守る約束
第二章 灰境
第24話 守る約束
前書き
強さとは、
力の大きさではありません。
自分が決めたことを、
最後まで守れること。
それもまた、
一つの強さです。
けれど、
守りたいものが二つあった時、
人は迷います。
⸻
地下水路。
銀色の人形が石畳を蹴った。
ぎぃんっ!
金属同士がぶつかる高い音が響く。
「速ぇ!」
ガルドは剣を抜き放ち、その一撃を受け流した。
火花が散る。
見た目は朽ちかけた人形。
しかし、その一歩は歴戦の兵士にも劣らない速さだった。
「ベルン!」
「右!」
ベルンの槍が横薙ぎに走る。
だが、人形は半歩だけ身体を傾ける。
紙一重。
槍先は空を切った。
「避けた!?」
「考えて動いてやがる!」
⸻
エリックが松明を投げ捨て、斧を振り下ろす。
「おおおっ!」
ごんっ!
鈍い音。
斧は人形の肩へ命中した。
しかし。
「硬い!」
刃は数センチ食い込んだだけだった。
人形はゆっくりエリックを見る。
青だった瞳は、今や赤く染まっている。
『侵入……排除……』
低く機械的な声。
次の瞬間。
残された左腕がエリックの胸へ叩き込まれた。
どごっ!
「ぐっ!」
大柄な身体が数メートル吹き飛ぶ。
「エリック!」
グレゴールが矢を放つ。
ひゅっ!
矢は首元へ突き刺さる。
だが。
人形は止まらない。
「化け物か!」
「違う!」
ガルドが叫ぶ。
「壊れた兵器だ!」
⸻
地上。
地下から響く戦闘音に、村人たちの表情が変わる。
「戦ってる!」
リーナが不安そうにマルタを見る。
「おばあちゃん……。」
「大丈夫だよ。」
そう答えながらも、マルタの手は止まっていた。
セルマも寝台から身体を起こす。
「アルフレッド様。」
その視線は点検口へ向いている。
⸻
アルフレッドは唇を噛んでいた。
(助けなきゃ。)
そう思う。
でも。
ガルドと約束した。
絶対に降りるな。
自分が行けば、また倒れるかもしれない。
皆に迷惑をかける。
「アル様。」
セルマが静かに呼ぶ。
「行ってはいけません。」
「でも。」
「約束しました。」
「うん。」
「一人で無茶をしないと。」
昨夜、小指を絡めた約束。
その言葉が胸へ刺さる。
⸻
地下。
ガルドは人形と剣を交えていた。
がんっ!
がきん!
金属音が響き続ける。
「くそ!」
腕が痺れる。
一撃一撃が重い。
しかも。
人形の身体は壊れている。
肩は欠け。
脚も歪んでいる。
それなのに動く。
「本来ならもっと強かったのか……!」
ガルドの額へ汗が流れる。
⸻
その時。
人形の左脚が小さく軋んだ。
ぎ……
一瞬だけ動きが止まる。
「今だ!」
ベルンの槍。
グレゴールの矢。
二つの攻撃が同時に命中する。
肩。
胸。
装甲が砕ける。
内部が露わになった。
「中が……。」
エリックが息を呑む。
歯車。
金属軸。
細い管。
そして。
淡く青く光る結晶。
「魔石?」
「違う。」
ガルドが低く呟く。
「見たことねぇ。」
⸻
その瞬間。
地上でアルフレッドが顔を上げた。
「そこ!」
思わず叫ぶ。
「胸!」
地下まで声が届く。
ガルドが反射的に人形の胸を見る。
青い結晶。
そこだけが異様に光っていた。
「ベルン!」
「任せろ!」
槍が一直線に走る。
どんっ!
穂先が胸の結晶へ突き刺さる。
ぱきっ。
乾いた音。
青い光が揺れた。
『……管理……』
『修復……』
『修……』
人形の声が乱れる。
赤い目が青へ戻る。
そして。
初めてアルフレッドの方角を見た。
地下にいるはずなのに。
まるで真上を見上げるように。
『……修……繕……』
誰も動かなかった。
壊れた兵器が。
最後の力を振り絞るように。
その言葉だけを繰り返す。
『修……繕……』
『管理……者……』
『確認……』
青い瞳がゆっくり閉じる。
膝をつき。
金属の身体が静かに崩れ落ちた。
がしゃん。
地下水路に静寂が戻る。
⸻
ガルドはしばらく剣を構えたまま動かなかった。
「……終わったか。」
ベルンも大きく息を吐く。
「死んだ?」
「いや。」
ガルドは首を振る。
「止まった。」
その表現の方が近かった。
⸻
地上。
アルフレッドはその場へ座り込んだ。
ほっと息を吐く。
「終わった……。」
セルマも胸を撫で下ろす。
だが。
アルフレッドの表情は明るくならなかった。
「どうしたんだい?」
マルタが尋ねる。
アルフレッドは地下を見つめたまま答える。
「かわいそうだった。」
「え?」
「すごく。」
「壊れて。」
「ずっと。」
「誰も直してくれなかったんだ。」
その一言に。
セルマの目が静かに揺れた。
誰も敵として見ていた。
アルフレッドだけは違った。
「壊れたもの」として見ていた。
⸻
地下では、ガルドが停止した人形の前へしゃがみ込む。
胸の結晶はひび割れている。
だが完全には砕けていない。
そして、人形の腰には一枚の金属板が付いていた。
長年の錆を拭うと、
古い文字が浮かび上がる。
ノエルが降りてきて、それを読もうと目を凝らす。
「これは……王国文字ではありません。」
「読めるか?」
「一部だけ。」
彼女はゆっくりと言葉を口にした。
「第一浄化施設……保守管理区画……」
その場にいた全員が顔を見合わせる。
「浄化施設?」
ガルドが低く呟く。
「ここは……何だったんだ。」
その問いに答えられる者は、まだ誰もいなかった。
⸻
第24話 守る約束 了




