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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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壁の向こうの父



前書き


助けたい。


その気持ちだけでは、


人を助けられないことがあります。


力が足りない。


道具が足りない。


時間が足りない。


けれど。


一人では足りないものも、


十人なら、


足りることがあります。



 ガルドたちが村へ戻ったのは、日が西へ傾き始めた頃だった。


「帰ってきた!」


 見張り台から声が飛ぶ。


 その声を聞いた瞬間。


 広場で薪を束ねていたフィンが立ち上がった。


 持っていた縄が、ぱさりと地面へ落ちる。


「父さんは!?」


 誰よりも早く走った。


「父さん、いた!?」


「フィン!」


 クララが止めるより早く、少年は村の入口まで駆けていく。


 そこへ。


 ガルド。


 ベルン。


 マルク。


 そしてA―07。


 四人が姿を現した。


 誰も担架を持っていない。


 フィンの足が止まった。


「……父さんは?」


 ガルドが少年の前へ歩く。


「見つけた」


「!」


「生きてる」


 フィンの顔が一気に変わった。


「本当!?」


「ああ」


「話した!?」


「声は届かなかった」


「じゃあ、どうして父さんって分かったの?」


「壁を叩いて確認した」


「三回?」


「ああ」


 フィンの目に涙が浮かぶ。


「父さんだ……」


「たぶんな」


「絶対そうだよ!」


「フィン」


 ガルドは少年の肩へ手を置いた。


「まだ助け出せてねえ」


「……え?」


「出口が土砂で埋まってる」


「でも」


「二十六メートル先にいる」


「二十六?」


「ああ」


「そんなに近いなら!」


「近いから簡単とは限らねえ」


 ガルドの声が低くなる。


「無理に掘れば、崩れる」


「ラウルごとな」


 フィンの顔から笑顔が消えた。


「……じゃあ」


「明日助ける」


 ガルドは即答した。


「そのために帰ってきた」



「生きていた!?」


 アルフレッドは領主館から飛び出してきた。


「本当に!?」


「落ち着け!」


「怪我は!?」


「歩けない」


「食べ物は!?」


「送った」


「水は!?」


「向こうにある」


「他の人は!?」


「一人だ」


「じゃあ残り三人は!?」


「アル坊!」


 ガルドが少年の頭を掴む。


「一個ずつ聞け!」


「ご、ごめんなさい」


「息しろ」


「してる!」


「ならいい」


「よくないよ!」


「どっちだ!」


 そのやり取りに。


 張り詰めていた空気が、ほんの少し緩んだ。



 すぐに村の中央へ人が集められた。


 地面。


 グレゴールが枝で簡単な地図を描く。


「村がここ」


 一本線。


「北西」


「鹿岩」


「炭焼き小屋跡」


「谷」


 さらに。


「ここ」


 小さな丸。


「排水口」


「どれくらい埋まってる?」


 エッダが尋ねる。


「ほとんどだ」


 ガルドが答える。


「A―07」


『閉塞率――94.6%』


「数字で言われても分からないわ」


『ほぼ埋没』


「最初からそう言って」


『了解』


 A―07。


 最近。


 少しずつ村人への説明を学んでいた。



「土だけ?」


 エッダ。


「いや」


「岩もある」


「大きさは?」


「最大でこれくらい」


 ガルドが両腕を広げる。


「人力で動かせる?」


「数人なら」


「ただし」


 ベルンが続ける。


「問題は上」


「上?」


「根っこが絡んでる」


「土砂の上に木が生えてるんだ」


「切ったら?」


「崩れるかもしれない」


「切らなくても?」


「掘れば崩れるかもしれない」


 沈黙。


「面倒ね」


 エッダが呟く。


「ああ」


「でも」


 エッダは地図を見る。


「できないとは言ってない」


 ガルドが。


 少し笑った。


「そういう答えを待ってた」



「支柱がいる」


 エッダ。


「太いもの」


「何本?」


「最低六本」


「できれば八本」


「横木も」


「縄」


「板」


「滑車は?」


 ヘルマンが尋ねる。


「ある?」


「小さいのが二つ」


「使える?」


「直せば」


 一斉に。


 視線。


 アルフレッド。


「……」


「アル坊」


 ガルド。


「何も言ってないよ」


「顔」


「また!?」


「直せるか?」


 アルフレッドの表情が変わる。


「見せて」



 古い滑車。


 二つ。


 昔。


 井戸で使われていたものだった。


 木製の輪。


 金属軸。


 片方。


 完全に固着。


 もう片方。


 軸が歪んでいる。


「これなら」


 アルフレッドが触れる。


「待て」


 ガルド。


「体調」


「元気」


「頭」


「痛くない」


「吐き気」


「ない」


「手足」


「動く」


「睡眠」


「ちゃんと寝た」


「飯」


「食べた」


「よし」


「最近、僕より僕の体調知ってない?」


「知りたくて知ってるんじゃねえ」



「《清掃》」


 最初。


 泥。


 錆。


 古い油。


 落とす。


 次。


「《修繕》」


 淡い光。


 軸。


 ぎ。


 ぎぎ。


 歪みが戻る。


 割れていた木製輪。


 繊維が繋がる。


「一個」


 アルフレッドが手を離す。


「休め」


「まだ一個だよ?」


「五分」


「二個目やってから」


「先」


「……」


「ガルドさん」


「何だ」


「僕、領主」


「知ってる」


「命令できる?」


「できる」


「じゃあ」


「二個目を――」


「却下」


「なんで!?」


「俺は開拓局の人間だからな」


「ずるい!」


「覚えとけ」


「世の中には権限ってもんがある」


 ノエルが。


 横から静かに言った。


「非常に重要な知識です」


「ノエルさんまで!」



 五分後。


 二個目も修復。


「回してみろ」


 ヘルマン。


 ベルンが縄を通す。


 引く。


 からからから。


 滑らかに回る。


「おお」


「新品みたい」


 村人から声。


 アルフレッド。


 少し得意げ。


「僕のスキル」


「役に立つでしょう?」


「ああ」


 ガルド。


 普通に頷く。


「でも」


「これだけじゃラウルは助からん」


「……うん」


 アルフレッドも。


 滑車を見る。


「縄を作る人」


「木を切る人」


「運ぶ人」


「道を知ってる人」


「掘る人」


「支える人」


「怪我した時に治す人」


 そして。


「僕一人じゃ」


「全然足りない」


「そういうことだ」


 ガルド。


「領主ってのは」


「一番強い奴じゃなくてもいい」


「じゃあ何?」


「知らん」


「そこは教えてよ!」


「俺は領主やったことねえ!」



「でも」


 バルドが。


 杖をつきながら近づいてきた。


「一つだけ言える」


「なんですか?」


「自分一人で全部できると思っておる領主ほど」


「ろくなものではない」


 アルフレッド。


 少し考える。


「じゃあ」


「できる人にお願いするのも」


「領主の仕事?」


「そうじゃろうな」


「……」


 少年。


 村を見る。


 エッダ。


 木材。


 ヘルマン。


 金具。


 マルタ。


 薬。


 ガルド。


 救助計画。


 グレゴール。


 道。


 ノエル。


 記録。


 ベルンたち。


 護衛。


 そして。


 A―07。


「なんか」


「村って」


「大きな一人の人みたいだね」


「どういう意味じゃ?」


「皆が違うことできるから」


 アルフレッド。


 自分の手を見る。


「手だけじゃ」


「歩けない」


「足だけじゃ」


「物を持てない」


「目だけじゃ」


「何も作れない」


「でも」


「全部あったら」


「いろんなことができる」


 バルドは。


 何も言わず。


 ほんの少し。


 笑った。



 夕方まで。


 準備は続いた。


 支柱。


 八本。


 横木。


 十二本。


 板材。


 縄。


 滑車。


 鍬。


 つるはし。


 シャベル。


 籠。


 水。


 食料。


 包帯。


 薬。


「多いね」


 リーナ。


「人一人助けるのに」


 エッダ。


 手を止めない。


「人一人だからよ」


「どういうこと?」


「一人しかいないから」


「失敗できないの」


「……そっか」



 フィンも。


 黙って。


 小さな袋へ。


 何かを入れていた。


「何してるの?」


 アルフレッド。


「父さんの」


「何?」


「これ」


 袋。


 中。


 干した豆。


「好きなやつ?」


「うん」


「でも」


「マルタさんが薄いスープって」


「分かってる」


「じゃあ?」


「持って帰る」


「父さんと」


「一緒に食べる」


 アルフレッド。


 少し笑う。


「それがいいね」



 夜。


 救助隊の編成が決まった。


 ガルド。


 ベルン。


 マルク。


 エッダ。


 ヘルマン。


 村の男。


 四人。


 A―07。


 計九人と一体。


「僕は?」


「留守番」


「……」


「不満か」


「かなり」


「でも?」


「……必要なものは」


「もう直した」


「うん」


「現場は危険」


「うん」


「俺たちは」


「ラウルを連れて帰る」


「……うん」


「お前は?」


「帰ってくる場所を」


「守る」


 ガルド。


 にやり。


「分かってんじゃねえか」



 翌朝。


 空。


 曇り。


「雨」


 グレゴールが。


 空を見る。


「降るか?」


「昼過ぎ」


「まずい?」


 アルフレッド。


「ああ」


 土砂。


 雨。


 最悪の組み合わせ。


「急ぐぞ」


 ガルド。


「でも焦るな」


「どっちです?」


 ベルン。


「急いで」


「焦らない」


「無茶言うなぁ」


「仕事なんてそんなもんだ」



 救助隊。


 出発。


「父さん」


 フィンが。


 小さく呟く。


「待ってて」



 谷。


 午前。


 岩壁。


「ラウル!」


 ガルド。


 ごん。


 ごん。


 ごん。


 返事。


 こん。


 こん。


 こん。


「生きてる」


「始めるぞ!」



 まず。


 上部。


 確認。


 A―07。


 走査。


『根系――複数』


『岩盤――不安定』


『推奨掘削位置』


 青い光。


 壁。


 一本。


 線を描く。


「ここから?」


 エッダ。


『肯定』


「人一人分だけ」


『推奨』


「広げすぎない」


『崩落確率上昇』


「分かった」



 掘る。


 土。


 籠。


 運ぶ。


 また。


 掘る。


「支柱!」


「一本!」


 どん。


 木。


「横!」


「入れる!」


 槌。


 ごん!


 ごん!


「次!」



 一時間。


 二時間。


 三時間。


 額。


 汗。


 手。


 泥。


 A―07。


 掘削爪。


 がり。


 がり。


 岩。


『大型岩石』


「滑車!」


 縄。


 巻く。


「引け!」


「せーの!」


 ぎ。


 ぎぎ。


 滑車。


 回る。


 村で。


 アルフレッドが直した。


 二つ。


 今。


 人の命を救うため。


 働いている。


「動いた!」


「もう一回!」


「せーの!」


 岩。


 ずる。


 ずず。


 外。


 落ちる。


「よし!」



 四時間。


「ガルド!」


 エッダ。


「空気!」


 小さな。


 穴。


 向こう。


 暗闇。


「ラウル!」


 ごん!


 すぐ。


 こん!


「近いぞ!」


 ベルン。


「あと少し!」


 穴。


 広げる。


「待て!」


 エッダ。


「上!」


 ぱら。


 土。


 落ちる。


「止めろ!」


 全員。


 動き。


 止める。


 A―07。


『上部荷重変化』


「崩れる?」


『可能性――高』


「支柱追加!」



 一本。


 入れる。


「もう一本!」


「ない!」


「八本全部使った!」


「横木!」


「短い!」


「くそっ」


 ガルド。


 穴。


 向こう。


 あと。


 少し。


 だが。


 無理に進めば。


 全部。


 落ちる。


「A―07」


『確認』


「支えられるか?」


『一時的に可能』


「どれくらい」


『推定――』


 沈黙。


『不明』


「やめとけ」


 ガルド。


「お前を柱にする気はねえ」


『探索隊生命保護――第一優先』


「だからだ」


 ガルド。


 銀色の身体を見る。


「お前も探索隊だ」


 A―07。


 青い目。


 一度。


 明滅。


『……了解』



「戻るか?」


 ベルン。


 悔しそう。


「木材を取りに」


「往復だけで数時間だ」


「雨が来る」


 エッダ。


 空。


 見る。


「時間がない」



 その時。


 ヘルマンが。


 崩した岩を見る。


「待て」


「何だ」


「これ」


 岩ではない。


 その下。


 埋まっていたもの。


 黒い。


 棒。


「金属?」


 泥を払う。


 太い。


 古い。


 梁。


 A―07。


『施設構造材』


「使える?」


『損傷――軽微』


 ヘルマン。


 笑う。


「使える」


「一本?」


「掘れ!」


「この周り!」



 二本。


 三本。


 昔。


 排水口を支えていた。


 金属梁。


「これなら」


 エッダ。


 叩く。


 音。


「木より強い」


「エーナナ!」


『設置位置提示』


 青い線。


「ここ!」


「持て!」


 重い。


「滑車!」


 また。


 アルフレッドの滑車。


「上げろ!」



 一本。


 入る。


 二本。


 入る。


 横。


 固定。


 ヘルマン。


 金具。


 叩く。


「これで?」


 エッダ。


 土。


 見る。


「……いける」


「本当か?」


「絶対なんて言わない」


「でも」


「さっきよりずっといい」


 ガルド。


 剣。


 置く。


 シャベル。


 持つ。


「なら」


「掘るぞ」



 五時間。


 穴。


 肩幅。


 広がる。


 向こう。


 暗闇。


 そして。


「……おい」


 声。


 全員。


 止まる。


「聞こえるか……?」


 生の。


 声。


「ラウル!」


 ガルド。


「聞こえるぞ!」


「……遅ぇよ」


「悪かったな!」


「こっちは」


「十一日」


「待ってんだ……」


「文句言えるなら元気だ!」


「……馬鹿野郎」


 声。


 震えている。



 最後。


 板。


 外す。


 土。


 掻く。


 穴。


 人。


 一人。


 通れる。


「見えた!」


 ベルン。


 暗闇。


 奥。


 男。


 壁へ。


 もたれている。


 髭。


 伸び。


 頬。


 痩せ。


 左脚。


 動かない。


 だが。


 生きている。


「……本当に」


 ラウル。


 目。


 細める。


「来やがった」


「当たり前だ」


 ガルド。


 穴。


 くぐる。


「息子が待ってる」


 ラウル。


 顔。


 歪む。


「フィン」


「ああ」


「……元気か」


「生意気だ」


「そうか」


「お前に似てな」


「……そうか」


 笑う。


 泣く。


 どちらか。


 分からない。


 顔。



「立てるか」


「無理」


「分かってる」


「聞くな」


「念のためだ」


「面倒な奴だな」


「よく言われる」


 ガルド。


 ラウルの腕。


 肩へ。


「帰るぞ」


 その時。


 ラウルが。


 ガルドの腕を掴んだ。


「待て」


「何だ」


「俺だけじゃない」


 全員。


 動き。


 止まる。


「三人は別れたんじゃ?」


「ああ」


「でも」


 ラウル。


 暗い。


 通路。


 奥を見る。


「昨日」


「聞いた」


「何を」


「音」


「三回?」


「違う」


 ラウル。


 首。


 振る。


「もっと」


「でかい」


 ごん。


「最初」


「一回」


 ごん。


「少しして」


「もう一回」


 ごん。


「それから」


 沈黙。


「地面が」


「揺れた」


 ガルドの表情が変わる。


「どこから」


 ラウル。


 指。


 地下。


「下だ」



 A―07。


 青い目。


 突然。


 強く光る。


『警告』


「何だ!」


『地下振動検知』


『震源――施設深部』


「今?」


『肯定』


 ご……


 微か。


 足元。


 揺れる。


「地震?」


 ベルン。


『否定』


『周期性あり』


「じゃあ何だ」


 A―07。


 数秒。


 沈黙。


『施設記録照合』


『該当設備――』


 音声。


 乱れる。


『第四浄化塔』


 全員。


 言葉。


 止まる。


『状態――侵食』



 ごん。


 地下。


 何かが。


 叩いた。


 まるで。


 巨大な扉の向こうから。


 誰かが。


 外へ出ようとしているように。



第37話 壁の向こうの父 了

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