消された名前
第二章 灰境
第50話 消された名前
前書き
記録とは、
過去を残すためのものです。
誰がいたのか。
何が起きたのか。
何を作ったのか。
けれど。
もし。
残されなかったのではなく。
誰かが、
意図して消したのだとしたら。
そこにはきっと、
忘れられなければならなかった理由があります。
⸻
翌朝。
灰境の村。
「……」
ディートリヒは、宿代わりに使った空き家の前で立ち尽くしていた。
目の前。
アルフレッド。
その横。
セルマ。
さらに。
A―07。
ガルド。
ノエル。
ヘルマン。
「多くないか?」
「何がです?」
「第一浄化施設へ行くだけだろう」
「そうです」
「なぜ領主本人まで来る」
「僕が管理者だから」
「なぜ負傷者まで来る」
セルマ。
「私は見学です」
「杖をついているが」
「歩行許可はいただいております」
「誰から?」
「マルタ様から」
遠く。
「村の中だけって言ったんだよ!」
マルタ。
怒鳴る。
「……」
セルマ。
静か。
アルフレッドを見る。
「セルマ」
「はい」
「戻ろう」
「……はい」
「素直だな」
ガルド。
「昨日、二人とも説教されたからな」
⸻
セルマ。
戻る。
代わり。
ミレナ。
ローデン。
合流。
ディートリヒ。
「では」
「改めて」
「行こう」
「はい!」
アルフレッド。
歩き出す。
「走るな」
「走ってません!」
「今」
「走りかけた」
「歩幅が大きかっただけ!」
「十二歳の言い訳だな」
「十二歳です!」
⸻
第一浄化施設。
入口。
地上。
古い。
点検口。
ディートリヒ。
しゃがむ。
縁。
触る。
「これは……」
「何?」
「建築様式が」
「王国の遺跡と違う」
ミレナ。
石。
確認。
「接合材も」
「ほとんど劣化していません」
「少なくとも」
「現王国成立以前」
「何年前?」
アルフレッド。
「断定できません」
「五百?」
「可能性はあります」
「千?」
「……否定できません」
「そんな昔!?」
「だから」
ディートリヒ。
「古代遺構なんだ」
⸻
「エーナナ」
アルフレッド。
「何年前に作られたか」
「分かる?」
『照会』
『施設建造記録――』
少し。
間。
『破損』
「そっか」
『最終完全保守記録』
『帝国暦――』
音。
乱れる。
『――年』
「聞こえなかった」
『記録領域損傷』
ミレナ。
「帝国暦?」
顔。
変わる。
「どうしたの?」
「もう一度」
A―07。
見る。
「今」
「帝国暦と言いましたか?」
『肯定』
「どの帝国?」
『質問不明』
「国名です」
『――』
雑音。
『統合――』
『――帝国』
『正式名称記録』
『損傷』
ディートリヒ。
ミレナ。
視線。
交わす。
「知ってる?」
アルフレッド。
「いいえ」
ミレナ。
「少なくとも」
「私が扱った王国史には」
「該当する帝国がありません」
⸻
地下。
降りる。
ディートリヒたち。
言葉。
減る。
壁。
配管。
水路。
古代文字。
青い。
照明。
部分的。
点灯。
「これは……」
ミレナ。
何度目か。
同じ。
言葉。
「すごい?」
アルフレッド。
「すごい、では済みません」
「王都に」
「これほど保存状態のいい施設は?」
「ありません」
「古代遺構そのものは」
「各地にあります」
「ですが」
「大半は」
「基礎」
「壁」
「壊れた装置」
「用途不明の部品」
「それだけ」
壁。
青い。
線。
光る。
「ここは」
「生きている」
⸻
『管理者』
A―07。
『第一浄化施設』
『主区画』
『到着』
「うん」
『外部者』
『三名』
『未登録』
ディートリヒ。
止まる。
「……我々のことか」
「たぶん」
『施設内行動権限』
『付与要求』
「僕が?」
『肯定』
「どうすれば?」
『許可対象を指定』
アルフレッド。
三人。
見る。
「ディートリヒさん」
「ミレナさん」
「ローデンさん」
「見学」
「調査」
「記録」
「許可します」
少し。
間。
『受諾』
『暫定調査権限』
『付与』
「簡単だな」
ガルド。
「お前」
「本当に管理者なんだな」
「僕も」
「最近」
「そう思ってきた」
⸻
主区画。
巨大。
円形室。
中央。
古い。
操作盤。
ディートリヒ。
息。
呑む。
「……これが」
「はい」
ノエル。
「第一浄化施設」
「我々が発見した時点では」
「ほぼ停止していました」
「発見?」
「正確には」
「アルフレッド様が」
「水路の異常を追った結果」
「辿り着きました」
「そしてA―07が襲撃」
「待て」
ディートリヒ。
「襲撃されたのか?」
「はい」
「それを」
「修理した?」
「その前に」
アルフレッド。
「《清掃》した」
「なぜ?」
「菌糸が」
「入ってたから」
「……」
「森狼にも」
「同じのが」
「付いてた」
「……」
ディートリヒ。
額。
押さえる。
「報告書より」
「酷いな」
「何が?」
「情報量だ」
⸻
「その菌糸」
ミレナ。
「残っていますか?」
「焼いた」
ガルド。
「全部?」
「その時はな」
「第四浄化塔なら」
アルフレッド。
「いっぱいある」
「いっぱい!?」
「だから」
「今は行かない」
「……正しい判断です」
「よかった」
「専門家にも」
「褒められた」
「そこ喜ぶところか?」
⸻
ディートリヒ。
操作盤。
近づく。
「触るなよ」
ガルド。
「分かっている」
覗く。
文字。
読む。
「古王国文字とは」
「やはり違う」
「似てるけど」
ノエル。
「はい」
「こちらが」
「古王国文字より」
「古い可能性があります」
「逆では?」
ミレナ。
言う。
「古王国側が」
「これを模倣した可能性」
沈黙。
「つまり」
アルフレッド。
「この文字が」
「先?」
「仮説です」
「でも」
「あり得ます」
⸻
「エーナナ」
アルフレッド。
「中央浄化中枢」
「表示できる?」
『可能』
操作盤。
青。
灯る。
立体。
ではない。
光。
線。
地図。
浮かぶ。
第一。
第二。
第三。
第四。
第五。
そして。
中央。
大きな。
円。
ミレナ。
息。
止まる。
「……同じ」
「昨日の地図?」
「はい」
革筒。
開く。
写本。
広げる。
二つ。
比較。
山。
川。
地形。
微妙。
変わっている。
だが。
明らか。
同じ。
「第一」
「第二」
「第三」
「第四」
ミレナ。
指。
追う。
「そして中央」
「位置が一致します」
「第五は?」
アルフレッド。
光。
地図。
見る。
「……」
ミレナ。
止まる。
「ない」
「写本には」
「やっぱり?」
「はい」
⸻
「エーナナ」
「第五浄化塔」
「どこ?」
『照会』
地図。
縮む。
灰境。
周囲。
表示。
第一。
第二。
第三。
第四。
だが。
第五。
ない。
「え?」
『第五浄化塔』
『位置情報――欠損』
『最終座標――』
雑音。
『移動』
全員。
止まる。
「……今」
ガルド。
「何て?」
『最終座標』
『移動』
「塔が?」
アルフレッド。
「動くの?」
『質問』
『回答不能』
「建物だろ?」
ヘルマン。
「普通は」
「動かねぇ」
「普通ならな」
ガルド。
「この地下で」
「普通って言葉」
「もう使いたくねぇ」
⸻
「移動式施設」
ディートリヒ。
呟く。
「あるの?」
「伝承なら」
「古代文明には」
「都市そのものを」
「移動させたという話もある」
「おとぎ話です」
ミレナ。
「昨日までは」
「そう思っていました」
「今日は?」
「……保留します」
⸻
「中央」
アルフレッド。
指す。
「ここ」
「名前」
「中央浄化中枢」
「うん」
「王国の地図では」
「消されてる」
ミレナ。
「はい」
「どうして?」
「分かりません」
「エーナナ」
「中央浄化中枢って」
「何するところ?」
『五基の浄化塔』
『統括』
『水系制御』
『侵食監視』
『環境修復』
『管理者権限統合』
ディートリヒ。
「環境修復?」
『肯定』
「水だけではない?」
『肯定』
「何を」
「修復する?」
『大気』
『水質』
『土壌』
『生態系』
沈黙。
⸻
「……待って」
アルフレッド。
「じゃあ」
「灰境が」
「灰色なのも」
「この施設が」
「壊れたから?」
『可能性――高』
誰も。
すぐ。
話さない。
ガルド。
地下。
天井。
見る。
地上。
枯れた。
木。
灰色。
土地。
痩せた。
畑。
魔物。
菌糸。
「おい」
低い。
声。
「それ」
「つまり」
「この土地」
「元々」
「こんなんじゃなかったってことか?」
『記録照会』
地図。
消える。
別。
表示。
古い。
画像。
ぼやけている。
しかし。
見える。
森。
深い。
緑。
川。
青い。
平野。
畑。
そして。
遠く。
大きな。
町。
「……」
アルフレッド。
口。
開く。
「これ」
「灰境?」
『肯定』
「嘘」
ノエル。
初めて。
記録。
取る手。
止まる。
⸻
灰境。
ではない。
少なくとも。
彼らが知る。
灰境では。
なかった。
緑。
水。
人。
建物。
道。
今。
村。
二十二人。
だけ。
暮らしていた。
あの土地。
そこに。
かつて。
巨大な。
生活圏。
存在していた。
「いつ?」
アルフレッド。
『記録日時』
『帝国暦――』
また。
乱れる。
『中央中枢』
『正常稼働期』
「町の名前」
ミレナ。
「分かりますか?」
『照会』
文字。
出る。
だが。
途中。
消える。
『――ルヴァ――』
『記録破損』
「ルヴァ?」
「聞いたことない」
ガルド。
ディートリヒ。
顔。
険しい。
「俺もない」
⸻
「待て」
ディートリヒ。
写本。
広げる。
地図。
端。
小さな。
文字。
「ここ」
ミレナ。
見る。
「……」
擦れ。
ほとんど。
読めない。
でも。
文字。
一部。
残る。
「ル」
「ヴァ」
アルフレッド。
「同じ?」
「可能性があります」
「この写本」
「どこから?」
「王立文書庫」
「原本は?」
「ありません」
「紛失?」
「いいえ」
ミレナ。
顔。
上げる。
「焼却記録があります」
⸻
「焼いた?」
アルフレッド。
「誰が?」
「分かりません」
「いつ?」
「王国成立から」
「約百三十年後」
「かなり昔です」
「理由は?」
「――禁制文書整理」
「それだけ」
「何で」
「地図を?」
「分かりません」
⸻
A―07。
青い。
目。
明滅。
『警告』
全員。
振り返る。
「何?」
『外部記録』
『照合』
『不整合』
「何と?」
『施設記録』
『王国記録』
『歴史情報』
『不一致率――高』
ディートリヒ。
ゆっくり。
A―07。
見る。
「それは」
「我々の記録が」
「間違っているという意味か?」
『判断不能』
『ただし』
『情報欠落』
『意図的改変可能性』
『検出』
空気。
冷える。
⸻
「機械にも」
「そう見えるのか」
ガルド。
ミレナ。
写本。
見る。
中央。
消された名前。
第五。
消えた塔。
原本。
焼却。
歴史。
存在しない帝国。
「ディートリヒ」
「分かっている」
「これは」
「普通の遺跡調査ではありません」
⸻
アルフレッド。
古い。
灰境。
画像。
見る。
「……直せるかな」
誰も。
最初。
意味。
分からない。
「何を?」
ガルド。
「灰境」
「お前」
「まさか」
「全部?」
「全部っていうか」
アルフレッド。
緑。
土地。
指す。
「ここまで」
「戻せるのかなって」
「……」
「アル坊」
「はい」
「お前の悪い癖が」
「今」
「とんでもなく」
「でかくなったぞ」
「でも」
「施設は」
「環境修復するためのものなんでしょう?」
「そうだが」
「だったら」
「五つ直して」
「中央も直したら」
「村の畑も」
「森も」
「水も」
「良くなるかもしれない」
「……」
「それなら」
少年。
古い。
景色。
見る。
「やる意味」
「あるよ」
⸻
ディートリヒ。
十二歳。
少年。
見る。
危険。
古代遺構。
王都なら。
封鎖。
研究。
管理。
そう考える。
だが。
この少年。
違う。
遺跡。
ではない。
道具。
でもない。
この土地。
暮らす。
人。
そのため。
直そうとしている。
「アルフレッド殿」
「はい」
「一つ」
「約束してくれ」
「何ですか?」
「中央中枢には」
「まだ行くな」
「どうして?」
「王国の記録から」
「意図的に消された可能性がある」
「つまり」
「危険だから?」
「それもある」
「だが」
「もっと重要なのは」
「誰かが」
「そこへ辿り着いてほしくなかった」
「可能性がある」
⸻
アルフレッド。
考える。
「分かりました」
ガルド。
驚く。
「早いな」
「怖いから」
「素直でよろしい」
「でも」
アルフレッド。
「五つの塔は」
「直す」
「……」
「そこは譲らねぇのか」
「だって」
「水」
「必要だもん」
「強い」
ヘルマン。
「理由が強い」
⸻
その日の。
調査。
終わる。
地上。
戻る。
ディートリヒ。
光。
目。
細める。
灰色。
森。
荒れた。
土地。
崩れた。
家。
でも。
地下で。
見た。
景色。
重なる。
緑。
川。
町。
「……同じ場所」
ミレナ。
「信じられませんね」
「だが」
「同じだ」
⸻
午後。
第二浄化塔。
三日目。
今日は。
調査官。
来ない。
C―12。
『管理者』
「はい」
『到着遅延』
「第一浄化施設に」
「行ってたの!」
『予定』
『午前八時』
「ごめんなさい!」
ガルド。
「お前」
「機械に謝るの」
「板についてきたな」
⸻
本日。
伝達歯車。
修理。
壊れた。
二枚。
一枚。
破片。
全部。
ある。
もう一枚。
半分。
ない。
「一枚目」
アルフレッド。
「《修繕》できる」
「二枚目」
ヘルマン。
「材料必要」
『保管庫』
『同規格歯車』
『なし』
「また作る?」
『代替部材』
『候補検索』
C―12。
少し。
沈黙。
『候補』
『B―03』
「……」
全員。
B―03。
見る。
『何』
「ビーさん」
アルフレッド。
「歯車」
「持ってる?」
『内部機構』
『複数』
「いや」
「取っちゃ駄目!」
『同意』
「危なかった」
B―03。
『当機』
『分解拒否』
「ちゃんと嫌って言えるようになったね」
『学習』
⸻
『別候補』
C―12。
『旧揚水機』
「それ」
「使ってない?」
『廃棄済』
「よし」
ヘルマン。
立つ。
「取りに行く」
「僕も」
「お前は」
「ここ」
「何で!」
「歯車」
「直す」
「あ」
「仕事あった」
⸻
夕方。
一枚目。
復旧。
二枚目。
代替歯車。
加工途中。
『第二浄化塔』
『回復率――31.2%』
「三十超えた!」
『肯定』
「あと七十!」
『単純計算』
『不適切』
「夢を壊さないで」
⸻
そして。
夜。
調査官たち。
空き家。
ミレナ。
昼。
写した。
施設文字。
並べる。
「……」
「何か」
ディートリヒ。
「分かったか」
「一つ」
「嫌なことが」
「またか」
「第五浄化塔」
「はい」
「施設側の表示では」
「位置情報欠損」
「最終座標――移動」
「そうだった」
「でも」
紙。
一枚。
出す。
「A―07が」
「中央中枢を表示した時」
「一瞬」
「第五の接続線が」
「出ました」
「どこへ?」
「灰境の外です」
「どれくらい」
「分かりません」
「ただ」
「方向は」
指。
地図。
動く。
北。
ではない。
南。
でもない。
王都。
でもない。
「西」
「はい」
「さらに」
「古い国境線を越えている」
⸻
「その先は」
ローデン。
「今の王国領じゃないぞ」
「ええ」
「では」
「第五浄化塔は」
「国外?」
「それだけなら」
「まだいい」
ミレナ。
別。
古い。
地図。
広げる。
「この場所」
ディートリヒ。
見る。
「……海?」
「現在は」
「そうです」
沈黙。
「待て」
「第五浄化塔が」
「海にある?」
「違います」
ミレナ。
「昔の地図では」
「ここに」
「陸地があります」
⸻
ディートリヒ。
顔。
上げる。
「つまり」
「第五浄化塔が移動したのではなく」
「……」
「土地の方が」
「なくなった?」
「可能性の一つです」
部屋。
静か。
なる。
外。
灰境。
風。
吹く。
⸻
同じ頃。
第一浄化施設。
誰も。
いない。
操作盤。
自動。
起動。
『第二浄化塔』
『回復率――31.2%』
『管理網』
『部分再接続』
『旧地形情報』
『復元開始』
地図。
広がる。
現在。
海。
場所。
そこへ。
古い。
輪郭。
浮かぶ。
島。
ではない。
もっと。
大きい。
土地。
『第五浄化塔』
『最終固定座標』
『照合』
表示。
一瞬。
止まる。
『座標領域』
『現存せず』
さらに。
もう一行。
『喪失原因』
『記録封鎖』
青い光。
明滅。
『封鎖権限』
『中央管理者』
そして。
最後。
『封鎖実行者』
『――アルフ――』
文字。
途切れる。
暗転。
⸻
第50話 消された名前 了




