第三浄化塔
第二章 灰境
第52話 第三浄化塔
前書き
扉が閉じている時。
人は、
その向こう側を知りたくなります。
けれど。
扉というものは、
中にあるものを隠すためだけに、
閉じられているのではありません。
時には。
外に出してはいけないものを、
閉じ込めるためにも。
扉は、
存在しているのです。
⸻
翌朝。
アルフレッドがマルタの家を出ると。
「駄目だ」
ガルドがいた。
「……まだ何も言ってません」
「第三浄化塔へ行きたい」
「何で分かったの!?」
「顔」
「また顔!?」
ガルドは腕を組んでいた。
「昨日の時点で分かってた」
「第二浄化塔の作業は?」
「続ける」
「じゃあ僕も――」
「今日はヘルマンたちがやる」
「僕の《修繕》が必要になったら?」
「呼ぶ」
「第三浄化塔の場所だけでも――」
「駄目」
「シーさんが推定できるって」
「だから余計に駄目だ」
「どうして?」
「昨日まで完全に止まってた施設だぞ」
「水が通った途端に反応した」
「何が起きてるか分からん」
「……」
「それに」
ガルド。
指。
アルフレッド。
額。
「お前」
「昨日」
「第一浄化施設」
「第二浄化塔」
「村」
「三か所動いた」
「元気です」
「知ってる」
「だから今日も動こうとしてる」
「……」
「休め」
「それは嫌です」
「即答か!」
⸻
「では」
横。
ノエル。
帳面。
「折衷案を」
「あるの?」
「第三浄化塔の推定位置確認のみ」
「現地調査は行わない」
「第二浄化塔へ行き」
「C―12から座標情報を取得」
「地上地図へ反映」
「その後」
「村へ帰還」
「……」
アルフレッド。
「見るだけ?」
「見るだけです」
「近くまで?」
「行きません」
「ちょっとだけ」
「行きません」
「入口だけ」
「行きません」
「厳しい」
「当然です」
⸻
セルマ。
家。
入口。
杖。
「アルフレッド様」
「セルマからも――」
「行かない方がよろしいかと」
「また敵!」
「私は常識側です」
「その言葉」
「便利になってない?」
「便利です」
⸻
第二浄化塔。
五日目。
昨日。
主循環。
復旧。
施設。
雰囲気。
変わっていた。
低い。
振動。
ずっと。
床。
伝わる。
水。
流れる。
音。
以前より。
大きい。
青い。
照明。
増えた。
「本当に」
「生き返ってる」
アルフレッド。
『回復率――53.1%』
C―12。
「昨日より増えてる」
『自動修復機能』
『一部復帰』
「自分で直るの!?」
『軽微な故障のみ』
「それ」
「僕も欲しい」
「何に使う」
ガルド。
「領主館」
「お前が直せ」
⸻
ヘルマン。
奥。
配管。
確認。
「今日は」
「浄化槽第一層」
「予定通り?」
『一部変更』
『主循環復旧により』
『優先工程更新』
「また増えた?」
『減少』
「珍しい!」
『浄化槽第一層』
『洗浄』
『弁交換』
『圧力調整』
『以上』
「僕の出番?」
『現時点』
『なし』
「……」
「顔」
ガルド。
「何」
「寂しそう」
「僕の顔」
「分かりやすすぎない?」
⸻
「第三浄化塔」
ノエル。
「位置推定を」
『了解』
C―12。
床。
前脚。
置く。
青い。
線。
広がる。
簡易。
地図。
出る。
第二浄化塔。
水路。
そこから。
北東。
細い。
線。
「……村から」
ノエル。
「どれほど?」
『直線距離』
『約十三・四キロメートル』
「きろめーとる?」
ガルド。
「また古代単位か」
「僕」
「分かる」
アルフレッド。
一瞬。
止まる。
前世。
記憶。
十三キロ。
「かなり遠い」
「歩けば?」
「地形込みなら」
ノエル。
「半日近く」
「往復一日だな」
「じゃあ」
「泊まり?」
「行くとは言ってねぇ!」
⸻
『推定位置』
地図。
点。
光る。
灰境。
北東。
山。
二つ。
間。
「ここ」
ガルド。
「知ってる?」
「……」
グレゴール。
地図。
覗く。
顔。
変わる。
「知ってる」
「何がある?」
「谷」
「名前は?」
「死人谷」
アルフレッド。
「……」
「すごく」
「行きたくなくなる名前」
「正しい反応だ」
⸻
「どうして」
「死人谷?」
ノエル。
尋ねる。
「昔」
グレゴール。
「炭焼きが」
「入った」
「戻らなかった」
「猟師も」
「二人」
「消えた」
「魔物?」
「分からん」
「俺も」
「入口までは」
「行った」
「でも」
「獣が」
「入らねぇ」
「森狼も?」
「足跡が」
「谷の前で」
「全部」
「逸れる」
ガルド。
低い。
「いつから?」
「俺が」
「子どもの頃には」
「そうだった」
⸻
「第三浄化塔」
アルフレッド。
「そこに」
「あるんだ」
『推定一致率――86%』
「高い」
「行かねぇぞ」
「分かってます!」
「今」
「目が」
「行く目だった」
「どんな目!?」
⸻
その頃。
死人谷。
地下。
L―01。
立っていた。
完全。
起動。
ではない。
右脚。
動かない。
左腕。
指。
二本。
欠損。
腹部。
装甲。
裂けている。
それでも。
赤い。
瞳。
灯る。
『動力――14%』
『主機能』
『制限』
『管理者信号』
『継続検出』
頭。
僅か。
傾く。
『照合』
『不一致』
『管理者コード』
『非登録』
『侵入管理者』
『判定』
左手。
壁。
触れる。
『排除規定』
『優先』
扉。
向こう。
何か。
音。
する。
ず。
ずず。
重い。
もの。
引きずる。
音。
『封鎖区画』
『異常なし』
L―01。
振り返る。
赤い。
目。
巨大。
扉。
見る。
『封印』
『継続』
⸻
第二浄化塔。
「もう一つ」
ノエル。
「確認したいことがあります」
「何?」
「第三浄化塔」
「現在の状態」
『照会』
『第三浄化塔』
『補助動力――14%』
『主機能――停止』
『管理個体――』
音。
止まる。
「管理個体?」
アルフレッド。
『応答あり』
全員。
黙る。
「昨日」
「応答なしじゃなかった?」
『更新』
「つまり」
ガルド。
「起きた」
『可能性――高』
「エーナナみたいな?」
『個体情報』
『照会』
C―12。
青い。
光。
揺れる。
『L―01』
「エル?」
『第三浄化塔』
『封鎖管理個体』
「封鎖?」
ディートリヒ。
いつの間にか。
入口。
立っていた。
「何を」
「封鎖している?」
「ディートリヒさん!」
「今日は来ないんじゃ」
「昨日」
「第三浄化塔が反応したと聞いた」
「誰から?」
「ノエル殿」
アルフレッド。
ノエル。
見る。
「報告義務です」
「便利だねそれ!」
⸻
「C―12」
ディートリヒ。
「封鎖管理個体とは」
『特定区画』
『隔離』
『監視』
『侵入阻止』
『脱出阻止』
「脱出?」
空気。
変わる。
「何かを」
ガルド。
「中へ」
「閉じ込めてる?」
『肯定』
「何を?」
『記録』
『権限不足』
「アルフレッドでも?」
『暫定管理者権限』
『不足』
「正式管理者なら?」
『照会可能』
⸻
ディートリヒ。
「第三浄化塔は」
「ただの浄化施設ではない」
「ようだな」
ガルド。
「むしろ」
「封鎖施設に」
「浄化塔が併設された?」
ノエル。
『順序』
『回答不能』
「死人谷」
グレゴール。
「だから」
「生き物が」
「寄らねぇのか」
⸻
「シーさん」
アルフレッド。
「L―01と」
「話せる?」
『通信試行』
少し。
間。
『第三浄化塔』
『接続』
雑音。
ざ。
ざざ。
『L―01』
『こちらC―12』
『管理網復旧』
『暫定管理者』
『登録済』
返事。
ない。
「聞こえてない?」
『再試行』
『L―01』
『管理者コード』
『送信』
ざざ。
ぶつ。
そして。
低い。
声。
『――偽装』
全員。
止まる。
「今」
「喋った?」
『通信受信』
再び。
雑音。
『管理者』
『偽装』
『排除』
ぶつ。
通信。
切れる。
⸻
「……」
アルフレッド。
「嫌われた」
「そういう問題じゃねぇ!」
ガルド。
「排除って言ったぞ!」
「でも」
「エーナナも最初」
「襲ってきた」
「だから余計に」
「行くな!」
「菌糸が」
「入ってるのかも」
アルフレッド。
「可能性はある」
「だったら《清掃》で――」
「アル坊」
ガルド。
声。
低くなる。
「今度は」
「違う」
「何が?」
「A―07は」
「壊れてた」
「菌糸に」
「侵食されてた」
「でも」
「今のL―01」
「自分で」
「偽装だと判断した」
「……」
「つまり」
「正常な状態で」
「お前を敵と」
「見てる可能性がある」
⸻
アルフレッド。
黙る。
それは。
大きい。
壊れている。
なら。
直せる。
汚れている。
なら。
清掃できる。
でも。
正常。
その上で。
敵。
なら。
「……直せば」
「味方になるとは」
「限らない」
「そういうことだ」
⸻
『警告』
C―12。
突然。
声。
『第三浄化塔』
『通信状態変化』
「何?」
『逆探知』
ディートリヒ。
「逆探知?」
『L―01』
『管理者信号位置』
『特定中』
「まずいの?」
『推定』
『特定完了まで――』
表示。
『87%』
「止めて!」
『通信遮断』
『実行』
青い。
線。
消える。
『接続切断』
全員。
息。
吐く。
「危なかった」
アルフレッド。
「何されるところだったの?」
『不明』
「そればっかり!」
⸻
死人谷。
地下。
『信号』
『消失』
L―01。
赤い。
瞳。
明滅。
『最終位置』
『取得率――87%』
地図。
出る。
完全。
ではない。
でも。
範囲。
表示。
第二浄化塔。
周辺。
『侵入管理者』
『推定位置』
L―01。
立つ。
一歩。
右脚。
動かない。
がく。
膝。
落ちる。
『機体損傷』
『移動能力』
『不足』
赤い。
目。
扉。
見る。
『迎撃』
『不能』
数秒。
『代替手段』
『検索』
施設。
奥。
古い。
設備。
一つ。
反応。
『外部防衛個体』
『起動要求』
しかし。
『動力不足』
『失敗』
再び。
沈黙。
そして。
『修復』
『必要』
⸻
第二浄化塔。
「今日は」
ガルド。
「ここまで」
「え?」
「第三の情報は」
「十分」
「第二の作業」
「終わったら」
「帰る」
「でも」
「エルイチ」
「壊れてるかもしれない」
「だから?」
「……」
「行って」
「直したい?」
アルフレッド。
答えない。
ガルド。
少年。
見る。
「アル坊」
「壊れてるものを」
「全部」
「お前が」
「直す必要はない」
「……」
「でも」
「直せるかもしれない」
「それと」
「直すべきかは」
「別だ」
⸻
アルフレッド。
少し。
俯く。
《修繕》。
壊れた。
もの。
直す。
自分。
力。
ずっと。
良いもの。
だと。
思っていた。
でも。
第25話。
壊れた番人。
前書き。
あの問い。
再び。
戻る。
壊れる前から。
間違っていたもの。
直して。
いいのか。
そして。
今回は。
もっと。
難しい。
壊れていても。
役目そのものは。
正しいかもしれない。
「……分かった」
アルフレッド。
「まず」
「調べる」
「それでいい」
⸻
午後。
村。
ディートリヒたち。
第一浄化施設。
記録。
古地図。
並べる。
第三浄化塔。
死人谷。
位置。
重ねる。
「ここ」
グレゴール。
地図。
指す。
「谷の入口」
「昔から」
「石柱がある」
「文字は?」
ミレナ。
「読めん」
「絵なら」
「覚えてる」
紙。
炭。
グレゴール。
描く。
丸。
その中。
三本。
線。
さらに。
斜め。
一本。
「……」
ミレナ。
顔。
上げる。
「知ってる?」
「はい」
古代遺構調査室。
持参。
資料。
めくる。
一枚。
止める。
同じ。
印。
「隔離標識です」
「隔離?」
「過去」
「別地域の遺構で」
「二例」
「確認されています」
「意味は」
ディートリヒ。
読む。
「――許可なき者」
「近付くな」
「――内部のものを」
「外へ出すな」
⸻
「中に」
アルフレッド。
「何がいるの?」
「分からない」
ミレナ。
「二例とも」
「内部は」
「空でした」
「空?」
「はい」
「一つは」
「封鎖扉が」
「内側から破壊されていました」
静か。
「もう一つは?」
「施設ごと」
「焼かれていました」
⸻
「第三」
ガルド。
「行かない方が」
「良さそうだな」
「しかし」
ディートリヒ。
「第二浄化塔復旧によって」
「第三へ」
「動力が供給され始めた」
「放置も」
「危険です」
「つまり」
ノエル。
「行っても危険」
「行かなくても危険」
「はい」
「最悪だな」
ガルド。
⸻
「でも」
アルフレッド。
「すぐには」
「行かない」
全員。
見る。
「まず」
「第二を」
「直す」
「それから」
「第三について」
「できるだけ」
「調べる」
「L―01が」
「何を守ってるのか」
「何を」
「閉じ込めてるのか」
「それが」
「分かるまで」
「近付かない」
ガルド。
少し。
笑う。
「成長したな」
「僕だって」
「考えます」
「昨日なら」
「もう荷物」
「まとめてたぞ」
「……」
「図星か」
⸻
夜。
マルタの家。
セルマ。
話。
聞く。
「L―01」
「はい」
「右脚が」
「壊れてるかもしれない」
「そうなのですか?」
「シーさんの情報だと」
「動力も少ない」
「……直したいのですね」
アルフレッド。
少し。
黙る。
「うん」
「でも」
「今は」
「直しちゃいけないかもしれない」
「なぜ?」
「直したら」
「僕たちを」
「殺しに来るかもしれない」
「それなら」
「直さない方が」
「いいのでは?」
「普通はね」
「普通ではない理由が?」
「その子」
「何かを」
「閉じ込めてる」
「……」
「もし」
「壊れてるせいで」
「それが」
「外へ出たら」
「困る」
⸻
セルマ。
しばらく。
考える。
「では」
「アルフレッド様が」
「直すかどうかを」
「決めるのではなく」
「L―01本人へ」
「聞けばよいのでは?」
「え?」
「なぜ」
「私たちを敵と判断するのか」
「何を守っているのか」
「それを」
「聞くのです」
「でも」
「話してくれない」
「一度しか」
「話していません」
「……」
「アルフレッド様は」
「一度話して」
「分かり合えなければ」
「諦めるのですか?」
「……」
「それは」
「違う」
「では」
「もう一度」
「話す方法を」
「考えればよろしいかと」
⸻
アルフレッド。
セルマ。
見る。
「セルマ」
「はい」
「頭いいね」
「普通です」
「また普通!」
「アルフレッド様の周囲では」
「普通の価値が」
「高いのです」
「ひどくない?」
セルマ。
ほんの。
少し。
笑う。
⸻
深夜。
死人谷。
地下。
L―01。
動かない。
いや。
動けない。
しかし。
施設。
動力。
少しずつ。
上がる。
『補助動力――17%』
『18%』
『19%』
第二浄化塔。
水。
戻るたび。
第三。
目覚める。
そして。
巨大な。
封鎖扉。
向こう。
ず。
音。
『封鎖圧』
『低下』
L―01。
赤い。
瞳。
扉。
向く。
『……』
『封鎖機構』
『損耗率――68%』
左手。
床。
つく。
動かない。
右脚。
引きずる。
一歩。
また。
一歩。
扉。
前。
辿り着く。
『任務』
『継続』
残った。
左腕。
封鎖装置。
差し込む。
赤い。
光。
流れる。
『補助動力』
『封鎖機構へ転送』
『自身機能』
『低下』
19%。
16%。
12%。
L―01。
身体。
沈む。
それでも。
扉。
閉じる。
ぎぎぎ。
『封鎖圧』
『回復』
扉。
向こう。
何か。
ぶつかる。
どん。
L―01。
赤い。
瞳。
揺れる。
『管理者』
小さな。
声。
『来るな』
どん。
『ここを』
どん。
『開けるな』
そして。
最後。
『私は』
『直すな』
赤い。
光。
弱くなる。
巨大な扉の向こうから。
今度は。
はっきり。
聞こえた。
爪。
のような。
何かが。
内側から。
石を。
引っ掻く音が。
⸻
第52話 第三浄化塔 了




