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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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33/53

地下の備蓄庫

第二章 灰境


第33話 地下の備蓄庫


前書き


宝物とは、


金貨や宝石だけではありません。


食べ物が足りない時の麦。


寒い夜の薪。


怪我をした時の薬。


それらは時に、


金貨よりもずっと価値があります。


そして。


三十人が暮らす村にとって。


今日必要なのは、


伝説の剣でも。


古代の秘宝でもなく。


明日食べるための、


一袋の麦でした。


⸻


 地下。


 第一浄化施設から伸びる西区画保守路。


 アルフレッドは。


 A―07の青い光を追いながら、慎重に歩いていた。


「足元」


 前を歩くガルドが言う。


「はい」


「そこ段差」


「見えてます」


「次、水」


「見えてます」


「その先、穴」


「それは見えてなかった!」


「だから言ってんだ!」


 アルフレッドが。


 慌てて足を止める。


 石床。


 暗い。


 ところどころ。


 水が流れている。


 壁には。


 古い青色の線。


 光っている部分。


 消えている部分。


 折れた金属管。


 崩れた石。


 そして。


 アルフレッドにだけ。


 嫌というほど分かる。


 壊れている場所。


「……」


 見ない。


 意識しない。


 そうしようとしている。


 けれど。


 《修繕》を持つ彼には。


 まるで。


 怪我人だらけの通りを歩いているようだった。


 右。


 壊れている。


 左。


 壊れている。


 天井。


 壊れている。


 床下。


 もっと大きな何かが。


 壊れている。


「アル坊」


「うん」


「また見てるぞ」


「触ってない」


「それは偉い」


「子ども扱いしてない?」


「十二歳は子どもだ」


「領主です」


「十二歳の領主だ」


「……強い」


 反論できなかった。


⸻


『右方向』


 A―07が立ち止まる。


『西区画保守路』


『第三旧居住区備蓄区画へ接続』


「あとどれくらい?」


『現在速度にて――約二十八分』


「近いね」


「地下だからな」


 ベルンが言う。


「地上だと、あれだけ遠かった村まで」


「こんな道が繋がってたとはな」


「昔の人」


「便利だったんだね」


 アルフレッドが壁を見る。


「便利だったからこそ」


 ガルドが言った。


「これが壊れた時」


「困ったんじゃねぇか?」


 アルフレッドが。


 少し考える。


「……そっか」


 道。


 水。


 浄化施設。


 地下通路。


 番人。


 すべて。


 動いていた時代なら。


 この土地は。


 今とはまったく違ったのかもしれない。


「昔の灰境って」


「どんな場所だったんだろう」


『名称照合』


 A―07が。


 突然反応した。


「え?」


『灰境』


『現行名称』


「うん」


『旧登録名称――』


 一瞬。


 青い瞳が揺れる。


『記録欠損』


「そこ!」


 アルフレッドが思わず叫んだ。


「今絶対いいところだった!」


『謝罪』


「エーナナが悪いんじゃないけど!」


「歩け」


 ガルドが背中を押した。


「今日は昔の地名を調べに来たんじゃねぇ」


「食料」


「そうだった」


「忘れんな」


⸻


 さらに進む。


 途中。


 A―07が。


 右肩の鉤を。


 壁から垂れ下がる金属輪へ引っ掛けた。


『障害物』


 石材。


 崩れた梁。


 通路の半分を塞いでいる。


「ビーさん」


『確認』


 B―03。


 最後尾から前へ。


 どん。


 どん。


「これ動かせる?」


『可能』


「通れるだけでいいから」


『了解』


 巨大な両腕。


 崩れた石材を掴む。


 ぐぐ。


 持ち上がる。


「……」


 アルフレッド。


 ベルン。


 マルク。


 全員。


 見る。


「やっぱりすごいね」


『負荷率――22%』


「それで二割なの?」


『肯定』


「家建てるのめちゃくちゃ早そう」


「エッダと同じ目してるぞ」


 ガルドが言う。


「どんな目?」


「仕事を見つけた職人の目」


「僕は領主だよ」


「最近忘れなくなったな」


「成長しました」


 B―03が。


 石材を脇へ置く。


『通行可能』


「ありがとう、ビーさん」


『感謝不要』


「でもありがとう」


『……』


 一拍。


『受領』


「ビーさんも覚えてる」


 A―07が。


 隣で青い目を明滅させる。


『学習共有――一部実行』


「え?」


「お前ら情報共有できるのか?」


 ガルドが尋ねる。


『限定的』


『同一施設管理情報のみ』


「会話まで?」


『一部』


「じゃあ」


 ベルンが言う。


「エーナナに教えたことが」


「ビーさんにも伝わる?」


『可能性あり』


「便利だな」


「変なこと覚えさせるなよ」


 ガルド。


「誰に言ってるんです?」


「全員」


⸻


 やがて。


 空気が。


 変わった。


「臭い」


 マルクが鼻を動かす。


「何だ?」


「土と……」


「食い物?」


 ベルン。


 前。


 石の扉。


 その横に。


 現代の文字で。


 木札が掛かっていた。


 煤で書かれている。


 ――西備蓄庫。


「これ」


「クララさんたちが使ってたものだ」


 アルフレッドが言う。


「古代の施設を」


「そのまま貯蔵庫にしてたんだな」


 ガルドが扉を見る。


「エーナナ」


『確認』


「侵食」


『走査』


 青い光。


 扉。


 壁。


 床。


『微弱反応』


「中は?」


『扉閉鎖により詳細走査不可』


「開けられる?」


『旧式手動扉』


『可能』


 A―07が。


 扉横の金属輪へ。


 右肩の鉤を掛ける。


『固定』


 ぐっ。


 引く。


 ぎ。


 扉。


 少し動く。


 だが。


 止まった。


『異常』


「壊れてる?」


 アルフレッドが。


 反射的に手を伸ばしかける。


 自分で。


 止めた。


 ガルドが。


 何も言わず見る。


「……何?」


「いや」


「何も言ってないだろ」


「今」


「ちょっと褒めようとした?」


「してねぇ」


「絶対した」


「扉見ろ」


⸻


「下だ」


 マルクが。


 松明を近づける。


 扉の下。


 土。


 小石。


 木片。


 何年も。


 いや。


 最近まで開け閉めしていた痕跡もある。


 ただ。


 旧居住区が侵食された際。


 崩れた壁の破片が。


 扉の下へ噛み込んでいた。


「修繕じゃなくて」


「掃除?」


 アルフレッド。


「普通に掻き出せる」


 ガルド。


「……はい」


 棒。


 小さな鍬。


 手。


 全員で。


 土を取り除く。


「こういうの」


「《清掃》なら一瞬なのに」


「魔力使わずできるなら」


「こっちでやれ」


「分かってます」


「不満?」


「少し」


「正直だな」


 土。


 石。


 最後。


 木片。


 外れる。


『再試行』


 A―07が。


 鉤を引く。


 ぎぎぎ。


 石扉が。


 ゆっくり。


 開いた。


⸻


 冷たい空気。


 そして。


「……ある」


 アルフレッドが。


 思わず呟いた。


 棚。


 箱。


 袋。


 樽。


 たくさん。


 村人が。


 ここへ避難するまで。


 実際に使っていた備蓄庫。


 古い施設の中へ。


 後世の人々が。


 木棚を作り。


 縄を張り。


 保存食を置いていた。


「クララの話通りだな」


 ガルド。


「待って」


 ベルンが。


 前へ出ようとする。


『停止』


 A―07。


「何だ?」


『侵食因子検知』


 一瞬。


 全員が緊張する。


「どこ」


『左壁側』


 松明。


 照らす。


「……あった」


 棚。


 一番左。


 灰色。


 細い菌糸が。


 壁の亀裂から。


 伸びている。


 袋。


 二つ。


 木箱。


 一つ。


 そこへ。


 絡みついている。


「ほかは?」


『走査』


『中央区画――反応なし』


『右区画――反応なし』


『左区画――汚染』


「左には触るな」


 ガルドが即座に言う。


「でも食料」


「駄目だ」


「《清掃》なら――」


「必要なら後」


「今日は持って帰れる安全な物を」


「先に持って帰る」


 アルフレッドは。


 菌糸を見る。


 それから。


 中央の棚。


 右の棚。


「……うん」


「分かった」


⸻


 中へ。


 一人ずつ。


 入る。


「記録するぞ」


 ガルド。


 マルクが。


 簡易帳面を出す。


「麦」


 袋。


「一」


「二」


「三……」


 全部で。


 十二袋。


 ただし。


 一袋は破れている。


「これは駄目」


「鼠?」


「たぶんな」


「残り十一」


 次。


 豆。


 陶器壺。


「八」


「一つ割れてる」


「七」


 干した根菜。


 籠。


「六」


「こっちは?」


「乾燥茸」


 ベルンが。


 顔を近づける。


「食えるのか?」


「俺に聞くな」


「匂いは普通」


「匂いで決めるな」


 次。


 塩。


 樽。


 ガルドが。


 蓋を開け。


「おお」


「何?」


「塩だ」


 アルフレッドの顔が。


 明るくなる。


「いっぱい?」


「樽一つ」


「そんなにすごい?」


「すごいぞ」


 ベルンが答える。


「肉も魚も」


「塩があれば保存できる」


「あ」


「そっか」


 今ある食料だけではない。


 これから獲る食料を。


 冬まで残すためにも。


 塩がいる。


「これは絶対持って帰る」


「優先だな」


⸻


 さらに。


 奥。


「燻製肉」


 マルクが言う。


 だが。


 ガルドが。


 一つ手に取る。


「……臭う」


『腐敗反応』


 A―07。


「全部?」


『走査』


『大部分――食用不適』


「捨てる?」


「仕方ねぇ」


 アルフレッドが。


 少し残念そうに見る。


 食料。


 今。


 喉から手が出るほど欲しい。


 でも。


 危ないものを。


 無理に食べるわけにはいかない。


「持ち帰らない」


「それでいい」


⸻


 芋。


 根菜。


 麦。


 豆。


 塩。


 乾燥果実。


 少量の蜂蜜。


「蜂蜜!」


 アルフレッド。


「それは嬉しそうだな」


「甘いもの久しぶり」


「お前が全部食うなよ」


「食べないよ!」


「顔」


「今日は読まなくていい!」


⸻


 しかし。


 備蓄庫の奥。


 ガルドが。


 立ち止まった。


「これ」


「何だ?」


 壁際。


 木箱。


 ほかのものと違う。


 蓋に。


 文字。


 現代のもの。


 ――種。


「種?」


 アルフレッドが近づく。


 箱。


 開ける。


 小袋。


 何種類も。


「作物の種か」


「たぶん」


 袋には。


 名前。


 麦。


 豆。


 蕪。


 葉菜。


 香草。


「これ」


「食べ物より大事なんじゃない?」


 アルフレッドが言った。


 ガルド。


 少し笑う。


「今すぐ腹は膨れねぇぞ」


「でも」


「来年増やせる」


「ああ」


「今年の分だけじゃなくて」


「来年の食べ物になる」


「その通り」


 箱は。


 丁寧に。


 別に分けられた。


⸻


 その近く。


 さらに。


 鉄製の小扉。


 古代施設の一部。


 木棚で。


 半分隠されている。


「エーナナ」


『確認』


「これは?」


『照合』


『旧種子保存区画』


 アルフレッドが。


 止まった。


「種?」


『肯定』


「中にある?」


『不明』


「開けられる?」


『管理者権限――』


 青い光。


 一瞬。


 扉へ走る。


『可能』


 全員。


 アルフレッドを見る。


「……」


 扉。


 開けられる。


 古代の。


 種子保存区画。


 何が入っているか。


 分からない。


「アル坊」


「うん」


「今日の目的」


「食料」


「それだけ」


「……分かってます」


 アルフレッドは。


 鉄扉から。


 一歩離れた。


「開けない」


 ガルドが。


 少しだけ。


 口元を上げる。


「よし」


「でも場所は覚えとく」


「それはいい」


 A―07。


『未開放区画として記録』


「ありがとう」


⸻


 回収。


 開始。


 B―03。


 背中。


 肩。


 両腕。


 縄。


 木枠を組む。


「ビーさん」


『確認』


「重くない?」


『現在荷重――218キログラム』


「まだいける?」


『可能』


「でも」


 アルフレッドは。


 積まれた袋を見る。


「人が歩ける速さで」


『了解』


 さらに。


 麦。


 豆。


 塩。


 根菜。


 追加。


『現在荷重――347キログラム』


 B―03が。


 立ち上がる。


 何事もない。


「すご……」


 ベルン。


「俺たち」


「要らなくない?」


「護衛が要る」


 ガルド。


「ビーさんが護衛で」


「エーナナが案内」


「……俺たち」


「口を動かさず手を動かせ」


「はい」


⸻


 A―07。


 右肩の鉤。


 そこへ。


 小さな荷車。


 備蓄庫に残されていたもの。


 片輪が。


 歪んでいる。


「これ」


「直せる?」


 マルクが尋ねる。


 アルフレッドが。


 車輪を見る。


 木。


 割れ。


 鉄輪。


 少し外れている。


「直せると思う」


 ガルドが。


 アルフレッドを見る。


「体調」


「大丈夫」


「今日まだ使ってない」


「小さい範囲」


「うん」


「一回」


「うん」


「……よし」


 アルフレッドが。


 少しだけ嬉しそうに。


 荷車へ触れる。


「《修繕》」


 淡い光。


 割れた車輪。


 戻る。


 外れた鉄輪。


 収まる。


 軸。


 歪み。


 整う。


 短い。


 ほんの数秒。


 光。


 消える。


「終わり」


 アルフレッドが。


 自分から手を離す。


「どう?」


 ベルンが。


 荷車を押す。


 ころ。


 ころ。


「使える」


「やった」


「顔色?」


 ガルド。


「大丈夫」


「頭?」


「平気」


「吐き気?」


「ない」


「よし」


「最近」


「これが挨拶みたいになってない?」


「お前が倒れなくなったらやめる」


「……頑張ります」


⸻


 小さな荷車。


 A―07の鉤へ。


 縄で繋ぐ。


『牽引確認』


 ころころ。


「エーナナ」


「本当に仕事用の腕になったね」


『外部装具用途――適正』


「ヘルマンさん喜ぶね」


『帰還後報告』


「うん」


 失った腕は。


 戻らなかった。


 けれど。


 今は。


 荷車を引ける。


 それで。


 十分役に立っていた。


⸻


 備蓄庫から。


 出る直前。


 アルフレッドは。


 もう一度。


 左棚を見る。


 菌糸。


 侵された袋。


 木箱。


「エーナナ」


『確認』


「あそこ」


「増えてる?」


『現在進行――微弱』


「第四浄化塔と繋がってる?」


『可能性あり』


「……」


 アルフレッドは。


 手を握る。


「今日は」


「やらない」


『了解』


「でも」


「次に来た時」


「調べたい」


『記録』


 ガルドは。


 何も言わなかった。


 今は。


 それでいい。


 危険を見つけても。


 全部。


 今日片付ける必要はない。


⸻


 帰路。


 荷物。


 重い。


 でも。


 歩みは。


 行きより少し明るかった。


「これで」


「何日増えるかな」


 アルフレッド。


「帰らねぇと分からん」


 ガルド。


「二十日?」


「知らん」


「三十日?」


「ノエルに聞け」


「一月くらい欲しい」


「欲張るな」


「食料は多い方がいいでしょう?」


「それはそうだ」


 ベルンが。


 後ろから言う。


「蜂蜜だけで三十日は無理ですよ」


「分かってる!」


⸻


 途中。


 第一浄化施設。


 中央区画。


 アルフレッドが。


 足を止めた。


「……」


「どうした」


 ガルド。


「水の音」


 行きより。


 少し。


 大きい。


 さら。


 さら。


 壁の奥。


 以前は。


 ほとんど聞こえなかった。


 流れる音。


「エーナナ」


『補助浄化系統』


『第一段階稼働継続』


「三十人になったから?」


『肯定』


「これ」


「もっと直せば」


「井戸も――」


「アル坊」


「分かってる」


 アルフレッドは。


 施設へ手を伸ばさなかった。


「今日は食料」


「そうだ」


「次は?」


「地上へ戻ってから考えろ」


「はい」


 一行は。


 通り過ぎた。


⸻


 地上。


 昼を。


 少し過ぎた頃。


「来た!」


 見張り台。


 リーナの声。


「戻ってきた!」


 村の中央。


 人が集まる。


「アルフレッド様!」


 セルマ。


 アルフレッドが。


 点検口から。


 顔を出す。


「ただいま!」


「怪我は?」


「ない!」


「本当に?」


「本当!」


「マルタ様!」


「あとで診るよ!」


「信用ない!」


⸻


 次。


 A―07。


 荷車。


「エーナナ!」


 ヘルマン。


「おお!」


「鉤使えたか!」


『牽引用途――有効』


「そうか!」


 珍しく。


 ヘルマンが。


 子どものように喜んだ。


「あとで見せろ!」


『了解』


 そして。


 B―03。


 どん。


 地上。


 背中いっぱい。


 荷物。


 村人。


 一瞬。


 静まり返る。


「……これ」


 エッダ。


「全部?」


「全部じゃない」


 ガルドが答える。


「危ない場所は置いてきた」


「でも」


 麦。


 豆。


 根菜。


 塩。


「これだけ持って帰れた」


⸻


「わあ……」


 フィンが。


 麦袋を見る。


 ハンナ。


 口元へ手を当てる。


 クララは。


 動かなかった。


「これ」


 アルフレッドが。


 クララを見る。


「皆さんの備蓄です」


「……」


「全部」


「持ってきたわけじゃないけど」


「安全なものだけ」


 クララの目に。


 涙が浮かぶ。


「戻れたのですね」


「地下から」


「はい」


「家は?」


「地上へは出てない」


「でも備蓄庫までは行けた」


 クララは。


 麦袋へ。


 そっと触れた。


 自分たちが。


 冬を越すために。


 少しずつ。


 貯めていた食料。


「これは」


 アルフレッドが言う。


「クララさんたちのものです」


 ノエルが。


 アルフレッドを見る。


「だから」


「どうするか」


「皆さんで決めてください」


 クララが。


 顔を上げる。


「村の食料に」


「するのではないのですか?」


「勝手にはできないよ」


「でも」


「私たちは」


「食べさせてもらっています」


「それとこれは」


「別でしょう?」


 アルフレッドは。


 麦袋へ目を向ける。


「助けたから」


「持ち物も全部もらう」


「にはならないです」


「……」


「ただ」


「もし」


「村で一緒に使わせてもらえるなら」


「助かります」


「その場合」


「誰がどれだけ出したか」


「記録します」


 ノエルが。


 すぐ言った。


「将来」


「返却可能な余剰が生まれれば」


「その記録を基準に返すこともできます」


「さすがノエルさん」


「この程度は当然です」


⸻


 クララは。


 ハンナ。


 オスカー。


 フィン。


 他の者たちを見る。


 しばらく。


 小さな声で。


 話した。


 そして。


「領主様」


「はい」


「皆で使ってください」


「いいの?」


「はい」


「私たちも」


「今ここで」


「食べています」


「ですから」


「この村の食料として」


「使わせてください」


「でも借りたものとして記録します」


「そこまでしなくても」


「します」


 アルフレッドは。


 意外にはっきり言った。


「今は」


「誰のものか」


「分からなくしたくないです」


 クララは。


 少し驚き。


 そして。


「……分かりました」


 頷いた。


⸻


 そこから。


 ノエル。


 大仕事。


 袋。


 壺。


 籠。


 一つずつ。


 量を確認。


 傷み。


 食べられる期間。


 種子は別。


 塩も別。


「これを」


「既存備蓄へ加算して」


 帳面。


 計算。


 計算。


 また計算。


 アルフレッド。


 横。


 じっと待つ。


「まだ?」


「まだです」


「今?」


「まだ」


「そろそろ?」


「領主様」


「はい」


「静かに」


「はい」


 五分。


「……」


 十分。


「……」


「出ました」


「何日!?」


「近いです」


 ノエルが。


 帳面を。


 アルフレッドへ向ける。


「現在三十人」


「通常配給」


「一部保存食を節約運用」


「採集・漁・乳など」


「今後の補充を一切含めず」


「現時点で」


 一拍。


「二十六日」


「……」


「二十六?」


「はい」


「十日だったのが?」


「二十六日です」


「十六日増えた!」


「はい」


 アルフレッドの顔が。


 一気に。


 明るくなる。


「やった!」


 リーナ。


「やったー!」


 なぜか一緒に飛び跳ねる。


「何が?」


「ご飯!」


「ご飯増えた!」


「やったー!」


 フィンも。


 少し離れた場所から。


 笑った。


⸻


「ただし」


 ノエル。


「はい」


 アルフレッドが。


 姿勢を戻す。


「二十六日で安心してはいけません」


「分かってます」


「今から」


「魚」


「採集」


「狩り」


「畑」


「保存食作り」


「全部進めます」


「はい」


「冬用備蓄も必要です」


「はい」


「塩は非常に大きいです」


「うん」


「種子も」


「来季を考えれば」


「食料以上に価値がある可能性があります」


「うん」


 アルフレッドは。


 帳面。


 昨日の数字。


 十。


 そこへ。


 線を引く。


 新しく。


 二十六。


「一個」


「変わった」


 セルマが。


 隣で見ていた。


「はい」


「十九日は?」


 地下。


 門。


 第四浄化塔。


「変わってない」


「はい」


「じゃあ」


 アルフレッドは。


 十九という数字を見る。


「次は」


「こっちだね」


⸻


「その前に休みな」


 マルタ。


「え」


「地下から帰ったばかりだろ」


「でも元気」


「診る」


「大丈夫だって」


「診る」


「……はい」


 ガルドが。


 笑う。


「十九日は逃げねぇよ」


「でも菌糸は進んでる」


「だからこそだ」


「焦って」


「お前が先に潰れたら」


「十九日どころじゃねぇ」


「……うん」


「今日の成果は十分だ」


 食料。


 十日。


 だったものが。


 二十六日。


 それは。


 大きな勝利だった。


⸻


 夕方。


 村。


 久しぶりに。


 少しだけ。


 いい匂いがした。


 豆。


 根菜。


 少量の肉。


 大きな鍋。


「今日は少し多めだよ!」


 マルタが言う。


「本当に?」


「働いたからね」


「やった!」


 子どもたち。


 喜ぶ。


 蜂蜜。


 ほんの。


 ひと匙。


 お湯へ溶かす。


 全員分ではない。


 ミア。


 フィン。


 リーナ。


 体力の落ちた者。


 少しずつ。


「甘い……」


 ミアが。


 小さく呟く。


「おいしい?」


 リーナ。


「うん」


「私も!」


 フィンは。


 何も言わない。


 ただ。


 器を。


 両手で持っていた。


⸻


 アルフレッドは。


 少し離れた場所から。


 それを見ていた。


「食べないのですか?」


 セルマ。


「食べるよ」


「なら早く」


「冷めます」


「うん」


 村。


 三十人。


 まだ。


 本当の意味で。


 一つの村になったわけではない。


 旧居住区から来た者たちは。


 いつか。


 帰るかもしれない。


 別の土地へ行くかもしれない。


 それでも。


 今日。


 同じ鍋を。


 囲んでいる。


「セルマ」


「はい」


「二十六日って」


「長い?」


「十九日よりは」


「長いですね」


「そういう意味じゃなくて」


「分かっています」


 セルマが。


 少し笑う。


「二十六日あれば」


「できることは」


「たくさんあります」


「うん」


⸻


 その夜。


 ノエルが。


 回収品を。


 もう一度確認していた。


「麦」


「豆」


「種子」


「塩……」


 その中。


 小さな箱。


「これは?」


 アルフレッドが。


 覗き込む。


「備蓄庫の木箱から出てきました」


「食べ物じゃない?」


「違います」


 中。


 薄い木板。


 紙。


 何枚か。


 湿気で。


 ほとんど駄目になっている。


 だが。


 一枚だけ。


 文字が読めた。


「これ」


「誰が書いたの?」


「旧居住区の記録でしょう」


 ノエルが。


 慎重に広げる。


 日付。


 名前。


 収穫量。


 人数。


「……人数?」


 アルフレッドが。


 顔を近づける。


 そこには。


 こう書かれていた。


 ――第三居住区。


 ――冬越し登録。


 ――三十一名。


「三十一……」


 現在。


 助け出したのは。


 八人。


 ミア。


 ルゥ。


 そして。


 旧居住区からの六人。


「これ」


「いつの記録?」


 ノエルが。


 日付を読む。


 表情。


 変わる。


「古くありません」


「どれくらい?」


「……昨冬です」


 アルフレッドが。


 止まった。


 昨冬。


 三十一人。


 現在。


 確認できたのは。


 八人。


「じゃあ」


 アルフレッドが。


 小さく言う。


「残りの人は?」


 ノエルは。


 答えなかった。


⸻


 少し離れた場所。


 クララが。


 その木板を見ていた。


「三十一人」


 ノエルが言う。


「昨冬」


「第三旧居住区には」


「三十一人いたのですね」


 クララは。


 しばらく。


 何も言わない。


 やがて。


「はい」


 答えた。


 アルフレッドが。


 クララを見る。


「他の人たちは」


 クララの指が。


 震える。


「……逃げました」


「どこへ?」


「分かりません」


「いつ?」


「灰が」


 声。


 小さくなる。


「森から来た日」


「皆」


「ばらばらに」


「逃げたんです」


「南へ行った人」


「東へ行った人」


「谷へ降りた人」


「それから」


 クララが。


 顔を上げる。


「地下へ入った人も」


 アルフレッド。


 ノエル。


 全員。


 動きを止めた。


「地下?」


「はい」


「何人?」


「……五人」


「どこから?」


 クララは。


 北西。


 第三旧居住区の方角を見る。


「村の」


「開けてはいけないと言われていた」


「丸い石蓋から」


 ヨーゼフの言葉。


 門番が起きる。


 開けるな。


「その五人」


「戻った?」


 クララは。


 ゆっくり。


 首を横へ振った。


「いいえ」


 そして。


 最後に。


 こう言った。


「でも」


「石蓋を開けた翌日から」


「灰が」


「一気に増えました」


⸻


 地下。


 第三旧居住区。


 円形の石蓋。


 その下。


『侵食深度――』


 数字。


『74.1%』


 昨日。


 73%。


 少しずつ。


 上がっている。


 さらに。


 封鎖機構内部。


 古い記録が。


 一件。


 破損した状態で残されていた。


『最終開閉履歴』


『現行暦換算――』


 表示。


 乱れる。


『――十一日前』


 誰かが。


 最近。


 門に触れていた。


⸻


第33話 地下の備蓄庫 了

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