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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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30/36

B―03

第二章 灰境


第30話 B―03


前書き


同じ場所で作られたものでも、


同じように生き残るとは限りません。


片方は壊れ、


片方は侵され、


片方はまだ、


自分の役目を覚えている。


けれど。


もし壊れたものが、


「自分はまだ正常だ」と思い込んでいたら。


それを止めるのは、


とても難しいことなのかもしれません。



 ごん。


 地下通路の奥。


 巨大な何かが、一歩。


 ごん。


 もう一歩。


 石壁へ響く。


 低い。


 重い。


 足音というより。


 岩そのものが歩いているような音だった。


「下がれ」


 ガルドが剣を構える。


「全員、壁際へ!」


「生存者を中央に!」


 ベルンとマルクが、救出した六人を囲む。


 グレゴールは弓を構えたまま。


 だが。


 暗闇の奥を見て、舌打ちした。


「矢が効く相手か?」


『推定――低』


 A―07が答える。


「やっぱりか」


『B―03』


『保守路防衛機構』


「お前みたいなもんか?」


『類似』


「大きさは?」


『全高――2.84メートル』


「でけぇな」


『重量――推定1.7トン』


「もっと嫌な情報出すな」


 ガルドの声が低くなる。


 そのとき。


 暗闇の中で。


 赤い光が動いた。


 左右。


 二つの目。


 そこから。


 少しずつ。


 巨大な身体が現れる。



 最初に見えたのは。


 肩だった。


 広い。


 人間二人が並んでも足りないほど。


 装甲は黒。


 いや。


 本来は別の色だったのかもしれない。


 表面のほとんどが。


 灰色の菌糸に覆われている。


 右腕。


 巨大な盾。


 左腕。


 太い杭のような金属槌。


 脚は短く。


 分厚い。


 全体として。


 壁をそのまま人型にしたような姿だった。


「……あれが保守用?」


 ベルンが呟く。


『防衛機構』


「防衛って言えば何でも許されると思うなよ」


 B―03が止まる。


 赤い瞳。


 A―07へ。


『……A……07……』


「喋った」


『通信受信』


 A―07が前へ出る。


『B―03』


『管理者権限照会』


 一瞬。


 B―03の赤い瞳が。


 青へ変わりかけた。


 だが。


 すぐ。


 灰色の菌糸が。


 胸部装甲の隙間から膨れ上がる。


『……侵……入……』


 声が乱れる。


『汚染……対象……』


『排除……』


「駄目か!」


 ガルドが叫ぶ。


『侵食率――』


 A―07の瞳が走査する。


『72.4%』


「高いのか?」


『危険』


「それで分かる!」



 B―03が。


 左腕を上げた。


「来るぞ!」


 巨大な槌が。


 横薙ぎに振られる。


「伏せろ!」


 ガァァン!!


 石壁が砕ける。


 衝撃。


 破片。


「うわっ!」


 救出された少年が悲鳴を上げる。


 ベルンが身体を覆う。


「全員無事か!」


「こっちは!」


「こっちも!」


 A―07が。


 B―03へ走った。


『防衛行動』


「待て!」


 ガルドの声。


 だが。


 A―07は。


 左腕でB―03の槌を受け止めた。


 がんっ!


 小さな銀色の身体と。


 巨大な黒い機体。


 あまりにも差がある。


 A―07の足元。


 石床が。


 ひび割れた。


『左腕負荷――83%』


「無茶するな!」


『居住者生命保護――第一優先』


「アル坊の命令か……!」


 ガルドが舌打ちする。



「右へ!」


 グレゴールが叫ぶ。


 A―07が。


 身体を沈める。


 B―03の盾。


 突進。


 どんっ!


 A―07が壁へ吹き飛ばされる。


「エーナナ!」


 ベルンが叫ぶ。


『損傷率――36%』


「さっきより増えてるじゃねぇか!」


『稼働継続可能』


「そういう問題じゃない!」


 B―03が。


 救出者たちを見る。


『未登録……生命……』


『汚染……可能性……』


『排除』


「こっち来るぞ!」


 ガルドが前へ出る。


「俺が引きつける!」


「隊長!」


「グレゴール!」


「胸を狙え!」


「菌糸が集中してる場所だ!」


「了解!」


 矢。


 一発。


 二発。


 胸部。


 灰色の菌糸へ刺さる。


 B―03が。


 一瞬だけ止まった。


「効いた?」


『表層損傷のみ』


「全然駄目じゃねぇか!」



 そのとき。


 救出した女性。


 ミアの姉が。


 震える声で言った。


「この道……」


「何だ!」


「奥に」


「小さい部屋があります!」


 ガルドが振り返る。


「知ってるのか!」


「子どもの頃」


「一度だけ入りました」


「父に連れられて」


「どこだ!」


 女性が。


 右側の壁を指す。


「この先!」


「扉があります!」


「隠れる場所になる?」


「分かりません!」


「十分だ!」


「マルク!」


「全員連れて行け!」


「はい!」


 マルク。


 ベルン。


 生存者六人。


 移動開始。


「A―07!」


『確認』


「俺たちも下がる!」


『了解』


 しかし。


 B―03が。


 通路中央へ立つ。


 進路を塞ぐ。


「くそ!」


『代替経路――なし』


「またそれか!」



 ガルドは。


 B―03を見る。


 正面。


 巨大な盾。


 突破は無理。


 右。


 壁。


 左。


 細い排水溝。


 背後。


 菌糸に侵された旧居住区。


「A―07」


『確認』


「こいつ」


「止められるか?」


 一瞬。


『現戦力では困難』


「だよな」


『ただし』


「何だ」


『侵食因子除去後』


『停止命令有効化の可能性』


「清掃が必要ってことか」


『肯定』


 アルフレッド。


 頭に浮かぶ。


 だが。


 ここにはいない。


「……あいつがいれば」


 ガルドが呟く。


 そして。


 自分で首を振る。


「いや」


「いなくて正解だ」


 こんな場所へ。


 十二歳の少年を。


 連れてくるべきではなかった。



「エーナナ」


 ガルドが言う。


「菌糸だけ剥がせねぇのか」


『適切な工具――欠損』


「右腕」


『肯定』


「……ちくしょう」


 A―07の失われた右腕。


 切断器。


 固定具。


 保守用工具。


 もし。


 残っていれば。


「代わりになるもんは?」


『検討』


 A―07が周囲を見る。


 ガルドの剣。


 ベルンの槍。


 グレゴールの矢。


 その視線が。


 壁際。


 古い金属管で止まった。


『代替工具候補』


「どれ!」


『壁面配管』


「引っこ抜けるか?」


『可能』


 A―07が。


 左腕を伸ばす。


 壁へ。


 太い金属管を掴む。


 ぐっ。


 石壁が。


 ぎし。


「おいおい」


 べきっ!


 金属管が。


 壁から抜けた。


 先端。


 斜めに割れ。


 槍のようになっている。


「それで?」


『穿孔可能』


「菌糸を刺すのか」


『侵食中枢推定位置――胸部』


「よし」


 ガルドが笑った。


「少しだけ勝ち目出たな」



「俺が盾をどかす!」


「無茶だ!」


 グレゴールが言う。


「無茶じゃねぇ!」


「仕事だ!」


「アル坊みたいなこと言ってるぞ!」


「誰があいつみたいだ!」


 ガルドが。


 B―03へ走る。


「こっちだデカブツ!」


 剣。


 盾へ。


 がんっ!


 意味はない。


 だが。


 B―03の視線が。


 ガルドへ向く。


『排除』


「そうだ!」


「俺だ!」


 槌。


 上から。


「隊長!」


 どんっ!


 ガルドが。


 横へ転がる。


 石床へ。


 槌がめり込む。


「今!」


 A―07が。


 走る。


 金属管を。


 左手一本で構える。


 B―03の胸。


 菌糸が。


 密集している場所。


『穿孔』


 どすっ!


 金属管が。


 灰色の塊へ突き刺さる。


 きぃぃぃぃぃぃ!!


 甲高い音。


「鳴いた!」


『侵食因子反応――上昇』


 菌糸が。


 一斉に。


 A―07の腕へ絡みつく。


『警告』


「離れろ!」


 A―07が。


 金属管を離さない。


『穿孔深度――不足』


「もういい!」


『任務未完了』


「壊れるぞ!」


『第二優先順位』


『自己保全』


 一瞬。


 A―07が止まる。


 アルフレッドの命令。


 自分も壊れないように。


『撤退』


 A―07が。


 管を手放す。


 後退。


 直後。


 B―03の盾が。


 横から来た。


 ごんっ!


 銀色の身体が。


 床を転がる。


『損傷率――48%』


「おい!」


『稼働継続――可能』


「帰ったらアル坊に殺されるぞ俺!」


『暫定管理者は殺害行動を――』


「そういう意味じゃねぇ!」



 しかし。


 B―03の様子が。


 変わっていた。


 胸に刺さった金属管。


 その周囲から。


 灰色の菌糸が。


 黒く変色し始める。


「何だ?」


『侵食因子――局所損傷』


 A―07が起き上がる。


『制御系反応低下』


 B―03の赤い瞳が。


 ちら。


 青へ。


 また赤。


『……管……理……』


 声。


『……認……証……』


「効いてるぞ!」


「もう一度!」


 グレゴールが。


 矢へ布を巻く。


 油。


 火。


「燃やす!」


 火矢。


 胸部へ。


 ひゅっ!


 命中。


 ぼっ!


 菌糸が。


 燃える。


 B―03が。


 大きく身体を反らす。


『侵食……』


『排……』


『管理……』


 赤。


 青。


 赤。


 青。


「エーナナ!」


『確認』


「今なら!」


『停止命令実行』


 A―07が。


 立ち上がる。


『B―03』


『第一浄化施設』


『暫定管理者権限を提示』


 B―03が。


 止まる。


『……権……限……』


『管理者――アルフレッド』


 青い光。


 わずか。


『命令』


『戦闘停止』


 数秒。


 永遠にも感じる。


 B―03の槌が。


 ゆっくり。


 下がる。


『……命令……』


『受……』


 だが。


 胸部。


 菌糸が。


 さらに膨れた。


 赤。


『拒否』


「駄目か!」


 B―03が。


 再び槌を上げる。


「逃げろ!」



 そのとき。


 がしゃん。


 右の壁。


 古い扉が。


 開いた。


「こっちです!」


 ミアの姉。


「部屋がありました!」


「全員入ったか!」


「はい!」


「グレゴール!」


「行け!」


「隊長は!」


「最後!」


「エーナナ!」


『撤退』


 A―07が。


 後退する。


 ガルド。


 グレゴール。


 A―07。


 三人。


 いや。


 二人と一機が。


 扉へ走る。


 B―03が追う。


 足音。


 ごん。


 ごん。


「早く!」


 ガルドが扉を通る。


 グレゴール。


 A―07。


「閉めろ!」


 石扉。


 押す。


 B―03の盾。


 隙間へ。


 ごん!


「うおおおっ!」


 全員で。


 扉を押す。


「エーナナ!」


『補助』


 左腕。


 石扉へ。


 力。


『負荷率――71%』


「閉まれぇ!」


 ごごご。


 B―03の盾が。


 少しずつ。


 外へ押し戻される。


 最後。


 がんっ!


 石扉が閉じた。


 直後。


 どごん!!


 外側から。


 B―03が。


 扉を殴る。


 部屋全体が揺れた。


「これ持つのか?」


『構造強度――』


 A―07が確認。


『現状――問題なし』


 どごん!!


 石の粉が。


 天井から落ちる。


『訂正』


『継続攻撃時――問題あり』


「そうだと思ったよ!」



 部屋。


 狭い。


 石造り。


 壁際に。


 古い棚。


 壊れた箱。


 床には。


 何かの金属部品。


「ここ何だ?」


 ガルドが尋ねる。


 A―07の青い目が。


 周囲を走査。


『旧保守倉庫』


 その言葉に。


 全員が止まった。


「保守?」


『肯定』


 A―07が。


 壁際の棚へ近づく。


 灰。


 埃。


 壊れた箱。


 その奥。


 一つ。


 金属製の長い箱。


『識別』


『B系列交換部品』


「B―03の?」


『肯定』


「武器あるか?」


『確認』


 箱。


 A―07が左手で開ける。


 ぎぎ。


 中。


 金属部品。


 工具。


 装甲。


 そして。


 一本。


 太い筒のようなもの。


「何だ?」


『侵食除去器』


 全員が。


 A―07を見る。


「それ」


「最初から欲しかったやつじゃねぇか?」


『肯定』


「おい!」


『当該倉庫情報――記録欠損』


「便利な言葉だな記録欠損!」


『謝罪』


「謝るな!」



 A―07が。


 侵食除去器を持ち上げる。


 だが。


 問題。


 両手で使う構造。


「……お前」


「片腕だよな」


『肯定』


 ガルド。


 器具を見る。


 A―07を見る。


「俺が持つ」


『使用には保守管理権限必要』


「じゃあ無理か」


『代替』


「ある?」


『当機へ外部固定』


 A―07の右肩。


 何もない接続部。


 そこへ。


 器具の基部を当てる。


『規格不一致』


「付かないじゃねぇか!」


『一時固定可能』


「どうやって」


『縄』


 沈黙。


 ベルンが。


 思わず笑った。


「古代文明も最後は縄か」


『縄――汎用固定具として有効』


「妙に説得力あるな」



 縄。


 革帯。


 金属片。


 全員で。


 A―07の右肩へ。


 侵食除去器を固定する。


 不格好。


 完全に。


 応急処置。


「アル坊が見たら」


 ガルドが言う。


「絶対直したがるな」


『推定――肯定』


「エーナナまで分かってきたか」


『暫定管理者行動傾向――学習済』


「可哀想に」


『評価不能』



 どごん!!


 扉。


 さらに亀裂。


「時間ないぞ!」


『装着完了』


 右肩。


 太い筒。


 先端には。


 三本の金属爪。


『動作確認』


 ぶぅん。


 低い音。


 青い光。


「それ何するんだ」


『侵食因子を分離』


「菌糸を剥がす?」


『肯定』


「B―03を壊さずに?」


『成功率――61%』


「微妙だな!」


『現状では最高値』


「それで行く!」



 作戦。


 単純。


 扉を開ける。


 B―03を引き込む。


 A―07が。


 侵食除去器を胸へ当てる。


 それだけ。


「簡単だな」


 ベルンが言う。


「失敗したら?」


「死ぬ」


 ガルド。


「簡単じゃないですね」


「だろ」



「生存者は」


「奥へ」


「子どもを守れ」


「老人は動かすな」


「グレゴール」


「矢」


「ガルド」


「剣」


「A―07」


『準備完了』


「右肩」


「大丈夫か」


『外部固定強度――46%』


「低くねぇ?」


『一撃運用推奨』


「一回しか使えんってことか」


『概ね肯定』


 ガルドが。


 息を吐く。


「いくぞ」



 扉。


 少し。


 開ける。


 どん!


 B―03の腕。


 隙間へ。


「来た!」


「開けろ!」


 扉を。


 一気に引く。


 B―03。


 巨大な身体。


 入ってくる。


「右!」


 ガルド。


 剣。


 盾へ。


 誘導。


「エーナナ!」


 A―07。


 走る。


 右肩の装置。


 青い光。


『侵食除去器――起動』


 B―03。


 胸。


 菌糸。


「今だ!」


 装置。


 押し当てる。


 ぶぅぅぅぅぅん!!


 青い光が。


 灰色の菌糸へ。


 走る。


 きぃぃぃぃぃ!!


 菌糸が。


 引き剥がされる。


 一本。


 十本。


 百本。


 B―03の胸。


 肩。


 首。


 全身。


「効いてる!」


『侵食率』


『72%』


『61%』


『49%』


「もっと!」


『出力上昇』


『41%』


『32%』


 B―03が。


 暴れる。


 槌。


 上がる。


「ガルド!」


「分かってる!」


 身体ごと。


 槌へ。


 剣で受ける。


「ぐっ……!」


「隊長!」


「続けろ!」


『21%』


『18%』


 右肩。


 固定縄。


 切れ始める。


『固定強度――17%』


「持て!」


『12%』


「あと少し!」


『9%』


 A―07の右肩から。


 装置が。


 ずれる。


「エーナナ!」


 ベルンが。


 装置を。


 両手で押さえる。


「俺が支える!」


『保守権限――』


「知らん!」


「支えるだけだ!」


『了解』


 青い光。


 さらに。


『侵食率――4%』


『2%』


『0.8%』


『0』


 ぶつっ。


 灰色の菌糸が。


 一斉に。


 B―03から剥がれた。


 床へ。


 落ちる。


「火!」


 グレゴール。


 火矢。


 放つ。


 ぼっ!


 菌糸が燃える。


 B―03。


 動かない。


 赤い目。


 消える。


 一秒。


 二秒。


 青。


 点灯。


『……システム……再起動』


 ガルドが。


 剣を構えたまま。


「来るか?」


 B―03。


 巨大な盾を。


 床へ下ろす。


 槌も。


 下げる。


『保守路防衛機構』


『個体識別――B―03』


『状態――正常』


 A―07が。


 一歩。


 前へ。


『暫定管理者権限提示』


『管理者――アルフレッド』


 B―03の青い目。


 明滅。


『認証』


『暫定管理者――登録』


 巨大な身体が。


 ゆっくり。


 片膝をついた。


 ごん。


『命令待機』


 沈黙。


 ガルド。


 ベルン。


 グレゴール。


 マルク。


 全員。


 A―07を見る。


『当機は管理者代理権限なし』


「じゃあ命令できねぇの?」


『肯定』


「どうする!」


『暫定管理者へ接続後』


『正式命令受領可能』


 ガルドが。


 天井を見る。


「アル坊」


「また増えたぞ……」



 それから。


 一行は。


 地下保守路を進んだ。


 B―03も。


 後ろからついてくる。


「……圧迫感すげぇな」


 ベルンが振り返る。


 巨大な黒い番人。


 青い目。


 どし。


 どし。


『適正距離を保持』


「近い」


『距離――二メートル』


「もう少し離れて」


『三メートルへ変更』


「通じるんだ……」



 二時間。


 長い。


 暗い。


 地下道。


 途中。


 何度か分岐。


 A―07が案内する。


 そして。


「水の音」


 グレゴールが言う。


 前。


 明るい。


『第一浄化施設』


『接続区画到達』


「村の地下か?」


『肯定』


 全員。


 息を吐く。


「帰れる……」


 救出された女性が。


 泣き出した。


「本当に……」


「帰れる……」


「まだだ」


 ガルドが言う。


「階段上がるまでが仕事だ」


「あと少しだ」



 その頃。


 地上。


 アルフレッドは。


 見張り台の下で。


 何度目か分からないほど。


 北西を見ていた。


「まだかな」


「まだです」


 セルマ。


「今何回目?」


「十五回ほど」


「そんなに?」


「はい」


「エーナナの反応は?」


「地下に入ったので分からないってノエルさんが」


「そうでしたね」


「……」


「セルマ」


「はい」


「大丈夫かな」


「大丈夫です」


 今回は。


 少しだけ。


 自然に言えた。


 アルフレッドが。


 セルマを見る。


「本当に?」


「分かりません」


「やっぱり」


「ですが」


「帰ってくると」


「思っています」


「……うん」



 その時。


 村の井戸。


 ではなく。


 少し離れた。


 点検口。


 ごん。


 音。


「何?」


 アルフレッドが振り返る。


 ごん。


 石蓋。


 動く。


「誰かいる!」


 村人たち。


 武器を持つ。


「待って!」


 ノエルが叫ぶ。


「地下からです!」


 石蓋が。


 持ち上がる。


「手伝え!」


 下から。


 聞き慣れた声。


「ガルドさん!」


 アルフレッドが走る。


「走るな!」


 セルマ。


「今は無理!」


「アルフレッド様!」


 石蓋。


 開く。


 最初。


 ガルド。


 泥。


 血。


 傷。


 でも。


 立っている。


「ただいま」


 アルフレッドの顔が。


 一気に明るくなる。


「おかえり!」


 次。


 ベルン。


 マルク。


 グレゴール。


 そして。


 知らない人たち。


 一人。


 二人。


 三人。


 四人。


 五人。


 六人。


「六人!」


「全員です」


 ガルドが答える。


「本当に?」


「ああ」


「全員生きてる?」


「ああ」


 アルフレッドが。


 大きく息を吐く。


「よかった……」



 そして。


 次。


 A―07。


 身体は。


 傷だらけ。


 左肩。


 胸。


 脚。


 損傷。


「エーナナ!」


『暫定管理者』


「ボロボロじゃない!」


『稼働可能』


「そういう問題じゃないよ!」


 A―07が。


 一瞬。


 停止した。


『……了解』


 アルフレッドが。


 泣きそうな顔で。


 A―07の傷を見る。


「また直すから」


『修繕を要求』


「うん」


「でも今日は休んでから」


『……命令を受諾』


 ガルドが。


 笑う。


「成長したな」


「ガルドさんも休んで!」


「はいはい」



「ところで」


 ベルンが。


 点検口を見る。


「まだ一体います」


「一体?」


 アルフレッドが首を傾げる。


 ごん。


 地下。


「何の音?」


 ごん。


 大きい。


 石蓋。


 完全に。


 開く。


 そして。


 巨大な黒い頭が。


 地上へ。


 ぬっ。


「……」


 アルフレッド。


 口を開けたまま。


 固まる。


 肩。


 盾。


 槌。


 二メートルを超える。


 巨大な機械。


 村人たちが。


 一斉に武器を構える。


「待て!」


 ガルドが叫ぶ。


「味方だ!」


「……たぶん!」


「たぶん!?」


 アルフレッドが叫ぶ。


 B―03。


 地上へ。


 どん。


 立つ。


 A―07が言う。


『保守路防衛機構』


『個体識別――B―03』


『侵食除去済』


『暫定管理者認証済』


 B―03が。


 アルフレッドを見る。


 青い目。


 走査。


『暫定管理者』


「……はい」


『命令を』


 村。


 静まり返る。


 アルフレッドは。


 B―03を見上げた。


 大きい。


 怖い。


 A―07とは比べものにならない。


 そして。


 最初に。


 少年が言ったのは。


「怪我してない?」


 ガルドが。


 額を押さえた。


「やっぱりお前だな……」


 B―03は。


 数秒。


 停止。


『損傷率――14%』


「怪我してるじゃない!」


『任務遂行可能』


「エーナナと同じこと言ってる!」


 セルマが。


 小さく。


 口元を緩めた。


 片腕の番人。


 巨大な番人。


 そして。


 壊れたものを見ると。


 どうしても直したくなる。


 十二歳の領主。


 灰境の村に。


 また。


 少し妙な住人が。


 増えた。



 だが。


 喜んでいる時間は。


 長くは続かなかった。


「アル坊」


 ガルドが。


 声を落とす。


「話がある」


「何?」


「旧居住区」


「うん」


「もう住めねぇ」


 アルフレッドの表情が。


 変わる。


「どうして?」


「侵食されてる」


「どれくらい?」


「村全体だ」


「……」


「それと」


 ガルドは。


 救出した六人を見る。


「この人たちだけじゃないかもしれん」


「え?」


「旧居住区で」


「人が暮らした痕跡があった」


「別の場所へ逃げた奴がいるかもしれない」


「何人?」


「分からん」


「どこへ?」


「それも」


「分からん」


 アルフレッドは。


 北西を見る。


 灰の森。


 谷。


 その向こう。


 この土地には。


 まだ。


 自分たちが知らない人が。


 残っているのかもしれない。



 その夜。


 灰境の村。


 人口。


 二十二人。


 そこへ。


 ミア。


 赤子。


 そして。


 旧居住区から救出された六人。


 合計。


 三十人。


 正式な住民になるかは。


 まだ分からない。


 けれど。


 村には。


 初めて。


 人を受け入れるための。


 新しい寝床が。


 使われた。



 その一方。


 第一浄化施設。


 地下機構。


『登録居住区』


『生命反応――30』


『前回――22』


『増加確認』


 表示。


『最低運用人口――120』


『現在――30』


『復旧条件――未達』


 だが。


 少しだけ。


 別の機構が。


 動いた。


『居住者増加を確認』


『補助機能――第一段階解放』


 ごとん。


 地下深く。


 一つの弁が。


 開く。


 水。


 流れが。


 少し変わる。


 そして。


 村の井戸。


 底。


 灰色の粒が。


 ほんのわずかに。


 減少し始めた。



第30話 B―03 了

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