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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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32/53

十日と十九日

第二章 灰境


第32話 十日と十九日


前書き


期限があると、


人は焦ります。


あと十日。


あと十九日。


数字にされると、


急に怖くなる。


けれど。


焦ったからといって、


一日が二日になるわけではありません。


だからこそ。


今日できることを、


一つずつ。


積み上げていくしかないのです。


⸻


 朝。


 まだ村の煙突から。


 最初の煙さえ上がっていない時間。


『暫定管理者』


「……うん」


『暫定管理者』


「起きてる……」


『眼球閉鎖を確認』


「起きてるよ……」


『睡眠状態の可能性――高』


「エーナナ」


『確認』


「それは起きてないって言うんだよ」


『学習』


「あと少し……」


『緊急報告』


 アルフレッドの目が。


 ぱち。


 開いた。


「緊急?」


 毛布から飛び起きる。


 その横。


 床へ置かれた簡易寝台。


 セルマも目を覚ました。


「何がありました」


『第一浄化施設より警告受信』


「地下?」


『肯定』


 アルフレッドは。


 一気に眠気が消えた。


⸻


 数分後。


 村の中央。


 ガルド。


 ノエル。


 バルド。


 グレゴール。


 エッダ。


 ヘルマン。


 マルタ。


 セルマ。


 そして。


 A―07。


 少し離れた場所には。


 巨大なB―03も立っている。


 まだ夜明け前。


「それで」


 ガルドが欠伸を噛み殺す。


「今度は何だ」


『第四浄化塔侵食率上昇』


「昨日のやつか」


『肯定』


「どれくらい?」


 アルフレッドが尋ねる。


『侵食深度――73%』


「七十三……」


「高いの?」


『危険域』


「やっぱり」


 ノエルが帳面を開く。


「何に対して危険なのです?」


『門封鎖機構』


 全員。


 止まった。


「門」


 アルフレッドが呟く。


 昨夜。


 ヨーゼフが話した昔話。


 銀の手が水を清め。


 黒の盾が道を守り。


 灰が山から下りた時。


 二つの番人が。


 門を閉ざす。


「その門?」


『照合』


『可能性――高』


「場所は?」


『第三旧居住区地下』


 ガルドの顔が険しくなる。


「昨日俺たちが逃げ込んだところか」


『周辺区画』


「門って何を閉じるんだ」


『記録欠損』


「やっぱりそこか」


『謝罪』


「もう慣れた」


⸻


「重要なのは」


 ノエルが言う。


「侵食がその門へ到達すると」


「何が起こるかです」


『予測不能』


「封鎖機構が壊れる?」


『可能性あり』


「門が開く?」


『可能性あり』


「その向こうから何か出てくる?」


『可能性あり』


「全部可能性じゃないですか」


『肯定』


 ガルドが。


 ため息を吐く。


「時間は?」


 A―07の青い瞳が明滅する。


『現在進行速度を維持した場合』


『門封鎖機構到達予測――十九日』


 静かになった。


「十九日」


 アルフレッドが。


 ゆっくり繰り返す。


『肯定』


「今日を入れて?」


『現時点基準』


「じゃあ」


 ノエルが帳面へ書く。


「十九日以内に」


「第四浄化塔の侵食を何らかの方法で止める必要がある」


「あるいは」


 ガルド。


「門とやらをもっと頑丈にする」


「それが可能なら」


「どっちが簡単?」


 アルフレッドが尋ねる。


 A―07。


『不明』


「ですよね」


⸻


「十九日か」


 バルドが。


 低い声で言った。


「長いか?」


 グレゴール。


「短い」


 ノエルが答える。


「非常に」


「でも」


 アルフレッドは。


 帳面を見る。


「僕たち」


「もう一個期限があるよね」


 ノエルの手が止まる。


「食料」


「……はい」


 昨日の計算。


 三十人。


 現在の備蓄。


 通常配給なら。


 およそ十日。


 冬用備蓄に手を付ければ伸ばせる。


 しかし。


 それをすれば。


 冬が越せない。


「十日」


 アルフレッド。


「十九日」


 ガルド。


「なんか」


「嫌な数字が二つ並んだな」


「食料の方が先です」


 ノエルが言う。


「だから門は後回し?」


「違います」


 即答。


「両方進めます」


「……ですよね」


⸻


「まず整理しましょう」


 ノエルが。


 地面へ二本の線を引いた。


 左。


 食料。


 右。


 侵食。


「食料は十日」


「何もしなければ」


「はい」


「対策は?」


「狩猟」


「採集」


「漁」


「交易」


「旧居住区の貯蔵庫」


 最後。


 全員の視線が。


 クララたちのいる家へ向く。


「一番量が多いのは?」


 アルフレッドが尋ねる。


「旧居住区でしょう」


 ノエル。


「ただし」


「最も危険でもあります」


 昨日。


 村全体を覆った。


 灰色の菌糸。


 第四浄化塔から広がった侵食。


 地上から入るのは。


 かなり危険だ。


「地下から行けない?」


 アルフレッド。


「昨日ガルドさんたちが帰ってきた道」


 A―07が答える。


『可能』


 ガルドが顔を上げる。


「貯蔵庫の近くまで?」


『第三旧居住区保守路』


『西区画分岐あり』


『地上接続点――存在』


「どこへ出る?」


『記録照合』


 一拍。


『旧備蓄庫近傍』


「……あるじゃねぇか」


 ガルドの表情が。


 少し変わった。


⸻


「でも」


 セルマが口を開く。


「地下にも侵食はあります」


 昨日。


 B―03が侵されていた。


「そうだな」


 ガルドが頷く。


「安全な道じゃねぇ」


「ビーさんを連れていけば?」


 アルフレッド。


「力持ちだし」


『運搬任務――実行可能』


 B―03が答える。


「エーナナは?」


『案内可能』


「じゃあ」


「二人とも――」


「待て」


 ガルド。


「何?」


「また」


「お前も行く気だったろ」


「……」


「顔」


「言わないで!」


⸻


 それでも。


 今回は。


 誰もすぐに「駄目だ」とは言わなかった。


 理由がある。


 旧居住区。


 地下。


 侵食。


 もし。


 菌糸を除去する必要が出た場合。


 アルフレッドの《清掃》が。


 最も有効な手段になる可能性が高い。


「……アル坊」


「はい」


「お前」


「昨日《修繕》使ったか?」


「使ってない」


「一昨日は?」


「見張り台」


「体調は」


「大丈夫」


「マルタ」


 ガルドが見る。


「今のところ問題ないよ」


「でも」


 マルタは。


 すぐ付け加える。


「地下へ連れていくなら」


「何かあった時点で戻す」


「本人が大丈夫って言ってもだ」


「僕まだ何も――」


「先に言ってるんだよ」


「はい」


⸻


「私は反対です」


 セルマ。


 アルフレッドが。


 隣を見る。


「理由は?」


「危険だからです」


「うん」


「地下」


「侵食」


「未知の施設」


「昨日のような機械が」


「ほかにも存在する可能性があります」


「うん」


「ですから」


 セルマは。


 一度言葉を切った。


「……反対です」


 いつもなら。


 ここで。


 アルフレッドを止める。


 しかし。


「ただし」


「え?」


「アルフレッド様の《清掃》が必要になる可能性も」


「理解しています」


 アルフレッドは。


 少し驚いた。


「だから」


「行くのであれば」


「条件を」


「いっぱい?」


「いっぱいです」


 セルマが。


 指を立てようとして。


 一瞬。


 左手しかないことに気づく。


 そのまま。


 左手の指を一本立てた。


「一つ」


「単独行動禁止」


「はい」


「二つ」


「ガルド様の指示に従う」


「はい」


「三つ」


「《清掃》は」


「必要な場所だけ」


「はい」


「四つ」


「違和感が出た時点で撤退」


「はい」


「五つ」


「勝手に《修繕》しない」


「……」


「アルフレッド様」


「はい」


「六つ」


「今の間を反省する」


「そんな条件ある!?」


「今できました」


 ガルドが。


 吹き出した。


「よし」


「採用」


「ガルドさん!」


⸻


「でも」


 エッダが言う。


「領主様が行くなら」


「村側の指示役が必要です」


「ノエルさん?」


「私は残ります」


 ノエルが即答する。


「食料計算」


「受け入れた人々の登録」


「住宅補修」


「水」


「すべて止められません」


「バルドさんもいる」


 アルフレッド。


「儂を最初から数えんか」


「ごめんなさい」


「聞こえておったからよい」


 バルドが。


 鼻を鳴らす。


「行ってこい」


「いいの?」


「必要ならな」


 そして。


 アルフレッドを見る。


「ただし」


「領主が」


「一番前を歩く必要はない」


「……はい」


「一番重い物を持つ必要もない」


「はい」


「一番危険な場所へ飛び込む必要もない」


「はい」


「必要な時に」


「必要なことをすればよい」


「……うん」


「それが」


「上に立つ者の仕事じゃ」


 アルフレッドは。


 小さく頷いた。


⸻


 計画が決まった。


 出発は。


 翌朝。


 目的。


 第三旧居住区。


 西側地下備蓄庫。


 食料の回収。


 ついでに。


 地下保守路の侵食状況を確認。


 深入りはしない。


 第四浄化塔へ向かわない。


 門も開けない。


「ここ重要です」


 ノエルが。


 帳面へ大きく書く。


 第四浄化塔へ行かない。


 門を開けない。


「なんでそんな大きく書くの?」


「忘れる方がいるので」


「僕?」


「さあ」


「僕ですよね?」


 返事はなかった。


⸻


 探索隊。


 ガルド。


 ベルン。


 グレゴールは。


 今回は外れた。


「なんでだ」


「昨日歩きすぎたからです」


 マルタが言う。


「脚を見せな」


「平気だ」


「見せな」


「……」


「三秒」


「分かった!」


 代わりに。


 開拓局の兵士。


 マルク。


 そして。


 A―07。


 B―03。


 アルフレッド。


 五名。


 二機を含む。


「ビーさんいるなら」


「戦力としては昨日より上だな」


 ガルドが言う。


『戦闘能力――稼働可能』


 B―03。


『右盾部――正常』


『左打撃部――正常』


「でも」


 アルフレッドが見る。


 昨日の損傷。


 まだ残っている。


「ビーさんも壊れてるところあるよね」


『任務遂行に支障なし』


「エーナナと同じ言い方」


『類似機械判断』


「無理しないでよ」


『命令登録』


「素直だ……」


「お前よりな」


 ガルド。


「僕だって最近素直です」


「最近って付けてる時点で自覚あるじゃねぇか」


⸻


 問題は。


 A―07。


 昨日の戦闘で。


 損傷率はかなり高い。


 右腕なし。


 左肩。


 胸。


 脚。


「先に直した方がいいよね」


 アルフレッド。


「そうだな」


 今日は。


 誰も止めなかった。


 必要だから。


 ただし。


「一回だけ」


 ガルド。


「分かってます」


「全身を一気にやるな」


「うん」


「重要部分だけ」


「はい」


 ヘルマンが。


 A―07を見る。


「右腕の穴は?」


「昨日作った仮の鉤」


 簡単な。


 鉄製の補助具。


 まだ。


 完全ではない。


「今付ける?」


「いや」


 ヘルマンが首を振る。


「まず本体じゃ」


「接続部が歪んだままなら」


「装具を付けてもすぐ壊れる」


 アルフレッドが。


 右肩へ触れる。


「ここだけ?」


「ここ」


「左肩」


「胸」


「脚」


「四箇所」


「いける?」


「やってみる」


⸻


「《修繕》」


 淡い光。


 A―07を。


 全部包まない。


 右肩。


 接続部。


 歪みが。


 少しずつ戻る。


 次。


 胸。


 浮いていた装甲。


 内部のずれ。


 左肩。


 脚。


 光が。


 弱くなる。


「アル坊」


「まだ大丈夫」


「顔」


「普通!」


「なら終われ」


「あと少し」


「その言葉が怖ぇ」


「……分かった」


 アルフレッドは。


 自分から手を離した。


 光。


 消える。


『損傷率――』


 A―07が確認。


『48%から』


『19%へ低下』


「全部は直ってない?」


『肯定』


「でも動ける?」


『任務遂行可能』


「よし」


 アルフレッドが笑う。


 ガルドは。


 少年の顔色を見る。


「気分」


「平気」


「手」


「動く」


「頭」


「痛くない」


「吐き気」


「ない」


「よし」


「もう聞かれる前に答えられるようになったよ」


「慣れさせんなよ……」


⸻


 そして。


 ヘルマン。


 昨日作った。


 鉄の鉤。


「エーナナ」


『確認』


「付けるぞ」


『許可』


 右肩。


 三点。


 固定。


 中央軸。


 魔導線は使わない。


 ただの。


 外付け装具。


 かち。


 ぎ。


「どう?」


『外部装具認識』


『可動機能――なし』


『固定機能――有効』


「縄くらい引ける?」


『可能』


「荷物」


『可能』


「人を殴る?」


『非推奨』


「そこはちゃんと分かってるんだ」


『工具用途』


「いいね」


 A―07の右肩に。


 初めて。


 新しいものが付いた。


 失った腕ではない。


 代用品。


 粗末。


 不格好。


 それでも。


 何もなかった場所に。


 できることが。


 一つ増えた。


⸻


 セルマが。


 少し離れた場所から。


 見ていた。


 A―07が。


 鉤へ縄を掛ける。


 引く。


 荷物。


 動く。


『使用可能』


「成功!」


 アルフレッドが喜ぶ。


 ヘルマンも。


 満足そうに腕を組む。


「まだ試作じゃ」


「使いながら直す」


「ありがとう」


『感謝』


 A―07が。


 ヘルマンへ頭を下げた。


「お前」


「礼なんぞ言うのか」


『暫定管理者および居住者会話より学習』


「……そうか」


 ヘルマンは。


 少し照れくさそうに。


 鼻を擦った。


「壊したら」


「また持ってこい」


『了解』


⸻


「セルマ」


 アルフレッドが呼ぶ。


「はい」


「見た?」


「見ていました」


「どうだった?」


「……」


 少し。


 考える。


「不格好ですね」


「そこ!?」


「ですが」


 セルマは。


 A―07の新しい鉤を見る。


「役には」


「立ちそうです」


「うん」


「それで」


 アルフレッドは。


 それ以上言わなかった。


 セルマの腕について。


 聞かない。


 約束。


 セルマは。


 少年が。


 何も言わなかったことに。


 気づいていた。


「アルフレッド様」


「何?」


「いつか」


 言葉。


 止まる。


「……いえ」


「うん」


 アルフレッドも。


 追わなかった。


⸻


 昼。


 食料対策。


 旧居住区だけを。


 当てにはできない。


「南の川」


 グレゴールが。


 地図を指す。


「魚はいる」


「どれくらい?」


「時期次第」


「罠を仕掛ける」


「できる?」


「俺はな」


「フィンとリーナにも」


「簡単なの教えるか」


「子どもでも?」


「岸から投げ込むだけの籠罠なら」


「危なくない?」


「大人が付けば」


「ならやろう」


 次。


「木の実」


 ハンナ。


「南斜面に」


「食べられる堅果があります」


「保存できる?」


「乾かせば」


「どれくらい?」


「集められる人次第」


 次。


「山羊」


「乳」


「一頭はまだ出ます」


「ルゥに使ってるね」


「はい」


「赤ちゃん優先」


「残りを料理へ」


 次。


「畑」


「今からでも」


「葉物なら少し」


 マルタ。


「野草も使えるよ」


 村。


 全体が。


 食料を増やす方向へ。


 動き始める。


⸻


「十日」


 アルフレッドが言う。


「食料がなくなるまでじゃなくて」


「十日で」


「増やす」


 ノエルが。


 顔を上げる。


「考え方としては」


「その方が適切です」


「本当?」


「はい」


「じゃあ」


「十九日も」


 アルフレッドは。


 別の数字を見る。


「門が壊れるまでじゃなくて」


「十九日で」


「侵食を止める方法を見つける」


 ガルド。


 少し笑う。


「簡単に言うな」


「難しい?」


「難しい」


「でも」


「やるしかないでしょう?」


「まあな」


⸻


 午後。


 マルタの家。


「……お姉ちゃん」


 小さな声。


 クララが。


 椅子から飛び上がった。


「ミア!」


 寝台。


 少女。


 目が。


 開いている。


「お姉ちゃん……」


「ここにいる!」


「ルゥ……」


「いる!」


「無事よ!」


 クララが。


 赤子を抱く。


 ミア。


 それを見る。


 小さく。


 笑った。


「よかった……」


 クララが。


 泣く。


「馬鹿!」


「本当に!」


「一人で!」


「赤ちゃん抱いて!」


「森を!」


「ごめんなさい……」


「謝らなくていい!」


 言いながら。


 また泣く。


「ありがとう……」


「ありがとう……!」


⸻


 アルフレッドは。


 扉の外。


 入らなかった。


 家族の時間だから。


 セルマが。


 隣にいた。


「入らないのですか?」


「後でいい」


「助けた領主なのに?」


「助けたのはミアちゃんだよ」


「僕は」


「村にいただけ」


「……」


 セルマは。


 少しだけ。


 首を傾げる。


「それでも」


「ミア様が辿り着ける村が」


「ここにあった」


「うん」


「それを作り始めたのは」


「アルフレッド様です」


「まだ全然だよ」


「そうですね」


「そこは否定してよ」


「まだ屋根の穴もあります」


「分かってる」


「食料十日」


「分かってるって」


「水も完全ではありません」


「セルマ」


「はい」


「ちょっとノエルさんに似てきた」


「否定いたします」


⸻


 夕方。


 旧居住区探索の荷物が。


 並べられた。


 縄。


 水。


 保存食。


 松明。


 油。


 布。


 薬。


 空の袋。


 木箱。


 食料を。


 持ち帰るため。


「ビーさん」


『確認』


「どれくらい運べる?」


『地形条件による』


「地下」


『安全確保時』


『約六百キログラム』


「……」


 全員。


 止まる。


「ろっぴゃく?」


『肯定』


 アルフレッドが。


 B―03を見る。


「そんなに?」


『当機輸送用途――補助対応』


「戦うだけじゃないんだ」


『防衛および重量物移送』


 エッダの目が。


 妙に輝いた。


「……建築」


 ガルドが聞き逃さなかった。


「おい」


「今何か考えたろ」


「別に」


「ビーさんで梁を――」


「考えてんじゃねぇか」


『作業補助可能』


「ほら!」


「ビーさんまで乗るな!」


⸻


 夜。


 出発前。


 アルフレッドは。


 一人。


 帳面を開いた。


 十日。


 十九日。


 その横へ。


 新しく。


 数字を書く。


 三十。


 今。


 この村で。


 暮らしている命。


「十」


「十九」


「三十」


 数字ばかり。


「何してるの?」


 リーナ。


「びっくりした!」


「さっきからいたよ」


「いつ?」


「三十って書いたところ」


「ほぼ今じゃない」


「何の数字?」


「十日は食べ物」


「十九日は地下」


「三十は?」


「人」


「ふーん」


 リーナが。


 帳面を見る。


「三十が一番大事?」


 アルフレッドが。


 止まった。


「どうして?」


「だって」


 リーナは。


 当然のように言う。


「食べ物も」


「地下も」


「三十人がいるから」


「頑張ってるんでしょう?」


「……」


「あれ?」


「違った?」


「違わない」


 アルフレッドは。


 笑った。


「リーナちゃん」


「なに?」


「賢いね」


「知ってる!」


「自分で言うんだ」


⸻


 翌朝。


 空は。


 薄曇り。


 探索隊が。


 点検口の前へ集まった。


 ガルド。


 マルク。


 ベルン。


 A―07。


 B―03。


 そして。


 アルフレッド。


「最後に確認」


 ノエル。


「目的」


「食料」


 アルフレッド。


「ほかは?」


「保守路の確認」


「第四浄化塔」


「行かない」


「門」


「開けない」


「勝手な修繕」


「しない」


「過剰な清掃」


「しない」


「単独行動」


「しない」


「ガルド様の指示」


「聞く」


 ガルドが。


 感心した顔。


「覚えてるじゃねぇか」


「僕を何だと思ってるの?」


「十二歳」


「それは合ってる」


⸻


「アルフレッド様」


 セルマ。


「うん」


「戻ってきてください」


 少年は。


 少し笑う。


「昨日」


「僕がエーナナに言ったのと同じだ」


「なら」


「答えも同じで」


 アルフレッドが。


 A―07を見る。


「エーナナ」


『確認』


「昨日なんて答えたっけ?」


『帰還を実行』


「それ」


 アルフレッドは。


 セルマを見る。


「帰ってくる」


「約束です」


「うん」


⸻


 石蓋が。


 開く。


 地下。


 暗い階段。


 A―07。


 先頭。


 B―03。


 最後尾。


 アルフレッドは。


 真ん中。


「そこ」


 ガルドが指す。


「勝手に前へ出るな」


「分かってる」


 一段。


 二段。


 降りる。


 冷たい空気。


 水の音。


 そして。


 昨日まで。


 遠くから見ていただけだった。


 地下施設へ。


 アルフレッド自身が。


 初めて。


 足を踏み入れた。


「……」


 壁。


 石。


 青い線。


 古い文字。


 壊れた機構。


 その瞬間。


 少年の中で。


 《修繕》が。


 ざわり。


 反応した。


「……多い」


「何がだ」


 ガルド。


 アルフレッドは。


 暗闇の奥を見る。


「壊れてるもの」


 右。


 左。


 下。


 もっと奥。


「いっぱい」


 顔から。


 血の気が。


 少し引くほど。


 感じる。


 壊れている。


 壁ではない。


 通路だけでもない。


 この地下全体に。


 巨大な何か。


 何十。


 何百。


 いや。


 もっと。


「アル坊」


「触るなよ」


「……うん」


 初めて。


 アルフレッドは。


 自分から。


 手を引いた。


「これ」


「今の僕が」


「直そうとしたら」


 息を呑む。


「たぶん」


「倒れるだけじゃ」


「済まない」


 ガルドの顔が。


 真剣になる。


「分かるのか」


「うん」


「じゃあ」


「絶対触るな」


「うん」


⸻


 A―07が。


 前へ進む。


『西区画保守路』


『旧備蓄庫経路――開放』


 青い光。


 壁。


 線が点灯する。


 その先。


 暗い通路。


「行こう」


 アルフレッドが言う。


「今日やることは」


「一つだけだから」


「食料を」


「持って帰る」


 ガルドが。


 小さく笑う。


「やっと」


「領主らしくなってきたな」


「昨日も言われた」


「少しだけな」


「またそれ!?」


 声が。


 地下通路へ響いた。


⸻


 そのさらに奥。


 彼らが。


 まだ向かわない。


 第四浄化塔。


 灰色の菌糸。


 侵食深度。


『73.2%』


 ゆっくり。


『73.3%』


 進んでいる。


 そして。


 門封鎖機構。


 その反対側。


 閉ざされた。


 巨大な空間。


 闇。


 完全な。


 闇の中。


 かすかに。


 何かが。


 石を擦った。


 ず……


 ずず……


 だが。


 門は。


 まだ。


 閉じていた。


⸻


第32話 十日と十九日 了

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