山から来た水
第二章 灰境
第44話 山から来た水
前書き
変化には、
音があります。
壊れる音。
始まる音。
そして。
長い間止まっていたものが、
再び動き始める音。
その音が、
良い知らせなのか。
悪い知らせなのか。
分かるのは、
たいてい少し後なのです。
⸻
翌朝。
アルフレッドが目を覚ました時。
最初に見えたのは、
天井だった。
「……」
古い。
木。
梁。
マルタの家。
「朝?」
「昼前だよ」
「えっ」
身体。
起こそうとする。
「寝てな」
マルタ。
即座。
「でも」
「寝てな」
「もう大丈夫」
「誰が決めた?」
「……マルタさん」
「分かってるじゃないか」
アルフレッド。
諦める。
再び。
枕。
「みんなは?」
「働いてる」
「井戸は?」
「まだある」
「水は?」
「ある」
「エーナナは?」
「外」
「ビーさんは?」
「外」
「セルマは?」
「外」
「……僕だけ?」
「寝てる」
「領主なのに」
「領主だからだよ」
⸻
マルタ。
薬草。
刻む。
「昨日」
「倒れたんだろ」
「倒れてはいません」
「ガルドが受け止めたから」
「それを倒れたって言うんだよ」
「……はい」
「頭は?」
「少し重い」
「吐き気」
「ない」
「手」
アルフレッド。
開く。
閉じる。
「動く」
「目」
「見える」
「食欲」
「あります」
「それは結構」
「じゃあ起きて」
「駄目」
「食欲関係なかった……」
⸻
外。
村。
昨日まで。
少し違う。
井戸。
水位。
低い。
だが。
水。
透明。
朝一番。
A―07。
測定。
『侵食因子濃度』
『前日夕刻比――さらに低下』
ノエル。
帳面。
「飲用は?」
『煮沸後――可』
「生では?」
『非推奨』
「では」
「昨日と同じです」
村人。
頷く。
不満。
ない。
水。
使える。
それだけで。
大きい。
⸻
「一人二杯!」
エッダ。
「朝の分!」
「子どもから!」
「仕事組は水袋を持って!」
リーナ。
小さな。
木杯。
両手。
「昨日より少ない」
「我慢」
「分かってる」
飲む。
「……普通」
「普通?」
「灰の味しない」
母。
少し。
笑う。
「それが普通なのよ」
⸻
村。
西。
柵。
B―03。
立つ。
巨大。
身体。
村人。
もう。
少し。
慣れた。
「ビーさん!」
子ども。
一人。
『確認』
「ここ持って!」
木材。
『了解』
ひょい。
「うわ!」
「軽そう!」
『重量――軽微』
「俺ら三人で運んだんだけど」
ベルン。
「古代の機械」
「便利すぎないか?」
ヘルマン。
「でも」
「家には入れんぞ」
「床抜ける」
『注意事項として登録』
「登録するのかよ」
⸻
A―07。
井戸。
水。
測る。
その横。
セルマ。
立つ。
今日は。
杖。
なし。
「歩けるようになったのか」
グレゴール。
「短い距離なら」
「傷は?」
「マルタ様から」
「許可をいただいております」
「本当か?」
「……家の周辺まで」
「ここ井戸だぞ」
「家の周辺です」
「お前」
「領主様に似てきたな」
「それは」
「困ります」
「そこまで嫌がる?」
後ろ。
声。
「本人に聞かせたら」
「落ち込むぞ」
セルマ。
少し。
口元。
緩む。
⸻
その時。
A―07。
突然。
顔。
北。
向ける。
『検知』
セルマ。
反応。
「何ですか?」
『水音』
「水?」
グレゴール。
耳。
澄ます。
何も。
聞こえない。
「俺には」
『距離――推定三千七百』
「三千七百?」
「何が?」
『大量流水』
A―07。
北。
指す。
『山側』
⸻
数分後。
ガルド。
ノエル。
バルド。
集まる。
「川か?」
ガルド。
『既存河川位置と不一致』
「じゃあ何だ」
『不明』
「昨日から」
「不明ばっかりですね」
ノエル。
『謝罪』
「責めているわけではありません」
『了解』
バルド。
北。
山。
見る。
「水の音」
「昔」
「聞いたことがある」
全員。
老人。
見る。
「いつ?」
「子どもの頃じゃ」
「五十年くらい前?」
「もう少し前じゃ」
「何があった?」
「大雨」
バルド。
「三日三晩」
「降った」
「山から」
「水が出た」
「川じゃない」
「岩の間から」
「大量に」
「湧いた」
ノエル。
すぐ。
「場所は?」
「北の古道」
「今は使わん道じゃ」
「どうして?」
「崩れた」
「それに」
老人。
顔。
少し。
険しくなる。
「昔から」
「あの山へ」
「近づくなと言われておった」
⸻
「理由は?」
「知らん」
「知らない?」
「わしが子どもの頃には」
「もう」
「そう言われておった」
「誰に?」
「爺さんじゃ」
「その爺さんは」
「誰に聞いた?」
「知らん」
ガルド。
「つまり」
「何世代も前から」
「近づくなって場所」
「そうじゃ」
「そこから」
「昨日」
「水が出始めた?」
『可能性――高』
A―07。
⸻
「アル坊には」
「まだ言うな」
ガルド。
「寝てる」
マルタ。
いつの間にか。
後ろ。
「起きたら?」
「寝かせろ」
「無理だね」
「なんでだ」
「もう起きてる」
全員。
振り返る。
マルタの家。
扉。
少し。
開く。
アルフレッド。
顔。
半分。
「……」
「アル坊」
「……」
「何してる」
「外の空気を」
「嘘つけ」
「水って聞こえた」
「耳だけ元気だな!」
⸻
「戻れ!」
「でも」
「戻れ!」
「話だけ」
「寝ながら聞け!」
「それなら」
「いい?」
「よくねえ!」
しかし。
結局。
話し合い。
マルタの家。
移動。
アルフレッド。
寝台。
その周囲。
大人。
集まる。
「これ」
「僕の家みたいになってない?」
「領主館が壊れてるからね」
マルタ。
「直したら?」
「追い出す」
「そんな」
⸻
「山から」
「水」
アルフレッド。
聞く。
「第二浄化塔?」
ノエル。
頷く。
「可能性は高いです」
「昨夜」
「第二浄化塔へ」
「緊急排圧が始まりました」
「そのあと」
「水が出た」
「位置は?」
「おおよそ」
「一致します」
「じゃあ」
「第二浄化塔」
「動いたんだ」
「一部は」
ノエル。
「ただし」
「応答はありません」
「エーナナ」
『確認』
「第二浄化塔って」
「何をするところ?」
『記録検索』
一瞬。
『第二浄化塔』
『主機能――』
音。
乱れる。
『生活水系』
『地下貯水』
『水圧調整』
「水?」
『肯定』
「第一は?」
『浄化統括』
「第四は?」
『下層汚染隔離』
「じゃあ」
アルフレッド。
起き上がろうとする。
マルタ。
押す。
「寝たまま」
「はい」
「第二を直したら」
「井戸の水」
「戻せるかも?」
『可能性あり』
「行こう」
「駄目」
全員。
同時。
「まだ最後まで」
「言ってない!」
「行こうだろ」
ガルド。
「……はい」
⸻
「今日は」
ノエル。
「調査だけです」
「誰が?」
「私」
「ガルド隊長」
「A―07」
「グレゴール」
「それと」
「村の地形を知る者」
バルド。
「わしが」
「駄目だ」
ガルド。
「脚」
「若い者より」
「道を知っとる」
「七十年前の道だろ」
「地形は」
「そう変わらん」
「崩れてるって」
「言ったの爺さんだぞ」
「……」
「ベルン」
「俺?」
「行け」
「はい」
⸻
アルフレッド。
不満。
顔。
「僕」
「領主なのに」
「留守番?」
「療養」
マルタ。
「留守番」
セルマ。
「療養」
「二票」
ガルド。
「療養」
「三票」
「ノエルさん」
「療養です」
「四票」
「エーナナ」
『療養推奨』
「五票……」
「ビーさん」
『療養推奨』
「六票」
アルフレッド。
布団。
引く。
「多数決って」
「こういう時」
「嫌だ」
⸻
昼前。
調査隊。
村。
出る。
ガルド。
ノエル。
グレゴール。
ベルン。
A―07。
五人。
北。
古道。
進む。
村から。
少し。
離れる。
景色。
変わる。
木。
太い。
岩。
多い。
道。
ほとんど。
消える。
「これ」
「道だったのか?」
ベルン。
「石」
グレゴール。
「見ろ」
苔。
下。
平たい。
石。
規則的。
並ぶ。
「舗装されてた?」
ノエル。
しゃがむ。
「かなり古い」
「でも」
「人工物です」
⸻
さらに。
進む。
水音。
人間にも。
聞こえる。
ざああああ……。
「本当に」
「水だ」
ガルド。
坂。
上。
登る。
そして。
木々。
抜ける。
「……なんだ」
ベルン。
足。
止まる。
山肌。
巨大な。
石壁。
半分。
岩。
埋まる。
中央。
割れ目。
そこから。
水。
大量。
流れ出している。
滝。
ほどではない。
でも。
小川。
一本。
作るには。
十分。
「昨日まで」
「なかったんだよな?」
ガルド。
「村から」
「見えなかっただけでは?」
ノエル。
地面。
見る。
「いいえ」
「この水路」
「新しい」
泥。
削れ。
草。
倒れる。
水。
通った。
ばかり。
⸻
「エーナナ」
『確認』
「第二浄化塔?」
A―07。
石壁。
近づく。
青い。
瞳。
走査。
『構造照合』
『……』
『第二浄化塔』
「当たり」
「入口は?」
『正面搬入口』
「どこだ」
A―07。
水。
流れ出す。
割れ目。
指す。
『あちら』
「……水の中?」
『肯定』
「入れねえだろ」
『現状』
『困難』
⸻
「別の入口」
『保守口検索』
A―07。
歩く。
右。
山肌。
草。
苔。
手。
払う。
金属。
「ここ」
『補助保守口』
ガルド。
「開く?」
『管理者権限必要』
「アル坊」
「必要か」
『暫定管理者認証』
『または』
「または?」
『保守個体による』
『緊急開放』
「お前?」
『可能』
「なら」
「開けろ」
『警告』
「何だ」
『内部』
『生体反応――なし』
「それは」
「いいだろ」
『保守個体反応――一』
「……」
ガルド。
A―07。
見る。
「仲間?」
『識別不能』
「昨日」
「起動したやつか」
『可能性』
「敵?」
『不明』
「またそれか」
⸻
「開ける?」
ベルン。
槍。
握る。
「いや」
ガルド。
止める。
「今日は調査」
「アル坊に」
「そう言った」
「珍しい」
「何がだ」
「隊長が」
「約束守るなんて」
「俺は守る!」
「アル坊と一緒にするな!」
⸻
ノエル。
石壁。
記録。
寸法。
水量。
周辺。
見る。
「隊長」
「何だ」
「これ」
水。
流れ。
脇。
何か。
引っかかる。
灰色。
糸。
「菌糸」
グレゴール。
弓。
構える。
だが。
動かない。
水。
流され。
外。
出てきた。
「第二浄化塔も」
「侵食されてる」
ノエル。
「可能性が高いですね」
「水」
「村へ流れてないよな?」
「地形上」
「このままなら」
「東へ」
「村とは逆です」
「なら」
「触るな」
「帰るぞ」
⸻
その時。
どん。
全員。
止まる。
山。
中。
音。
どん。
もう一度。
「何だ」
ベルン。
『内部衝撃』
A―07。
「さっきの保守個体?」
『可能性』
どん。
石壁。
わずか。
震える。
水。
揺れる。
「出ようとしてる?」
ノエル。
『可能性』
「じゃあ」
ガルド。
「なおさら帰る」
「村」
「備えるぞ」
⸻
その頃。
村。
アルフレッド。
寝台。
「……」
目。
開いている。
「寝てください」
セルマ。
「寝られない」
「目を閉じてください」
「眠くない」
「昨日」
「私に」
「休むのも仕事だと言いましたね」
「言った」
「今」
「仕事中です」
「……」
「休んでください」
「セルマ」
「はい」
「なんか」
「強くなったね」
「誰のせいでしょう」
「僕?」
「はい」
「……ごめん」
「謝るところではありません」
⸻
「セルマは」
アルフレッド。
天井。
見る。
「これから」
「何したい?」
「何を?」
「傷」
「治ったら」
「ここで」
「何したい?」
セルマ。
黙る。
「分かりません」
「そっか」
「奴隷に」
「何をしたいか」
「聞く人はいませんでした」
アルフレッド。
セルマ。
見る。
「じゃあ」
「ゆっくり」
「考えればいいよ」
「……はい」
「畑でも」
「木工でも」
「料理でも」
「剣でも」
「狩りでも」
「何でも」
「できるもの」
「探そう」
「剣」
セルマ。
小さく。
言う。
「え?」
「剣は」
「昔」
「少し」
「習いました」
アルフレッド。
目。
丸い。
「セルマ」
「剣使えるの?」
「使えました」
左手。
見る。
「今は」
「分かりません」
「右腕」
「ないから?」
「はい」
「じゃあ」
「左で」
「練習したら?」
セルマ。
アルフレッド。
見る。
「簡単に言いますね」
「難しい?」
「とても」
「じゃあ」
「ゆっくり」
「やればいい」
「……」
「経験」
「積めば」
「少しずつ」
「できること」
「増えると思う」
セルマ。
その言葉。
胸。
残る。
「経験……」
⸻
夕方。
調査隊。
戻る。
「アル坊!」
ガルド。
マルタの家。
入る。
「起きてるか!」
「起きてる」
「寝てろ!」
「報告しに来たのに!?」
「寝たまま聞け!」
⸻
地図。
広げる。
「第二浄化塔」
「見つけた」
「やっぱり!」
「水」
「出てる」
「井戸と関係は?」
「まだ分からん」
「中には?」
「入ってない」
アルフレッド。
意外。
顔。
「入らなかったの?」
「何だその顔」
「ガルドさんなら」
「ちょっと見るくらい」
「お前じゃねえんだぞ!」
「……」
「いや」
「ちょっとだけ」
「考えた」
「やっぱり」
「うるせえ」
⸻
「それと」
ノエル。
「内部に」
「保守個体が一体」
「反応しています」
「エーナナみたいな?」
「可能性はあります」
「名前は?」
「不明」
「動いてる?」
「おそらく」
「外へ出ようとしているような」
「衝撃音がありました」
アルフレッド。
少し。
考える。
「閉じ込められてる?」
「敵かもしれん」
ガルド。
「菌糸」
「外へ出てた」
「侵食されてる可能性もある」
「じゃあ」
「先に《清掃》?」
「中へ入れたらな」
「明日?」
「明日は」
ガルド。
地図。
指。
「まず」
「水の流れを調べる」
「第二浄化塔へ」
「入るのは」
「その後だ」
「僕も?」
「体調次第」
「じゃあ」
「今日」
「いっぱい寝る」
「最初からそうしろ!」
⸻
夜。
村。
静か。
アルフレッド。
今度こそ。
眠る。
セルマ。
窓。
外。
見る。
左手。
木の棒。
握る。
マルタ。
「何してるんだい」
「……」
「剣の代わりです」
「傷」
「開くよ」
「振りません」
「握るだけです」
「なら」
「少しだけ」
セルマ。
棒。
握る。
右手。
ない。
重心。
違う。
姿勢。
違う。
昔。
習った。
構え。
できない。
「……」
でも。
左。
一本。
ある。
それなら。
そこから。
始めればいい。
⸻
同じ頃。
第二浄化塔。
最深部。
水。
腰ほど。
満ちる。
C―12。
立つ。
四脚。
床。
踏む。
どん。
『出口――閉鎖』
頭部。
青。
赤。
交互。
明滅。
『保守命令――』
『復旧』
『侵食命令――』
『排除』
『保守命令――』
『管理者保護』
『侵食命令――』
『管理者――排除』
身体。
震える。
菌糸。
装甲。
入り込む。
『矛盾』
『矛盾』
『矛盾』
前脚。
壁。
叩く。
どん。
『管理者――』
青。
『保護』
赤。
『殺害』
青。
『保護』
赤。
『殺害』
そして。
C―12。
突然。
動き。
止まる。
頭。
上。
向ける。
遠く。
第一浄化施設。
方向。
『暫定管理者』
『信号――検知』
アルフレッド。
登録された。
保守波形。
ほんの。
微か。
届いている。
C―12。
青い瞳。
強く。
光る。
『管理者』
『……救援……』
菌糸。
脈打つ。
赤。
再び。
混ざる。
『管理者』
『……来るな……』
相反する。
二つの言葉。
誰にも。
届かない。
第二浄化塔。
暗闇。
響く。
⸻
第44話 山から来た水 了




