歯車が回る日
第二章 灰境
第51話 歯車が回る日
前書き
止まっていたものが、
再び動き出す瞬間。
それは、
直した者にとっては喜びです。
けれど。
長いあいだ止まっていたものには、
止まっていた理由があります。
そして時には。
一つの歯車が回ることで、
その先にある、
もっと大きな何かまで。
動き始めてしまうのです。
⸻
翌朝。
第二浄化塔。
四日目。
「今日は絶対に回す」
アルフレッドは、入口へ着くなり宣言した。
「何をだ」
ガルドが聞く。
「歯車」
「お前が回すんじゃねえぞ」
「分かってます」
「本当だな?」
「シーさんが回す」
『正確には』
『主循環機構が回転』
「うん」
「そういう意味」
『了解』
ガルドが眉を寄せた。
「お前ら最近、会話できてるな」
「最初からできてるよ」
『管理者との意思疎通』
『改善傾向』
「ほら」
「機械に褒められて喜ぶな」
⸻
第一機械室。
昨日まで。
完全に停止していた巨大な循環輪。
その横。
ヘルマンが朝から歯車と格闘している。
「あと少し」
削る。
測る。
合わせる。
「ビー」
『何』
「切断刃」
『了解』
ぶうん。
「そこ」
『切削』
「止め」
ぴたり。
「……」
アルフレッド。
見ている。
「何だ」
「ビーさん」
「ヘルマンさんの言うこと」
「すごく聞くようになった」
『作業指示』
『合理的』
「僕の命令は?」
『非合理的な場合あり』
「え」
ガルド。
吹き出す。
「アル坊!」
「機械にまで言われてんぞ!」
「僕、管理者なのに!」
『管理者権限と』
『判断の合理性は別』
「強い」
ノエル。
帳面へ書く。
「今の記録するの!?」
「重要な学習能力です」
「僕の恥ずかしい記録じゃない?」
「それも含みます」
「消して!」
「公文書です」
⸻
昼前。
「できた」
ヘルマン。
手。
真っ黒。
その前。
新しい。
代替歯車。
完全に同じ。
ではない。
でも。
噛み合わせ。
合う。
『寸法誤差』
『許容範囲』
「よし」
「取り付けるぞ」
男たち。
持ち上げる。
重い。
B―03。
補助。
「ゆっくり!」
「右!」
「もっと上!」
「そこ!」
がこん。
軸。
入る。
「固定!」
金具。
締める。
ヘルマン。
少し離れる。
「アル坊」
「はい」
「一枚目」
「頼む」
⸻
破片がすべて残っている。
もう一枚の歯車。
アルフレッド。
触れる。
「《修繕》」
白い光。
亀裂。
閉じる。
欠け。
戻る。
歯。
一本。
二本。
三本。
元の形。
「……よし」
『伝達歯車』
『復旧確認』
「二枚目は?」
『代替部品』
『適合率――94.8%』
「すごくない?」
ヘルマン。
胸。
張る。
「当然」
「シーさん」
「これ」
「あとで登録できる?」
『可能』
『代替部品製作記録』
『保存』
「ヘルマンさんの名前も!」
『作業者名』
『入力要求』
「ヘルマン・ロス」
『登録』
ヘルマン。
「……」
「どうしたの?」
「いや」
古代。
何百年。
何千年。
分からない。
施設。
そこへ。
自分。
名前。
記録。
された。
「変な感じだ」
「でも」
アルフレッド。
笑う。
「ずっと残るかも」
「そうだな」
⸻
「さて」
ガルド。
巨大。
循環輪。
見る。
「回すのか?」
『最終確認』
C―12。
機械室。
移動。
『主軸――正常』
『伝達歯車――正常』
『排水――正常』
『異物混入――許容範囲』
『潤滑――不足』
「駄目じゃん!」
アルフレッド。
「危なかった!」
ヘルマン。
「油!」
「どこだ!」
『旧保管槽』
『残量――3%』
「使える?」
『劣化』
「駄目?」
『推奨せず』
「新しい油」
ガルド。
「村にあるか?」
「機械用なんてねぇぞ」
「動物脂は?」
ヘルマン。
「粘度が合えば」
「一時的には」
『代替可能性』
『61%』
「微妙!」
⸻
「村へ戻る?」
アルフレッド。
「いや」
ヘルマン。
考える。
「開拓隊の荷に」
「車軸油」
「残ってなかったか?」
ガルド。
「ある」
「馬車用」
「使える?」
『成分確認必要』
「取ってくる」
ベルン。
「俺が」
「走るなよ」
「子どもじゃねぇ!」
「最近」
「それ言うの俺の役じゃない?」
「お前は言われる側だ!」
⸻
ベルン。
戻る。
小さな。
壺。
『確認』
C―12。
前脚。
少量。
触れる。
『代替潤滑材』
『適合率――72%』
「上がった!」
『長期使用非推奨』
「今日」
「動かすだけなら?」
『可能』
「よし!」
⸻
塗る。
軸。
歯車。
接触面。
ヘルマン。
丁寧。
「これで」
「一回」
「ゆっくり回す」
『試験運転』
『実行可能』
アルフレッド。
巨大。
循環輪。
見上げる。
「シーさん」
「お願いします」
『管理者承認』
『確認』
「承認します」
『受諾』
⸻
機械室。
青い。
灯り。
一つ。
また一つ。
点く。
ぶうん。
低い。
音。
「来るぞ」
ガルド。
全員。
距離。
取る。
『主循環機構』
『試験起動』
かち。
歯車。
一つ。
動く。
次。
隣。
かち。
かち。
代替歯車。
噛む。
「回った」
アルフレッド。
小さく。
言う。
巨大な。
循環輪。
ぎ……
ぎぎ……
長い。
眠り。
身体。
起こすように。
ゆっくり。
回転。
始める。
「回った!」
アルフレッド。
「本当に回った!」
「まだ喜ぶな!」
ヘルマン。
「音を聞け!」
ぎ。
ご。
ごご。
「右軸!」
『正常』
「歯車!」
『正常』
「振動!」
『許容範囲』
「温度!」
『上昇軽微』
「よし……!」
⸻
そして。
水。
動く。
最初。
少し。
次。
大量。
ざあああああっ!
「うわっ!」
水路。
勢い。
増す。
止まっていた。
配管。
震える。
青い。
光。
施設。
奥。
走る。
『主循環』
『再開』
『第二浄化塔』
『一次機能』
『復旧』
アルフレッド。
拳。
握る。
「やった!」
今度。
誰も。
止めない。
「やったぞ!」
ヘルマン。
笑う。
「動いた!」
ベルン。
「四日だぞ!」
「十二日予定の!」
ガルド。
「まだ終わってねぇ!」
「でも」
「一個!」
「一個は終わった!」
⸻
『第二浄化塔』
『回復率――』
数字。
上がる。
31.2。
33。
36。
41。
止まらない。
「え?」
アルフレッド。
「シーさん?」
『主循環機能復旧に伴い』
『副系統』
『自動再起動』
44。
47。
49。
『回復率――51.8%』
「半分!」
「一気に!?」
『主要機能復旧』
『正常』
「すごい!」
⸻
だが。
C―12。
突然。
動き。
止まる。
『……』
「シーさん?」
『水系』
『変化検出』
「何?」
『第一浄化施設へ』
『流量増加』
「良いこと?」
『肯定』
『第三浄化塔方面』
『圧力変化』
ガルド。
顔。
変わる。
「第三?」
『停止中の第三系統へ』
『水圧到達』
「まずい?」
『不明』
「その答え嫌い!」
⸻
遠く。
地下。
誰も。
知らない。
場所。
真っ暗。
石造。
空間。
何百年。
水。
来なかった。
管。
そこへ。
ぽた。
一滴。
落ちる。
次。
ぽた。
ぽた。
そして。
ごぼ。
水。
流れる。
古い。
車輪。
僅か。
動く。
ぎ。
音。
鳴る。
闇。
奥。
青い。
光。
一つ。
『……水圧……』
『検出……』
文字。
灯る。
『第三浄化塔』
『補助系統』
『自動復帰』
そして。
別。
表示。
『管理個体』
『応答――』
長い。
間。
『なし』
⸻
第二浄化塔。
「第三」
アルフレッド。
「動いた?」
『補助機能のみ』
「場所」
「分かる?」
『水圧経路』
『逆算』
C―12。
沈黙。
『位置』
『推定可能』
「見つけた!」
「待て」
ガルド。
「今日は」
「行かねぇぞ」
「分かってます!」
「……本当に?」
「明日!」
「もっと駄目だ!」
「なんで!?」
「第二が終わってねぇ!」
「じゃあ」
「終わったら!」
「その話は」
「あと!」
⸻
その頃。
灰境の村。
井戸。
マルタ。
桶。
下ろす。
からから。
水。
汲む。
「ん?」
昨日より。
水位。
少し。
高い。
桶。
引く。
水。
見る。
透明。
「……」
一口。
舐める。
「苦みが」
「減った?」
近く。
リーナ。
「本当?」
「飲むんじゃないよ」
「マルタさん飲んだ!」
「わたしは確認しただけ」
「ずるい!」
「何がだい!」
⸻
畑。
エッダ。
土。
触る。
少し。
湿っている。
昨日。
雨。
降っていない。
「……地下水?」
細い。
溝。
そこ。
水。
滲む。
以前なら。
灰色。
濁っていた。
でも。
今日は。
僅か。
透明。
「バルドさん!」
「どうした」
「水が」
⸻
夕方。
第二浄化塔。
帰還組。
村。
近づく。
アルフレッド。
異変。
気付く。
「人」
集まってる。
「何だ?」
ガルド。
広場。
村人。
井戸。
囲む。
「領主様!」
リーナ。
走る。
「水!」
「水?」
「いっぱい!」
⸻
井戸。
覗く。
「……」
水面。
以前。
ずっと。
下。
だった。
今。
かなり。
上。
「第二浄化塔?」
アルフレッド。
『可能性――高』
C―12。
同行。
『地下水循環』
『部分回復』
「飲める?」
『検査必要』
「飲むなよ!」
ガルド。
村人。
全員。
見る。
「検査終わるまで!」
「はーい」
リーナ。
「お前が一番危ない!」
⸻
ディートリヒ。
少し離れた。
場所。
井戸。
見る。
昼間。
第一浄化施設。
古い。
記録。
見た。
そして。
今。
現実。
水。
変わった。
「……本当に」
ミレナ。
「何?」
「直している」
「はい」
「遺跡を」
「ではありません」
ミレナ。
村。
見る。
「土地を」
⸻
その夜。
村。
久しぶり。
少し。
賑やか。
井戸水。
まだ。
飲めない。
でも。
水位。
戻った。
それだけ。
嬉しい。
「今日」
成功?」
セルマ。
尋ねる。
「大成功!」
アルフレッド。
「歯車回った!」
「水も増えた!」
「第三浄化塔も」
「見つかりそう!」
「……」
「何?」
「増えています」
「何が?」
「仕事が」
「……」
「一つ直すたびに」
「二つ増えていませんか?」
アルフレッド。
考える。
「確かに」
「嬉しそうですね」
「うん!」
「そうですか」
セルマ。
諦め。
小さく。
笑う。
⸻
夜更け。
調査官。
空き家。
「報告書」
ミレナ。
「どうします?」
ディートリヒ。
黙る。
「王都へ」
「施設稼働」
「管理者認証」
「五基の浄化塔」
「消された中央中枢」
「存在しない第五塔」
「古代の灰境」
「すべて」
「報告すれば」
「どうなると思う」
ローデン。
答える。
「人が来る」
「ああ」
「学者」
「兵士」
「貴族」
「商人」
「そして」
「この土地を」
「欲しがる者」
ミレナ。
筆。
止まる。
「では」
「隠しますか?」
「それも」
「我々の職務に反する」
⸻
ディートリヒ。
窓。
見る。
向こう。
小さな。
村。
たった。
二十二人。
だった。
場所。
今。
十二歳。
領主。
一人。
古代。
施設。
起こし始めている。
「……第一報は」
「危険性調査継続」
「詳細確認中」
「それだけにする」
「中央中枢は?」
「書かない」
「第五塔」
「書かない」
「改竄になります」
「違う」
ディートリヒ。
「確認が」
「終わっていない」
「だから」
「まだ報告しない」
ミレナ。
少し。
男。
見る。
「時間を」
「稼ぐのですね」
「……」
答えない。
⸻
同じ頃。
第三浄化塔。
地下。
水。
流れ。
続ける。
『補助動力』
『4%』
『7%』
『11%』
青い。
灯り。
増える。
そして。
施設。
奥。
巨大な。
扉。
その前。
何か。
座っている。
人。
ではない。
A―07。
でもない。
B―03。
でもない。
もっと。
細い。
人型。
頭部。
長い。
髪。
のような。
銀色。
繊維。
垂れている。
胸。
刻印。
『L―01』
水圧。
戻る。
足元。
青い。
線。
到達。
ぴ。
小さな。
音。
『……』
顔。
上がる。
閉じていた。
瞳。
開く。
青。
ではない。
赤。
『管理者信号』
『検出』
長い。
沈黙。
『照合』
『……不一致』
細い。
指。
動く。
『旧管理者』
『不在』
『新規管理者』
『検出』
そして。
赤い。
瞳。
暗闇。
光る。
『排除規定』
『継続中』
⸻
第51話 歯車が回る日 了




