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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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30/53

B―03

第二章 灰境


第30話 B―03


前書き


同じ場所で作られたものでも、


同じように生き残るとは限りません。


片方は壊れ、


片方は侵され、


片方はまだ、


自分の役目を覚えている。


けれど。


もし壊れたものが、


「自分はまだ正常だ」と思い込んでいたら。


それを止めるのは、


とても難しいことなのかもしれません。


⸻


 ごん。


 地下通路の奥。


 巨大な何かが、一歩。


 ごん。


 もう一歩。


 石壁へ響く。


 低い。


 重い。


 足音というより。


 岩そのものが歩いているような音だった。


「下がれ」


 ガルドが剣を構える。


「全員、壁際へ!」


「生存者を中央に!」


 ベルンとマルクが、救出した六人を囲む。


 グレゴールは弓を構えたまま。


 だが。


 暗闇の奥を見て、舌打ちした。


「矢が効く相手か?」


『推定――低』


 A―07が答える。


「やっぱりか」


『B―03』


『保守路防衛機構』


「お前みたいなもんか?」


『類似』


「大きさは?」


『全高――2.84メートル』


「でけぇな」


『重量――推定1.7トン』


「もっと嫌な情報出すな」


 ガルドの声が低くなる。


 そのとき。


 暗闇の中で。


 赤い光が動いた。


 左右。


 二つの目。


 そこから。


 少しずつ。


 巨大な身体が現れる。


⸻


 最初に見えたのは。


 肩だった。


 広い。


 人間二人が並んでも足りないほど。


 装甲は黒。


 いや。


 本来は別の色だったのかもしれない。


 表面のほとんどが。


 灰色の菌糸に覆われている。


 右腕。


 巨大な盾。


 左腕。


 太い杭のような金属槌。


 脚は短く。


 分厚い。


 全体として。


 壁をそのまま人型にしたような姿だった。


「……あれが保守用?」


 ベルンが呟く。


『防衛機構』


「防衛って言えば何でも許されると思うなよ」


 B―03が止まる。


 赤い瞳。


 A―07へ。


『……A……07……』


「喋った」


『通信受信』


 A―07が前へ出る。


『B―03』


『管理者権限照会』


 一瞬。


 B―03の赤い瞳が。


 青へ変わりかけた。


 だが。


 すぐ。


 灰色の菌糸が。


 胸部装甲の隙間から膨れ上がる。


『……侵……入……』


 声が乱れる。


『汚染……対象……』


『排除……』


「駄目か!」


 ガルドが叫ぶ。


『侵食率――』


 A―07の瞳が走査する。


『72.4%』


「高いのか?」


『危険』


「それで分かる!」


⸻


 B―03が。


 左腕を上げた。


「来るぞ!」


 巨大な槌が。


 横薙ぎに振られる。


「伏せろ!」


 ガァァン!!


 石壁が砕ける。


 衝撃。


 破片。


「うわっ!」


 救出された少年が悲鳴を上げる。


 ベルンが身体を覆う。


「全員無事か!」


「こっちは!」


「こっちも!」


 A―07が。


 B―03へ走った。


『防衛行動』


「待て!」


 ガルドの声。


 だが。


 A―07は。


 左腕でB―03の槌を受け止めた。


 がんっ!


 小さな銀色の身体と。


 巨大な黒い機体。


 あまりにも差がある。


 A―07の足元。


 石床が。


 ひび割れた。


『左腕負荷――83%』


「無茶するな!」


『居住者生命保護――第一優先』


「アル坊の命令か……!」


 ガルドが舌打ちする。


⸻


「右へ!」


 グレゴールが叫ぶ。


 A―07が。


 身体を沈める。


 B―03の盾。


 突進。


 どんっ!


 A―07が壁へ吹き飛ばされる。


「エーナナ!」


 ベルンが叫ぶ。


『損傷率――36%』


「さっきより増えてるじゃねぇか!」


『稼働継続可能』


「そういう問題じゃない!」


 B―03が。


 救出者たちを見る。


『未登録……生命……』


『汚染……可能性……』


『排除』


「こっち来るぞ!」


 ガルドが前へ出る。


「俺が引きつける!」


「隊長!」


「グレゴール!」


「胸を狙え!」


「菌糸が集中してる場所だ!」


「了解!」


 矢。


 一発。


 二発。


 胸部。


 灰色の菌糸へ刺さる。


 B―03が。


 一瞬だけ止まった。


「効いた?」


『表層損傷のみ』


「全然駄目じゃねぇか!」


⸻


 そのとき。


 救出した女性。


 ミアの姉が。


 震える声で言った。


「この道……」


「何だ!」


「奥に」


「小さい部屋があります!」


 ガルドが振り返る。


「知ってるのか!」


「子どもの頃」


「一度だけ入りました」


「父に連れられて」


「どこだ!」


 女性が。


 右側の壁を指す。


「この先!」


「扉があります!」


「隠れる場所になる?」


「分かりません!」


「十分だ!」


「マルク!」


「全員連れて行け!」


「はい!」


 マルク。


 ベルン。


 生存者六人。


 移動開始。


「A―07!」


『確認』


「俺たちも下がる!」


『了解』


 しかし。


 B―03が。


 通路中央へ立つ。


 進路を塞ぐ。


「くそ!」


『代替経路――なし』


「またそれか!」


⸻


 ガルドは。


 B―03を見る。


 正面。


 巨大な盾。


 突破は無理。


 右。


 壁。


 左。


 細い排水溝。


 背後。


 菌糸に侵された旧居住区。


「A―07」


『確認』


「こいつ」


「止められるか?」


 一瞬。


『現戦力では困難』


「だよな」


『ただし』


「何だ」


『侵食因子除去後』


『停止命令有効化の可能性』


「清掃が必要ってことか」


『肯定』


 アルフレッド。


 頭に浮かぶ。


 だが。


 ここにはいない。


「……あいつがいれば」


 ガルドが呟く。


 そして。


 自分で首を振る。


「いや」


「いなくて正解だ」


 こんな場所へ。


 十二歳の少年を。


 連れてくるべきではなかった。


⸻


「エーナナ」


 ガルドが言う。


「菌糸だけ剥がせねぇのか」


『適切な工具――欠損』


「右腕」


『肯定』


「……ちくしょう」


 A―07の失われた右腕。


 切断器。


 固定具。


 保守用工具。


 もし。


 残っていれば。


「代わりになるもんは?」


『検討』


 A―07が周囲を見る。


 ガルドの剣。


 ベルンの槍。


 グレゴールの矢。


 その視線が。


 壁際。


 古い金属管で止まった。


『代替工具候補』


「どれ!」


『壁面配管』


「引っこ抜けるか?」


『可能』


 A―07が。


 左腕を伸ばす。


 壁へ。


 太い金属管を掴む。


 ぐっ。


 石壁が。


 ぎし。


「おいおい」


 べきっ!


 金属管が。


 壁から抜けた。


 先端。


 斜めに割れ。


 槍のようになっている。


「それで?」


『穿孔可能』


「菌糸を刺すのか」


『侵食中枢推定位置――胸部』


「よし」


 ガルドが笑った。


「少しだけ勝ち目出たな」


⸻


「俺が盾をどかす!」


「無茶だ!」


 グレゴールが言う。


「無茶じゃねぇ!」


「仕事だ!」


「アル坊みたいなこと言ってるぞ!」


「誰があいつみたいだ!」


 ガルドが。


 B―03へ走る。


「こっちだデカブツ!」


 剣。


 盾へ。


 がんっ!


 意味はない。


 だが。


 B―03の視線が。


 ガルドへ向く。


『排除』


「そうだ!」


「俺だ!」


 槌。


 上から。


「隊長!」


 どんっ!


 ガルドが。


 横へ転がる。


 石床へ。


 槌がめり込む。


「今!」


 A―07が。


 走る。


 金属管を。


 左手一本で構える。


 B―03の胸。


 菌糸が。


 密集している場所。


『穿孔』


 どすっ!


 金属管が。


 灰色の塊へ突き刺さる。


 きぃぃぃぃぃぃ!!


 甲高い音。


「鳴いた!」


『侵食因子反応――上昇』


 菌糸が。


 一斉に。


 A―07の腕へ絡みつく。


『警告』


「離れろ!」


 A―07が。


 金属管を離さない。


『穿孔深度――不足』


「もういい!」


『任務未完了』


「壊れるぞ!」


『第二優先順位』


『自己保全』


 一瞬。


 A―07が止まる。


 アルフレッドの命令。


 自分も壊れないように。


『撤退』


 A―07が。


 管を手放す。


 後退。


 直後。


 B―03の盾が。


 横から来た。


 ごんっ!


 銀色の身体が。


 床を転がる。


『損傷率――48%』


「おい!」


『稼働継続――可能』


「帰ったらアル坊に殺されるぞ俺!」


『暫定管理者は殺害行動を――』


「そういう意味じゃねぇ!」


⸻


 しかし。


 B―03の様子が。


 変わっていた。


 胸に刺さった金属管。


 その周囲から。


 灰色の菌糸が。


 黒く変色し始める。


「何だ?」


『侵食因子――局所損傷』


 A―07が起き上がる。


『制御系反応低下』


 B―03の赤い瞳が。


 ちら。


 青へ。


 また赤。


『……管……理……』


 声。


『……認……証……』


「効いてるぞ!」


「もう一度!」


 グレゴールが。


 矢へ布を巻く。


 油。


 火。


「燃やす!」


 火矢。


 胸部へ。


 ひゅっ!


 命中。


 ぼっ!


 菌糸が。


 燃える。


 B―03が。


 大きく身体を反らす。


『侵食……』


『排……』


『管理……』


 赤。


 青。


 赤。


 青。


「エーナナ!」


『確認』


「今なら!」


『停止命令実行』


 A―07が。


 立ち上がる。


『B―03』


『第一浄化施設』


『暫定管理者権限を提示』


 B―03が。


 止まる。


『……権……限……』


『管理者――アルフレッド』


 青い光。


 わずか。


『命令』


『戦闘停止』


 数秒。


 永遠にも感じる。


 B―03の槌が。


 ゆっくり。


 下がる。


『……命令……』


『受……』


 だが。


 胸部。


 菌糸が。


 さらに膨れた。


 赤。


『拒否』


「駄目か!」


 B―03が。


 再び槌を上げる。


「逃げろ!」


⸻


 そのとき。


 がしゃん。


 右の壁。


 古い扉が。


 開いた。


「こっちです!」


 ミアの姉。


「部屋がありました!」


「全員入ったか!」


「はい!」


「グレゴール!」


「行け!」


「隊長は!」


「最後!」


「エーナナ!」


『撤退』


 A―07が。


 後退する。


 ガルド。


 グレゴール。


 A―07。


 三人。


 いや。


 二人と一機が。


 扉へ走る。


 B―03が追う。


 足音。


 ごん。


 ごん。


「早く!」


 ガルドが扉を通る。


 グレゴール。


 A―07。


「閉めろ!」


 石扉。


 押す。


 B―03の盾。


 隙間へ。


 ごん!


「うおおおっ!」


 全員で。


 扉を押す。


「エーナナ!」


『補助』


 左腕。


 石扉へ。


 力。


『負荷率――71%』


「閉まれぇ!」


 ごごご。


 B―03の盾が。


 少しずつ。


 外へ押し戻される。


 最後。


 がんっ!


 石扉が閉じた。


 直後。


 どごん!!


 外側から。


 B―03が。


 扉を殴る。


 部屋全体が揺れた。


「これ持つのか?」


『構造強度――』


 A―07が確認。


『現状――問題なし』


 どごん!!


 石の粉が。


 天井から落ちる。


『訂正』


『継続攻撃時――問題あり』


「そうだと思ったよ!」


⸻


 部屋。


 狭い。


 石造り。


 壁際に。


 古い棚。


 壊れた箱。


 床には。


 何かの金属部品。


「ここ何だ?」


 ガルドが尋ねる。


 A―07の青い目が。


 周囲を走査。


『旧保守倉庫』


 その言葉に。


 全員が止まった。


「保守?」


『肯定』


 A―07が。


 壁際の棚へ近づく。


 灰。


 埃。


 壊れた箱。


 その奥。


 一つ。


 金属製の長い箱。


『識別』


『B系列交換部品』


「B―03の?」


『肯定』


「武器あるか?」


『確認』


 箱。


 A―07が左手で開ける。


 ぎぎ。


 中。


 金属部品。


 工具。


 装甲。


 そして。


 一本。


 太い筒のようなもの。


「何だ?」


『侵食除去器』


 全員が。


 A―07を見る。


「それ」


「最初から欲しかったやつじゃねぇか?」


『肯定』


「おい!」


『当該倉庫情報――記録欠損』


「便利な言葉だな記録欠損!」


『謝罪』


「謝るな!」


⸻


 A―07が。


 侵食除去器を持ち上げる。


 だが。


 問題。


 両手で使う構造。


「……お前」


「片腕だよな」


『肯定』


 ガルド。


 器具を見る。


 A―07を見る。


「俺が持つ」


『使用には保守管理権限必要』


「じゃあ無理か」


『代替』


「ある?」


『当機へ外部固定』


 A―07の右肩。


 何もない接続部。


 そこへ。


 器具の基部を当てる。


『規格不一致』


「付かないじゃねぇか!」


『一時固定可能』


「どうやって」


『縄』


 沈黙。


 ベルンが。


 思わず笑った。


「古代文明も最後は縄か」


『縄――汎用固定具として有効』


「妙に説得力あるな」


⸻


 縄。


 革帯。


 金属片。


 全員で。


 A―07の右肩へ。


 侵食除去器を固定する。


 不格好。


 完全に。


 応急処置。


「アル坊が見たら」


 ガルドが言う。


「絶対直したがるな」


『推定――肯定』


「エーナナまで分かってきたか」


『暫定管理者行動傾向――学習済』


「可哀想に」


『評価不能』


⸻


 どごん!!


 扉。


 さらに亀裂。


「時間ないぞ!」


『装着完了』


 右肩。


 太い筒。


 先端には。


 三本の金属爪。


『動作確認』


 ぶぅん。


 低い音。


 青い光。


「それ何するんだ」


『侵食因子を分離』


「菌糸を剥がす?」


『肯定』


「B―03を壊さずに?」


『成功率――61%』


「微妙だな!」


『現状では最高値』


「それで行く!」


⸻


 作戦。


 単純。


 扉を開ける。


 B―03を引き込む。


 A―07が。


 侵食除去器を胸へ当てる。


 それだけ。


「簡単だな」


 ベルンが言う。


「失敗したら?」


「死ぬ」


 ガルド。


「簡単じゃないですね」


「だろ」


⸻


「生存者は」


「奥へ」


「子どもを守れ」


「老人は動かすな」


「グレゴール」


「矢」


「ガルド」


「剣」


「A―07」


『準備完了』


「右肩」


「大丈夫か」


『外部固定強度――46%』


「低くねぇ?」


『一撃運用推奨』


「一回しか使えんってことか」


『概ね肯定』


 ガルドが。


 息を吐く。


「いくぞ」


⸻


 扉。


 少し。


 開ける。


 どん!


 B―03の腕。


 隙間へ。


「来た!」


「開けろ!」


 扉を。


 一気に引く。


 B―03。


 巨大な身体。


 入ってくる。


「右!」


 ガルド。


 剣。


 盾へ。


 誘導。


「エーナナ!」


 A―07。


 走る。


 右肩の装置。


 青い光。


『侵食除去器――起動』


 B―03。


 胸。


 菌糸。


「今だ!」


 装置。


 押し当てる。


 ぶぅぅぅぅぅん!!


 青い光が。


 灰色の菌糸へ。


 走る。


 きぃぃぃぃぃ!!


 菌糸が。


 引き剥がされる。


 一本。


 十本。


 百本。


 B―03の胸。


 肩。


 首。


 全身。


「効いてる!」


『侵食率』


『72%』


『61%』


『49%』


「もっと!」


『出力上昇』


『41%』


『32%』


 B―03が。


 暴れる。


 槌。


 上がる。


「ガルド!」


「分かってる!」


 身体ごと。


 槌へ。


 剣で受ける。


「ぐっ……!」


「隊長!」


「続けろ!」


『21%』


『18%』


 右肩。


 固定縄。


 切れ始める。


『固定強度――17%』


「持て!」


『12%』


「あと少し!」


『9%』


 A―07の右肩から。


 装置が。


 ずれる。


「エーナナ!」


 ベルンが。


 装置を。


 両手で押さえる。


「俺が支える!」


『保守権限――』


「知らん!」


「支えるだけだ!」


『了解』


 青い光。


 さらに。


『侵食率――4%』


『2%』


『0.8%』


『0』


 ぶつっ。


 灰色の菌糸が。


 一斉に。


 B―03から剥がれた。


 床へ。


 落ちる。


「火!」


 グレゴール。


 火矢。


 放つ。


 ぼっ!


 菌糸が燃える。


 B―03。


 動かない。


 赤い目。


 消える。


 一秒。


 二秒。


 青。


 点灯。


『……システム……再起動』


 ガルドが。


 剣を構えたまま。


「来るか?」


 B―03。


 巨大な盾を。


 床へ下ろす。


 槌も。


 下げる。


『保守路防衛機構』


『個体識別――B―03』


『状態――正常』


 A―07が。


 一歩。


 前へ。


『暫定管理者権限提示』


『管理者――アルフレッド』


 B―03の青い目。


 明滅。


『認証』


『暫定管理者――登録』


 巨大な身体が。


 ゆっくり。


 片膝をついた。


 ごん。


『命令待機』


 沈黙。


 ガルド。


 ベルン。


 グレゴール。


 マルク。


 全員。


 A―07を見る。


『当機は管理者代理権限なし』


「じゃあ命令できねぇの?」


『肯定』


「どうする!」


『暫定管理者へ接続後』


『正式命令受領可能』


 ガルドが。


 天井を見る。


「アル坊」


「また増えたぞ……」


⸻


 それから。


 一行は。


 地下保守路を進んだ。


 B―03も。


 後ろからついてくる。


「……圧迫感すげぇな」


 ベルンが振り返る。


 巨大な黒い番人。


 青い目。


 どし。


 どし。


『適正距離を保持』


「近い」


『距離――二メートル』


「もう少し離れて」


『三メートルへ変更』


「通じるんだ……」


⸻


 二時間。


 長い。


 暗い。


 地下道。


 途中。


 何度か分岐。


 A―07が案内する。


 そして。


「水の音」


 グレゴールが言う。


 前。


 明るい。


『第一浄化施設』


『接続区画到達』


「村の地下か?」


『肯定』


 全員。


 息を吐く。


「帰れる……」


 救出された女性が。


 泣き出した。


「本当に……」


「帰れる……」


「まだだ」


 ガルドが言う。


「階段上がるまでが仕事だ」


「あと少しだ」


⸻


 その頃。


 地上。


 アルフレッドは。


 見張り台の下で。


 何度目か分からないほど。


 北西を見ていた。


「まだかな」


「まだです」


 セルマ。


「今何回目?」


「十五回ほど」


「そんなに?」


「はい」


「エーナナの反応は?」


「地下に入ったので分からないってノエルさんが」


「そうでしたね」


「……」


「セルマ」


「はい」


「大丈夫かな」


「大丈夫です」


 今回は。


 少しだけ。


 自然に言えた。


 アルフレッドが。


 セルマを見る。


「本当に?」


「分かりません」


「やっぱり」


「ですが」


「帰ってくると」


「思っています」


「……うん」


⸻


 その時。


 村の井戸。


 ではなく。


 少し離れた。


 点検口。


 ごん。


 音。


「何?」


 アルフレッドが振り返る。


 ごん。


 石蓋。


 動く。


「誰かいる!」


 村人たち。


 武器を持つ。


「待って!」


 ノエルが叫ぶ。


「地下からです!」


 石蓋が。


 持ち上がる。


「手伝え!」


 下から。


 聞き慣れた声。


「ガルドさん!」


 アルフレッドが走る。


「走るな!」


 セルマ。


「今は無理!」


「アルフレッド様!」


 石蓋。


 開く。


 最初。


 ガルド。


 泥。


 血。


 傷。


 でも。


 立っている。


「ただいま」


 アルフレッドの顔が。


 一気に明るくなる。


「おかえり!」


 次。


 ベルン。


 マルク。


 グレゴール。


 そして。


 知らない人たち。


 一人。


 二人。


 三人。


 四人。


 五人。


 六人。


「六人!」


「全員です」


 ガルドが答える。


「本当に?」


「ああ」


「全員生きてる?」


「ああ」


 アルフレッドが。


 大きく息を吐く。


「よかった……」


⸻


 そして。


 次。


 A―07。


 身体は。


 傷だらけ。


 左肩。


 胸。


 脚。


 損傷。


「エーナナ!」


『暫定管理者』


「ボロボロじゃない!」


『稼働可能』


「そういう問題じゃないよ!」


 A―07が。


 一瞬。


 停止した。


『……了解』


 アルフレッドが。


 泣きそうな顔で。


 A―07の傷を見る。


「また直すから」


『修繕を要求』


「うん」


「でも今日は休んでから」


『……命令を受諾』


 ガルドが。


 笑う。


「成長したな」


「ガルドさんも休んで!」


「はいはい」


⸻


「ところで」


 ベルンが。


 点検口を見る。


「まだ一体います」


「一体?」


 アルフレッドが首を傾げる。


 ごん。


 地下。


「何の音?」


 ごん。


 大きい。


 石蓋。


 完全に。


 開く。


 そして。


 巨大な黒い頭が。


 地上へ。


 ぬっ。


「……」


 アルフレッド。


 口を開けたまま。


 固まる。


 肩。


 盾。


 槌。


 二メートルを超える。


 巨大な機械。


 村人たちが。


 一斉に武器を構える。


「待て!」


 ガルドが叫ぶ。


「味方だ!」


「……たぶん!」


「たぶん!?」


 アルフレッドが叫ぶ。


 B―03。


 地上へ。


 どん。


 立つ。


 A―07が言う。


『保守路防衛機構』


『個体識別――B―03』


『侵食除去済』


『暫定管理者認証済』


 B―03が。


 アルフレッドを見る。


 青い目。


 走査。


『暫定管理者』


「……はい」


『命令を』


 村。


 静まり返る。


 アルフレッドは。


 B―03を見上げた。


 大きい。


 怖い。


 A―07とは比べものにならない。


 そして。


 最初に。


 少年が言ったのは。


「怪我してない?」


 ガルドが。


 額を押さえた。


「やっぱりお前だな……」


 B―03は。


 数秒。


 停止。


『損傷率――14%』


「怪我してるじゃない!」


『任務遂行可能』


「エーナナと同じこと言ってる!」


 セルマが。


 小さく。


 口元を緩めた。


 片腕の番人。


 巨大な番人。


 そして。


 壊れたものを見ると。


 どうしても直したくなる。


 十二歳の領主。


 灰境の村に。


 また。


 少し妙な住人が。


 増えた。


⸻


 だが。


 喜んでいる時間は。


 長くは続かなかった。


「アル坊」


 ガルドが。


 声を落とす。


「話がある」


「何?」


「旧居住区」


「うん」


「もう住めねぇ」


 アルフレッドの表情が。


 変わる。


「どうして?」


「侵食されてる」


「どれくらい?」


「村全体だ」


「……」


「それと」


 ガルドは。


 救出した六人を見る。


「この人たちだけじゃないかもしれん」


「え?」


「旧居住区で」


「人が暮らした痕跡があった」


「別の場所へ逃げた奴がいるかもしれない」


「何人?」


「分からん」


「どこへ?」


「それも」


「分からん」


 アルフレッドは。


 北西を見る。


 灰の森。


 谷。


 その向こう。


 この土地には。


 まだ。


 自分たちが知らない人が。


 残っているのかもしれない。


⸻


 その夜。


 灰境の村。


 人口。


 二十二人。


 そこへ。


 ミア。


 赤子。


 そして。


 旧居住区から救出された六人。


 合計。


 三十人。


 正式な住民になるかは。


 まだ分からない。


 けれど。


 村には。


 初めて。


 人を受け入れるための。


 新しい寝床が。


 使われた。


⸻


 その一方。


 第一浄化施設。


 地下機構。


『登録居住区』


『生命反応――30』


『前回――22』


『増加確認』


 表示。


『最低運用人口――120』


『現在――30』


『復旧条件――未達』


 だが。


 少しだけ。


 別の機構が。


 動いた。


『居住者増加を確認』


『補助機能――第一段階解放』


 ごとん。


 地下深く。


 一つの弁が。


 開く。


 水。


 流れが。


 少し変わる。


 そして。


 村の井戸。


 底。


 灰色の粒が。


 ほんのわずかに。


 減少し始めた。


⸻


第30話 B―03 了

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