↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男爵家四男の辺境開拓記 ~不遇スキル《修繕》と《清掃》で、みんなの帰る場所を作ります~  作者: 和泉發仙
第二章 灰境

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/53

約束の場所

第二章 灰境


第14話 約束の場所




前書き


約束とは、


必ず守れると分かっているから、


交わすものではありません。


遠く離れても。


道を見失っても。


もう歩けないと思っても。


それでも、そこへ行くと決めること。


待つ者と、


歩き続ける者。


その二人が再び出会ったとき、


約束は帰る場所になるのです。


⸻


 村の灯りが、一つずつ消えていく。


 夕食を終えた村人たちは、それぞれの家へ戻っていた。


 見張りを任された者だけが、松明を手に村の周囲を巡回している。


 昼間に修繕された西側の柵は、夜の闇の中でも不自然なほど真っ直ぐに立っていた。


 そのほかの柵は傾き、風が吹くたびに頼りない音を立てている。


 静かな夜だった。


 森狼が襲ってきたことなど、まるで夢だったかのように。


 だが、村人たちは安心していなかった。


 灰境の夜は、静かだからこそ恐ろしい。


 枝が折れる音。


 草を踏む音。


 遠くで鳴く獣の声。


 その一つひとつが、魔物の接近を告げているかもしれないからだ。


「今日は寝ない方がいいかもしれんな」


 村の入口に立ったグレゴールが、暗い街道を見ながら呟いた。


 片手には猟弓。


 腰には短剣。


 狼との戦いで傷ついた矢を、使えるものと使えないものへ分けている。


「眠らなければ、明日動けんぞ」


 隣に立つバルドが答えた。


「交代までは休め」


「分かってる」


 そう言いながらも、グレゴールの視線は森から離れない。


 狼たちを操っていた、灰色の異物。


 森の奥から魔物たちが追い出されているという話。


 これまでとは違う何かが始まっている。


 長く灰境で暮らしてきた二人には、それが分かっていた。


 そのとき。


 村の中から、犬の吠える声が響いた。


「ワンッ!」


 一度。


「ワンッ、ワンッ!」


 二度。


 普段よりも高く、落ち着きのない声だった。


 グレゴールが弓を持ち直す。


「また狼か?」


「いや」


 バルドは耳を澄ませた。


「村の外じゃ」


 痩せた村犬が、柵の隙間を抜けて街道の方角へ走っていく。


「おい!」


 グレゴールが呼び止めても、犬は戻らなかった。


 何度か振り返りながら吠え、二人を呼ぶように再び闇の中へ進んでいく。


「何か見つけたようじゃな」


「待ってろ。松明を取ってくる」


「開拓隊にも声を掛けろ」


 数分後。


 グレゴールとバルドは、ガルドたちとともに村の外へ出た。


 先頭を歩くのは、村犬だった。


 犬は街道の脇へ近づくと、草むらへ鼻先を突っ込み、しきりに鳴き始める。


「何かいるぞ」


 護衛のエリックが槍を構えた。


 ガルドが片手を上げ、全員の足を止める。


「人か、獣か」


「分かりません」


「囲め。飛び出してきても慌てるな」


 松明が掲げられる。


 赤い光が、街道脇の草を照らした。


 最初に見えたのは、泥に汚れた足だった。


 破れた靴。


 傷だらけの脚。


 その先に、人が倒れている。


「人だ!」


 グレゴールが草を掻き分ける。


 そこに横たわっていたのは、一人の少女だった。


 黒い肌。


 泥と汗で固まった白髪。


 左目を覆う、汚れた布。


 力なく地面へ投げ出された左腕。


 そして。


 右肩から先には、何もなかった。


「ダークエルフ……」


 エリックが息を呑む。


 少女の首には、黒い金属の輪が嵌められている。


 飾りではない。


 それが何を意味するのか、誰の目にも明らかだった。


「奴隷か」


 バルドが低く呟く。


 ガルドは少女のそばへ膝をついた。


 首筋へ指を当てる。


「脈はある」


「息もしています」


 衛生兵のマルクが少女の瞼を確認し、頬へ触れた。


「熱が高い。ひどい脱水です」


「傷は?」


「足に複数。古いものと新しいものが混じっています。左脇腹にも……」


 マルクが破れた外套を少し持ち上げる。


 その下には、血の滲んだ布が巻かれていた。


「獣にやられた傷ではありません」


「刃物か?」


「おそらく」


 ガルドの目が細くなる。


 少女の外見。


 欠けた右腕。


 覆われた左目。


 奴隷の首輪。


 そして、王都を出る前に渡された一枚の手配書。


 そこに記されていた特徴と、あまりにもよく似ている。


「……セルマ」


 ガルドが名前を口にした。


 ノエルが驚いて顔を上げる。


「まさか」


「あの坊主が探していた娘だ」


「ヨーレリヒト家から逃亡したという?」


「ああ」


「では、王都へ報告を――」


「今は運ぶ」


 ガルドは即座に言った。


 ノエルは口を閉じる。


「ですが」


「このまま置けば、夜を越せねえ」


「……承知しました」


「話は生かしてからだ」


 ガルドは少女の身体を持ち上げようとした。


 その瞬間。


 セルマの首輪が、かすかに赤く光った。


「ぐっ……」


 意識を失っているはずの少女が、苦しそうに身を震わせる。


 首輪から伸びた赤い線が、黒い肌の上へ浮かび上がった。


「触るな!」


 ガルドが手を離す。


 セルマの身体が地面へ落ちそうになるのを、マルクが支えた。


「何が起きた?」


「首輪の術式です」


 ノエルが松明を近づけ、金属輪へ目を凝らす。


「所有者から一定以上離れた場合や、命令へ逆らった場合に罰を与える型でしょう」


「外せるか」


「ここでは無理です。鍵だけでなく、魔術的な解除が必要です」


「このまま運べば?」


「動かすたびに反応する可能性があります」


 全員が黙り込んだ。


 村までの距離は遠くない。


 だが、この少女が耐えられるかどうかは分からない。


 セルマは荒い息を繰り返している。


 額から汗が流れ、唇は乾ききっていた。


「置いてはいけん」


 バルドが言った。


「じゃが、動かすこともできんのか」


「板を持ってきます」


 グレゴールが村の方を振り返る。


「戸板へ寝かせて、揺らさずに運べば」


「やるしかねえな」


 ガルドは頷いた。


「急げ」


⸻


 村の中。


 マルタの家では、アルフレッドが寝台へ横になっていた。


 眠らなければならない。


 頭では分かっていた。


 それでも、なかなか眠れない。


 窓の外から聞こえる森の音が気になる。


 灰色の菌糸。


 おかしくなった森狼。


 壊れた領主館。


 二十二人の領民。


 考えることが多すぎた。


 それに。


(セルマ……)


 灰境へ来ると言った少女。


 街道で見つけた布の切れ端。


 途中まで追ってきていた足跡。


 彼女は今、どこにいるのだろう。


 無事だろうか。


 街道を間違えていないだろうか。


「早く寝な」


 薬草を整理していたマルタが、振り返らずに言った。


「目を閉じています」


「目を閉じてるだけで眠ってないだろう」


「どうして分かるの?」


「呼吸で分かる」


「薬師ってすごいですね」


「感心してないで寝な」


「はい」


 アルフレッドは毛布を引き上げる。


 そのとき。


 外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「マルタ!」


 扉が強く叩かれる。


「起きてるか!」


「そんな音を立てたら、起きてなくても起きるよ!」


 マルタが扉を開ける。


 そこに立っていたのは、戸板を運ぶグレゴールと護衛たちだった。


「怪我人だ!」


「中へ!」


 アルフレッドは寝台から身体を起こした。


「怪我人?」


「寝てな!」


 マルタが振り返って怒鳴る。


 だが、運び込まれた少女の姿が見えた瞬間。


 アルフレッドの動きが止まった。


 汚れた白髪。


 失われた右腕。


 左目を覆う布。


 何度も見た、細い横顔。


「……セルマ?」


 声が震えた。


 少女は答えない。


「セルマ!」


 アルフレッドは寝台から降りた。


 足元がふらつく。


 それでも壁へ手をつき、少女のそばへ歩いていく。


「どうして……」


「街道脇で倒れてた」


 ガルドが答えた。


「村の犬が見つけた」


「生きてる?」


「生きてる。だが弱ってる」


「セルマ」


 アルフレッドは、戸板の横へ膝をついた。


 触れることをためらう。


 頬も。


 手も。


 あまりにも傷つき、少し触れただけでも壊れてしまいそうに見えた。


「本当に来たんだ」


 約束どおり。


 遠い灰境まで。


 一人で。


 追われながら。


 傷つきながら。


 アルフレッドは唇を噛んだ。


「馬鹿だよ……」


 声が掠れる。


「こんなになるまで来なくても……」


「約束したんだろ」


 ガルドが静かに言った。


「え?」


「この娘と、ここで会うって」


「うん」


「だったら、来るだろうよ」


 アルフレッドは目元を袖で擦った。


「マルタさん」


「今から診る。あんたは邪魔だから下がってな」


「僕の《修繕》で――」


「駄目だ」


 ガルドが肩をつかむ。


「でも、傷がたくさんあります」


「お前は今日一度倒れてる」


「少しくらいなら」


「少しで済む傷に見えるか?」


 アルフレッドは答えられなかった。


 セルマの身体には、目に見えるだけでも無数の傷がある。


 擦り傷。


 切り傷。


 靴擦れ。


 首輪の周囲には赤黒い火傷。


 脇腹の布からは、今も血が滲んでいた。


 どれを直し、どこまでなら自分の力が届くのか。


 分からない。


「まず、わたしたちに任せな」


 マルタが言った。


「血を止める」


「身体を温める」


「水を飲ませる」


「それでも足りないところがあれば、そのとき力を借りる」


「……分かりました」


「本当に?」


「はい」


 アルフレッドは戸板から少し離れた。


 だが、部屋の外へは出なかった。


 隅の椅子へ座り、治療されるセルマを見つめ続ける。


⸻


 マルタが傷へ巻かれた古い布を外す。


 布の下から現れた傷を見て、顔をしかめた。


「矢かい?」


「短弓でしょう」


 マルクが答える。


「鏃は抜けていますが、傷口が塞がっていません」


「自分で抜いたのかね」


「おそらく」


「無茶をする娘だよ」


 傷口を湯で洗う。


 セルマの身体がびくりと震えた。


「押さえて」


 マルタの指示で、マルクとグレゴールが少女の身体を支える。


 薬を塗り、新しい布を巻く。


 次は足。


 靴を脱がせると、血と皮膚が布へ貼りついていた。


「これは……」


 マルタが小さく息を呑む。


 足の裏が裂けている。


 爪の一部は剥がれ、石や枝が傷へ入り込んでいた。


 それでも歩き続けた。


 灰境まで。


「何日歩いたんだ、この娘は」


 グレゴールが呟く。


 誰も答えられなかった。


「水を」


 マルタが指示する。


 セルマの頭をわずかに起こし、濡らした布を唇へ当てる。


 一度に飲ませれば、吐いてしまう。


 少しずつ。


 一滴ずつ。


 乾いた唇へ水を含ませる。


「首輪はどうする」


 ガルドが尋ねた。


「邪魔だが、触ると術式が動く」


「このままじゃ火傷が広がるよ」


 マルタは首輪の周囲を確認した。


「何とか外せないのかい?」


「術式そのものを解除する必要があります」


 ノエルが答える。


「王都の魔術師なら可能でしょうが……」


「王都へ連れて行ったら、この娘は捕まる」


「はい」


「ほかに方法は」


「所有者が解除するか、術式を破壊するか」


「壊した場合は?」


「首輪に蓄えられた魔力が、装着者へ流れ込む可能性があります」


「つまり死ぬかもしれねえ」


「否定できません」


 アルフレッドは椅子から立ち上がった。


「僕が見ます」


「アル坊」


「使いません」


 ガルドを見る。


「見るだけです」


 少し迷ったあと、ガルドは肩から手を離した。


「絶対に勝手に使うな」


「はい」


 アルフレッドはセルマの首元へ近づいた。


 首輪へ手を触れないようにしながら、意識を集中させる。


 《清掃》。


 まだ発動はしない。


 ただ、そこに何があるのかを感じ取ろうとする。


 黒い金属。


 その内側を流れる魔力。


 絡み合った細い糸。


 セルマの首へ食い込み、身体の奥へ伸びている。


 あの鎖へ掛けられていた固定の魔術より、ずっと複雑だった。


「どうだ」


「いろいろ、くっついてます」


「詳しく言え」


「セルマに必要のないものが、首輪から身体へ入ろうとしてる」


「取り除けるか?」


 アルフレッドはすぐには答えなかった。


 自分の力を使えば。


 もしかすると、術式の一部を消せるかもしれない。


 けれど。


 どこまでが首輪で、どこからがセルマの身体なのか。


 今のアルフレッドには、はっきりと区別できない。


「今は、できません」


 悔しさを飲み込み、そう答えた。


「やろうとしたら、セルマまで傷つけるかもしれない」


「それでいい」


 ガルドが頷いた。


「できねえと言えるのも、大事なことだ」


「……はい」


「ただ」


 アルフレッドは首輪の一部を指さす。


「ここだけ、すごくおかしいです」


「どこだ?」


「この赤く光ったところ」


 金属の輪に刻まれた、小さな文字。


 暗い赤色の光が、一定の間隔で明滅している。


「罰を与える術式ではありません」


 ノエルが目を凝らす。


「では何だ」


「おそらく……位置を知らせています」


 部屋の空気が冷えた。


「誰に」


「この首輪の所有者へ」


 ガルドは窓の外を見た。


 深い夜。


 王都へ続く古い街道。


「追手は、この娘が灰境へ着いたことを知ったかもしれねえな」


⸻


 治療は夜遅くまで続いた。


 傷を洗い。


 薬を塗り。


 包帯を巻き。


 少量の水と、薄い薬湯を飲ませる。


 セルマの熱は、まだ高い。


 呼吸も浅かった。


 それでも、治療を始めた頃よりは苦しそうな表情が和らいでいる。


「今夜が山だね」


 マルタが言った。


「目を覚ませば、少し安心できる」


「僕、ここにいます」


 アルフレッドが即答する。


「あんたも休まなきゃならないんだよ」


「寝ます」


「どこで」


「椅子で」


「それは寝るとは言わない」


「じゃあ床で」


「そういう問題じゃないよ」


 マルタが呆れたように息を吐く。


 寝台はセルマへ譲られた。


 アルフレッドは隣の床へ毛布を敷き、そこへ横になる。


「本当に、ここで寝るのか」


 ガルドが尋ねた。


「うん」


「首輪の件もある。俺たちは見張りに出るぞ」


「分かりました」


「何かあったら、すぐ呼べ」


「はい」


「勝手にスキルを使うな」


「使いません」


「絶対だぞ」


「分かってます」


「さっきから返事が軽い」


「本当に使いません!」


「ならいい」


 ガルドたちが部屋を出ていく。


 マルタはしばらくセルマの様子を見ていたが、薬の準備をするため奥の部屋へ移った。


 室内が静かになる。


 小さな蝋燭の炎。


 外から聞こえる虫の声。


 セルマの浅い呼吸。


 アルフレッドは床へ横になったまま、寝台の少女を見上げた。


「来てくれたんだね」


 返事はない。


「ちゃんと待ってたよ」


 街道へ向けていた視線。


 落ちていた白い布。


 煙を見上げながら、何度も考えた。


 もしかすると、もう会えないのではないかと。


「でも、少し遅いよ」


 アルフレッドは小さく笑った。


「僕の方が先に着いちゃった」


 セルマの指が、わずかに動いた。


 アルフレッドは身体を起こす。


「セルマ?」


 少女の唇が震える。


 声にはならない。


 アルフレッドは寝台のそばへ近づいた。


「水?」


 セルマの右目が、ゆっくりと開く。


 焦点が合っていない。


 ぼんやりと天井を見つめ、次にアルフレッドの姿を捉えた。


「……アル……フレッド、様」


「うん」


「ここは……」


「灰境だよ」


 セルマの目が、わずかに見開かれる。


「着いたんだ」


「……はい」


「約束、守ってくれたんだね」


 少女の目尻から、一筋の涙が流れた。


「遅く……なりました」


「本当だよ」


 アルフレッドは笑おうとした。


 けれど、うまくできなかった。


「でも、もう大丈夫」


 セルマの左手へ、そっと自分の手を重ねる。


「ここが僕たちの家になるんだ」


「家……」


「うん」


 セルマの唇が、ほんの少しだけ緩んだ。


「アルフレッド様……」


「なに?」


「お待たせ……しました」


 その言葉を最後に、少女は再び目を閉じた。


「セルマ?」


「眠っただけだよ」


 いつの間にか戻っていたマルタが、背後から答えた。


「さっきより呼吸も落ち着いてる」


「助かりますか?」


「この娘自身が、生きることを諦めなければね」


 アルフレッドは重ねた手を離さなかった。


「大丈夫です」


「どうして分かるんだい」


「ここまで来たから」


 誰にも頼れず。


 一人で歩き続け。


 傷だらけになっても。


 約束した場所まで辿り着いた。


「セルマは、すごく強い人です」


 マルタは寝台の少女を見つめた。


 しばらくして、小さく頷く。


「そうかもしれないね」


⸻


 家の外。


 ガルドは暗い街道を見つめていた。


 隣ではノエルが、セルマの首輪について帳面へ書き込んでいる。


「位置を知らせる術式は、いつ発動した」


「おそらく、逃走した時点からです」


「なら追手は、ずっとこの娘を追えていたはずだ」


「はい」


「それなのに、十一日も捕まらなかった」


「セルマ殿が街道を避け、森を進んだからでは」


「それだけじゃねえ」


 ガルドは西の暗闇へ目を向ける。


「追手は急いでいなかったのかもしれん」


「どういう意味です?」


「逃げた奴隷を捕まえるだけなら、もっと早く動く」


「では」


「あの娘を追っている連中の目的が、ほかにある可能性がある」


 ノエルの表情が強張る。


「アルフレッド様?」


「灰境まで逃げさせて、居場所を探らせた」


「まさか」


「考えすぎなら、それでいい」


 ガルドは腰の剣へ手を置いた。


「だが、明日から見張りを増やす」


「開拓隊は、物資を引き渡せば帰還する予定です」


「予定は変わることもある」


「王国開拓局へは、何と報告を?」


「新領主が到着直後に倒れ、魔物の群れが村を襲い、逃亡奴隷が転がり込んできた」


 ガルドは鼻を鳴らした。


「正直に書けば、調査だけで三日は掛かるだろ」


「それは報告書を遅らせる理由になりません」


「じゃあ、丁寧に書け」


「何枚になりますかね……」


「百枚でも書いてろ」


 ガルドは街道の先へ目を凝らした。


 闇の向こうに、人影はない。


 馬の音も聞こえない。


 だが。


 誰かが来る。


 そんな予感だけが、消えずに残っていた。


 村の家の中では。


 ようやく約束の場所へ辿り着いた二人が、互いの手を重ねたまま眠っている。


 そして、セルマの首輪に刻まれた赤い文字は。


 夜の中で。


 今も静かに明滅を続けていた。


⸻


第14話 約束の場所 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。