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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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37/53

壁の向こうの父



前書き


助けたい。


その気持ちだけでは、


人を助けられないことがあります。


力が足りない。


道具が足りない。


時間が足りない。


けれど。


一人では足りないものも、


十人なら、


足りることがあります。


⸻


 ガルドたちが村へ戻ったのは、日が西へ傾き始めた頃だった。


「帰ってきた!」


 見張り台から声が飛ぶ。


 その声を聞いた瞬間。


 広場で薪を束ねていたフィンが立ち上がった。


 持っていた縄が、ぱさりと地面へ落ちる。


「父さんは!?」


 誰よりも早く走った。


「父さん、いた!?」


「フィン!」


 クララが止めるより早く、少年は村の入口まで駆けていく。


 そこへ。


 ガルド。


 ベルン。


 マルク。


 そしてA―07。


 四人が姿を現した。


 誰も担架を持っていない。


 フィンの足が止まった。


「……父さんは?」


 ガルドが少年の前へ歩く。


「見つけた」


「!」


「生きてる」


 フィンの顔が一気に変わった。


「本当!?」


「ああ」


「話した!?」


「声は届かなかった」


「じゃあ、どうして父さんって分かったの?」


「壁を叩いて確認した」


「三回?」


「ああ」


 フィンの目に涙が浮かぶ。


「父さんだ……」


「たぶんな」


「絶対そうだよ!」


「フィン」


 ガルドは少年の肩へ手を置いた。


「まだ助け出せてねえ」


「……え?」


「出口が土砂で埋まってる」


「でも」


「二十六メートル先にいる」


「二十六?」


「ああ」


「そんなに近いなら!」


「近いから簡単とは限らねえ」


 ガルドの声が低くなる。


「無理に掘れば、崩れる」


「ラウルごとな」


 フィンの顔から笑顔が消えた。


「……じゃあ」


「明日助ける」


 ガルドは即答した。


「そのために帰ってきた」


⸻


「生きていた!?」


 アルフレッドは領主館から飛び出してきた。


「本当に!?」


「落ち着け!」


「怪我は!?」


「歩けない」


「食べ物は!?」


「送った」


「水は!?」


「向こうにある」


「他の人は!?」


「一人だ」


「じゃあ残り三人は!?」


「アル坊!」


 ガルドが少年の頭を掴む。


「一個ずつ聞け!」


「ご、ごめんなさい」


「息しろ」


「してる!」


「ならいい」


「よくないよ!」


「どっちだ!」


 そのやり取りに。


 張り詰めていた空気が、ほんの少し緩んだ。


⸻


 すぐに村の中央へ人が集められた。


 地面。


 グレゴールが枝で簡単な地図を描く。


「村がここ」


 一本線。


「北西」


「鹿岩」


「炭焼き小屋跡」


「谷」


 さらに。


「ここ」


 小さな丸。


「排水口」


「どれくらい埋まってる?」


 エッダが尋ねる。


「ほとんどだ」


 ガルドが答える。


「A―07」


『閉塞率――94.6%』


「数字で言われても分からないわ」


『ほぼ埋没』


「最初からそう言って」


『了解』


 A―07。


 最近。


 少しずつ村人への説明を学んでいた。


⸻


「土だけ?」


 エッダ。


「いや」


「岩もある」


「大きさは?」


「最大でこれくらい」


 ガルドが両腕を広げる。


「人力で動かせる?」


「数人なら」


「ただし」


 ベルンが続ける。


「問題は上」


「上?」


「根っこが絡んでる」


「土砂の上に木が生えてるんだ」


「切ったら?」


「崩れるかもしれない」


「切らなくても?」


「掘れば崩れるかもしれない」


 沈黙。


「面倒ね」


 エッダが呟く。


「ああ」


「でも」


 エッダは地図を見る。


「できないとは言ってない」


 ガルドが。


 少し笑った。


「そういう答えを待ってた」


⸻


「支柱がいる」


 エッダ。


「太いもの」


「何本?」


「最低六本」


「できれば八本」


「横木も」


「縄」


「板」


「滑車は?」


 ヘルマンが尋ねる。


「ある?」


「小さいのが二つ」


「使える?」


「直せば」


 一斉に。


 視線。


 アルフレッド。


「……」


「アル坊」


 ガルド。


「何も言ってないよ」


「顔」


「また!?」


「直せるか?」


 アルフレッドの表情が変わる。


「見せて」


⸻


 古い滑車。


 二つ。


 昔。


 井戸で使われていたものだった。


 木製の輪。


 金属軸。


 片方。


 完全に固着。


 もう片方。


 軸が歪んでいる。


「これなら」


 アルフレッドが触れる。


「待て」


 ガルド。


「体調」


「元気」


「頭」


「痛くない」


「吐き気」


「ない」


「手足」


「動く」


「睡眠」


「ちゃんと寝た」


「飯」


「食べた」


「よし」


「最近、僕より僕の体調知ってない?」


「知りたくて知ってるんじゃねえ」


⸻


「《清掃》」


 最初。


 泥。


 錆。


 古い油。


 落とす。


 次。


「《修繕》」


 淡い光。


 軸。


 ぎ。


 ぎぎ。


 歪みが戻る。


 割れていた木製輪。


 繊維が繋がる。


「一個」


 アルフレッドが手を離す。


「休め」


「まだ一個だよ?」


「五分」


「二個目やってから」


「先」


「……」


「ガルドさん」


「何だ」


「僕、領主」


「知ってる」


「命令できる?」


「できる」


「じゃあ」


「二個目を――」


「却下」


「なんで!?」


「俺は開拓局の人間だからな」


「ずるい!」


「覚えとけ」


「世の中には権限ってもんがある」


 ノエルが。


 横から静かに言った。


「非常に重要な知識です」


「ノエルさんまで!」


⸻


 五分後。


 二個目も修復。


「回してみろ」


 ヘルマン。


 ベルンが縄を通す。


 引く。


 からからから。


 滑らかに回る。


「おお」


「新品みたい」


 村人から声。


 アルフレッド。


 少し得意げ。


「僕のスキル」


「役に立つでしょう?」


「ああ」


 ガルド。


 普通に頷く。


「でも」


「これだけじゃラウルは助からん」


「……うん」


 アルフレッドも。


 滑車を見る。


「縄を作る人」


「木を切る人」


「運ぶ人」


「道を知ってる人」


「掘る人」


「支える人」


「怪我した時に治す人」


 そして。


「僕一人じゃ」


「全然足りない」


「そういうことだ」


 ガルド。


「領主ってのは」


「一番強い奴じゃなくてもいい」


「じゃあ何?」


「知らん」


「そこは教えてよ!」


「俺は領主やったことねえ!」


⸻


「でも」


 バルドが。


 杖をつきながら近づいてきた。


「一つだけ言える」


「なんですか?」


「自分一人で全部できると思っておる領主ほど」


「ろくなものではない」


 アルフレッド。


 少し考える。


「じゃあ」


「できる人にお願いするのも」


「領主の仕事?」


「そうじゃろうな」


「……」


 少年。


 村を見る。


 エッダ。


 木材。


 ヘルマン。


 金具。


 マルタ。


 薬。


 ガルド。


 救助計画。


 グレゴール。


 道。


 ノエル。


 記録。


 ベルンたち。


 護衛。


 そして。


 A―07。


「なんか」


「村って」


「大きな一人の人みたいだね」


「どういう意味じゃ?」


「皆が違うことできるから」


 アルフレッド。


 自分の手を見る。


「手だけじゃ」


「歩けない」


「足だけじゃ」


「物を持てない」


「目だけじゃ」


「何も作れない」


「でも」


「全部あったら」


「いろんなことができる」


 バルドは。


 何も言わず。


 ほんの少し。


 笑った。


⸻


 夕方まで。


 準備は続いた。


 支柱。


 八本。


 横木。


 十二本。


 板材。


 縄。


 滑車。


 鍬。


 つるはし。


 シャベル。


 籠。


 水。


 食料。


 包帯。


 薬。


「多いね」


 リーナ。


「人一人助けるのに」


 エッダ。


 手を止めない。


「人一人だからよ」


「どういうこと?」


「一人しかいないから」


「失敗できないの」


「……そっか」


⸻


 フィンも。


 黙って。


 小さな袋へ。


 何かを入れていた。


「何してるの?」


 アルフレッド。


「父さんの」


「何?」


「これ」


 袋。


 中。


 干した豆。


「好きなやつ?」


「うん」


「でも」


「マルタさんが薄いスープって」


「分かってる」


「じゃあ?」


「持って帰る」


「父さんと」


「一緒に食べる」


 アルフレッド。


 少し笑う。


「それがいいね」


⸻


 夜。


 救助隊の編成が決まった。


 ガルド。


 ベルン。


 マルク。


 エッダ。


 ヘルマン。


 村の男。


 四人。


 A―07。


 計九人と一体。


「僕は?」


「留守番」


「……」


「不満か」


「かなり」


「でも?」


「……必要なものは」


「もう直した」


「うん」


「現場は危険」


「うん」


「俺たちは」


「ラウルを連れて帰る」


「……うん」


「お前は?」


「帰ってくる場所を」


「守る」


 ガルド。


 にやり。


「分かってんじゃねえか」


⸻


 翌朝。


 空。


 曇り。


「雨」


 グレゴールが。


 空を見る。


「降るか?」


「昼過ぎ」


「まずい?」


 アルフレッド。


「ああ」


 土砂。


 雨。


 最悪の組み合わせ。


「急ぐぞ」


 ガルド。


「でも焦るな」


「どっちです?」


 ベルン。


「急いで」


「焦らない」


「無茶言うなぁ」


「仕事なんてそんなもんだ」


⸻


 救助隊。


 出発。


「父さん」


 フィンが。


 小さく呟く。


「待ってて」


⸻


 谷。


 午前。


 岩壁。


「ラウル!」


 ガルド。


 ごん。


 ごん。


 ごん。


 返事。


 こん。


 こん。


 こん。


「生きてる」


「始めるぞ!」


⸻


 まず。


 上部。


 確認。


 A―07。


 走査。


『根系――複数』


『岩盤――不安定』


『推奨掘削位置』


 青い光。


 壁。


 一本。


 線を描く。


「ここから?」


 エッダ。


『肯定』


「人一人分だけ」


『推奨』


「広げすぎない」


『崩落確率上昇』


「分かった」


⸻


 掘る。


 土。


 籠。


 運ぶ。


 また。


 掘る。


「支柱!」


「一本!」


 どん。


 木。


「横!」


「入れる!」


 槌。


 ごん!


 ごん!


「次!」


⸻


 一時間。


 二時間。


 三時間。


 額。


 汗。


 手。


 泥。


 A―07。


 掘削爪。


 がり。


 がり。


 岩。


『大型岩石』


「滑車!」


 縄。


 巻く。


「引け!」


「せーの!」


 ぎ。


 ぎぎ。


 滑車。


 回る。


 村で。


 アルフレッドが直した。


 二つ。


 今。


 人の命を救うため。


 働いている。


「動いた!」


「もう一回!」


「せーの!」


 岩。


 ずる。


 ずず。


 外。


 落ちる。


「よし!」


⸻


 四時間。


「ガルド!」


 エッダ。


「空気!」


 小さな。


 穴。


 向こう。


 暗闇。


「ラウル!」


 ごん!


 すぐ。


 こん!


「近いぞ!」


 ベルン。


「あと少し!」


 穴。


 広げる。


「待て!」


 エッダ。


「上!」


 ぱら。


 土。


 落ちる。


「止めろ!」


 全員。


 動き。


 止める。


 A―07。


『上部荷重変化』


「崩れる?」


『可能性――高』


「支柱追加!」


⸻


 一本。


 入れる。


「もう一本!」


「ない!」


「八本全部使った!」


「横木!」


「短い!」


「くそっ」


 ガルド。


 穴。


 向こう。


 あと。


 少し。


 だが。


 無理に進めば。


 全部。


 落ちる。


「A―07」


『確認』


「支えられるか?」


『一時的に可能』


「どれくらい」


『推定――』


 沈黙。


『不明』


「やめとけ」


 ガルド。


「お前を柱にする気はねえ」


『探索隊生命保護――第一優先』


「だからだ」


 ガルド。


 銀色の身体を見る。


「お前も探索隊だ」


 A―07。


 青い目。


 一度。


 明滅。


『……了解』


⸻


「戻るか?」


 ベルン。


 悔しそう。


「木材を取りに」


「往復だけで数時間だ」


「雨が来る」


 エッダ。


 空。


 見る。


「時間がない」


⸻


 その時。


 ヘルマンが。


 崩した岩を見る。


「待て」


「何だ」


「これ」


 岩ではない。


 その下。


 埋まっていたもの。


 黒い。


 棒。


「金属?」


 泥を払う。


 太い。


 古い。


 梁。


 A―07。


『施設構造材』


「使える?」


『損傷――軽微』


 ヘルマン。


 笑う。


「使える」


「一本?」


「掘れ!」


「この周り!」


⸻


 二本。


 三本。


 昔。


 排水口を支えていた。


 金属梁。


「これなら」


 エッダ。


 叩く。


 音。


「木より強い」


「エーナナ!」


『設置位置提示』


 青い線。


「ここ!」


「持て!」


 重い。


「滑車!」


 また。


 アルフレッドの滑車。


「上げろ!」


⸻


 一本。


 入る。


 二本。


 入る。


 横。


 固定。


 ヘルマン。


 金具。


 叩く。


「これで?」


 エッダ。


 土。


 見る。


「……いける」


「本当か?」


「絶対なんて言わない」


「でも」


「さっきよりずっといい」


 ガルド。


 剣。


 置く。


 シャベル。


 持つ。


「なら」


「掘るぞ」


⸻


 五時間。


 穴。


 肩幅。


 広がる。


 向こう。


 暗闇。


 そして。


「……おい」


 声。


 全員。


 止まる。


「聞こえるか……?」


 生の。


 声。


「ラウル!」


 ガルド。


「聞こえるぞ!」


「……遅ぇよ」


「悪かったな!」


「こっちは」


「十一日」


「待ってんだ……」


「文句言えるなら元気だ!」


「……馬鹿野郎」


 声。


 震えている。


⸻


 最後。


 板。


 外す。


 土。


 掻く。


 穴。


 人。


 一人。


 通れる。


「見えた!」


 ベルン。


 暗闇。


 奥。


 男。


 壁へ。


 もたれている。


 髭。


 伸び。


 頬。


 痩せ。


 左脚。


 動かない。


 だが。


 生きている。


「……本当に」


 ラウル。


 目。


 細める。


「来やがった」


「当たり前だ」


 ガルド。


 穴。


 くぐる。


「息子が待ってる」


 ラウル。


 顔。


 歪む。


「フィン」


「ああ」


「……元気か」


「生意気だ」


「そうか」


「お前に似てな」


「……そうか」


 笑う。


 泣く。


 どちらか。


 分からない。


 顔。


⸻


「立てるか」


「無理」


「分かってる」


「聞くな」


「念のためだ」


「面倒な奴だな」


「よく言われる」


 ガルド。


 ラウルの腕。


 肩へ。


「帰るぞ」


 その時。


 ラウルが。


 ガルドの腕を掴んだ。


「待て」


「何だ」


「俺だけじゃない」


 全員。


 動き。


 止まる。


「三人は別れたんじゃ?」


「ああ」


「でも」


 ラウル。


 暗い。


 通路。


 奥を見る。


「昨日」


「聞いた」


「何を」


「音」


「三回?」


「違う」


 ラウル。


 首。


 振る。


「もっと」


「でかい」


 ごん。


「最初」


「一回」


 ごん。


「少しして」


「もう一回」


 ごん。


「それから」


 沈黙。


「地面が」


「揺れた」


 ガルドの表情が変わる。


「どこから」


 ラウル。


 指。


 地下。


「下だ」


⸻


 A―07。


 青い目。


 突然。


 強く光る。


『警告』


「何だ!」


『地下振動検知』


『震源――施設深部』


「今?」


『肯定』


 ご……


 微か。


 足元。


 揺れる。


「地震?」


 ベルン。


『否定』


『周期性あり』


「じゃあ何だ」


 A―07。


 数秒。


 沈黙。


『施設記録照合』


『該当設備――』


 音声。


 乱れる。


『第四浄化塔』


 全員。


 言葉。


 止まる。


『状態――侵食』


⸻


 ごん。


 地下。


 何かが。


 叩いた。


 まるで。


 巨大な扉の向こうから。


 誰かが。


 外へ出ようとしているように。


⸻


第37話 壁の向こうの父 了

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