雲
月が雲に隠れていて、いつもより暗い夜だった。
聞こえるのはアローが出す羽ばたきの音だけ。時期に冬が訪れる。防寒具をつけて来てはいたが、肌が露出している部分は寒さが刺さった。
「作戦通りにね」
雲の下ギリギリを飛んでいるアローに声を掛ける。
『ワカッた』
心なしかアローも緊張しているようだった。
しばらく飛んでいると、遠くの方にドラゴンの姿が薄っすらと見えた。そのドラゴンは夜に溶け込むほど黒く、目で追っていないと見失ってしまうだろう。
「アロー、上がるよ」
首をポンポンと叩き、上へ上がる合図を出した。ドラゴンがいる方角を確認し、一気に雲の中へと入る。一度雲に入ってしまえば、向こうからもこちらからも姿が見える事はない。
先程ドラゴンが居た場所と、双方のスピードを計算し、ちょうど真上へ出るだろう場所まで飛んだ。徐々に高度を下げていき、目視でドラゴンを確認する。
雲からギリギリ出る高度に留まり、下に見えるドラゴンを確認した。計算通り丁度真上に出たみたいだ。
ドラゴンの上にはもちろん、竜騎士団長が乗っている。デートに向け上機嫌で居るのだろう。
アランは大きく深呼吸をし、アローの背中に立った。風を受けてバランスが崩れそうになるが、両手を広げて何とか持ち堪える。
一瞬風が止んだ。その瞬間、アランは腰に携えていた剣を抜き、飛び降りた。
空中で大きく振りかぶり、フィルの頭目掛けて一気に振り下ろす。
ドスッ!!!
鈍い音と同時に、「ぐっ、、!」と息の詰まる音がした。
主人の痛みを察知したのだろう、2人の乗っているドラゴンも悶え大きく吠えた。
しかし、フィルは未だ死んではいない。頭に剣が刺さる直前、振り向きざまに右腕を出したのだ。一撃で仕留められなかったのは少々まずい。
攻撃をもろに受けた右腕は、骨が見えるほど深く抉れていた。血を大量に流しているフィルは、意外にもはっきりとこちらを見つめている。
「こんな傷を負ったのは久々だ。お前何者だ?」
アランは防寒の為にしていたゴーグルと、口元を隠していた首巻きを取った。
こいつに会ったら何か言ってやらなきゃ。と思っていたが、言葉が出てこない。あるのは静かな怒りの青い火だけだ。
返答がないと分かると、フィルはドラゴンに何か指示を出した。するとドラゴンはいきなり体の角度を変え、アランを振り落とした。
「アロー!」
落ちながらもそう叫ぶと、軽い衝撃と共にアローがアランを抱きとめる。そのまま下に広がる野原へと着地した。
ゆらゆらと飛んでいたフィルのドラゴンも、アラン達の近くに不時着した。
使い物にならない右腕をブラブラさせながら、フィルはこちらに向かってくる。
「名乗りもしないとは、とんだ無礼者だなぁ」
腕の痛みは何故か感じていないようだった。微かに笑みを浮かべながら、ドラゴンに指示を出した。
「ほら、食ってやれ。ちょっと小さいが、肉は柔らかそうだ」
まるで自分がご馳走を食べるかのように舌なめずりをしている。
アランは、ドラゴンが飛びかかってくるかと身構えたが、一向に攻撃してくる気配がない。
「おい、どうした!やれスニーク!!」
フィルが怒鳴るが、ドラゴンは苦しそうにプルプルと震えるばかりだ。主人から伝わってくる痛みがそんなに苦しいのか、そう思ったが違うらしい。
『、、人間の子よ。聴こえないだろうが、此奴がこうなってしまったのは、我の責任だ。どうか、我を先に始末してくれ、、、』
フィルからの命令を遂行しないように必死で自分を律していたのだ。盟約を交わした以上、主人に逆らうのは身を切るような辛さだろう。
「まずは話を聞いてやる。あんたが殺したのか?」
今にも夜に溶けそうなドラゴンに問いかけた。
『なんと!竜種と言葉を交わすか、、、いかにも。其方の大切に思っていた人の子を食らったのは我だ』
除け者にされているフィルは「なっ、話せるのは王族のみのはず!!」とか何やらゴチャゴチャと叫んでいる。
「そいつに命令されたからか?それとも人間を食べたくて?」
『人の肉など不味くて食えたものではないわ』
その言い方にカチンときた。
「今命令に逆らってるって事は、あの子を食べないってゆー選択肢もあったはずだよな?」
そう問い詰めると、ドラゴンはギクっと体を震わせた。
「なぁアロー、竜種にとっての1番の幸せってなんだ?」
唐突に、後ろに控えていたアローに問いかける。
『えーーとね、タベルことと、トブコトかナ〜』
「ふーん、そっか」
答えてくれたアローは、今から何が起きるのか、不安そうに眺めていた。
「アロー、もう帰って良いよ」
戸惑っている彼の方を見ないように言い放った。
「オレ、カエラナいよ、、?」
「大丈夫、終わったらすぐに行くから、ちょっとだけ待ってて」
もちろん、今この瞬間だけ安心させるための嘘だ。アローは躊躇いつつ、夜空へと飛び立って行った。
アランはドラゴンの方へ歩き出した。フィルの横を通り過ぎようとした時、
「俺抜きで話を進めるんじゃねぇ!!!」
彼が叫んで剣を振り上げた。
ガキィンッ!!!
振り下ろされた剣をアランは難なく振り払った。血を失いすぎたのだ。貧血気味の一撃の重さは、グレイ隊長の足元にも及ばない。
アランはドラゴンの目の前に立ち、また語りかけた。
「最後にもう一つ質問。何であんたが痛そうであいつは平気そうなんだ?」
血を流し、少しフラフラしてはいるが、フィルは腕の痛さを一切感じていないようだった。
『あぁ、それは盟約の元に、主人の痛みを我が請け負っているからだ。ほぼ強制だがな、、、』
やっぱりか。
「じゃあ今からあんたの翼切るからさ、痛みは主人に返しなよ」
『な!?それだけはっ!!、、っ!!?』
抵抗する前に、アランはスニークの横に回り込み、翼の根元を一閃した。ドン!と音を立てて翼が地面に落ちる。後ろからは「やめろ!」とフィルの声が聞こえた。
『っ!!?ぎゃぁあぁあぁあっぅうぁあぁあ!!!!』
血の池ができ始めた野原に、ドラゴンの咆哮が響き渡った。
「ほら!主人に返すんだよ!お前にした事やり返してやれ!!!」
そう言いながら次は反対側に回り、右の翼も切り落とした。スニークは痛みで我を忘れている。理性があるうちは、主人を守ろうとしていたが、今やカケラも見当たらない。
もう一度剣を振るおうとした時、後ろから叫び声が聞こえた。
「っあぁああぁあ"あ"ぁああ!!!!!」
どうやら計画が成功したようだ。痛みがいきなり体に現れたフィルは、地面を芋虫のようにのたうち回っている。一方スニークは痛みを送り返した直後に気絶してしまったらしい。地面にダラリと伏せ、白目を向いていた。
「あらあら、フィル団長、苦しそうですね?」
「がっ、、ぁああ!!貴様ぁあ!!!許さんぞ!!!」
まだ喋る元気はあるらしい。ドラゴンが気絶する痛みでも意識を保つとは。
「団長、聞きたいことがあるんです。今まで、本気で人を愛したことってあります?」
痛みで虚になった目がこちらを見つめ返した。




