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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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36/40

三度の合図

第二章 灰境


第36話 三度の合図


前書き


声が届かない時。


人は、


別の方法で自分の存在を伝えます。


火を灯す。


布を振る。


石を積む。


そして。


壁を、


三度叩く。


それだけの小さな音が。


誰かの命へ続く、


道標になることもあるのです。



 こん。


 こん。


 こん。


 観測井の奥から拾われた音を、


 A―07がもう一度再生した。


『反復信号』


『三回』


 静かな地下通路。


 アルフレッドは、暗い縦穴を見つめていた。


「まだ続いてる?」


『肯定』


『ただし間隔に変動あり』


「弱くなってる?」


『可能性あり』


「……」


 少年の手が、


 ぎゅっと握られる。


 ダリオは見つかった。


 生きていた。


 それだけでも大きな前進だった。


 だが。


 まだ。


 地下には誰かがいる。


「アル坊」


 ガルドの声。


「今はダリオを上げる」


「うん」


「三回の音は、その後だ」


「分かってる」


「本当に?」


「……分かってる」


 以前なら。


 きっと、


「でも今すぐ行けば」


 と言っていた。


 けれど。


 アルフレッドは縦穴から一歩離れた。


「ダリオさんを先に助ける」


「よし」


 ガルドが頷く。


「順番だ」



 ダリオを運び上げる作業は、


 想像以上に時間がかかった。


 右脚。


 深い傷。


 骨にも異常がある可能性。


 十一日近く、


 まともな食事を取っていない。


 体力も。


 かなり落ちていた。


「ガルドさん」


「何だ」


「僕が《修繕》で――」


「人間には使わん」


「……はい」


「少なくとも今はな」


「分かってる」


 アルフレッド自身も。


 少しずつ理解していた。


 建物。


 道具。


 機械。


 それらと。


 生き物は違う。


 壊れているから。


 直せるとは限らない。


 むしろ。


 何が正常なのか分からないものへ、


 不用意に《修繕》を使う方が危険かもしれない。


「添え木」


 ガルドが言う。


「布」


 ノエルが渡す。


「A―07」


『確認』


「脚を動かさないように支えられるか?」


『可能』


 銀色の番人が、


 ダリオの右脚を慎重に固定する。


 片腕しかない。


 それでも。


 以前より。


 動きはずっと器用になっていた。


 右肩には、


 ヘルマンが作った仮設の鉤。


 直接治療には使えない。


 だが。


 縄を保持することはできる。


「それ」


 ダリオが薄く目を開ける。


「……何なんだ」


「エーナナ」


 アルフレッドが答えた。


『正式識別――A―07』


「本人はこう言ってる」


「どっちなんだ……」


「両方?」


「……変な村だな」


「よく言われる」


 まだ来たばかりなのに。


 アルフレッドは、


 少し誇らしそうだった。



 螺旋階段。


 十八メートル近い高低差。


 ダリオをそのまま背負えば、


 途中で脚をぶつける危険がある。


 そこで。


 縄を使うことになった。


 簡易の吊り具。


 木板。


 布。


 A―07が下から支え。


 ガルドが横につき。


 上では。


 ノエルとベルンが縄を引く。


「アル坊」


「はい」


「そこ握れ」


「僕も?」


「縄くらいならな」


 少年の顔が明るくなる。


「任せて!」


「勢いつけんな!」


「はい!」


「ゆっくり!」


「はい!」


「お前は返事だけはいい!」


 ぎ。


 ぎぎ。


 縄が張る。


「上げるぞ!」


「せーの!」


 ダリオの身体が、


 少しずつ浮く。


「痛かったら言ってください!」


 アルフレッドが叫ぶ。


「……今のところ」


「大丈夫だ」


「本当?」


「お前」


「心配性だな」


「皆に言われます」


「逆じゃねぇか?」


 ガルドが下から叫ぶ。


「無茶するから皆が心配してんだ!」


「そうだった!」



 長い時間をかけ。


 ようやく。


 ダリオは観測井の上へ運び出された。


「はぁ……」


 アルフレッドがその場へ座り込む。


 魔力切れではない。


 ただ。


 縄を握り続けていた手が痛い。


「領主様」


 ノエルが見る。


「何?」


「掌」


「あ」


 少し。


 赤くなっている。


「これくらい大丈夫」


「その言葉」


「最近聞き飽きました」


「僕も言われ飽きた」


「では言わないようにしてください」


「……はい」


 ダリオが。


 横になったまま笑った。


「本当に」


「領主なのか?」


「はい」


「もっと偉そうな奴を想像してた」


「家では」


「兄さんたちの方が偉そうでした」


「それは聞いてねぇ」



 帰路。


 探索隊の速度は遅かった。


 ダリオは、


 A―07が作った簡易搬送具で運ぶ。


 背部。


 縄。


 仮設鉤。


 人間が作った道具と、


 古代の機械。


 不格好に組み合わされている。


「エーナナ」


『確認』


「重くない?」


『荷重――許容範囲内』


「痛くない?」


『痛覚機構――存在せず』


「疲れる?」


『稼働効率低下は発生』


「じゃあ疲れるんじゃない」


『以前も同様の定義を受領』


「覚えてた」


『記録済』


 ダリオが。


 A―07の肩越しに少年を見る。


「お前」


「機械と普通に喋るんだな」


「喋れるから」


「怖くないのか?」


「最初はちょっと」


『当機は初回遭遇時』


『探索隊を攻撃』


「あ」


「そこ言わなくていいよ」


「攻撃されたのか!?」


「今は大丈夫!」


「その説明で安心しろってのか……?」



 途中。


 ダリオが眠った。


 体力が限界だったのだろう。


「ノエルさん」


「はい」


「ダリオさん」


「さっき言ってた人の名前」


「なんか変じゃなかった?」


 ノエルは。


 少しだけ表情を変えた。


「私も気になっています」


「七人って言ってた」


「はい」


「でも」


「クララさんたちが地下に入ったみたいに聞こえた」


「そうですね」


「村にいるよね」


「おります」


「じゃあ」


「ダリオさん」


「混乱してた?」


「その可能性が高いでしょう」


 十一日。


 飢え。


 脱水。


 負傷。


 暗闇。


「地上へ戻って」


「落ち着いてから」


「もう一度聞きましょう」


「うん」


 これも。


 大切なことだった。


 助けた直後の言葉を。


 すべて正しいと思い込まない。


 疲れている人は。


 間違えることもある。


「アルフレッド様」


「なに?」


「今の判断は良いと思います」


「本当?」


「はい」


「少し?」


「今回は普通に」


「やった」


「そこまで喜ぶことですか?」



 昼を大きく過ぎて。


 村。


「帰ってきた!」


 見張り台の上から、


 リーナの声が飛んだ。


「人もいる!」


「誰!?」


 広場。


 クララが顔を上げる。


 ミアも。


 フィンも。


 旧居住区から来た者たちも。


 一斉に。


 点検口へ集まった。


「押すんじゃない!」


 エッダが叫ぶ。


「まだ怪我人かもしれないんだから!」


 最初に出てきたのは。


 ガルド。


「無事!」


 アルフレッドの声が。


 下から聞こえる。


「ちゃんと帰ってきた!」


「領主様は聞いてません!」


 セルマの声。


「ひどい!」


「あなたは自分で喋れるでしょう!」



 そして。


 A―07。


 背中。


 男。


 クララの表情が。


 完全に止まった。


「……」


「クララ」


 弱い声。


「……ダリオ?」


「ただいま」


 クララが。


 走った。


「ダリオ!」


 A―07が膝をつく。


 クララは。


 夫の身体へ触れる寸前で。


 止まった。


 傷。


 痩せた顔。


 右脚。


「触っていい?」


「夫婦だろ」


「怪我が……!」


「左側なら」


「たぶん平気だ」


 抱き締める。


 強く。


 でも。


 右脚には触れないように。


「馬鹿……!」


「悪かった」


「馬鹿!」


「……ああ」


「十一日!」


「ああ」


「何してたの!」


「説明すると」


「長い」


「長くても聞く!」


「だから」


「先に寝かせな!」


 マルタが割って入った。


「クララ!」


「はい!」


「泣くのは治療の後!」


「はい!」


「ダリオ!」


「……はい」


「返事できるならまだ大丈夫!」


「何だこの婆さん……」


「聞こえてるよ!」


「すみません!」


 ダリオ。


 初対面にして。


 すでに。


 マルタへ負けた。



 その日の午後。


 診察。


 結果。


 右脚。


 骨折。


 傷口。


 化膿しかけている。


 脱水。


 極度の栄養不足。


 だが。


 灰色の菌糸。


 なし。


「そこは良かった」


 アルフレッド。


「本当にね」


 マルタが頷く。


「あと二、三日遅かったら」


 言葉。


 止める。


 クララが。


 赤子のルゥを抱きながら。


 夫を見る。


「足は?」


「今すぐ切る必要はない」


 ダリオの顔が。


 少しだけ緩む。


「ただし」


「動くんじゃないよ」


「治るまで?」


「治るまで」


「どれくらい」


「知らない」


「……」


「何だい」


「この村」


「そういう人多いなと思って」


「誰のことだい」


 ダリオ。


 アルフレッドを見る。


「なんで僕?」


「なんとなく」


「最近これ多くない?」



 夕方。


 ダリオの意識が。


 かなりはっきりした頃。


 改めて。


 話を聞くことになった。


 アルフレッド。


 ガルド。


 ノエル。


 クララ。


 フィン。


 そして。


 ダリオ。


「地下へ入った人数」


 ノエルが。


 静かに尋ねる。


「覚えていますか?」


「ああ」


 ダリオは。


 少し恥ずかしそうに。


 額を押さえた。


「昼間」


「俺」


「変なこと言ってたらしいな」


「少し」


 アルフレッド。


「かなりです」


 ノエル。


「ノエルさん!」


「正確性は重要です」


 ダリオが苦笑する。


「すまん」


「頭が」


「まともに動いてなかった」


「改めて」


 ダリオは。


 ゆっくりと。


 名前を挙げた。


「地下へ入ったのは」


「五人」


 一人。


「オルド」


 二人。


「ラウル」


 フィンの肩が。


 小さく動く。


 三人。


「俺」


 四人。


「ケイン」


 五人。


「バックス」


「五人」


 ノエルが記録する。


「クララ様」


「ミア様」


「ルゥ」


「フィン」


「その他の居住者は」


「地下へ入っていない」


「ああ」


 ダリオが頷く。


「間違いない」


「よかった」


 アルフレッドが息を吐く。


「何がだ」


 ガルド。


「フィンが二人にならなくて」


「……」


 フィン。


「俺は一人だよ」


「知ってる!」



「地下へ入った理由」


 ノエル。


「水」


 ダリオ。


「それと」


「三歳の子ども」


「病気になった子?」


「ああ」


 ダリオの顔から。


 少しだけ。


 表情が消える。


「助けたかった」


「それだけだ」


「門を開ければ」


「地下の水を」


「どうにかできると思った」


「でも」


「B―03が現れた」


 巨大な黒い番人。


「最初は」


「俺たちを止めようとしてた」


「襲ったんじゃない?」


「……分からん」


 ダリオ。


 少し考える。


「今思えば」


「警告だったのかもしれない」


「でも」


「俺たちは怖かった」


「武器を向けた」


「向こうも」


「その後」


「目が赤くなった」


「菌糸」


 アルフレッド。


「ああ」


「身体の隙間から」


「灰色のものが出てきた」


「そこからは」


「完全におかしかった」


 そして。


 ダリオは。


 右脚を負傷。


 四人と分かれた。


「ラウルたちは」


「非常排水路の方へ」


「水音がしたから」


「出口があると思った」


「その後?」


「知らない」


「俺は動けなくなった」



「じゃあ」


 アルフレッドが。


 A―07を見る。


「三回の音」


『継続検知』


「まだ?」


『肯定』


 こん。


 こん。


 こん。


 A―07が。


 音を再生。


 ダリオが。


 はっと顔を上げる。


「待て」


「知ってる?」


 アルフレッド。


「もう一回」


『再生』


 こん。


 こん。


 こん。


 少し。


 間。


 こん。


 こん。


 こん。


「……ラウルだ」


 フィンが。


 椅子から立った。


「父さん?」


「たぶん」


 ダリオが。


 少年を見る。


「猟師の合図だ」


「三回」


「声が届かない時」


「仲間に知らせる」


 フィンも。


 小さく頷く。


「父さん」


「俺にも教えた」


 机。


 拳。


 こん。


 こん。


 こん。


「これ」


「同じ」


 アルフレッドの目が。


 大きくなる。


「じゃあ」


「ラウルさんが」


「生きてる可能性が高い」


『識別情報更新』


 A―07。


『非常排水路方向生命反応』


『ラウルである可能性――上昇』



「行く」


 フィン。


「駄目」


 アルフレッド。


 即答。


「なんで!」


「十歳だから」


「領主様十二歳じゃん!」


「……」


 部屋。


 静まり返る。


 ガルドが。


 そっと顔を逸らす。


 クララ。


 口元。


 隠す。


「それ」


「強いなぁ……」


 アルフレッドが。


 小さく呟く。


「でも駄目」


「父さんなんだぞ!」


「分かってる」


「だったら!」


「フィンが行って」


「何ができる?」


「……」


「僕も」


 アルフレッドは。


 自分の胸へ。


 手を当てる。


「行きたい時」


「いっぱいある」


「今でも」


「行きたい」


「でも」


「行くことと」


「助けることは」


「同じじゃないって」


「最近」


「やっと分かってきた」


 フィンが。


 俯く。


「僕たちは」


「ラウルさんを探す」


「フィンは」


「帰ってきた時に」


「お父さんを迎えて」


 長い。


 沈黙。


「……父さん」


 フィン。


 小さな声。


「豆のスープ」


「好き」


「じゃあ」


 アルフレッド。


 少し笑う。


「帰ってきたら」


「豆のスープ」


「用意しよう」


 マルタが。


 すぐ口を挟む。


「十一日食ってないなら」


「最初は薄いのだよ!」


「はい!」



「問題は経路です」


 ノエルが。


 地図を広げる。


「非常排水路」


「地下からは?」


 ガルド。


 ダリオが首を振る。


「途中」


「崩れてた」


「人が通れない?」


「ああ」


「四人は」


「その奥へ」


「どうやって?」


「別の細い保守路」


「俺は」


「脚をやられて」


「そこまで行けなかった」


「出口は?」


「谷」


 ダリオが。


 指を動かす。


「たぶん」


「第三旧居住区の北西」


「細い川がある」


 グレゴールが反応した。


「知ってる」


「行ったことある?」


「昔」


「猟でな」


 左脚。


 今は。


 長距離移動。


 難しい。


「道」


 ガルド。


「分かるか?」


「ああ」


「地図にする」



 地面。


 枝。


 グレゴールが。


 経路を描く。


「村」


「ここ」


「北西」


「鹿の頭みたいな岩」


「本当に鹿みたいなの?」


 アルフレッド。


「見れば分かる」


「その先」


「左」


「真っ直ぐ行くと?」


「崖」


「先に言ってよ」


「今言った」


「大事だね」


「かなりな」


 そこから。


 炭焼き小屋跡。


 谷。


 川。


 北へ。


 岩壁。


「排水路があるなら」


「この辺だ」


 A―07。


 青い光。


 地図と照合。


『高低差情報』


『非常排水路末端推定位置』


 光点。


 ほぼ。


 同じ場所。


「当たり」


 ガルド。


「明日」


「地上から探す」



「僕も」


「駄目」


「まだ!」


「理由」


 ガルド。


「エーナナの管理者」


「A―07だけで行ける」


「《清掃》」


「入口探すだけならいらん」


「《修繕》」


「入口探すだけならいらん」


「領主」


「村にいた方が役に立つ」


「……」


 アルフレッド。


 口。


 閉じる。


「ほか」


「……ない」


「よし」


「なんか悔しい」


「正しい判断は」


「時々悔しいもんだ」



 翌日の探索隊。


 ガルド。


 ベルン。


 マルク。


 A―07。


 グレゴールは。


 道を知っている。


 だが。


「駄目」


 マルタ。


「まだ何も言ってない」


「行く気だろ」


「……」


「顔」


「アル坊と同じだね」


「嬉しくない」


 左脚。


 腫れ。


 昨日。


 長く歩いている。


「今日は休む」


「……分かった」


「素直じゃないか」


「勝てないからな」


「誰に?」


「婆さんに」


「聞こえてるよ!」



 その夜。


 鍛冶場。


 火。


 ヘルマン。


 A―07。


 右肩。


 仮の鉤。


「谷」


「土砂」


「掘るかもしれん」


 ガルド。


「これじゃ無理だな」


 ヘルマン。


 鉤を外す。


 そして。


 別の金具。


 三本。


 短い。


 太い。


 爪。


「掘削用」


 アルフレッドの目が。


 輝く。


「手みたい」


「手じゃない」


「道具じゃ」


「差し替える?」


「ああ」


 かち。


 A―07の右肩へ。


 装着。


『外部装具――認識』


『掘削補助』


『使用可能』


「エーナナ」


「すごい!」


『評価受領』


「右腕なくても」


「どんどんできること増えるね」


『肯定』


 少し。


 離れた場所。


 セルマが。


 それを。


 見ていた。



 しばらく。


 黙って。


 そして。


「アルフレッド様」


「なに?」


「一つ」


「聞いても?」


「もちろん」


 セルマ。


 A―07の。


 右肩。


 見る。


「もし」


「人間にも」


「同じようなものを作るとしたら」


 アルフレッドが。


 動きを止めた。


 セルマの。


 空になった右袖。


 ただ。


 そこを。


 見ない。


「うん」


「重くないもの」


「身体を傷つけないもの」


「作れると思う?」


 ヘルマンも。


 金槌を止めた。


「分からん」


 正直な答え。


「だが」


「木と革なら」


「鉄より軽い」


「物を持つだけなら」


「腕全部を作る必要もない」


「固定具」


「支え」


「用途ごと」


「考え方はある」


 セルマは。


 静かに聞いていた。


「今すぐ」


 アルフレッドが言う。


「作る?」


 セルマ。


 少し迷う。


「……まだ」


「うん」


「でも」


 初めて。


 はっきり。


「いつか」


「試してみたいです」


 アルフレッドは。


 嬉しそうになりかけ。


 でも。


 大きく騒がなかった。


「分かった」


「その時」


「一緒に考えよう」


「はい」



 翌朝。


「エーナナ」


『暫定管理者』


「見つけても」


「勝手に掘らない」


『了解』


「ガルドさんの指示」


『優先』


「危なくなったら」


『撤退』


「それから」


「自分も壊れない」


『自己保全――第二優先』


「第一は?」


『探索隊生命保護』


「……じゃあ」


 アルフレッド。


 少し考える。


「皆で帰ってきて」


『命令受諾』


「いってらっしゃい」


『行ってきます』



 森。


 朝。


 鹿の頭。


「……本当に鹿だ」


 ベルンが。


 岩を見る。


「角まである」


「左!」


 ガルド。


「真っ直ぐは崖だぞ!」


「覚えてます!」


 獣道。


 進む。


 A―07。


 先頭。


『侵食反応――微弱』


「まだ平気?」


『現時点――肯定』


「現時点」


「嫌な言い方だな」



 炭焼き小屋。


 跡。


 谷。


 川。


 水。


 少し。


 灰色。


『飲用非推奨』


「飲まん」


 北へ。


 進む。


 谷幅。


 狭くなる。


 岩壁。


 高くなる。


 A―07。


 突然。


 止まる。


『信号検知』


 ガルドの手。


 上がる。


 全員。


 停止。


「距離」


『前方――二十六メートル』


「どこだ」


 A―07。


 右。


 岩壁。


 苔。


 根。


 泥。


『人工構造物』


「これ?」


 ベルン。


 目を凝らす。


 一見。


 ただの岩。


 だが。


 表面を。


 A―07の掘削爪が。


 少し削る。


 苔。


 土。


 その下。


 平らな。


 石壁。


『旧非常排水口』


「当たりだ」


 ガルド。



 耳を。


 澄ませる。


 川。


 風。


 葉。


 そして。


 こん。


 こん。


 こん。


「……」


 全員。


 動かない。


 少し間。


 こん。


 こん。


 こん。


「本物だ」


 マルクが。


 小さく言った。


 機械の再生音ではない。


 壁の向こう。


 誰かが。


 叩いている。



 ガルド。


 拳。


 岩壁。


 ごん。


 ごん。


 ごん。


 待つ。


 向こう。


 こん。


 こん。


 こん。


「返した!」


 ベルン。


「聞こえるか!」


 ガルドが叫ぶ。


 だが。


 声は。


 通らない。


「音だけか」


 なら。


「一回」


「はい」


「二回」


「いいえ」


 壁。


「聞こえるなら!」


「一回!」


 こん。


「人間か!」


 こん。


「十一日前!」


「五人で地下へ入った一人か!」


 こん。


 ガルド。


 名前。


「オルド!」


 沈黙。


「ラウル!」


 こん!


 ベルン。


 顔が。


 変わる。


「もう一回!」


「ラウルなら!」


「一回!」


 静寂。


 そして。


 強く。


 こん!


「……見つけた」


 ガルドが。


 息を吐いた。


「フィンの親父だ」



「怪我してるか!」


 こん。


「歩けるか!」


 こん。


 こん。


「駄目か」


「食料!」


「あるか!」


 こん。


 こん。


「水!」


 こん。


「水だけ」


「他の三人!」


「一緒か!」


 こん。


 こん。


「別れた?」


 こん。


 ガルド。


 目を閉じる。


「ラウル一人」


 残り。


 オルド。


 ケイン。


 バックス。


 三人。


 まだ。


 不明。



「入口」


 ガルド。


「開けられるか?」


『走査』


 A―07。


『閉塞率――94.6%』


「原因」


『土砂』


『岩石』


『植物根』


『扉機構損傷』


「今の道具で」


『推定作業時間――十時間以上』


 ベルンが。


 岩壁を見る。


「今からじゃ」


「夜になる」


「ああ」


「でも」


「すぐそこですよ」


「分かってる!」


 ガルド。


 拳。


 強く握る。


 たった。


 二十数メートル。


 届きそうで。


 届かない。


「焦って崩したら」


「ラウルごと潰す」


「……はい」


「明日」


「人手」


「支柱」


「道具」


「全部持ってくる」



 その時。


 A―07が。


 岩壁の下を見る。


『微小排水孔』


「何」


『内部まで接続』


「物送れる?」


『最大径――約五センチ』


「食い物!」


 マルク。


 荷物。


 開く。


 麦焼き。


 乾燥果実。


 小さく。


 砕く。


 布。


 細長く。


 包む。


 水。


 小さな革筒。


「送るぞ!」


 ガルド。


 壁。


「ラウル!」


「食い物!」


「水!」


「今から送る!」


 こん。


 排水孔。


 押し込む。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「届いたら!」


「一回!」


 待つ。


 十秒。


 三十秒。


 一分。


 そして。


 こん。


 ベルンの肩から。


 力が抜けた。


「届いた……」



 ガルドは。


 岩壁へ。


 掌を当てた。


「ラウル」


「フィン」


 向こう。


 音。


 止まる。


「息子」


「村にいる」


 長い。


 沈黙。


「無事だ」


 その瞬間。


 こん!


 こん!


 こん!


 強い。


 三回。


 今までで。


 一番。


 強い音。


「元気だ」


 ガルド。


 小さく笑う。


「お前の帰り」


「待ってるぞ」


 数秒。


 そして。


 こん。


 一回。


 それだけ。


 だった。



 村。


 同じ頃。


 フィンは。


 何も知らず。


 薪を運んでいた。


 父親が。


 岩壁の向こうで。


 自分の無事を聞き。


 泣いていることを。


 まだ。


 知らなかった。



第36話 三度の合図 了

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