地下の備蓄庫
第二章 灰境
第33話 地下の備蓄庫
前書き
宝物とは、
金貨や宝石だけではありません。
食べ物が足りない時の麦。
寒い夜の薪。
怪我をした時の薬。
それらは時に、
金貨よりもずっと価値があります。
そして。
三十人が暮らす村にとって。
今日必要なのは、
伝説の剣でも。
古代の秘宝でもなく。
明日食べるための、
一袋の麦でした。
⸻
地下。
第一浄化施設から伸びる西区画保守路。
アルフレッドは。
A―07の青い光を追いながら、慎重に歩いていた。
「足元」
前を歩くガルドが言う。
「はい」
「そこ段差」
「見えてます」
「次、水」
「見えてます」
「その先、穴」
「それは見えてなかった!」
「だから言ってんだ!」
アルフレッドが。
慌てて足を止める。
石床。
暗い。
ところどころ。
水が流れている。
壁には。
古い青色の線。
光っている部分。
消えている部分。
折れた金属管。
崩れた石。
そして。
アルフレッドにだけ。
嫌というほど分かる。
壊れている場所。
「……」
見ない。
意識しない。
そうしようとしている。
けれど。
《修繕》を持つ彼には。
まるで。
怪我人だらけの通りを歩いているようだった。
右。
壊れている。
左。
壊れている。
天井。
壊れている。
床下。
もっと大きな何かが。
壊れている。
「アル坊」
「うん」
「また見てるぞ」
「触ってない」
「それは偉い」
「子ども扱いしてない?」
「十二歳は子どもだ」
「領主です」
「十二歳の領主だ」
「……強い」
反論できなかった。
⸻
『右方向』
A―07が立ち止まる。
『西区画保守路』
『第三旧居住区備蓄区画へ接続』
「あとどれくらい?」
『現在速度にて――約二十八分』
「近いね」
「地下だからな」
ベルンが言う。
「地上だと、あれだけ遠かった村まで」
「こんな道が繋がってたとはな」
「昔の人」
「便利だったんだね」
アルフレッドが壁を見る。
「便利だったからこそ」
ガルドが言った。
「これが壊れた時」
「困ったんじゃねぇか?」
アルフレッドが。
少し考える。
「……そっか」
道。
水。
浄化施設。
地下通路。
番人。
すべて。
動いていた時代なら。
この土地は。
今とはまったく違ったのかもしれない。
「昔の灰境って」
「どんな場所だったんだろう」
『名称照合』
A―07が。
突然反応した。
「え?」
『灰境』
『現行名称』
「うん」
『旧登録名称――』
一瞬。
青い瞳が揺れる。
『記録欠損』
「そこ!」
アルフレッドが思わず叫んだ。
「今絶対いいところだった!」
『謝罪』
「エーナナが悪いんじゃないけど!」
「歩け」
ガルドが背中を押した。
「今日は昔の地名を調べに来たんじゃねぇ」
「食料」
「そうだった」
「忘れんな」
⸻
さらに進む。
途中。
A―07が。
右肩の鉤を。
壁から垂れ下がる金属輪へ引っ掛けた。
『障害物』
石材。
崩れた梁。
通路の半分を塞いでいる。
「ビーさん」
『確認』
B―03。
最後尾から前へ。
どん。
どん。
「これ動かせる?」
『可能』
「通れるだけでいいから」
『了解』
巨大な両腕。
崩れた石材を掴む。
ぐぐ。
持ち上がる。
「……」
アルフレッド。
ベルン。
マルク。
全員。
見る。
「やっぱりすごいね」
『負荷率――22%』
「それで二割なの?」
『肯定』
「家建てるのめちゃくちゃ早そう」
「エッダと同じ目してるぞ」
ガルドが言う。
「どんな目?」
「仕事を見つけた職人の目」
「僕は領主だよ」
「最近忘れなくなったな」
「成長しました」
B―03が。
石材を脇へ置く。
『通行可能』
「ありがとう、ビーさん」
『感謝不要』
「でもありがとう」
『……』
一拍。
『受領』
「ビーさんも覚えてる」
A―07が。
隣で青い目を明滅させる。
『学習共有――一部実行』
「え?」
「お前ら情報共有できるのか?」
ガルドが尋ねる。
『限定的』
『同一施設管理情報のみ』
「会話まで?」
『一部』
「じゃあ」
ベルンが言う。
「エーナナに教えたことが」
「ビーさんにも伝わる?」
『可能性あり』
「便利だな」
「変なこと覚えさせるなよ」
ガルド。
「誰に言ってるんです?」
「全員」
⸻
やがて。
空気が。
変わった。
「臭い」
マルクが鼻を動かす。
「何だ?」
「土と……」
「食い物?」
ベルン。
前。
石の扉。
その横に。
現代の文字で。
木札が掛かっていた。
煤で書かれている。
――西備蓄庫。
「これ」
「クララさんたちが使ってたものだ」
アルフレッドが言う。
「古代の施設を」
「そのまま貯蔵庫にしてたんだな」
ガルドが扉を見る。
「エーナナ」
『確認』
「侵食」
『走査』
青い光。
扉。
壁。
床。
『微弱反応』
「中は?」
『扉閉鎖により詳細走査不可』
「開けられる?」
『旧式手動扉』
『可能』
A―07が。
扉横の金属輪へ。
右肩の鉤を掛ける。
『固定』
ぐっ。
引く。
ぎ。
扉。
少し動く。
だが。
止まった。
『異常』
「壊れてる?」
アルフレッドが。
反射的に手を伸ばしかける。
自分で。
止めた。
ガルドが。
何も言わず見る。
「……何?」
「いや」
「何も言ってないだろ」
「今」
「ちょっと褒めようとした?」
「してねぇ」
「絶対した」
「扉見ろ」
⸻
「下だ」
マルクが。
松明を近づける。
扉の下。
土。
小石。
木片。
何年も。
いや。
最近まで開け閉めしていた痕跡もある。
ただ。
旧居住区が侵食された際。
崩れた壁の破片が。
扉の下へ噛み込んでいた。
「修繕じゃなくて」
「掃除?」
アルフレッド。
「普通に掻き出せる」
ガルド。
「……はい」
棒。
小さな鍬。
手。
全員で。
土を取り除く。
「こういうの」
「《清掃》なら一瞬なのに」
「魔力使わずできるなら」
「こっちでやれ」
「分かってます」
「不満?」
「少し」
「正直だな」
土。
石。
最後。
木片。
外れる。
『再試行』
A―07が。
鉤を引く。
ぎぎぎ。
石扉が。
ゆっくり。
開いた。
⸻
冷たい空気。
そして。
「……ある」
アルフレッドが。
思わず呟いた。
棚。
箱。
袋。
樽。
たくさん。
村人が。
ここへ避難するまで。
実際に使っていた備蓄庫。
古い施設の中へ。
後世の人々が。
木棚を作り。
縄を張り。
保存食を置いていた。
「クララの話通りだな」
ガルド。
「待って」
ベルンが。
前へ出ようとする。
『停止』
A―07。
「何だ?」
『侵食因子検知』
一瞬。
全員が緊張する。
「どこ」
『左壁側』
松明。
照らす。
「……あった」
棚。
一番左。
灰色。
細い菌糸が。
壁の亀裂から。
伸びている。
袋。
二つ。
木箱。
一つ。
そこへ。
絡みついている。
「ほかは?」
『走査』
『中央区画――反応なし』
『右区画――反応なし』
『左区画――汚染』
「左には触るな」
ガルドが即座に言う。
「でも食料」
「駄目だ」
「《清掃》なら――」
「必要なら後」
「今日は持って帰れる安全な物を」
「先に持って帰る」
アルフレッドは。
菌糸を見る。
それから。
中央の棚。
右の棚。
「……うん」
「分かった」
⸻
中へ。
一人ずつ。
入る。
「記録するぞ」
ガルド。
マルクが。
簡易帳面を出す。
「麦」
袋。
「一」
「二」
「三……」
全部で。
十二袋。
ただし。
一袋は破れている。
「これは駄目」
「鼠?」
「たぶんな」
「残り十一」
次。
豆。
陶器壺。
「八」
「一つ割れてる」
「七」
干した根菜。
籠。
「六」
「こっちは?」
「乾燥茸」
ベルンが。
顔を近づける。
「食えるのか?」
「俺に聞くな」
「匂いは普通」
「匂いで決めるな」
次。
塩。
樽。
ガルドが。
蓋を開け。
「おお」
「何?」
「塩だ」
アルフレッドの顔が。
明るくなる。
「いっぱい?」
「樽一つ」
「そんなにすごい?」
「すごいぞ」
ベルンが答える。
「肉も魚も」
「塩があれば保存できる」
「あ」
「そっか」
今ある食料だけではない。
これから獲る食料を。
冬まで残すためにも。
塩がいる。
「これは絶対持って帰る」
「優先だな」
⸻
さらに。
奥。
「燻製肉」
マルクが言う。
だが。
ガルドが。
一つ手に取る。
「……臭う」
『腐敗反応』
A―07。
「全部?」
『走査』
『大部分――食用不適』
「捨てる?」
「仕方ねぇ」
アルフレッドが。
少し残念そうに見る。
食料。
今。
喉から手が出るほど欲しい。
でも。
危ないものを。
無理に食べるわけにはいかない。
「持ち帰らない」
「それでいい」
⸻
芋。
根菜。
麦。
豆。
塩。
乾燥果実。
少量の蜂蜜。
「蜂蜜!」
アルフレッド。
「それは嬉しそうだな」
「甘いもの久しぶり」
「お前が全部食うなよ」
「食べないよ!」
「顔」
「今日は読まなくていい!」
⸻
しかし。
備蓄庫の奥。
ガルドが。
立ち止まった。
「これ」
「何だ?」
壁際。
木箱。
ほかのものと違う。
蓋に。
文字。
現代のもの。
――種。
「種?」
アルフレッドが近づく。
箱。
開ける。
小袋。
何種類も。
「作物の種か」
「たぶん」
袋には。
名前。
麦。
豆。
蕪。
葉菜。
香草。
「これ」
「食べ物より大事なんじゃない?」
アルフレッドが言った。
ガルド。
少し笑う。
「今すぐ腹は膨れねぇぞ」
「でも」
「来年増やせる」
「ああ」
「今年の分だけじゃなくて」
「来年の食べ物になる」
「その通り」
箱は。
丁寧に。
別に分けられた。
⸻
その近く。
さらに。
鉄製の小扉。
古代施設の一部。
木棚で。
半分隠されている。
「エーナナ」
『確認』
「これは?」
『照合』
『旧種子保存区画』
アルフレッドが。
止まった。
「種?」
『肯定』
「中にある?」
『不明』
「開けられる?」
『管理者権限――』
青い光。
一瞬。
扉へ走る。
『可能』
全員。
アルフレッドを見る。
「……」
扉。
開けられる。
古代の。
種子保存区画。
何が入っているか。
分からない。
「アル坊」
「うん」
「今日の目的」
「食料」
「それだけ」
「……分かってます」
アルフレッドは。
鉄扉から。
一歩離れた。
「開けない」
ガルドが。
少しだけ。
口元を上げる。
「よし」
「でも場所は覚えとく」
「それはいい」
A―07。
『未開放区画として記録』
「ありがとう」
⸻
回収。
開始。
B―03。
背中。
肩。
両腕。
縄。
木枠を組む。
「ビーさん」
『確認』
「重くない?」
『現在荷重――218キログラム』
「まだいける?」
『可能』
「でも」
アルフレッドは。
積まれた袋を見る。
「人が歩ける速さで」
『了解』
さらに。
麦。
豆。
塩。
根菜。
追加。
『現在荷重――347キログラム』
B―03が。
立ち上がる。
何事もない。
「すご……」
ベルン。
「俺たち」
「要らなくない?」
「護衛が要る」
ガルド。
「ビーさんが護衛で」
「エーナナが案内」
「……俺たち」
「口を動かさず手を動かせ」
「はい」
⸻
A―07。
右肩の鉤。
そこへ。
小さな荷車。
備蓄庫に残されていたもの。
片輪が。
歪んでいる。
「これ」
「直せる?」
マルクが尋ねる。
アルフレッドが。
車輪を見る。
木。
割れ。
鉄輪。
少し外れている。
「直せると思う」
ガルドが。
アルフレッドを見る。
「体調」
「大丈夫」
「今日まだ使ってない」
「小さい範囲」
「うん」
「一回」
「うん」
「……よし」
アルフレッドが。
少しだけ嬉しそうに。
荷車へ触れる。
「《修繕》」
淡い光。
割れた車輪。
戻る。
外れた鉄輪。
収まる。
軸。
歪み。
整う。
短い。
ほんの数秒。
光。
消える。
「終わり」
アルフレッドが。
自分から手を離す。
「どう?」
ベルンが。
荷車を押す。
ころ。
ころ。
「使える」
「やった」
「顔色?」
ガルド。
「大丈夫」
「頭?」
「平気」
「吐き気?」
「ない」
「よし」
「最近」
「これが挨拶みたいになってない?」
「お前が倒れなくなったらやめる」
「……頑張ります」
⸻
小さな荷車。
A―07の鉤へ。
縄で繋ぐ。
『牽引確認』
ころころ。
「エーナナ」
「本当に仕事用の腕になったね」
『外部装具用途――適正』
「ヘルマンさん喜ぶね」
『帰還後報告』
「うん」
失った腕は。
戻らなかった。
けれど。
今は。
荷車を引ける。
それで。
十分役に立っていた。
⸻
備蓄庫から。
出る直前。
アルフレッドは。
もう一度。
左棚を見る。
菌糸。
侵された袋。
木箱。
「エーナナ」
『確認』
「あそこ」
「増えてる?」
『現在進行――微弱』
「第四浄化塔と繋がってる?」
『可能性あり』
「……」
アルフレッドは。
手を握る。
「今日は」
「やらない」
『了解』
「でも」
「次に来た時」
「調べたい」
『記録』
ガルドは。
何も言わなかった。
今は。
それでいい。
危険を見つけても。
全部。
今日片付ける必要はない。
⸻
帰路。
荷物。
重い。
でも。
歩みは。
行きより少し明るかった。
「これで」
「何日増えるかな」
アルフレッド。
「帰らねぇと分からん」
ガルド。
「二十日?」
「知らん」
「三十日?」
「ノエルに聞け」
「一月くらい欲しい」
「欲張るな」
「食料は多い方がいいでしょう?」
「それはそうだ」
ベルンが。
後ろから言う。
「蜂蜜だけで三十日は無理ですよ」
「分かってる!」
⸻
途中。
第一浄化施設。
中央区画。
アルフレッドが。
足を止めた。
「……」
「どうした」
ガルド。
「水の音」
行きより。
少し。
大きい。
さら。
さら。
壁の奥。
以前は。
ほとんど聞こえなかった。
流れる音。
「エーナナ」
『補助浄化系統』
『第一段階稼働継続』
「三十人になったから?」
『肯定』
「これ」
「もっと直せば」
「井戸も――」
「アル坊」
「分かってる」
アルフレッドは。
施設へ手を伸ばさなかった。
「今日は食料」
「そうだ」
「次は?」
「地上へ戻ってから考えろ」
「はい」
一行は。
通り過ぎた。
⸻
地上。
昼を。
少し過ぎた頃。
「来た!」
見張り台。
リーナの声。
「戻ってきた!」
村の中央。
人が集まる。
「アルフレッド様!」
セルマ。
アルフレッドが。
点検口から。
顔を出す。
「ただいま!」
「怪我は?」
「ない!」
「本当に?」
「本当!」
「マルタ様!」
「あとで診るよ!」
「信用ない!」
⸻
次。
A―07。
荷車。
「エーナナ!」
ヘルマン。
「おお!」
「鉤使えたか!」
『牽引用途――有効』
「そうか!」
珍しく。
ヘルマンが。
子どものように喜んだ。
「あとで見せろ!」
『了解』
そして。
B―03。
どん。
地上。
背中いっぱい。
荷物。
村人。
一瞬。
静まり返る。
「……これ」
エッダ。
「全部?」
「全部じゃない」
ガルドが答える。
「危ない場所は置いてきた」
「でも」
麦。
豆。
根菜。
塩。
「これだけ持って帰れた」
⸻
「わあ……」
フィンが。
麦袋を見る。
ハンナ。
口元へ手を当てる。
クララは。
動かなかった。
「これ」
アルフレッドが。
クララを見る。
「皆さんの備蓄です」
「……」
「全部」
「持ってきたわけじゃないけど」
「安全なものだけ」
クララの目に。
涙が浮かぶ。
「戻れたのですね」
「地下から」
「はい」
「家は?」
「地上へは出てない」
「でも備蓄庫までは行けた」
クララは。
麦袋へ。
そっと触れた。
自分たちが。
冬を越すために。
少しずつ。
貯めていた食料。
「これは」
アルフレッドが言う。
「クララさんたちのものです」
ノエルが。
アルフレッドを見る。
「だから」
「どうするか」
「皆さんで決めてください」
クララが。
顔を上げる。
「村の食料に」
「するのではないのですか?」
「勝手にはできないよ」
「でも」
「私たちは」
「食べさせてもらっています」
「それとこれは」
「別でしょう?」
アルフレッドは。
麦袋へ目を向ける。
「助けたから」
「持ち物も全部もらう」
「にはならないです」
「……」
「ただ」
「もし」
「村で一緒に使わせてもらえるなら」
「助かります」
「その場合」
「誰がどれだけ出したか」
「記録します」
ノエルが。
すぐ言った。
「将来」
「返却可能な余剰が生まれれば」
「その記録を基準に返すこともできます」
「さすがノエルさん」
「この程度は当然です」
⸻
クララは。
ハンナ。
オスカー。
フィン。
他の者たちを見る。
しばらく。
小さな声で。
話した。
そして。
「領主様」
「はい」
「皆で使ってください」
「いいの?」
「はい」
「私たちも」
「今ここで」
「食べています」
「ですから」
「この村の食料として」
「使わせてください」
「でも借りたものとして記録します」
「そこまでしなくても」
「します」
アルフレッドは。
意外にはっきり言った。
「今は」
「誰のものか」
「分からなくしたくないです」
クララは。
少し驚き。
そして。
「……分かりました」
頷いた。
⸻
そこから。
ノエル。
大仕事。
袋。
壺。
籠。
一つずつ。
量を確認。
傷み。
食べられる期間。
種子は別。
塩も別。
「これを」
「既存備蓄へ加算して」
帳面。
計算。
計算。
また計算。
アルフレッド。
横。
じっと待つ。
「まだ?」
「まだです」
「今?」
「まだ」
「そろそろ?」
「領主様」
「はい」
「静かに」
「はい」
五分。
「……」
十分。
「……」
「出ました」
「何日!?」
「近いです」
ノエルが。
帳面を。
アルフレッドへ向ける。
「現在三十人」
「通常配給」
「一部保存食を節約運用」
「採集・漁・乳など」
「今後の補充を一切含めず」
「現時点で」
一拍。
「二十六日」
「……」
「二十六?」
「はい」
「十日だったのが?」
「二十六日です」
「十六日増えた!」
「はい」
アルフレッドの顔が。
一気に。
明るくなる。
「やった!」
リーナ。
「やったー!」
なぜか一緒に飛び跳ねる。
「何が?」
「ご飯!」
「ご飯増えた!」
「やったー!」
フィンも。
少し離れた場所から。
笑った。
⸻
「ただし」
ノエル。
「はい」
アルフレッドが。
姿勢を戻す。
「二十六日で安心してはいけません」
「分かってます」
「今から」
「魚」
「採集」
「狩り」
「畑」
「保存食作り」
「全部進めます」
「はい」
「冬用備蓄も必要です」
「はい」
「塩は非常に大きいです」
「うん」
「種子も」
「来季を考えれば」
「食料以上に価値がある可能性があります」
「うん」
アルフレッドは。
帳面。
昨日の数字。
十。
そこへ。
線を引く。
新しく。
二十六。
「一個」
「変わった」
セルマが。
隣で見ていた。
「はい」
「十九日は?」
地下。
門。
第四浄化塔。
「変わってない」
「はい」
「じゃあ」
アルフレッドは。
十九という数字を見る。
「次は」
「こっちだね」
⸻
「その前に休みな」
マルタ。
「え」
「地下から帰ったばかりだろ」
「でも元気」
「診る」
「大丈夫だって」
「診る」
「……はい」
ガルドが。
笑う。
「十九日は逃げねぇよ」
「でも菌糸は進んでる」
「だからこそだ」
「焦って」
「お前が先に潰れたら」
「十九日どころじゃねぇ」
「……うん」
「今日の成果は十分だ」
食料。
十日。
だったものが。
二十六日。
それは。
大きな勝利だった。
⸻
夕方。
村。
久しぶりに。
少しだけ。
いい匂いがした。
豆。
根菜。
少量の肉。
大きな鍋。
「今日は少し多めだよ!」
マルタが言う。
「本当に?」
「働いたからね」
「やった!」
子どもたち。
喜ぶ。
蜂蜜。
ほんの。
ひと匙。
お湯へ溶かす。
全員分ではない。
ミア。
フィン。
リーナ。
体力の落ちた者。
少しずつ。
「甘い……」
ミアが。
小さく呟く。
「おいしい?」
リーナ。
「うん」
「私も!」
フィンは。
何も言わない。
ただ。
器を。
両手で持っていた。
⸻
アルフレッドは。
少し離れた場所から。
それを見ていた。
「食べないのですか?」
セルマ。
「食べるよ」
「なら早く」
「冷めます」
「うん」
村。
三十人。
まだ。
本当の意味で。
一つの村になったわけではない。
旧居住区から来た者たちは。
いつか。
帰るかもしれない。
別の土地へ行くかもしれない。
それでも。
今日。
同じ鍋を。
囲んでいる。
「セルマ」
「はい」
「二十六日って」
「長い?」
「十九日よりは」
「長いですね」
「そういう意味じゃなくて」
「分かっています」
セルマが。
少し笑う。
「二十六日あれば」
「できることは」
「たくさんあります」
「うん」
⸻
その夜。
ノエルが。
回収品を。
もう一度確認していた。
「麦」
「豆」
「種子」
「塩……」
その中。
小さな箱。
「これは?」
アルフレッドが。
覗き込む。
「備蓄庫の木箱から出てきました」
「食べ物じゃない?」
「違います」
中。
薄い木板。
紙。
何枚か。
湿気で。
ほとんど駄目になっている。
だが。
一枚だけ。
文字が読めた。
「これ」
「誰が書いたの?」
「旧居住区の記録でしょう」
ノエルが。
慎重に広げる。
日付。
名前。
収穫量。
人数。
「……人数?」
アルフレッドが。
顔を近づける。
そこには。
こう書かれていた。
――第三居住区。
――冬越し登録。
――三十一名。
「三十一……」
現在。
助け出したのは。
八人。
ミア。
ルゥ。
そして。
旧居住区からの六人。
「これ」
「いつの記録?」
ノエルが。
日付を読む。
表情。
変わる。
「古くありません」
「どれくらい?」
「……昨冬です」
アルフレッドが。
止まった。
昨冬。
三十一人。
現在。
確認できたのは。
八人。
「じゃあ」
アルフレッドが。
小さく言う。
「残りの人は?」
ノエルは。
答えなかった。
⸻
少し離れた場所。
クララが。
その木板を見ていた。
「三十一人」
ノエルが言う。
「昨冬」
「第三旧居住区には」
「三十一人いたのですね」
クララは。
しばらく。
何も言わない。
やがて。
「はい」
答えた。
アルフレッドが。
クララを見る。
「他の人たちは」
クララの指が。
震える。
「……逃げました」
「どこへ?」
「分かりません」
「いつ?」
「灰が」
声。
小さくなる。
「森から来た日」
「皆」
「ばらばらに」
「逃げたんです」
「南へ行った人」
「東へ行った人」
「谷へ降りた人」
「それから」
クララが。
顔を上げる。
「地下へ入った人も」
アルフレッド。
ノエル。
全員。
動きを止めた。
「地下?」
「はい」
「何人?」
「……五人」
「どこから?」
クララは。
北西。
第三旧居住区の方角を見る。
「村の」
「開けてはいけないと言われていた」
「丸い石蓋から」
ヨーゼフの言葉。
門番が起きる。
開けるな。
「その五人」
「戻った?」
クララは。
ゆっくり。
首を横へ振った。
「いいえ」
そして。
最後に。
こう言った。
「でも」
「石蓋を開けた翌日から」
「灰が」
「一気に増えました」
⸻
地下。
第三旧居住区。
円形の石蓋。
その下。
『侵食深度――』
数字。
『74.1%』
昨日。
73%。
少しずつ。
上がっている。
さらに。
封鎖機構内部。
古い記録が。
一件。
破損した状態で残されていた。
『最終開閉履歴』
『現行暦換算――』
表示。
乱れる。
『――十一日前』
誰かが。
最近。
門に触れていた。
⸻
第33話 地下の備蓄庫 了




