか分からない。元々男として接していたんだし、恋愛感情なんて皆無だったはずなのに。
「あーー、、すまん、また来る」
隊長はそう言い残し、部屋を後にした。
しばらく布団の中で蹲っていると、頭が冷えてきて冷静さを取り戻した。
これまで考えてきた復習は失敗に終わり、仇まで死んでしまった。死ぬことさえ許されない。これからどうやって生きていけば良いのか。
1年程前から分かっていたことだが、自分で自分が情けなくて、涙がポロポロと溢れては、真っ白なシーツに吸い込まれていった。
****
ふと目を覚ますと、部屋の中が暗くなっていた。いつのまにか眠ってしまっていたらしい。思い目を擦っていると扉をノックする音が聞こえた。
トントン。
はい。と言おうとしたが掠れた息の音しか出ない。
コンコンと咳をしていると、扉がバァン!と開かれ、人がなだれ込んできた。
「ノラ!!」「バカもん!!!」「ノラ!生きてるの!?」「体調は??」
一気に喋られて、名前を呼ばれた事ぐらいしか認識出来ない。家族が勢ぞろいだ。呼んだのは、まぁ隊長だろう。
「まぁまぁ、一旦落ち着いてください!」
家族の後ろの方で慌てて制止している隊長を見つけた。
「まだ喉の調子も良くないので、筆談になります。後、なるべく負担を掛けないようにしてください」
ベッドに乗らんばかりの勢いだった彼らも、やっと正気を取り戻し、ベッドの横に置いてある椅子に順々に座った。
父には散々怒鳴られ、それを母が諌め、その横から姉たちが次々と質問をぶつけてくる、という事の繰り返しだった。筆談で、"もう大丈夫。"、"ごめんなさい"を繰り返し繰り返し書く。腱鞘炎になりそうだ。
その後説教は2時間ほど続き、いい加減止めてくれ、と隊長を見つめると、言いたい事が分かったのか家族を別室に連れて行ってくれた。
「お前の名前、ノラ、と言うんだな」
あぁ、本名をまだ教えていなかった。気まずさから目をそらしコクンと頷く。
「そうか、良い名だな」
"疲れているから寝かせてください。"
メモを見せ、布団に潜る。
「体調が戻り次第、独房に戻ってもらうからな」
そう言い残し、部屋から出ていくかと思ったが、まだ気配がする。
「さっきの話だが、、やっぱり俺がずっと側にいて監視する。4年後、楽しみにしとけよ」
言葉の意味を噛み砕くのに数分かかった。
さっきの話??まさか結婚がどうとか言っていた話じゃないだろうな。
どういう意味か聞こうと体を起こしたが、そこには最早隊長の影も形も無かった。




