地下の番人
第二章 灰境
第23話 地下の番人
前書き
遺跡は、
長い年月を眠ります。
誰にも見つからず、
誰にも壊されず、
静かに。
けれど、
眠り続けるものには、
目覚める理由があります。
その理由を知らない者だけが、
不用意に扉を開けるのです。
⸻
地下水路。
石壁へ揺れる松明の火が、長い影を描いていた。
ガルドたちは足を止め、闇の奥を見つめる。
――カラン。
再び金属音が響く。
今度は先ほどより近い。
水路を流れる水音とは違う。
誰かが歩いているような音だった。
「……聞こえたな。」
ベルンが槍を構える。
「ああ。」
ガルドは腰の剣へ手を掛けた。
グレゴールは静かに弓へ矢を番える。
エリックは松明を高く掲げ、闇を照らした。
しかし。
そこには誰もいない。
石造りの通路が、奥へ真っ直ぐ続いているだけだった。
⸻
地上では、ノエルが緊張した面持ちで縄を握っていた。
「何かありましたか!」
地下へ向かって声を張る。
「まだ分からん!」
ガルドの声が返ってくる。
「何か動いてる!」
アルフレッドは点検口の縁へ近寄った。
約束どおり中へは入らない。
だが胸の奥がざわついていた。
「動いてる……」
思わず呟く。
「何がです?」
ノエルが振り向く。
「壊れてるもの。」
「また分かるのですか?」
「少し。」
アルフレッドは目を閉じた。
見えるわけではない。
聞こえるわけでもない。
それでも地下深くから、
壊れた何かがゆっくり動いているような感覚だけが伝わってくる。
「でも。」
首を傾げる。
「生き物じゃない。」
「……?」
「何だろう。」
⸻
地下。
ガルドはゆっくり歩き始めた。
壁には古い彫刻。
床は磨かれた石。
水路の水は驚くほど澄んでいる。
「排水路じゃねぇな。」
「ええ。」
ベルンも頷く。
「これだけ綺麗な造りなら、王都にも負けません。」
「王都以上かもしれねぇ。」
壁の継ぎ目は紙一枚入らないほど精密だった。
崩落した跡もない。
何百年も放置されていた建造物とは思えない。
⸻
「隊長。」
エリックがしゃがみ込む。
「これ。」
床に残る跡。
丸い傷が、一定の間隔で続いている。
車輪ではない。
靴跡でもない。
「何だこれは。」
グレゴールが指でなぞる。
「何か重い物を引いた跡か?」
「違う。」
ガルドが首を振る。
「左右が揃いすぎてる。」
丸い跡は二列。
寸分違わぬ間隔で並んでいる。
「馬車じゃない。」
「生き物でもない。」
誰も見たことのない痕跡だった。
⸻
その時。
奥の闇で、
ぼうっ。
小さな光が灯った。
「!」
全員が武器を構える。
青白い光。
一つ。
二つ。
三つ。
ゆっくりこちらへ近付いてくる。
「魔物か?」
ベルンが呟く。
「いや……」
ガルドは目を細めた。
「浮いてる。」
光だけが動いている。
身体が見えない。
⸻
やがて光が松明の届く距離まで来た。
その正体を見た四人は息を呑んだ。
「……何だ、これは。」
人型だった。
高さは大人ほど。
しかし全身は銀色の金属。
関節は球体。
顔には口も鼻もない。
左右の目だけが青く光っている。
身体のあちこちには錆。
肩は崩れ。
片腕は途中で失われていた。
それでも、
ゆっくりと歩いてくる。
ぎ……。
ぎ……。
関節が軋む音だけを響かせながら。
⸻
「人形……?」
エリックが息を呑む。
「違う。」
ガルドは低く言った。
「動いてる。」
銀色の存在は四人の前で止まった。
青い目が一人ずつを見つめる。
そして。
胸の奥から、
かすれた声が響いた。
『……認……証……』
誰も動けない。
『……管理……者……』
言葉だった。
壊れかけてはいるが、
確かに人の言葉。
『……権限……確認……』
青い光が一瞬だけ強くなる。
『……該当者……不在……』
その瞬間。
青い光が赤へ変わった。
『警……告……』
ぎぎぎぎ……
失われていた右腕の断面から、
折れた刃のような金属がせり出す。
『……侵……入……者……』
ガルドが叫ぶ。
「下がれ!」
次の瞬間。
銀色の人形が、
信じられない速さで飛び出した。
⸻
地上。
アルフレッドは突然胸を押さえた。
「っ!」
「どうしました!」
ノエルが支える。
「……壊れてる。」
「何がです!」
「違う。」
「壊れてるのに。」
「動いてる。」
アルフレッドの顔が青ざめる。
「すごく苦しそう。」
「え?」
「直してって言ってる。」
その言葉と同時に。
地下から、
激しい金属音が響いた。
ガァァン!!
石壁を震わせる衝撃。
続いてガルドの怒鳴り声。
「総員戦闘!」
⸻
アルフレッドは点検口を見つめた。
約束。
絶対に降りるな。
ガルドとの約束が頭をよぎる。
けれど。
胸の奥では、
あの壊れた何かが、
必死に助けを求めていた。
「……どうしよう。」
少年の拳が、小さく震えた。
⸻
第23話 地下の番人 つづく




