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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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忘れられた村

第二章 灰境


第29話 忘れられた村


前書き


助けを求める声は、


いつも大きいとは限りません。


叫ぶ力さえ失い。


誰にも届かない場所で。


ただ、


生きようとしている人がいます。


だから。


誰かを助けるということは、


声を聞くことだけではありません。


声が消える前に、


そこへ辿り着くことなのです。



 夜明け前。


 灰境の村は、まだ暗闇に包まれていた。


 空の端だけが、わずかに青い。


 鳥すら鳴いていない。


 吐く息は白く。


 地面には薄い霜が降りている。


 そんな時間から。


 村の中央では、すでに人が動いていた。


「水袋!」


「三つあります!」


「干し肉!」


「入れました!」


「縄は!」


「二束!」


「松明!」


「六本!」


「予備も持て!」


「薬は!」


「今持ってくるよ!」


 マルタが家から出てくる。


 肩には大きな革袋。


「止血布」


「傷薬」


「熱冷まし」


「腹下し」


「虫除け」


「それから――」


「婆さん」


 ガルドが言う。


「戦争に行くんじゃねぇぞ」


「六人もいるんだろう!」


「何が必要か分からないじゃないか!」


「全部持って行ったら歩けねぇ」


「じゃあ若いのに持たせな!」


「俺六十三なんだが」


 バルドが呟いた。


「あんたは行かないよ」


「分かっておる」


「なんで準備してるんだ」


「暇じゃから」


「暇な村長がいるかい」


「村長ではない」


「似たようなもんだろ」


 朝から。


 少しだけ。


 いつもの灰境だった。



 探索隊は。


 ガルド。


 マルク。


 ベルン。


 そしてA―07。


 当初の予定通り。


 四名。


 だが。


「俺も行く」


 グレゴールが弓を持って現れた。


「駄目だ」


 ガルドが即答する。


「道を知っている」


「途中までだろ」


「お前らより知ってる」


「脚は?」


「歩ける」


「昨日も同じこと言ってたな」


「今日も同じだ」


 ガルドが眉を寄せる。


「片道四時間以上だぞ」


「旧道ならな」


「何?」


「獣道がある」


 グレゴールは地面へ枝で線を引く。


「北西の谷」


「昔の街道はここを回る」


「だが」


 別の線。


「猟師はこっちを通った」


「森を抜けるのか?」


「ああ」


「どれくらい縮む」


「一時間」


「……」


「俺が必要だろ」


 ガルドは。


 グレゴールの左脚を見る。


「途中で動けなくなったら置いていくぞ」


「構わん」


「構うんだよ」


「なら背負え」


「嫌だ」


「じゃあ歩く」


「面倒くせぇ奴だな!」


「お互い様だ」


 結局。


 グレゴールも同行することになった。



「僕は?」


「留守番」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてある」


「……。」


「何だ」


「最近」


「皆、僕の顔を読みすぎじゃない?」


「分かりやすいんだよ」


 アルフレッドは不満そうだった。


 だが。


 今日は食い下がらなかった。


「分かった」


 ガルドが少し驚く。


「本当に?」


「うん」


「熱あるか?」


「ないよ!」


「昨日なら三回は交渉してたぞ」


「僕も考えたんです」


 アルフレッドは。


 後ろを見る。


 村の家。


 マルタの家では。


 昨夜運び込まれた少女が眠っている。


 赤子もいる。


「連れて帰ってきた人を」


「受け入れる準備をする」


 ガルドが。


 少し笑った。


「それでいい」


「ただし」


「何だ」


「ガルドさんも帰ってきて」


「善処する」


「それ禁止」


「何がだ」


「大人って」


「困るとすぐ善処するって言う」


「誰から覚えた」


「ノエルさん」


 少し離れた場所。


 ノエルが眼鏡を押し上げた。


「私は適切な行政用語を説明しただけです」


「余計なこと教えんな!」



「エーナナ」


 アルフレッドがA―07を見る。


『暫定管理者』


「皆を守って」


『命令確認』


『探索隊員生命保護』


「それから」


「残ってる六人も」


『未登録生命体』


「人だったら守って」


『条件設定』


『非敵対生命体――保護対象へ追加』


「うん」


『受諾』


 A―07の青い瞳が明滅する。


「それと」


『確認』


「エーナナも帰ってきて」


 一瞬。


 A―07が止まった。


『第二優先順位』


『当機自己保全』


「覚えてる?」


『肯定』


「ならいい」


『帰還を実行』


「約束ね」


『約束――』


 少し間。


『登録』


 アルフレッドが笑う。


「いってらっしゃい」


『行ってきます』


 ガルドが振り返った。


「おい」


「今」


「行ってきますって言ったか?」


「覚えたみたい」


「……どんどん人間臭くなってねぇか?」


『当機は保守管理機』


「そこは変わらねぇな」



 探索隊が村を出る。


 五つの影。


 朝霧の中。


 少しずつ小さくなる。


 アルフレッドは。


 見えなくなるまで。


 その背中を見送った。


「アルフレッド様」


 セルマの声。


「うん」


「仕事があります」


「分かってる」


「何から始めますか?」


 アルフレッドは。


 振り返った。


 今日は。


 待つだけではない。


「空いてる家を直す」


「六人分?」


「分からないから」


「十人くらい寝られるようにしよう」


「十人?」


「多い方が困らないでしょう?」


「食料は?」


「ノエルさんと計算する」


「毛布は?」


「倉庫を調べる」


「怪我人は?」


「マルタさんに聞く」


「水は?」


「桶を増やす」


 セルマは。


 少しだけ目を細める。


「……領主らしくなりましたね」


 アルフレッドが止まった。


「本当?」


「少しだけ」


「リーナちゃんにも昨日言われた」


「では、まだ少しなのでしょう」


「厳しいなぁ」



 一方。


 探索隊。


「グレゴール」


「何だ」


「本当にこっちか?」


「三回目だぞ」


「確認してるだけだ」


「疑ってる顔だ」


「俺の顔を読むな」


「アル坊と同じこと言ってるぞ」


「やめろ!」


 森の中。


 五人は。


 細い獣道を進んでいた。


 いや。


 四人と一機。


 道と呼べるものではない。


 落ち葉。


 岩。


 木の根。


 人一人がようやく通れる隙間。


「昔は猟師が使っていた」


 グレゴールが言う。


「何を狩ってた?」


「角鹿」


「猪」


「灰兎」


「森狼は?」


「昔は少なかった」


「今は?」


「増えた」


「いつからだ」


「分からん」


 グレゴールは歩きながら答える。


「俺が十代の頃は」


「森狼を見ること自体珍しかった」


「二十代になる頃には」


「月に一度」


「三十を過ぎる頃には」


「森へ入れば痕跡を見るようになった」


「菌糸は?」


「知らん」


「最近か」


「少なくとも」


 グレゴールは足元を見る。


「昔の狼には」


「あんなものはなかった」



 A―07が。


 突然止まった。


「どうした」


『侵食反応』


 全員。


 武器へ手を伸ばす。


「近いか?」


『微弱』


『地表』


 A―07が。


 一本の木を指す。


「これ?」


 ベルンが近づこうとする。


『接触非推奨』


「おっと」


 すぐ止まる。


 木の根元。


 灰色の苔。


 いや。


 よく見ると。


 細い糸が。


 樹皮の隙間へ入り込んでいる。


「菌糸」


 グレゴールが呟く。


「狼だけじゃないのか」


『侵食対象――植物』


「生きてる木にまで?」


『肯定』


 ガルドの顔が険しくなる。


「アル坊の《清掃》で消せると思うか?」


『推定不能』


「まあ」


「そうだよな」


 A―07が。


 さらに森を見る。


『侵食密度』


『進行方向に増加』


「旧居住区の方か?」


『肯定』


 誰も。


 冗談を言わなくなった。



 さらに一時間。


 森が。


 変わり始める。


 木々が白い。


 枯れているわけではない。


 樹皮の上へ。


 灰色の膜が広がっている。


 地面にも。


 菌糸。


 石にも。


 菌糸。


「踏むな」


 ガルドが言う。


「なるべく避けろ」


「隊長」


 マルクが指をさす。


「何だ」


「あれ」


 木の枝。


 何かがぶら下がっている。


 布。


「服?」


 近づく。


 子ども用の。


 小さな上着だった。


 泥。


 血。


 袖が破れている。


「昨日の娘のものか?」


「違う」


 グレゴールが言う。


「大きさが違う」


 その少し先。


 地面。


 足跡。


「人だ」


 ガルドがしゃがむ。


「何人?」


「分からん」


「だが」


 グレゴールが土へ触れる。


「何度も通ってる」


「生活圏か」


「ああ」


 そして。


 足跡の横。


 小さな。


 木製の玩具が落ちていた。


 馬。


 子どもが削ったような。


 不格好な木馬。


 ガルドは。


 それを拾った。


「人だな」


 誰も。


 否定しなかった。



 その頃。


 灰境の村。


「一」


「二」


「三」


「四……」


 アルフレッドは。


 毛布を数えていた。


「七枚」


 ノエルが言う。


「足りない」


「六人なら足りるでしょう?」


「昨日の女の子と赤ちゃんもいるから」


「既に使用している二枚を含めれば九枚です」


「じゃあ足りる?」


「全員一枚なら」


「寒くないかな」


「暖炉を使います」


「薪は?」


「三日分程度」


「少ないね」


「だから」


 ノエルは帳面を見る。


「薪の確保も必要です」


「家を直して」


「薪を増やして」


「食べ物も増やして」


「水も」


「はい」


 アルフレッドが。


 頭を抱えた。


「人が増えるって大変なんだね」


「当然です」


「でも」


 少年は。


 毛布を見る。


「ちょっと嬉しい」


「なぜです?」


「村が大きくなるみたいで」


 ノエルの筆が。


 一瞬止まる。


「まだ」


「来ると決まったわけではありません」


「うん」


「元の場所へ戻りたいと言う可能性もあります」


「うん」


「ここに住むよう強制することはできません」


「もちろん」


「……」


 ノエルは。


 アルフレッドを見る。


「何?」


「いえ」


 また帳面へ目を戻す。


「その認識なら問題ありません」



 マルタの家。


 昨夜の少女は。


 まだ眠っていた。


 熱は。


 少し下がった。


 隣では。


 赤子が小さな寝息を立てている。


 セルマが。


 椅子へ座っていた。


「……。」


 赤子を見る。


 小さい。


 あまりにも。


 小さい。


 セルマは。


 どう接すればいいのか分からなかった。


 自分の左手より。


 少し大きい程度。


「抱くかい?」


 マルタが尋ねる。


「無理です」


「どうして」


「腕が」


 言いかけ。


 止まる。


「片腕だから?」


「……はい」


「できるよ」


「落とします」


「わたしが横にいる」


「ですが」


「座ったまま」


 マルタは。


 赤子を。


 毛布ごと持ち上げる。


「左腕をこう」


「身体へ寄せて」


「無理に持ち上げない」


「支えるだけ」


「待ってください」


「はい」


「まだ心の準備が」


「赤ん坊は待っちゃくれないよ」


「そんな――」


 そっと。


 セルマの左腕へ。


 赤子が乗せられた。


「……」


 セルマが。


 完全に固まった。


「動けません」


「動かなくていい」


「重いです」


「二キロちょっとだよ」


「重さの問題ではありません」


「知ってるよ」


 赤子が。


 小さく動く。


「っ」


 セルマの身体が硬くなる。


 そして。


 小さな手が。


 セルマの服を掴んだ。


「……」


「どうだい」


 マルタが尋ねる。


「分かりません」


「そうかい」


「でも」


 セルマは。


 赤子を見る。


「……温かいです」


「生きてるからね」


 セルマの左腕が。


 ほんの少しだけ。


 赤子を抱き寄せた。



 その時。


「セルマ!」


 扉が開いた。


 アルフレッド。


「毛布が――」


 止まる。


「……」


 セルマ。


 赤子。


「……」


「アルフレッド様」


「はい」


「何も言わないでください」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてあります」


「何が?」


「似合う、と」


「なんで分かったの!?」


「やはり」


「いや、でも本当に――」


「言わないでください」


「はい」


 マルタが。


 腹を抱えて笑っていた。



 探索隊。


 昼前。


 森が。


 突然途切れた。


「……ここか」


 ガルドが呟く。


 谷。


 その向こう。


 石造りの建物。


 一軒。


 二軒。


 十軒。


 いや。


 もっと。


 崩れている。


 屋根が落ちている。


 草に埋もれている。


 だが。


 確かに。


 村だった。


「こんな場所に……」


 ベルンが息を呑む。


「知らなかった」


 グレゴールも。


 初めて見る顔をしている。


『第三旧居住区』


 A―07が言う。


『到着』


「生命反応」


 ガルドが尋ねる。


『六』


「位置は?」


 A―07が。


 村の奥を見る。


『中央施設付近』


「行くぞ」


 武器を構える。


 一歩。


 廃村へ。


 入る。



 静かだった。


 人の声。


 ない。


 煙。


 ない。


 洗濯物。


 ない。


「本当にいるのか?」


『肯定』


 足元。


 壊れた皿。


 古い縄。


 薪。


「これ」


 グレゴールが薪を見る。


「新しい」


「何日前だ?」


「昨日か」


「長くても二日」


「いるな」


 ガルドが。


 剣を抜く。


「おーい!」


 声を張る。


「灰境の村から来た!」


「昨夜!」


「女の子が俺たちの村へ来た!」


 返事。


 ない。


「生きてる!」


「赤ん坊も無事だ!」


 その瞬間。


 がた。


 建物の奥。


 音。


「出てこい!」


「助けに来た!」


 沈黙。


 そして。


「……ミア?」


 小さな声。


 女性。


「ミアは……」


「生きてるの?」


 ガルドが。


 剣を下げた。


「ああ!」


「生きてる!」


 扉の陰。


 女性が。


 顔を出す。


 痩せている。


 三十代ほど。


 額に傷。


「……本当に?」


「ああ」


「赤ちゃんは?」


「無事だ」


 女性の膝から。


 力が抜けた。


「よかった……」


「よかった……!」


 泣き始める。


「母親か?」


「違う……」


「姉です」


「ミアの?」


「はい」


「赤ちゃんは?」


「私の……」


 ガルドの顔が変わる。


「じゃあ」


「昨日の娘は」


「あなたの赤ん坊を抱いて」


「十一キロの森を?」


 女性は。


 泣きながら頷いた。


「私が」


「動けなかったから」


「ミアが」


「助けを呼ぶって……」


 ガルドは。


 しばらく。


 何も言えなかった。



「他の五人は?」


「中に」


「怪我人?」


「はい」


「病人も」


「魔物に襲われたのか?」


 女性の顔が。


 強張った。


「違います」


「なら何だ」


「……森が」


 ガルドの眉が寄る。


「森?」


「森が」


「村へ入ってきたんです」


 その瞬間。


 A―07の青い瞳が。


 赤く変わった。


『警告』


「何だ!」


『侵食反応――急上昇』


 地面。


 ガルドたちの足元。


 土の下。


 ぞわ。


 何かが動いた。


「下がれ!」


 グレゴールが叫ぶ。


 次の瞬間。


 地面を突き破り。


 灰色の菌糸が。


 一斉に噴き出した。


「うおっ!」


「散れ!」


 剣。


 槍。


 矢。


 菌糸を切る。


 だが。


 一本ではない。


 十。


 百。


 地面。


 壁。


 井戸。


 屋根。


 廃村全体から。


 灰色の糸が。


 這い出してくる。


「なんだこれ!」


『第四浄化塔由来侵食体』


「昨日言ってたやつか!」


『肯定』


「何で今!」


『推定』


『生命反応への接近』


 ガルドの顔が変わる。


「人を狙ってんのか!?」


『可能性――高』


 女性が叫ぶ。


「中に!」


「まだ五人います!」


「マルク!」


「ベルン!」


「中へ!」


「グレゴール!」


「外を抑えろ!」


「隊長は!」


「俺も中だ!」


『暫定管理者命令』


 A―07が前へ出る。


『非敵対生命体――保護』


 左腕。


 一本しかない。


 それでも。


 A―07は。


 村の中央へ立った。


『防衛行動開始』


 灰色の菌糸が。


 一斉に。


 襲いかかった。



 一方。


 遠く離れた。


 アルフレッドたちの村。


 アルフレッドが。


 突然。


 顔を上げた。


「……?」


「どうしました?」


 セルマが尋ねる。


「分からない」


 胸。


 何か。


 ざわつく。


 スキルではない。


 魔法でもない。


 ただ。


 嫌な感じ。


 その時。


 地下。


 第一浄化施設。


 誰もいないはずの管理区画で。


 警告表示が。


 赤く点灯した。


『第三旧居住区』


『侵食率――31%』


『42%』


『58%』


 数字が。


 急速に上昇する。


『警告』


『第四浄化塔』


『侵食拡大』


 そして。


 新しい表示。


『保守管理個体A―07』


『戦闘状態』


『損傷率――』


 数字が現れる。


『7%』


『11%』


『18%』


 さらに。


『右腕ユニット――欠損』


『戦闘効率――46%』


 警告。


『保守支援――要求』


 しかし。


 管理者は。


 そこにはいない。



 第三旧居住区。


「エーナナ!」


 ベルンが叫ぶ。


 菌糸が。


 A―07の左脚へ絡みつく。


『問題なし』


「問題あるだろ!」


 A―07は。


 左腕で菌糸を掴む。


 引く。


 ぶちぶちぶちっ!


 地面ごと。


 引き剥がす。


「力技!?」


『適切な工具――欠損』


「右腕か!」


『肯定』


「帰ったら絶対作ってもらえ!」


『予定登録済』


「こんな時だけ律儀だな!」



「いたぞ!」


 建物の中。


 ガルドの声。


 五人。


 老人。


 少年。


 若い男。


 女性。


 そして。


 寝台へ横たわる。


 もう一人。


「動ける奴!」


「立て!」


「村から助けに来た!」


「外が!」


「見りゃ分かる!」


「走れるか!」


 若い男が。


 首を振る。


「父が!」


 寝台の老人。


 呼吸が浅い。


「置いていけません!」


「置いていかねぇ!」


 ガルドが老人を背負う。


「ベルン!」


「子ども!」


「マルク!」


「女を支えろ!」


「全員!」


「外へ出るぞ!」



 外。


 菌糸。


 壁のように。


 道を塞いでいる。


「無理だ!」


 マルクが叫ぶ。


「来た道が!」


 グレゴールの矢。


 一本。


 二本。


 菌糸へ刺さる。


 意味がない。


「火!」


 ガルドが叫ぶ。


「松明を!」


 火を投げる。


 燃える。


 しかし。


 表面だけ。


 奥から。


 さらに菌糸。


「多すぎる!」


『突破経路――検索』


 A―07の青い瞳。


 赤い線。


 地面。


 建物。


 菌糸。


『経路なし』


「おい!」


『現状』


『脱出経路――存在せず』


「さらっと言うな!」


 A―07が。


 中央を見る。


『代替案』


「あるのか!」


『肯定』


『旧居住区中央施設』


『地下保守路』


「地下?」


『第一浄化施設へ接続』


 ガルドが。


 目を見開く。


「村まで繋がってるのか!?」


『接続記録あり』


「使える?」


『不明』


「またか!」


『謝罪』


「今はいい!」


「案内しろ!」


『了解』



 A―07が。


 先頭へ。


 走る。


 片腕。


 傷だらけ。


 それでも。


 青い目は。


 消えていない。


 その後ろ。


 ガルドたち。


 そして。


 六人の生存者。


 廃村の中央。


 古い石造りの建物。


『ここ』


「扉は!?」


 土。


 菌糸。


 崩れた石。


 入口が。


 完全に埋まっている。


「エーナナ!」


『排除開始』


 左腕。


 石を掴む。


 投げる。


 次。


 次。


「全員手伝え!」


 ガルドも。


 老人を降ろし。


 石を動かす。


 ベルン。


 マルク。


 グレゴール。


 生存者たちも。


 動ける者は。


 全員。


 石を運ぶ。


「あと少し!」


 その時。


 背後。


 菌糸が。


 建物へ入ってきた。


「グレゴール!」


「分かってる!」


 矢。


 一本。


 火を付けた矢。


 放つ。


 ぼっ!


 菌糸が燃える。


 数秒。


「今だ!」


 石。


 最後の一つ。


 A―07が持ち上げる。


 がらん!


 穴。


 階段。


 地下へ。


「入れ!」


「全員!」


 生存者。


 一人。


 二人。


 三人。


「早く!」


 四。


 五。


 六。


 マルク。


 ベルン。


 グレゴール。


 ガルド。


 最後。


 A―07。


 菌糸が。


 背中へ絡む。


『損傷率――31%』


「エーナナ!」


 ガルドが。


 手を伸ばす。


 A―07が。


 左腕で。


 その手を掴む。


「引けぇ!」


 全員で。


 引く。


 菌糸が。


 切れる。


 A―07の身体が。


 地下へ落ちる。


「閉めろ!」


 石板。


 押す。


 菌糸が。


 隙間へ。


 入り込む。


「閉まれ!」


 がん!


 石扉が。


 閉じた。


 暗闇。


 荒い呼吸。


 誰かの泣き声。


 そして。


 A―07の青い目だけが。


 暗闇の中で。


 静かに光っていた。


『生存者』


『六名』


『探索隊』


『四名』


『保守管理個体』


『一機』


 一瞬。


『全員――生存』


 ガルドが。


 その場へ座り込む。


「……先に」


「それ言えよ」


『了解』


「次からな」


『登録』


「次があってたまるか……」



 その地下通路。


 A―07が。


 前方を見る。


『第一浄化施設への経路』


『確認』


 ガルドが。


 顔を上げる。


「本当に」


「村まで帰れるんだな?」


『肯定』


「どれくらいかかる?」


『徒歩推定――』


 表示。


『二時間十九分』


「近いじゃねぇか!」


『地上経路と比較した場合――短距離』


「最初からこっち教えろよ!」


『当該経路』


『昨日まで閉鎖状態』


「何?」


『暫定管理者登録により』


『一部保守路――解放』


 ガルドが。


 黙った。


「……アル坊か」


『肯定』


 少年は。


 ここにいない。


 それでも。


 アルフレッドがA―07を直したこと。


 管理者として認証されたこと。


 それが。


 今。


 十一人の命を。


 村へ繋ぐ道を開いていた。



 だが。


 A―07が。


 もう一度。


 前を見る。


『警告』


「今度は何だ」


『保守路内』


『未登録反応』


「……」


 ガルドが。


 ゆっくり剣を抜く。


「数」


『一』


「人?」


『否定』


「魔物?」


『該当情報なし』


「大きさ」


 一拍。


『大型』


 地下の奥。


 ごん。


 何かが。


 動いた。


 ごん。


 石壁が。


 わずかに震える。


 ベルンが。


 槍を構える。


「隊長」


「ああ」


 ごん。


 今度は。


 近い。


 A―07の瞳が。


 赤へ変わった。


『保守路防衛機構――』


 音声が乱れる。


『個体識別』


『B―03』


『状態――』


 全員が。


 息を止める。


『侵食』


 暗闇の向こう。


 巨大な。


 二つの赤い光が。


 ゆっくりと。


 開いた。



第29話 忘れられた村 了

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