十日と十九日
第二章 灰境
第32話 十日と十九日
前書き
期限があると、
人は焦ります。
あと十日。
あと十九日。
数字にされると、
急に怖くなる。
けれど。
焦ったからといって、
一日が二日になるわけではありません。
だからこそ。
今日できることを、
一つずつ。
積み上げていくしかないのです。
⸻
朝。
まだ村の煙突から。
最初の煙さえ上がっていない時間。
『暫定管理者』
「……うん」
『暫定管理者』
「起きてる……」
『眼球閉鎖を確認』
「起きてるよ……」
『睡眠状態の可能性――高』
「エーナナ」
『確認』
「それは起きてないって言うんだよ」
『学習』
「あと少し……」
『緊急報告』
アルフレッドの目が。
ぱち。
開いた。
「緊急?」
毛布から飛び起きる。
その横。
床へ置かれた簡易寝台。
セルマも目を覚ました。
「何がありました」
『第一浄化施設より警告受信』
「地下?」
『肯定』
アルフレッドは。
一気に眠気が消えた。
⸻
数分後。
村の中央。
ガルド。
ノエル。
バルド。
グレゴール。
エッダ。
ヘルマン。
マルタ。
セルマ。
そして。
A―07。
少し離れた場所には。
巨大なB―03も立っている。
まだ夜明け前。
「それで」
ガルドが欠伸を噛み殺す。
「今度は何だ」
『第四浄化塔侵食率上昇』
「昨日のやつか」
『肯定』
「どれくらい?」
アルフレッドが尋ねる。
『侵食深度――73%』
「七十三……」
「高いの?」
『危険域』
「やっぱり」
ノエルが帳面を開く。
「何に対して危険なのです?」
『門封鎖機構』
全員。
止まった。
「門」
アルフレッドが呟く。
昨夜。
ヨーゼフが話した昔話。
銀の手が水を清め。
黒の盾が道を守り。
灰が山から下りた時。
二つの番人が。
門を閉ざす。
「その門?」
『照合』
『可能性――高』
「場所は?」
『第三旧居住区地下』
ガルドの顔が険しくなる。
「昨日俺たちが逃げ込んだところか」
『周辺区画』
「門って何を閉じるんだ」
『記録欠損』
「やっぱりそこか」
『謝罪』
「もう慣れた」
⸻
「重要なのは」
ノエルが言う。
「侵食がその門へ到達すると」
「何が起こるかです」
『予測不能』
「封鎖機構が壊れる?」
『可能性あり』
「門が開く?」
『可能性あり』
「その向こうから何か出てくる?」
『可能性あり』
「全部可能性じゃないですか」
『肯定』
ガルドが。
ため息を吐く。
「時間は?」
A―07の青い瞳が明滅する。
『現在進行速度を維持した場合』
『門封鎖機構到達予測――十九日』
静かになった。
「十九日」
アルフレッドが。
ゆっくり繰り返す。
『肯定』
「今日を入れて?」
『現時点基準』
「じゃあ」
ノエルが帳面へ書く。
「十九日以内に」
「第四浄化塔の侵食を何らかの方法で止める必要がある」
「あるいは」
ガルド。
「門とやらをもっと頑丈にする」
「それが可能なら」
「どっちが簡単?」
アルフレッドが尋ねる。
A―07。
『不明』
「ですよね」
⸻
「十九日か」
バルドが。
低い声で言った。
「長いか?」
グレゴール。
「短い」
ノエルが答える。
「非常に」
「でも」
アルフレッドは。
帳面を見る。
「僕たち」
「もう一個期限があるよね」
ノエルの手が止まる。
「食料」
「……はい」
昨日の計算。
三十人。
現在の備蓄。
通常配給なら。
およそ十日。
冬用備蓄に手を付ければ伸ばせる。
しかし。
それをすれば。
冬が越せない。
「十日」
アルフレッド。
「十九日」
ガルド。
「なんか」
「嫌な数字が二つ並んだな」
「食料の方が先です」
ノエルが言う。
「だから門は後回し?」
「違います」
即答。
「両方進めます」
「……ですよね」
⸻
「まず整理しましょう」
ノエルが。
地面へ二本の線を引いた。
左。
食料。
右。
侵食。
「食料は十日」
「何もしなければ」
「はい」
「対策は?」
「狩猟」
「採集」
「漁」
「交易」
「旧居住区の貯蔵庫」
最後。
全員の視線が。
クララたちのいる家へ向く。
「一番量が多いのは?」
アルフレッドが尋ねる。
「旧居住区でしょう」
ノエル。
「ただし」
「最も危険でもあります」
昨日。
村全体を覆った。
灰色の菌糸。
第四浄化塔から広がった侵食。
地上から入るのは。
かなり危険だ。
「地下から行けない?」
アルフレッド。
「昨日ガルドさんたちが帰ってきた道」
A―07が答える。
『可能』
ガルドが顔を上げる。
「貯蔵庫の近くまで?」
『第三旧居住区保守路』
『西区画分岐あり』
『地上接続点――存在』
「どこへ出る?」
『記録照合』
一拍。
『旧備蓄庫近傍』
「……あるじゃねぇか」
ガルドの表情が。
少し変わった。
⸻
「でも」
セルマが口を開く。
「地下にも侵食はあります」
昨日。
B―03が侵されていた。
「そうだな」
ガルドが頷く。
「安全な道じゃねぇ」
「ビーさんを連れていけば?」
アルフレッド。
「力持ちだし」
『運搬任務――実行可能』
B―03が答える。
「エーナナは?」
『案内可能』
「じゃあ」
「二人とも――」
「待て」
ガルド。
「何?」
「また」
「お前も行く気だったろ」
「……」
「顔」
「言わないで!」
⸻
それでも。
今回は。
誰もすぐに「駄目だ」とは言わなかった。
理由がある。
旧居住区。
地下。
侵食。
もし。
菌糸を除去する必要が出た場合。
アルフレッドの《清掃》が。
最も有効な手段になる可能性が高い。
「……アル坊」
「はい」
「お前」
「昨日《修繕》使ったか?」
「使ってない」
「一昨日は?」
「見張り台」
「体調は」
「大丈夫」
「マルタ」
ガルドが見る。
「今のところ問題ないよ」
「でも」
マルタは。
すぐ付け加える。
「地下へ連れていくなら」
「何かあった時点で戻す」
「本人が大丈夫って言ってもだ」
「僕まだ何も――」
「先に言ってるんだよ」
「はい」
⸻
「私は反対です」
セルマ。
アルフレッドが。
隣を見る。
「理由は?」
「危険だからです」
「うん」
「地下」
「侵食」
「未知の施設」
「昨日のような機械が」
「ほかにも存在する可能性があります」
「うん」
「ですから」
セルマは。
一度言葉を切った。
「……反対です」
いつもなら。
ここで。
アルフレッドを止める。
しかし。
「ただし」
「え?」
「アルフレッド様の《清掃》が必要になる可能性も」
「理解しています」
アルフレッドは。
少し驚いた。
「だから」
「行くのであれば」
「条件を」
「いっぱい?」
「いっぱいです」
セルマが。
指を立てようとして。
一瞬。
左手しかないことに気づく。
そのまま。
左手の指を一本立てた。
「一つ」
「単独行動禁止」
「はい」
「二つ」
「ガルド様の指示に従う」
「はい」
「三つ」
「《清掃》は」
「必要な場所だけ」
「はい」
「四つ」
「違和感が出た時点で撤退」
「はい」
「五つ」
「勝手に《修繕》しない」
「……」
「アルフレッド様」
「はい」
「六つ」
「今の間を反省する」
「そんな条件ある!?」
「今できました」
ガルドが。
吹き出した。
「よし」
「採用」
「ガルドさん!」
⸻
「でも」
エッダが言う。
「領主様が行くなら」
「村側の指示役が必要です」
「ノエルさん?」
「私は残ります」
ノエルが即答する。
「食料計算」
「受け入れた人々の登録」
「住宅補修」
「水」
「すべて止められません」
「バルドさんもいる」
アルフレッド。
「儂を最初から数えんか」
「ごめんなさい」
「聞こえておったからよい」
バルドが。
鼻を鳴らす。
「行ってこい」
「いいの?」
「必要ならな」
そして。
アルフレッドを見る。
「ただし」
「領主が」
「一番前を歩く必要はない」
「……はい」
「一番重い物を持つ必要もない」
「はい」
「一番危険な場所へ飛び込む必要もない」
「はい」
「必要な時に」
「必要なことをすればよい」
「……うん」
「それが」
「上に立つ者の仕事じゃ」
アルフレッドは。
小さく頷いた。
⸻
計画が決まった。
出発は。
翌朝。
目的。
第三旧居住区。
西側地下備蓄庫。
食料の回収。
ついでに。
地下保守路の侵食状況を確認。
深入りはしない。
第四浄化塔へ向かわない。
門も開けない。
「ここ重要です」
ノエルが。
帳面へ大きく書く。
第四浄化塔へ行かない。
門を開けない。
「なんでそんな大きく書くの?」
「忘れる方がいるので」
「僕?」
「さあ」
「僕ですよね?」
返事はなかった。
⸻
探索隊。
ガルド。
ベルン。
グレゴールは。
今回は外れた。
「なんでだ」
「昨日歩きすぎたからです」
マルタが言う。
「脚を見せな」
「平気だ」
「見せな」
「……」
「三秒」
「分かった!」
代わりに。
開拓局の兵士。
マルク。
そして。
A―07。
B―03。
アルフレッド。
五名。
二機を含む。
「ビーさんいるなら」
「戦力としては昨日より上だな」
ガルドが言う。
『戦闘能力――稼働可能』
B―03。
『右盾部――正常』
『左打撃部――正常』
「でも」
アルフレッドが見る。
昨日の損傷。
まだ残っている。
「ビーさんも壊れてるところあるよね」
『任務遂行に支障なし』
「エーナナと同じ言い方」
『類似機械判断』
「無理しないでよ」
『命令登録』
「素直だ……」
「お前よりな」
ガルド。
「僕だって最近素直です」
「最近って付けてる時点で自覚あるじゃねぇか」
⸻
問題は。
A―07。
昨日の戦闘で。
損傷率はかなり高い。
右腕なし。
左肩。
胸。
脚。
「先に直した方がいいよね」
アルフレッド。
「そうだな」
今日は。
誰も止めなかった。
必要だから。
ただし。
「一回だけ」
ガルド。
「分かってます」
「全身を一気にやるな」
「うん」
「重要部分だけ」
「はい」
ヘルマンが。
A―07を見る。
「右腕の穴は?」
「昨日作った仮の鉤」
簡単な。
鉄製の補助具。
まだ。
完全ではない。
「今付ける?」
「いや」
ヘルマンが首を振る。
「まず本体じゃ」
「接続部が歪んだままなら」
「装具を付けてもすぐ壊れる」
アルフレッドが。
右肩へ触れる。
「ここだけ?」
「ここ」
「左肩」
「胸」
「脚」
「四箇所」
「いける?」
「やってみる」
⸻
「《修繕》」
淡い光。
A―07を。
全部包まない。
右肩。
接続部。
歪みが。
少しずつ戻る。
次。
胸。
浮いていた装甲。
内部のずれ。
左肩。
脚。
光が。
弱くなる。
「アル坊」
「まだ大丈夫」
「顔」
「普通!」
「なら終われ」
「あと少し」
「その言葉が怖ぇ」
「……分かった」
アルフレッドは。
自分から手を離した。
光。
消える。
『損傷率――』
A―07が確認。
『48%から』
『19%へ低下』
「全部は直ってない?」
『肯定』
「でも動ける?」
『任務遂行可能』
「よし」
アルフレッドが笑う。
ガルドは。
少年の顔色を見る。
「気分」
「平気」
「手」
「動く」
「頭」
「痛くない」
「吐き気」
「ない」
「よし」
「もう聞かれる前に答えられるようになったよ」
「慣れさせんなよ……」
⸻
そして。
ヘルマン。
昨日作った。
鉄の鉤。
「エーナナ」
『確認』
「付けるぞ」
『許可』
右肩。
三点。
固定。
中央軸。
魔導線は使わない。
ただの。
外付け装具。
かち。
ぎ。
「どう?」
『外部装具認識』
『可動機能――なし』
『固定機能――有効』
「縄くらい引ける?」
『可能』
「荷物」
『可能』
「人を殴る?」
『非推奨』
「そこはちゃんと分かってるんだ」
『工具用途』
「いいね」
A―07の右肩に。
初めて。
新しいものが付いた。
失った腕ではない。
代用品。
粗末。
不格好。
それでも。
何もなかった場所に。
できることが。
一つ増えた。
⸻
セルマが。
少し離れた場所から。
見ていた。
A―07が。
鉤へ縄を掛ける。
引く。
荷物。
動く。
『使用可能』
「成功!」
アルフレッドが喜ぶ。
ヘルマンも。
満足そうに腕を組む。
「まだ試作じゃ」
「使いながら直す」
「ありがとう」
『感謝』
A―07が。
ヘルマンへ頭を下げた。
「お前」
「礼なんぞ言うのか」
『暫定管理者および居住者会話より学習』
「……そうか」
ヘルマンは。
少し照れくさそうに。
鼻を擦った。
「壊したら」
「また持ってこい」
『了解』
⸻
「セルマ」
アルフレッドが呼ぶ。
「はい」
「見た?」
「見ていました」
「どうだった?」
「……」
少し。
考える。
「不格好ですね」
「そこ!?」
「ですが」
セルマは。
A―07の新しい鉤を見る。
「役には」
「立ちそうです」
「うん」
「それで」
アルフレッドは。
それ以上言わなかった。
セルマの腕について。
聞かない。
約束。
セルマは。
少年が。
何も言わなかったことに。
気づいていた。
「アルフレッド様」
「何?」
「いつか」
言葉。
止まる。
「……いえ」
「うん」
アルフレッドも。
追わなかった。
⸻
昼。
食料対策。
旧居住区だけを。
当てにはできない。
「南の川」
グレゴールが。
地図を指す。
「魚はいる」
「どれくらい?」
「時期次第」
「罠を仕掛ける」
「できる?」
「俺はな」
「フィンとリーナにも」
「簡単なの教えるか」
「子どもでも?」
「岸から投げ込むだけの籠罠なら」
「危なくない?」
「大人が付けば」
「ならやろう」
次。
「木の実」
ハンナ。
「南斜面に」
「食べられる堅果があります」
「保存できる?」
「乾かせば」
「どれくらい?」
「集められる人次第」
次。
「山羊」
「乳」
「一頭はまだ出ます」
「ルゥに使ってるね」
「はい」
「赤ちゃん優先」
「残りを料理へ」
次。
「畑」
「今からでも」
「葉物なら少し」
マルタ。
「野草も使えるよ」
村。
全体が。
食料を増やす方向へ。
動き始める。
⸻
「十日」
アルフレッドが言う。
「食料がなくなるまでじゃなくて」
「十日で」
「増やす」
ノエルが。
顔を上げる。
「考え方としては」
「その方が適切です」
「本当?」
「はい」
「じゃあ」
「十九日も」
アルフレッドは。
別の数字を見る。
「門が壊れるまでじゃなくて」
「十九日で」
「侵食を止める方法を見つける」
ガルド。
少し笑う。
「簡単に言うな」
「難しい?」
「難しい」
「でも」
「やるしかないでしょう?」
「まあな」
⸻
午後。
マルタの家。
「……お姉ちゃん」
小さな声。
クララが。
椅子から飛び上がった。
「ミア!」
寝台。
少女。
目が。
開いている。
「お姉ちゃん……」
「ここにいる!」
「ルゥ……」
「いる!」
「無事よ!」
クララが。
赤子を抱く。
ミア。
それを見る。
小さく。
笑った。
「よかった……」
クララが。
泣く。
「馬鹿!」
「本当に!」
「一人で!」
「赤ちゃん抱いて!」
「森を!」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていい!」
言いながら。
また泣く。
「ありがとう……」
「ありがとう……!」
⸻
アルフレッドは。
扉の外。
入らなかった。
家族の時間だから。
セルマが。
隣にいた。
「入らないのですか?」
「後でいい」
「助けた領主なのに?」
「助けたのはミアちゃんだよ」
「僕は」
「村にいただけ」
「……」
セルマは。
少しだけ。
首を傾げる。
「それでも」
「ミア様が辿り着ける村が」
「ここにあった」
「うん」
「それを作り始めたのは」
「アルフレッド様です」
「まだ全然だよ」
「そうですね」
「そこは否定してよ」
「まだ屋根の穴もあります」
「分かってる」
「食料十日」
「分かってるって」
「水も完全ではありません」
「セルマ」
「はい」
「ちょっとノエルさんに似てきた」
「否定いたします」
⸻
夕方。
旧居住区探索の荷物が。
並べられた。
縄。
水。
保存食。
松明。
油。
布。
薬。
空の袋。
木箱。
食料を。
持ち帰るため。
「ビーさん」
『確認』
「どれくらい運べる?」
『地形条件による』
「地下」
『安全確保時』
『約六百キログラム』
「……」
全員。
止まる。
「ろっぴゃく?」
『肯定』
アルフレッドが。
B―03を見る。
「そんなに?」
『当機輸送用途――補助対応』
「戦うだけじゃないんだ」
『防衛および重量物移送』
エッダの目が。
妙に輝いた。
「……建築」
ガルドが聞き逃さなかった。
「おい」
「今何か考えたろ」
「別に」
「ビーさんで梁を――」
「考えてんじゃねぇか」
『作業補助可能』
「ほら!」
「ビーさんまで乗るな!」
⸻
夜。
出発前。
アルフレッドは。
一人。
帳面を開いた。
十日。
十九日。
その横へ。
新しく。
数字を書く。
三十。
今。
この村で。
暮らしている命。
「十」
「十九」
「三十」
数字ばかり。
「何してるの?」
リーナ。
「びっくりした!」
「さっきからいたよ」
「いつ?」
「三十って書いたところ」
「ほぼ今じゃない」
「何の数字?」
「十日は食べ物」
「十九日は地下」
「三十は?」
「人」
「ふーん」
リーナが。
帳面を見る。
「三十が一番大事?」
アルフレッドが。
止まった。
「どうして?」
「だって」
リーナは。
当然のように言う。
「食べ物も」
「地下も」
「三十人がいるから」
「頑張ってるんでしょう?」
「……」
「あれ?」
「違った?」
「違わない」
アルフレッドは。
笑った。
「リーナちゃん」
「なに?」
「賢いね」
「知ってる!」
「自分で言うんだ」
⸻
翌朝。
空は。
薄曇り。
探索隊が。
点検口の前へ集まった。
ガルド。
マルク。
ベルン。
A―07。
B―03。
そして。
アルフレッド。
「最後に確認」
ノエル。
「目的」
「食料」
アルフレッド。
「ほかは?」
「保守路の確認」
「第四浄化塔」
「行かない」
「門」
「開けない」
「勝手な修繕」
「しない」
「過剰な清掃」
「しない」
「単独行動」
「しない」
「ガルド様の指示」
「聞く」
ガルドが。
感心した顔。
「覚えてるじゃねぇか」
「僕を何だと思ってるの?」
「十二歳」
「それは合ってる」
⸻
「アルフレッド様」
セルマ。
「うん」
「戻ってきてください」
少年は。
少し笑う。
「昨日」
「僕がエーナナに言ったのと同じだ」
「なら」
「答えも同じで」
アルフレッドが。
A―07を見る。
「エーナナ」
『確認』
「昨日なんて答えたっけ?」
『帰還を実行』
「それ」
アルフレッドは。
セルマを見る。
「帰ってくる」
「約束です」
「うん」
⸻
石蓋が。
開く。
地下。
暗い階段。
A―07。
先頭。
B―03。
最後尾。
アルフレッドは。
真ん中。
「そこ」
ガルドが指す。
「勝手に前へ出るな」
「分かってる」
一段。
二段。
降りる。
冷たい空気。
水の音。
そして。
昨日まで。
遠くから見ていただけだった。
地下施設へ。
アルフレッド自身が。
初めて。
足を踏み入れた。
「……」
壁。
石。
青い線。
古い文字。
壊れた機構。
その瞬間。
少年の中で。
《修繕》が。
ざわり。
反応した。
「……多い」
「何がだ」
ガルド。
アルフレッドは。
暗闇の奥を見る。
「壊れてるもの」
右。
左。
下。
もっと奥。
「いっぱい」
顔から。
血の気が。
少し引くほど。
感じる。
壊れている。
壁ではない。
通路だけでもない。
この地下全体に。
巨大な何か。
何十。
何百。
いや。
もっと。
「アル坊」
「触るなよ」
「……うん」
初めて。
アルフレッドは。
自分から。
手を引いた。
「これ」
「今の僕が」
「直そうとしたら」
息を呑む。
「たぶん」
「倒れるだけじゃ」
「済まない」
ガルドの顔が。
真剣になる。
「分かるのか」
「うん」
「じゃあ」
「絶対触るな」
「うん」
⸻
A―07が。
前へ進む。
『西区画保守路』
『旧備蓄庫経路――開放』
青い光。
壁。
線が点灯する。
その先。
暗い通路。
「行こう」
アルフレッドが言う。
「今日やることは」
「一つだけだから」
「食料を」
「持って帰る」
ガルドが。
小さく笑う。
「やっと」
「領主らしくなってきたな」
「昨日も言われた」
「少しだけな」
「またそれ!?」
声が。
地下通路へ響いた。
⸻
そのさらに奥。
彼らが。
まだ向かわない。
第四浄化塔。
灰色の菌糸。
侵食深度。
『73.2%』
ゆっくり。
『73.3%』
進んでいる。
そして。
門封鎖機構。
その反対側。
閉ざされた。
巨大な空間。
闇。
完全な。
闇の中。
かすかに。
何かが。
石を擦った。
ず……
ずず……
だが。
門は。
まだ。
閉じていた。
⸻
第32話 十日と十九日 了




