↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/53

三度の合図

第二章 灰境


第36話 三度の合図


前書き


声が届かない時。


人は、


別の方法で自分の存在を伝えます。


火を灯す。


布を振る。


石を積む。


そして。


壁を、


三度叩く。


それだけの小さな音が。


誰かの命へ続く、


道標になることもあるのです。


⸻


 こん。


 こん。


 こん。


 観測井の奥から拾われた音を、


 A―07がもう一度再生した。


『反復信号』


『三回』


 静かな地下通路。


 アルフレッドは、暗い縦穴を見つめていた。


「まだ続いてる?」


『肯定』


『ただし間隔に変動あり』


「弱くなってる?」


『可能性あり』


「……」


 少年の手が、


 ぎゅっと握られる。


 ダリオは見つかった。


 生きていた。


 それだけでも大きな前進だった。


 だが。


 まだ。


 地下には誰かがいる。


「アル坊」


 ガルドの声。


「今はダリオを上げる」


「うん」


「三回の音は、その後だ」


「分かってる」


「本当に?」


「……分かってる」


 以前なら。


 きっと、


「でも今すぐ行けば」


 と言っていた。


 けれど。


 アルフレッドは縦穴から一歩離れた。


「ダリオさんを先に助ける」


「よし」


 ガルドが頷く。


「順番だ」


⸻


 ダリオを運び上げる作業は、


 想像以上に時間がかかった。


 右脚。


 深い傷。


 骨にも異常がある可能性。


 十一日近く、


 まともな食事を取っていない。


 体力も。


 かなり落ちていた。


「ガルドさん」


「何だ」


「僕が《修繕》で――」


「人間には使わん」


「……はい」


「少なくとも今はな」


「分かってる」


 アルフレッド自身も。


 少しずつ理解していた。


 建物。


 道具。


 機械。


 それらと。


 生き物は違う。


 壊れているから。


 直せるとは限らない。


 むしろ。


 何が正常なのか分からないものへ、


 不用意に《修繕》を使う方が危険かもしれない。


「添え木」


 ガルドが言う。


「布」


 ノエルが渡す。


「A―07」


『確認』


「脚を動かさないように支えられるか?」


『可能』


 銀色の番人が、


 ダリオの右脚を慎重に固定する。


 片腕しかない。


 それでも。


 以前より。


 動きはずっと器用になっていた。


 右肩には、


 ヘルマンが作った仮設の鉤。


 直接治療には使えない。


 だが。


 縄を保持することはできる。


「それ」


 ダリオが薄く目を開ける。


「……何なんだ」


「エーナナ」


 アルフレッドが答えた。


『正式識別――A―07』


「本人はこう言ってる」


「どっちなんだ……」


「両方?」


「……変な村だな」


「よく言われる」


 まだ来たばかりなのに。


 アルフレッドは、


 少し誇らしそうだった。


⸻


 螺旋階段。


 十八メートル近い高低差。


 ダリオをそのまま背負えば、


 途中で脚をぶつける危険がある。


 そこで。


 縄を使うことになった。


 簡易の吊り具。


 木板。


 布。


 A―07が下から支え。


 ガルドが横につき。


 上では。


 ノエルとベルンが縄を引く。


「アル坊」


「はい」


「そこ握れ」


「僕も?」


「縄くらいならな」


 少年の顔が明るくなる。


「任せて!」


「勢いつけんな!」


「はい!」


「ゆっくり!」


「はい!」


「お前は返事だけはいい!」


 ぎ。


 ぎぎ。


 縄が張る。


「上げるぞ!」


「せーの!」


 ダリオの身体が、


 少しずつ浮く。


「痛かったら言ってください!」


 アルフレッドが叫ぶ。


「……今のところ」


「大丈夫だ」


「本当?」


「お前」


「心配性だな」


「皆に言われます」


「逆じゃねぇか?」


 ガルドが下から叫ぶ。


「無茶するから皆が心配してんだ!」


「そうだった!」


⸻


 長い時間をかけ。


 ようやく。


 ダリオは観測井の上へ運び出された。


「はぁ……」


 アルフレッドがその場へ座り込む。


 魔力切れではない。


 ただ。


 縄を握り続けていた手が痛い。


「領主様」


 ノエルが見る。


「何?」


「掌」


「あ」


 少し。


 赤くなっている。


「これくらい大丈夫」


「その言葉」


「最近聞き飽きました」


「僕も言われ飽きた」


「では言わないようにしてください」


「……はい」


 ダリオが。


 横になったまま笑った。


「本当に」


「領主なのか?」


「はい」


「もっと偉そうな奴を想像してた」


「家では」


「兄さんたちの方が偉そうでした」


「それは聞いてねぇ」


⸻


 帰路。


 探索隊の速度は遅かった。


 ダリオは、


 A―07が作った簡易搬送具で運ぶ。


 背部。


 縄。


 仮設鉤。


 人間が作った道具と、


 古代の機械。


 不格好に組み合わされている。


「エーナナ」


『確認』


「重くない?」


『荷重――許容範囲内』


「痛くない?」


『痛覚機構――存在せず』


「疲れる?」


『稼働効率低下は発生』


「じゃあ疲れるんじゃない」


『以前も同様の定義を受領』


「覚えてた」


『記録済』


 ダリオが。


 A―07の肩越しに少年を見る。


「お前」


「機械と普通に喋るんだな」


「喋れるから」


「怖くないのか?」


「最初はちょっと」


『当機は初回遭遇時』


『探索隊を攻撃』


「あ」


「そこ言わなくていいよ」


「攻撃されたのか!?」


「今は大丈夫!」


「その説明で安心しろってのか……?」


⸻


 途中。


 ダリオが眠った。


 体力が限界だったのだろう。


「ノエルさん」


「はい」


「ダリオさん」


「さっき言ってた人の名前」


「なんか変じゃなかった?」


 ノエルは。


 少しだけ表情を変えた。


「私も気になっています」


「七人って言ってた」


「はい」


「でも」


「クララさんたちが地下に入ったみたいに聞こえた」


「そうですね」


「村にいるよね」


「おります」


「じゃあ」


「ダリオさん」


「混乱してた?」


「その可能性が高いでしょう」


 十一日。


 飢え。


 脱水。


 負傷。


 暗闇。


「地上へ戻って」


「落ち着いてから」


「もう一度聞きましょう」


「うん」


 これも。


 大切なことだった。


 助けた直後の言葉を。


 すべて正しいと思い込まない。


 疲れている人は。


 間違えることもある。


「アルフレッド様」


「なに?」


「今の判断は良いと思います」


「本当?」


「はい」


「少し?」


「今回は普通に」


「やった」


「そこまで喜ぶことですか?」


⸻


 昼を大きく過ぎて。


 村。


「帰ってきた!」


 見張り台の上から、


 リーナの声が飛んだ。


「人もいる!」


「誰!?」


 広場。


 クララが顔を上げる。


 ミアも。


 フィンも。


 旧居住区から来た者たちも。


 一斉に。


 点検口へ集まった。


「押すんじゃない!」


 エッダが叫ぶ。


「まだ怪我人かもしれないんだから!」


 最初に出てきたのは。


 ガルド。


「無事!」


 アルフレッドの声が。


 下から聞こえる。


「ちゃんと帰ってきた!」


「領主様は聞いてません!」


 セルマの声。


「ひどい!」


「あなたは自分で喋れるでしょう!」


⸻


 そして。


 A―07。


 背中。


 男。


 クララの表情が。


 完全に止まった。


「……」


「クララ」


 弱い声。


「……ダリオ?」


「ただいま」


 クララが。


 走った。


「ダリオ!」


 A―07が膝をつく。


 クララは。


 夫の身体へ触れる寸前で。


 止まった。


 傷。


 痩せた顔。


 右脚。


「触っていい?」


「夫婦だろ」


「怪我が……!」


「左側なら」


「たぶん平気だ」


 抱き締める。


 強く。


 でも。


 右脚には触れないように。


「馬鹿……!」


「悪かった」


「馬鹿!」


「……ああ」


「十一日!」


「ああ」


「何してたの!」


「説明すると」


「長い」


「長くても聞く!」


「だから」


「先に寝かせな!」


 マルタが割って入った。


「クララ!」


「はい!」


「泣くのは治療の後!」


「はい!」


「ダリオ!」


「……はい」


「返事できるならまだ大丈夫!」


「何だこの婆さん……」


「聞こえてるよ!」


「すみません!」


 ダリオ。


 初対面にして。


 すでに。


 マルタへ負けた。


⸻


 その日の午後。


 診察。


 結果。


 右脚。


 骨折。


 傷口。


 化膿しかけている。


 脱水。


 極度の栄養不足。


 だが。


 灰色の菌糸。


 なし。


「そこは良かった」


 アルフレッド。


「本当にね」


 マルタが頷く。


「あと二、三日遅かったら」


 言葉。


 止める。


 クララが。


 赤子のルゥを抱きながら。


 夫を見る。


「足は?」


「今すぐ切る必要はない」


 ダリオの顔が。


 少しだけ緩む。


「ただし」


「動くんじゃないよ」


「治るまで?」


「治るまで」


「どれくらい」


「知らない」


「……」


「何だい」


「この村」


「そういう人多いなと思って」


「誰のことだい」


 ダリオ。


 アルフレッドを見る。


「なんで僕?」


「なんとなく」


「最近これ多くない?」


⸻


 夕方。


 ダリオの意識が。


 かなりはっきりした頃。


 改めて。


 話を聞くことになった。


 アルフレッド。


 ガルド。


 ノエル。


 クララ。


 フィン。


 そして。


 ダリオ。


「地下へ入った人数」


 ノエルが。


 静かに尋ねる。


「覚えていますか?」


「ああ」


 ダリオは。


 少し恥ずかしそうに。


 額を押さえた。


「昼間」


「俺」


「変なこと言ってたらしいな」


「少し」


 アルフレッド。


「かなりです」


 ノエル。


「ノエルさん!」


「正確性は重要です」


 ダリオが苦笑する。


「すまん」


「頭が」


「まともに動いてなかった」


「改めて」


 ダリオは。


 ゆっくりと。


 名前を挙げた。


「地下へ入ったのは」


「五人」


 一人。


「オルド」


 二人。


「ラウル」


 フィンの肩が。


 小さく動く。


 三人。


「俺」


 四人。


「ケイン」


 五人。


「バックス」


「五人」


 ノエルが記録する。


「クララ様」


「ミア様」


「ルゥ」


「フィン」


「その他の居住者は」


「地下へ入っていない」


「ああ」


 ダリオが頷く。


「間違いない」


「よかった」


 アルフレッドが息を吐く。


「何がだ」


 ガルド。


「フィンが二人にならなくて」


「……」


 フィン。


「俺は一人だよ」


「知ってる!」


⸻


「地下へ入った理由」


 ノエル。


「水」


 ダリオ。


「それと」


「三歳の子ども」


「病気になった子?」


「ああ」


 ダリオの顔から。


 少しだけ。


 表情が消える。


「助けたかった」


「それだけだ」


「門を開ければ」


「地下の水を」


「どうにかできると思った」


「でも」


「B―03が現れた」


 巨大な黒い番人。


「最初は」


「俺たちを止めようとしてた」


「襲ったんじゃない?」


「……分からん」


 ダリオ。


 少し考える。


「今思えば」


「警告だったのかもしれない」


「でも」


「俺たちは怖かった」


「武器を向けた」


「向こうも」


「その後」


「目が赤くなった」


「菌糸」


 アルフレッド。


「ああ」


「身体の隙間から」


「灰色のものが出てきた」


「そこからは」


「完全におかしかった」


 そして。


 ダリオは。


 右脚を負傷。


 四人と分かれた。


「ラウルたちは」


「非常排水路の方へ」


「水音がしたから」


「出口があると思った」


「その後?」


「知らない」


「俺は動けなくなった」


⸻


「じゃあ」


 アルフレッドが。


 A―07を見る。


「三回の音」


『継続検知』


「まだ?」


『肯定』


 こん。


 こん。


 こん。


 A―07が。


 音を再生。


 ダリオが。


 はっと顔を上げる。


「待て」


「知ってる?」


 アルフレッド。


「もう一回」


『再生』


 こん。


 こん。


 こん。


 少し。


 間。


 こん。


 こん。


 こん。


「……ラウルだ」


 フィンが。


 椅子から立った。


「父さん?」


「たぶん」


 ダリオが。


 少年を見る。


「猟師の合図だ」


「三回」


「声が届かない時」


「仲間に知らせる」


 フィンも。


 小さく頷く。


「父さん」


「俺にも教えた」


 机。


 拳。


 こん。


 こん。


 こん。


「これ」


「同じ」


 アルフレッドの目が。


 大きくなる。


「じゃあ」


「ラウルさんが」


「生きてる可能性が高い」


『識別情報更新』


 A―07。


『非常排水路方向生命反応』


『ラウルである可能性――上昇』


⸻


「行く」


 フィン。


「駄目」


 アルフレッド。


 即答。


「なんで!」


「十歳だから」


「領主様十二歳じゃん!」


「……」


 部屋。


 静まり返る。


 ガルドが。


 そっと顔を逸らす。


 クララ。


 口元。


 隠す。


「それ」


「強いなぁ……」


 アルフレッドが。


 小さく呟く。


「でも駄目」


「父さんなんだぞ!」


「分かってる」


「だったら!」


「フィンが行って」


「何ができる?」


「……」


「僕も」


 アルフレッドは。


 自分の胸へ。


 手を当てる。


「行きたい時」


「いっぱいある」


「今でも」


「行きたい」


「でも」


「行くことと」


「助けることは」


「同じじゃないって」


「最近」


「やっと分かってきた」


 フィンが。


 俯く。


「僕たちは」


「ラウルさんを探す」


「フィンは」


「帰ってきた時に」


「お父さんを迎えて」


 長い。


 沈黙。


「……父さん」


 フィン。


 小さな声。


「豆のスープ」


「好き」


「じゃあ」


 アルフレッド。


 少し笑う。


「帰ってきたら」


「豆のスープ」


「用意しよう」


 マルタが。


 すぐ口を挟む。


「十一日食ってないなら」


「最初は薄いのだよ!」


「はい!」


⸻


「問題は経路です」


 ノエルが。


 地図を広げる。


「非常排水路」


「地下からは?」


 ガルド。


 ダリオが首を振る。


「途中」


「崩れてた」


「人が通れない?」


「ああ」


「四人は」


「その奥へ」


「どうやって?」


「別の細い保守路」


「俺は」


「脚をやられて」


「そこまで行けなかった」


「出口は?」


「谷」


 ダリオが。


 指を動かす。


「たぶん」


「第三旧居住区の北西」


「細い川がある」


 グレゴールが反応した。


「知ってる」


「行ったことある?」


「昔」


「猟でな」


 左脚。


 今は。


 長距離移動。


 難しい。


「道」


 ガルド。


「分かるか?」


「ああ」


「地図にする」


⸻


 地面。


 枝。


 グレゴールが。


 経路を描く。


「村」


「ここ」


「北西」


「鹿の頭みたいな岩」


「本当に鹿みたいなの?」


 アルフレッド。


「見れば分かる」


「その先」


「左」


「真っ直ぐ行くと?」


「崖」


「先に言ってよ」


「今言った」


「大事だね」


「かなりな」


 そこから。


 炭焼き小屋跡。


 谷。


 川。


 北へ。


 岩壁。


「排水路があるなら」


「この辺だ」


 A―07。


 青い光。


 地図と照合。


『高低差情報』


『非常排水路末端推定位置』


 光点。


 ほぼ。


 同じ場所。


「当たり」


 ガルド。


「明日」


「地上から探す」


⸻


「僕も」


「駄目」


「まだ!」


「理由」


 ガルド。


「エーナナの管理者」


「A―07だけで行ける」


「《清掃》」


「入口探すだけならいらん」


「《修繕》」


「入口探すだけならいらん」


「領主」


「村にいた方が役に立つ」


「……」


 アルフレッド。


 口。


 閉じる。


「ほか」


「……ない」


「よし」


「なんか悔しい」


「正しい判断は」


「時々悔しいもんだ」


⸻


 翌日の探索隊。


 ガルド。


 ベルン。


 マルク。


 A―07。


 グレゴールは。


 道を知っている。


 だが。


「駄目」


 マルタ。


「まだ何も言ってない」


「行く気だろ」


「……」


「顔」


「アル坊と同じだね」


「嬉しくない」


 左脚。


 腫れ。


 昨日。


 長く歩いている。


「今日は休む」


「……分かった」


「素直じゃないか」


「勝てないからな」


「誰に?」


「婆さんに」


「聞こえてるよ!」


⸻


 その夜。


 鍛冶場。


 火。


 ヘルマン。


 A―07。


 右肩。


 仮の鉤。


「谷」


「土砂」


「掘るかもしれん」


 ガルド。


「これじゃ無理だな」


 ヘルマン。


 鉤を外す。


 そして。


 別の金具。


 三本。


 短い。


 太い。


 爪。


「掘削用」


 アルフレッドの目が。


 輝く。


「手みたい」


「手じゃない」


「道具じゃ」


「差し替える?」


「ああ」


 かち。


 A―07の右肩へ。


 装着。


『外部装具――認識』


『掘削補助』


『使用可能』


「エーナナ」


「すごい!」


『評価受領』


「右腕なくても」


「どんどんできること増えるね」


『肯定』


 少し。


 離れた場所。


 セルマが。


 それを。


 見ていた。


⸻


 しばらく。


 黙って。


 そして。


「アルフレッド様」


「なに?」


「一つ」


「聞いても?」


「もちろん」


 セルマ。


 A―07の。


 右肩。


 見る。


「もし」


「人間にも」


「同じようなものを作るとしたら」


 アルフレッドが。


 動きを止めた。


 セルマの。


 空になった右袖。


 ただ。


 そこを。


 見ない。


「うん」


「重くないもの」


「身体を傷つけないもの」


「作れると思う?」


 ヘルマンも。


 金槌を止めた。


「分からん」


 正直な答え。


「だが」


「木と革なら」


「鉄より軽い」


「物を持つだけなら」


「腕全部を作る必要もない」


「固定具」


「支え」


「用途ごと」


「考え方はある」


 セルマは。


 静かに聞いていた。


「今すぐ」


 アルフレッドが言う。


「作る?」


 セルマ。


 少し迷う。


「……まだ」


「うん」


「でも」


 初めて。


 はっきり。


「いつか」


「試してみたいです」


 アルフレッドは。


 嬉しそうになりかけ。


 でも。


 大きく騒がなかった。


「分かった」


「その時」


「一緒に考えよう」


「はい」


⸻


 翌朝。


「エーナナ」


『暫定管理者』


「見つけても」


「勝手に掘らない」


『了解』


「ガルドさんの指示」


『優先』


「危なくなったら」


『撤退』


「それから」


「自分も壊れない」


『自己保全――第二優先』


「第一は?」


『探索隊生命保護』


「……じゃあ」


 アルフレッド。


 少し考える。


「皆で帰ってきて」


『命令受諾』


「いってらっしゃい」


『行ってきます』


⸻


 森。


 朝。


 鹿の頭。


「……本当に鹿だ」


 ベルンが。


 岩を見る。


「角まである」


「左!」


 ガルド。


「真っ直ぐは崖だぞ!」


「覚えてます!」


 獣道。


 進む。


 A―07。


 先頭。


『侵食反応――微弱』


「まだ平気?」


『現時点――肯定』


「現時点」


「嫌な言い方だな」


⸻


 炭焼き小屋。


 跡。


 谷。


 川。


 水。


 少し。


 灰色。


『飲用非推奨』


「飲まん」


 北へ。


 進む。


 谷幅。


 狭くなる。


 岩壁。


 高くなる。


 A―07。


 突然。


 止まる。


『信号検知』


 ガルドの手。


 上がる。


 全員。


 停止。


「距離」


『前方――二十六メートル』


「どこだ」


 A―07。


 右。


 岩壁。


 苔。


 根。


 泥。


『人工構造物』


「これ?」


 ベルン。


 目を凝らす。


 一見。


 ただの岩。


 だが。


 表面を。


 A―07の掘削爪が。


 少し削る。


 苔。


 土。


 その下。


 平らな。


 石壁。


『旧非常排水口』


「当たりだ」


 ガルド。


⸻


 耳を。


 澄ませる。


 川。


 風。


 葉。


 そして。


 こん。


 こん。


 こん。


「……」


 全員。


 動かない。


 少し間。


 こん。


 こん。


 こん。


「本物だ」


 マルクが。


 小さく言った。


 機械の再生音ではない。


 壁の向こう。


 誰かが。


 叩いている。


⸻


 ガルド。


 拳。


 岩壁。


 ごん。


 ごん。


 ごん。


 待つ。


 向こう。


 こん。


 こん。


 こん。


「返した!」


 ベルン。


「聞こえるか!」


 ガルドが叫ぶ。


 だが。


 声は。


 通らない。


「音だけか」


 なら。


「一回」


「はい」


「二回」


「いいえ」


 壁。


「聞こえるなら!」


「一回!」


 こん。


「人間か!」


 こん。


「十一日前!」


「五人で地下へ入った一人か!」


 こん。


 ガルド。


 名前。


「オルド!」


 沈黙。


「ラウル!」


 こん!


 ベルン。


 顔が。


 変わる。


「もう一回!」


「ラウルなら!」


「一回!」


 静寂。


 そして。


 強く。


 こん!


「……見つけた」


 ガルドが。


 息を吐いた。


「フィンの親父だ」


⸻


「怪我してるか!」


 こん。


「歩けるか!」


 こん。


 こん。


「駄目か」


「食料!」


「あるか!」


 こん。


 こん。


「水!」


 こん。


「水だけ」


「他の三人!」


「一緒か!」


 こん。


 こん。


「別れた?」


 こん。


 ガルド。


 目を閉じる。


「ラウル一人」


 残り。


 オルド。


 ケイン。


 バックス。


 三人。


 まだ。


 不明。


⸻


「入口」


 ガルド。


「開けられるか?」


『走査』


 A―07。


『閉塞率――94.6%』


「原因」


『土砂』


『岩石』


『植物根』


『扉機構損傷』


「今の道具で」


『推定作業時間――十時間以上』


 ベルンが。


 岩壁を見る。


「今からじゃ」


「夜になる」


「ああ」


「でも」


「すぐそこですよ」


「分かってる!」


 ガルド。


 拳。


 強く握る。


 たった。


 二十数メートル。


 届きそうで。


 届かない。


「焦って崩したら」


「ラウルごと潰す」


「……はい」


「明日」


「人手」


「支柱」


「道具」


「全部持ってくる」


⸻


 その時。


 A―07が。


 岩壁の下を見る。


『微小排水孔』


「何」


『内部まで接続』


「物送れる?」


『最大径――約五センチ』


「食い物!」


 マルク。


 荷物。


 開く。


 麦焼き。


 乾燥果実。


 小さく。


 砕く。


 布。


 細長く。


 包む。


 水。


 小さな革筒。


「送るぞ!」


 ガルド。


 壁。


「ラウル!」


「食い物!」


「水!」


「今から送る!」


 こん。


 排水孔。


 押し込む。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「届いたら!」


「一回!」


 待つ。


 十秒。


 三十秒。


 一分。


 そして。


 こん。


 ベルンの肩から。


 力が抜けた。


「届いた……」


⸻


 ガルドは。


 岩壁へ。


 掌を当てた。


「ラウル」


「フィン」


 向こう。


 音。


 止まる。


「息子」


「村にいる」


 長い。


 沈黙。


「無事だ」


 その瞬間。


 こん!


 こん!


 こん!


 強い。


 三回。


 今までで。


 一番。


 強い音。


「元気だ」


 ガルド。


 小さく笑う。


「お前の帰り」


「待ってるぞ」


 数秒。


 そして。


 こん。


 一回。


 それだけ。


 だった。


⸻


 村。


 同じ頃。


 フィンは。


 何も知らず。


 薪を運んでいた。


 父親が。


 岩壁の向こうで。


 自分の無事を聞き。


 泣いていることを。


 まだ。


 知らなかった。


⸻


第36話 三度の合図 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。