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男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

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29/53

忘れられた村

第二章 灰境


第29話 忘れられた村


前書き


助けを求める声は、


いつも大きいとは限りません。


叫ぶ力さえ失い。


誰にも届かない場所で。


ただ、


生きようとしている人がいます。


だから。


誰かを助けるということは、


声を聞くことだけではありません。


声が消える前に、


そこへ辿り着くことなのです。


⸻


 夜明け前。


 灰境の村は、まだ暗闇に包まれていた。


 空の端だけが、わずかに青い。


 鳥すら鳴いていない。


 吐く息は白く。


 地面には薄い霜が降りている。


 そんな時間から。


 村の中央では、すでに人が動いていた。


「水袋!」


「三つあります!」


「干し肉!」


「入れました!」


「縄は!」


「二束!」


「松明!」


「六本!」


「予備も持て!」


「薬は!」


「今持ってくるよ!」


 マルタが家から出てくる。


 肩には大きな革袋。


「止血布」


「傷薬」


「熱冷まし」


「腹下し」


「虫除け」


「それから――」


「婆さん」


 ガルドが言う。


「戦争に行くんじゃねぇぞ」


「六人もいるんだろう!」


「何が必要か分からないじゃないか!」


「全部持って行ったら歩けねぇ」


「じゃあ若いのに持たせな!」


「俺六十三なんだが」


 バルドが呟いた。


「あんたは行かないよ」


「分かっておる」


「なんで準備してるんだ」


「暇じゃから」


「暇な村長がいるかい」


「村長ではない」


「似たようなもんだろ」


 朝から。


 少しだけ。


 いつもの灰境だった。


⸻


 探索隊は。


 ガルド。


 マルク。


 ベルン。


 そしてA―07。


 当初の予定通り。


 四名。


 だが。


「俺も行く」


 グレゴールが弓を持って現れた。


「駄目だ」


 ガルドが即答する。


「道を知っている」


「途中までだろ」


「お前らより知ってる」


「脚は?」


「歩ける」


「昨日も同じこと言ってたな」


「今日も同じだ」


 ガルドが眉を寄せる。


「片道四時間以上だぞ」


「旧道ならな」


「何?」


「獣道がある」


 グレゴールは地面へ枝で線を引く。


「北西の谷」


「昔の街道はここを回る」


「だが」


 別の線。


「猟師はこっちを通った」


「森を抜けるのか?」


「ああ」


「どれくらい縮む」


「一時間」


「……」


「俺が必要だろ」


 ガルドは。


 グレゴールの左脚を見る。


「途中で動けなくなったら置いていくぞ」


「構わん」


「構うんだよ」


「なら背負え」


「嫌だ」


「じゃあ歩く」


「面倒くせぇ奴だな!」


「お互い様だ」


 結局。


 グレゴールも同行することになった。


⸻


「僕は?」


「留守番」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてある」


「……。」


「何だ」


「最近」


「皆、僕の顔を読みすぎじゃない?」


「分かりやすいんだよ」


 アルフレッドは不満そうだった。


 だが。


 今日は食い下がらなかった。


「分かった」


 ガルドが少し驚く。


「本当に?」


「うん」


「熱あるか?」


「ないよ!」


「昨日なら三回は交渉してたぞ」


「僕も考えたんです」


 アルフレッドは。


 後ろを見る。


 村の家。


 マルタの家では。


 昨夜運び込まれた少女が眠っている。


 赤子もいる。


「連れて帰ってきた人を」


「受け入れる準備をする」


 ガルドが。


 少し笑った。


「それでいい」


「ただし」


「何だ」


「ガルドさんも帰ってきて」


「善処する」


「それ禁止」


「何がだ」


「大人って」


「困るとすぐ善処するって言う」


「誰から覚えた」


「ノエルさん」


 少し離れた場所。


 ノエルが眼鏡を押し上げた。


「私は適切な行政用語を説明しただけです」


「余計なこと教えんな!」


⸻


「エーナナ」


 アルフレッドがA―07を見る。


『暫定管理者』


「皆を守って」


『命令確認』


『探索隊員生命保護』


「それから」


「残ってる六人も」


『未登録生命体』


「人だったら守って」


『条件設定』


『非敵対生命体――保護対象へ追加』


「うん」


『受諾』


 A―07の青い瞳が明滅する。


「それと」


『確認』


「エーナナも帰ってきて」


 一瞬。


 A―07が止まった。


『第二優先順位』


『当機自己保全』


「覚えてる?」


『肯定』


「ならいい」


『帰還を実行』


「約束ね」


『約束――』


 少し間。


『登録』


 アルフレッドが笑う。


「いってらっしゃい」


『行ってきます』


 ガルドが振り返った。


「おい」


「今」


「行ってきますって言ったか?」


「覚えたみたい」


「……どんどん人間臭くなってねぇか?」


『当機は保守管理機』


「そこは変わらねぇな」


⸻


 探索隊が村を出る。


 五つの影。


 朝霧の中。


 少しずつ小さくなる。


 アルフレッドは。


 見えなくなるまで。


 その背中を見送った。


「アルフレッド様」


 セルマの声。


「うん」


「仕事があります」


「分かってる」


「何から始めますか?」


 アルフレッドは。


 振り返った。


 今日は。


 待つだけではない。


「空いてる家を直す」


「六人分?」


「分からないから」


「十人くらい寝られるようにしよう」


「十人?」


「多い方が困らないでしょう?」


「食料は?」


「ノエルさんと計算する」


「毛布は?」


「倉庫を調べる」


「怪我人は?」


「マルタさんに聞く」


「水は?」


「桶を増やす」


 セルマは。


 少しだけ目を細める。


「……領主らしくなりましたね」


 アルフレッドが止まった。


「本当?」


「少しだけ」


「リーナちゃんにも昨日言われた」


「では、まだ少しなのでしょう」


「厳しいなぁ」


⸻


 一方。


 探索隊。


「グレゴール」


「何だ」


「本当にこっちか?」


「三回目だぞ」


「確認してるだけだ」


「疑ってる顔だ」


「俺の顔を読むな」


「アル坊と同じこと言ってるぞ」


「やめろ!」


 森の中。


 五人は。


 細い獣道を進んでいた。


 いや。


 四人と一機。


 道と呼べるものではない。


 落ち葉。


 岩。


 木の根。


 人一人がようやく通れる隙間。


「昔は猟師が使っていた」


 グレゴールが言う。


「何を狩ってた?」


「角鹿」


「猪」


「灰兎」


「森狼は?」


「昔は少なかった」


「今は?」


「増えた」


「いつからだ」


「分からん」


 グレゴールは歩きながら答える。


「俺が十代の頃は」


「森狼を見ること自体珍しかった」


「二十代になる頃には」


「月に一度」


「三十を過ぎる頃には」


「森へ入れば痕跡を見るようになった」


「菌糸は?」


「知らん」


「最近か」


「少なくとも」


 グレゴールは足元を見る。


「昔の狼には」


「あんなものはなかった」


⸻


 A―07が。


 突然止まった。


「どうした」


『侵食反応』


 全員。


 武器へ手を伸ばす。


「近いか?」


『微弱』


『地表』


 A―07が。


 一本の木を指す。


「これ?」


 ベルンが近づこうとする。


『接触非推奨』


「おっと」


 すぐ止まる。


 木の根元。


 灰色の苔。


 いや。


 よく見ると。


 細い糸が。


 樹皮の隙間へ入り込んでいる。


「菌糸」


 グレゴールが呟く。


「狼だけじゃないのか」


『侵食対象――植物』


「生きてる木にまで?」


『肯定』


 ガルドの顔が険しくなる。


「アル坊の《清掃》で消せると思うか?」


『推定不能』


「まあ」


「そうだよな」


 A―07が。


 さらに森を見る。


『侵食密度』


『進行方向に増加』


「旧居住区の方か?」


『肯定』


 誰も。


 冗談を言わなくなった。


⸻


 さらに一時間。


 森が。


 変わり始める。


 木々が白い。


 枯れているわけではない。


 樹皮の上へ。


 灰色の膜が広がっている。


 地面にも。


 菌糸。


 石にも。


 菌糸。


「踏むな」


 ガルドが言う。


「なるべく避けろ」


「隊長」


 マルクが指をさす。


「何だ」


「あれ」


 木の枝。


 何かがぶら下がっている。


 布。


「服?」


 近づく。


 子ども用の。


 小さな上着だった。


 泥。


 血。


 袖が破れている。


「昨日の娘のものか?」


「違う」


 グレゴールが言う。


「大きさが違う」


 その少し先。


 地面。


 足跡。


「人だ」


 ガルドがしゃがむ。


「何人?」


「分からん」


「だが」


 グレゴールが土へ触れる。


「何度も通ってる」


「生活圏か」


「ああ」


 そして。


 足跡の横。


 小さな。


 木製の玩具が落ちていた。


 馬。


 子どもが削ったような。


 不格好な木馬。


 ガルドは。


 それを拾った。


「人だな」


 誰も。


 否定しなかった。


⸻


 その頃。


 灰境の村。


「一」


「二」


「三」


「四……」


 アルフレッドは。


 毛布を数えていた。


「七枚」


 ノエルが言う。


「足りない」


「六人なら足りるでしょう?」


「昨日の女の子と赤ちゃんもいるから」


「既に使用している二枚を含めれば九枚です」


「じゃあ足りる?」


「全員一枚なら」


「寒くないかな」


「暖炉を使います」


「薪は?」


「三日分程度」


「少ないね」


「だから」


 ノエルは帳面を見る。


「薪の確保も必要です」


「家を直して」


「薪を増やして」


「食べ物も増やして」


「水も」


「はい」


 アルフレッドが。


 頭を抱えた。


「人が増えるって大変なんだね」


「当然です」


「でも」


 少年は。


 毛布を見る。


「ちょっと嬉しい」


「なぜです?」


「村が大きくなるみたいで」


 ノエルの筆が。


 一瞬止まる。


「まだ」


「来ると決まったわけではありません」


「うん」


「元の場所へ戻りたいと言う可能性もあります」


「うん」


「ここに住むよう強制することはできません」


「もちろん」


「……」


 ノエルは。


 アルフレッドを見る。


「何?」


「いえ」


 また帳面へ目を戻す。


「その認識なら問題ありません」


⸻


 マルタの家。


 昨夜の少女は。


 まだ眠っていた。


 熱は。


 少し下がった。


 隣では。


 赤子が小さな寝息を立てている。


 セルマが。


 椅子へ座っていた。


「……。」


 赤子を見る。


 小さい。


 あまりにも。


 小さい。


 セルマは。


 どう接すればいいのか分からなかった。


 自分の左手より。


 少し大きい程度。


「抱くかい?」


 マルタが尋ねる。


「無理です」


「どうして」


「腕が」


 言いかけ。


 止まる。


「片腕だから?」


「……はい」


「できるよ」


「落とします」


「わたしが横にいる」


「ですが」


「座ったまま」


 マルタは。


 赤子を。


 毛布ごと持ち上げる。


「左腕をこう」


「身体へ寄せて」


「無理に持ち上げない」


「支えるだけ」


「待ってください」


「はい」


「まだ心の準備が」


「赤ん坊は待っちゃくれないよ」


「そんな――」


 そっと。


 セルマの左腕へ。


 赤子が乗せられた。


「……」


 セルマが。


 完全に固まった。


「動けません」


「動かなくていい」


「重いです」


「二キロちょっとだよ」


「重さの問題ではありません」


「知ってるよ」


 赤子が。


 小さく動く。


「っ」


 セルマの身体が硬くなる。


 そして。


 小さな手が。


 セルマの服を掴んだ。


「……」


「どうだい」


 マルタが尋ねる。


「分かりません」


「そうかい」


「でも」


 セルマは。


 赤子を見る。


「……温かいです」


「生きてるからね」


 セルマの左腕が。


 ほんの少しだけ。


 赤子を抱き寄せた。


⸻


 その時。


「セルマ!」


 扉が開いた。


 アルフレッド。


「毛布が――」


 止まる。


「……」


 セルマ。


 赤子。


「……」


「アルフレッド様」


「はい」


「何も言わないでください」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてあります」


「何が?」


「似合う、と」


「なんで分かったの!?」


「やはり」


「いや、でも本当に――」


「言わないでください」


「はい」


 マルタが。


 腹を抱えて笑っていた。


⸻


 探索隊。


 昼前。


 森が。


 突然途切れた。


「……ここか」


 ガルドが呟く。


 谷。


 その向こう。


 石造りの建物。


 一軒。


 二軒。


 十軒。


 いや。


 もっと。


 崩れている。


 屋根が落ちている。


 草に埋もれている。


 だが。


 確かに。


 村だった。


「こんな場所に……」


 ベルンが息を呑む。


「知らなかった」


 グレゴールも。


 初めて見る顔をしている。


『第三旧居住区』


 A―07が言う。


『到着』


「生命反応」


 ガルドが尋ねる。


『六』


「位置は?」


 A―07が。


 村の奥を見る。


『中央施設付近』


「行くぞ」


 武器を構える。


 一歩。


 廃村へ。


 入る。


⸻


 静かだった。


 人の声。


 ない。


 煙。


 ない。


 洗濯物。


 ない。


「本当にいるのか?」


『肯定』


 足元。


 壊れた皿。


 古い縄。


 薪。


「これ」


 グレゴールが薪を見る。


「新しい」


「何日前だ?」


「昨日か」


「長くても二日」


「いるな」


 ガルドが。


 剣を抜く。


「おーい!」


 声を張る。


「灰境の村から来た!」


「昨夜!」


「女の子が俺たちの村へ来た!」


 返事。


 ない。


「生きてる!」


「赤ん坊も無事だ!」


 その瞬間。


 がた。


 建物の奥。


 音。


「出てこい!」


「助けに来た!」


 沈黙。


 そして。


「……ミア?」


 小さな声。


 女性。


「ミアは……」


「生きてるの?」


 ガルドが。


 剣を下げた。


「ああ!」


「生きてる!」


 扉の陰。


 女性が。


 顔を出す。


 痩せている。


 三十代ほど。


 額に傷。


「……本当に?」


「ああ」


「赤ちゃんは?」


「無事だ」


 女性の膝から。


 力が抜けた。


「よかった……」


「よかった……!」


 泣き始める。


「母親か?」


「違う……」


「姉です」


「ミアの?」


「はい」


「赤ちゃんは?」


「私の……」


 ガルドの顔が変わる。


「じゃあ」


「昨日の娘は」


「あなたの赤ん坊を抱いて」


「十一キロの森を?」


 女性は。


 泣きながら頷いた。


「私が」


「動けなかったから」


「ミアが」


「助けを呼ぶって……」


 ガルドは。


 しばらく。


 何も言えなかった。


⸻


「他の五人は?」


「中に」


「怪我人?」


「はい」


「病人も」


「魔物に襲われたのか?」


 女性の顔が。


 強張った。


「違います」


「なら何だ」


「……森が」


 ガルドの眉が寄る。


「森?」


「森が」


「村へ入ってきたんです」


 その瞬間。


 A―07の青い瞳が。


 赤く変わった。


『警告』


「何だ!」


『侵食反応――急上昇』


 地面。


 ガルドたちの足元。


 土の下。


 ぞわ。


 何かが動いた。


「下がれ!」


 グレゴールが叫ぶ。


 次の瞬間。


 地面を突き破り。


 灰色の菌糸が。


 一斉に噴き出した。


「うおっ!」


「散れ!」


 剣。


 槍。


 矢。


 菌糸を切る。


 だが。


 一本ではない。


 十。


 百。


 地面。


 壁。


 井戸。


 屋根。


 廃村全体から。


 灰色の糸が。


 這い出してくる。


「なんだこれ!」


『第四浄化塔由来侵食体』


「昨日言ってたやつか!」


『肯定』


「何で今!」


『推定』


『生命反応への接近』


 ガルドの顔が変わる。


「人を狙ってんのか!?」


『可能性――高』


 女性が叫ぶ。


「中に!」


「まだ五人います!」


「マルク!」


「ベルン!」


「中へ!」


「グレゴール!」


「外を抑えろ!」


「隊長は!」


「俺も中だ!」


『暫定管理者命令』


 A―07が前へ出る。


『非敵対生命体――保護』


 左腕。


 一本しかない。


 それでも。


 A―07は。


 村の中央へ立った。


『防衛行動開始』


 灰色の菌糸が。


 一斉に。


 襲いかかった。


⸻


 一方。


 遠く離れた。


 アルフレッドたちの村。


 アルフレッドが。


 突然。


 顔を上げた。


「……?」


「どうしました?」


 セルマが尋ねる。


「分からない」


 胸。


 何か。


 ざわつく。


 スキルではない。


 魔法でもない。


 ただ。


 嫌な感じ。


 その時。


 地下。


 第一浄化施設。


 誰もいないはずの管理区画で。


 警告表示が。


 赤く点灯した。


『第三旧居住区』


『侵食率――31%』


『42%』


『58%』


 数字が。


 急速に上昇する。


『警告』


『第四浄化塔』


『侵食拡大』


 そして。


 新しい表示。


『保守管理個体A―07』


『戦闘状態』


『損傷率――』


 数字が現れる。


『7%』


『11%』


『18%』


 さらに。


『右腕ユニット――欠損』


『戦闘効率――46%』


 警告。


『保守支援――要求』


 しかし。


 管理者は。


 そこにはいない。


⸻


 第三旧居住区。


「エーナナ!」


 ベルンが叫ぶ。


 菌糸が。


 A―07の左脚へ絡みつく。


『問題なし』


「問題あるだろ!」


 A―07は。


 左腕で菌糸を掴む。


 引く。


 ぶちぶちぶちっ!


 地面ごと。


 引き剥がす。


「力技!?」


『適切な工具――欠損』


「右腕か!」


『肯定』


「帰ったら絶対作ってもらえ!」


『予定登録済』


「こんな時だけ律儀だな!」


⸻


「いたぞ!」


 建物の中。


 ガルドの声。


 五人。


 老人。


 少年。


 若い男。


 女性。


 そして。


 寝台へ横たわる。


 もう一人。


「動ける奴!」


「立て!」


「村から助けに来た!」


「外が!」


「見りゃ分かる!」


「走れるか!」


 若い男が。


 首を振る。


「父が!」


 寝台の老人。


 呼吸が浅い。


「置いていけません!」


「置いていかねぇ!」


 ガルドが老人を背負う。


「ベルン!」


「子ども!」


「マルク!」


「女を支えろ!」


「全員!」


「外へ出るぞ!」


⸻


 外。


 菌糸。


 壁のように。


 道を塞いでいる。


「無理だ!」


 マルクが叫ぶ。


「来た道が!」


 グレゴールの矢。


 一本。


 二本。


 菌糸へ刺さる。


 意味がない。


「火!」


 ガルドが叫ぶ。


「松明を!」


 火を投げる。


 燃える。


 しかし。


 表面だけ。


 奥から。


 さらに菌糸。


「多すぎる!」


『突破経路――検索』


 A―07の青い瞳。


 赤い線。


 地面。


 建物。


 菌糸。


『経路なし』


「おい!」


『現状』


『脱出経路――存在せず』


「さらっと言うな!」


 A―07が。


 中央を見る。


『代替案』


「あるのか!」


『肯定』


『旧居住区中央施設』


『地下保守路』


「地下?」


『第一浄化施設へ接続』


 ガルドが。


 目を見開く。


「村まで繋がってるのか!?」


『接続記録あり』


「使える?」


『不明』


「またか!」


『謝罪』


「今はいい!」


「案内しろ!」


『了解』


⸻


 A―07が。


 先頭へ。


 走る。


 片腕。


 傷だらけ。


 それでも。


 青い目は。


 消えていない。


 その後ろ。


 ガルドたち。


 そして。


 六人の生存者。


 廃村の中央。


 古い石造りの建物。


『ここ』


「扉は!?」


 土。


 菌糸。


 崩れた石。


 入口が。


 完全に埋まっている。


「エーナナ!」


『排除開始』


 左腕。


 石を掴む。


 投げる。


 次。


 次。


「全員手伝え!」


 ガルドも。


 老人を降ろし。


 石を動かす。


 ベルン。


 マルク。


 グレゴール。


 生存者たちも。


 動ける者は。


 全員。


 石を運ぶ。


「あと少し!」


 その時。


 背後。


 菌糸が。


 建物へ入ってきた。


「グレゴール!」


「分かってる!」


 矢。


 一本。


 火を付けた矢。


 放つ。


 ぼっ!


 菌糸が燃える。


 数秒。


「今だ!」


 石。


 最後の一つ。


 A―07が持ち上げる。


 がらん!


 穴。


 階段。


 地下へ。


「入れ!」


「全員!」


 生存者。


 一人。


 二人。


 三人。


「早く!」


 四。


 五。


 六。


 マルク。


 ベルン。


 グレゴール。


 ガルド。


 最後。


 A―07。


 菌糸が。


 背中へ絡む。


『損傷率――31%』


「エーナナ!」


 ガルドが。


 手を伸ばす。


 A―07が。


 左腕で。


 その手を掴む。


「引けぇ!」


 全員で。


 引く。


 菌糸が。


 切れる。


 A―07の身体が。


 地下へ落ちる。


「閉めろ!」


 石板。


 押す。


 菌糸が。


 隙間へ。


 入り込む。


「閉まれ!」


 がん!


 石扉が。


 閉じた。


 暗闇。


 荒い呼吸。


 誰かの泣き声。


 そして。


 A―07の青い目だけが。


 暗闇の中で。


 静かに光っていた。


『生存者』


『六名』


『探索隊』


『四名』


『保守管理個体』


『一機』


 一瞬。


『全員――生存』


 ガルドが。


 その場へ座り込む。


「……先に」


「それ言えよ」


『了解』


「次からな」


『登録』


「次があってたまるか……」


⸻


 その地下通路。


 A―07が。


 前方を見る。


『第一浄化施設への経路』


『確認』


 ガルドが。


 顔を上げる。


「本当に」


「村まで帰れるんだな?」


『肯定』


「どれくらいかかる?」


『徒歩推定――』


 表示。


『二時間十九分』


「近いじゃねぇか!」


『地上経路と比較した場合――短距離』


「最初からこっち教えろよ!」


『当該経路』


『昨日まで閉鎖状態』


「何?」


『暫定管理者登録により』


『一部保守路――解放』


 ガルドが。


 黙った。


「……アル坊か」


『肯定』


 少年は。


 ここにいない。


 それでも。


 アルフレッドがA―07を直したこと。


 管理者として認証されたこと。


 それが。


 今。


 十一人の命を。


 村へ繋ぐ道を開いていた。


⸻


 だが。


 A―07が。


 もう一度。


 前を見る。


『警告』


「今度は何だ」


『保守路内』


『未登録反応』


「……」


 ガルドが。


 ゆっくり剣を抜く。


「数」


『一』


「人?」


『否定』


「魔物?」


『該当情報なし』


「大きさ」


 一拍。


『大型』


 地下の奥。


 ごん。


 何かが。


 動いた。


 ごん。


 石壁が。


 わずかに震える。


 ベルンが。


 槍を構える。


「隊長」


「ああ」


 ごん。


 今度は。


 近い。


 A―07の瞳が。


 赤へ変わった。


『保守路防衛機構――』


 音声が乱れる。


『個体識別』


『B―03』


『状態――』


 全員が。


 息を止める。


『侵食』


 暗闇の向こう。


 巨大な。


 二つの赤い光が。


 ゆっくりと。


 開いた。


⸻


第29話 忘れられた村 了

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