クッキー
アランは、フィルの声が聞こえた瞬間足を止めた。いや、止めたのではなく動くことが出来なかったのだ。
あの子に掛けたのと同じ声で、また他の女の子を誘惑している。
「でも私、お店番をしなくてはいけないのですが、、」
女の子の困った声が聞こえた。甘い誘惑よりも、お店のことを考えている。きっと良い子なのだろう。
「今すぐにとは言わない。お店が終わった後に私とお茶でもどうかな?」
「、、まぁ、それなら、、」
「では、明日の夜8時に迎えに来るよ。近くの公園で待っていてくれ」
相手が竜騎士だから、と言うこともあり変なことをされる心配は無いと思ったのだろう。女の子はデートの誘いを了承した。
周りの野次馬から囃し立てるような声が上がり、フィルはその場を悠々と立ち去った。野次馬たちがはけて行き、フィルとアランの間の人がまばらになる。
アランは慌てて元いたご飯屋へ走った。
「何の騒ぎだったんだ?」
ご飯を食べ終わりのんびりとお茶を飲んでいるトーマスに尋ねられる。
「いや、何でもなかったよ、野良犬が騒いでただけ」
乱れた息を悟られないようにアランは深く深呼吸をした。
トーマスがお茶を飲み終えたらすぐにでも帰ろう。そう身構えていると、トーマスがお茶を置き話しかけてきた。
「そういえば、お前夜中に何やってるんだ?他の隊員が、お前の部屋から変な音が聞こえるって怯えてたぞ」
「え?、、あぁ、最近ちょっと木彫りにハマっててさ、それの音だよたぶん」
「木彫り?何掘ってるんだ?」
「あ〜うーんとね、それは出来てからのお楽しみ!って事で」
「そうか、今度出来たら見せてくれ」
背中に嫌な汗をかいていた。さっき走ってかいた汗とは別物だ。
「ぉ、おっけー!いつ出来るか分かんないけど」
ハハは〜と下手くそな笑いでその話は強制的に終わらせた。
いつお茶飲み終わるんだよ!
いつまでものんびりしているトーマスに、アランは少々しびれを切らしていた。
「あぁ、それとアラン」
まだ何か話があるようだ。
「隊長にもお礼はしなくて良いのか?1番お世話になってるだろ」
「げ、すっかり忘れてた、、。なんか食べ物でもあげれば喜ぶかな」
「お前犬みたいに言うなよ、、、」
寮に帰る道ではずっと、隊長にどんなお礼をするかで悩んでいた。
****
トーマスとご飯に行った翌日、訓練を終えたアランは隊長の部屋の前まで来ていた。
扉の前で深呼吸をし、トントンとノックすると、中から「入れ」と返事が返ってきた。
「失礼します」
緊張からか背筋が伸びる。隊長は机に向かって事務作業をしており、忙しそうだ。目の前に立つとようやくこちらを向いた。
「アランか、どうした?」
「えーと、すごい遅れちゃったんですけど、この前のお礼っす」
そう言うと、後ろ手に隠していた物を隊長に差し出した。
「お礼?何のことだ?」
怪訝な顔をしながらも、隊長はそれを受け取った。
「前の訓練の時のっすよ。お陰で生きてます。有難うございました」
照れを隠すために、わざと丁寧にお辞儀をする。
「これお前が作ったのか?」
「はい、厨房をちょっと借りました」
アランが隊長に渡したのは、骨型のクッキー。サイズが大きめの物が袋にパンパンに入っている。
「お前クッキーなんか焼けたんだな」
よっぽと不器用だと思っていたのか、隊長は目を丸くしていた。
「焼けますよクッキーぐらい。男に渡すのは気が引けましたけど、これぐらいしか出来ないので」
本当のところはお金を使いたくなかっただけだが。
「嫌味で言ったんじゃないぞ。まぁ、ありがとう、、」
アランが不機嫌になったのを察知して隊長は慌ててお礼を言った。
「それと、隊長。お話があります」
今日隊長の部屋に来たのはお礼をする為もあるが、本題はこっちだ。
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「隊を辞めさせて頂きたいのです」
「、、、は?」
空気の流れが止まったような気がした。ピリッと緊張が走る。
「、、理由は?」
「実は元々両親からは隊に所属することに反対されてたんです。前の任務で怪我をしたことがバレたらしく、実家に戻ってこい、と言われてしまいまして」
はは、、と苦笑いをこぼし、頭をポリポリとかいた。
「いきなりで申し訳ありません。今日中に部屋も引き払いますので。今まで本当にお世話になりました」
先程より深く、長く礼をした。隊長からの返事はない。
恐る恐る頭をあげると、隊長はまっすぐこちらを見つめていた。重たげに口を開く。
「お前はそれで良いのか」
今まで聞いたことの無いような冷たい声だった。
「はい。もう心配をかけたくないんです。2人とも歳なので、俺が実家を支えなきゃ」
上手く作り笑いが出来たと思う。
「分かった。手続きは今日中に済ませてやる。アラン、、、いや、何でもない。」
隊長は何かを言いかけてやめた。何を言いたかったのだろう。首を傾げていると、出て行け、と手を振られた。
「失礼しました」
部屋を出て行こうと背中を向けると、大きいため息が聞こえた。
期待を蔑ろにし、ガッカリさせてしまった。心が少し痛んだが、態度には出さず背筋を伸ばし退出する。
部屋に戻ると、荷物を全て1つにまとめた。そもそも大した荷物などないが。
「よし、後は挨拶だけかな」
アラン自身、事がこんなに早く進むとは思わなかった。急いでお世話になった人の部屋を回り、別れの挨拶をする。大抵は嘘をついてると思っているようだった。
次の部屋に行こうとした時、廊下からこちら側に歩いてくる見慣れた人影を見つけた。兄だ。
「行くのか」
何も伝えていなかったのだが、顔を見ただけで悟られてしまったらしい。
「うん。ごめん」
これからする事を考えると、"家族を頼んだ"とも言えず、一言だけ誤りその場を後にした。
トーマスの部屋に行き、辞めることを伝えると、呆れている、と言うよりは少し怒っているようにも見えた。
「どうしても辞めなきゃいけないのか?」
「そう、どうしても辞めなきゃなんだ」
「、、、お前はワイバーンもこの隊も好きなんだと思ってた。だから、、」
トーマスは目を伏せてそう呟いた。
「好きだよ!好きだけど、どうしようもないんだよ。寂しいけどさ、手紙書くし!な!」
ショボくれているトーマスの肩をバンバンと叩く。そしてアランは自室の荷物を背負い、隊を去った。
****
寮を出た後、アランは街を出ずにいた。
「アロー、静かに。大人しくしてろよ」
アランは竜舎でアローに手綱を付け、外に誘導していた。小声で語りかけ、アローを連れ出す。
お気に入りの丘に行く時はいつもこうなので、アローも慣れていた。特に暴れることも無くついてくる。
『オサンポ、オサんぽ♪』
「今日は散歩じゃないんだ、ごめんね」
『えェー』
「これが終われば自由だから」
小さい声で、半ば自分にも言い聞かせるように呟いた。
小さい子供のように不満を言うアローを宥め、人間とワイバーンは月が隠れている夜空へと飛び立った。
やっと終わりが見えてきた〜




