EP 9
鋼鉄の防壁と、三人の乾杯
ゼニール商会を撃退した翌朝。
ポポロ村の広場に、村長であるキャルル、自警団リーダーのフェイト、そして現場監督こと赤城鷹人の三人が集まっていた。
「ゼニールの小太り野郎、あのまま泣き寝入りするタマじゃねえぞ。最後に『恐ろしいパトロン』がどうとか喚いてやがったからな」
鷹人はゴールデンバットの煙を細く吐き出しながら、村を囲む木造の柵を指差した。
「今のこの村の防衛設備は、ただの木と石の寄せ集めだ。大勢のならず者や、強力な魔獣の大群に押し込まれたら一晩で抜かれる。……本格的な報復が来る前に、村の周りに『防壁』を築く」
「防壁って……鷹人、村を囲む壁を新しく作るなんて、普通なら何ヶ月もかかる大工事よ? 予算も人手も足りないわ」
キャルルがウサギの耳を不安げに垂らす。
「それに、石を切り出すだけでも一苦労だぜ? 俺のコイントスで毎日当たりを引き続けたとしても、過労死しちまう」
フェイトがやれやれと肩をすくめた。
「誰が石なんか積むって言った。地球のやり方で、今日中に終わらせるぞ」
鷹人はニヤリと笑うと、脳内のインターフェースを開いた。
先日までのパトロールや、悪徳商人撃退で貯まった【スクラップPt】を一気に解放する。
(カテゴリー:産業廃棄物。倒産した鉄骨メーカーのスクラップ材、全部持ってこい!)
――【廃品召喚:H鋼・鉄骨・特殊合金プレートのスクラップの山】
ズドォォォォンッ!!
広場の空き地に、巨大な鉄の山が出現した。赤錆が浮いているものもあるが、どれも分厚く、頑丈な地球の建築資材である。ファンタジー世界の住人からすれば、未知の超合金の塊に他ならない。
「なっ……なんだこれ!? 鉄の柱が、山ほど……!」
「驚いてる暇はねえぞ。フェイト、お前は資材の『加工』だ。寸法は地面に引いた線の通りにしろ。キャルル、お前は加工された鉄骨を村の外周に『運搬』だ」
「えっ、わ、私が運ぶの!?」
「お前らのそのふざけた身体能力、実戦以外で使わねえのは現場の損失だ。俺は溶接と基礎をやる。……行くぞ、オラッ!!」
鷹人の号令と共に、ポポロ村防壁建設という名の、異常な突貫工事が幕を開けた。
「クソッ、A級冒険者の俺が、なんで鉄切りのノコギリ代わりに……!」
フェイトが悪態をつきながらも、闘気を纏わせたミスリルソードを振るう。
キィィィンッ!
魔法金属であるミスリルとA級の剣技は、分厚いH鋼をバターのように滑らかに、しかも鷹人が指定したミリ単位の正確さで切断していく。
「フェイト、切り終わったわね! じゃあ運ぶわよ!」
「うおっ、村長、速ぇ!?」
キャルルが特注の安全靴で地面を蹴る。
月兎族の恐るべき脚力と筋力。彼女は、成人男性十人がかりでも持ち上がらない鉄骨を軽々と肩に担ぎ上げると、100メートル5秒台という猛スピードで村の外周へと走っていく。土煙を上げながら、次々と指定ポイントに資材が配置されていった。
「よし、上出来だ。あとは俺の仕事だ」
鷹人は呼び出した『エンジン式ポータブル溶接機』を起動し、顔に黒い溶接マスクを被った。
バチバチバチッ!!
青白い閃光と火花が散り、オゾンの焦げたような匂いが立ち込める。
フェイトが切り出し、キャルルが運んだ鉄骨を、鷹人が完璧な技術で組み上げ、溶接していく。
三人の能力が、まるで精密なパズルのように完璧に噛み合っていた。魔法使いもゴーレムもいない。だが、それぞれの特化規格外のスキルを『建築』に全振りした結果、ポポロ村の周囲には、瞬く間に強固な鋼鉄の壁が立ち上がり始めていた。
* * *
昼過ぎ。
鷹人が防壁の基礎となる溝を掘るために、再び召喚したユンボで土を掘り返していた時のことだ。
ガキッ。
バケットが、またしても硬い『何か』に当たった。
鷹人はユンボのエンジンを弱め、運転席から身を乗り出して土の底を覗き込んだ。
そこにあったのは、先日、水路の土砂崩れ現場で見つけたものと全く同じ、不気味な紋様が刻まれた『黒い装甲の破片』だった。しかも、今回は破片ではなく、地中深くまで続く巨大な構造物の一部のように見える。
(……またか。間違いない。この村の地下には、とんでもねえ『バケモノ』の遺跡か何かが埋まってる)
鷹人は目を細め、タバコの煙を吐き出した。
ゼニールが言っていた『恐ろしいパトロン』。もし小悪党の商人が、嫌がらせのつもりでこの地下の『何か』に手を出したり、あるいは逆に利用されたりしたら……。
鷹人は嫌な予感を胸の奥にしまい込み、掘り返した装甲片を素早く土で隠して見えなくした。
無闇に村人を不安がらせるわけにはいかない。今はただ、目前の防壁を完成させることだけに集中する。
* * *
夕刻。
燃えるような夕日が、ポポロ村の西の空を赤く染め上げていた。
「「「おおおおおっ……!!」」」
広場に集まった村人たちから、感嘆のどよめきが上がる。
村の周囲をぐるりと囲むのは、高さ五メートルに及ぶ、黒光りする鋼鉄の防壁。地球の産業廃棄物をつなぎ合わせたとは思えないほど堅牢で、威圧感のある要塞の壁が、たった一日で完成したのだ。
「す、すごい……本当に、一日で壁ができちゃった……」
キャルルが、顔を煤だらけにしながら、自分の手と完成した壁を交互に見つめている。
「腕がパンパンだぜ……。俺のミスリルソードが、完全に大工道具になっちまった」
フェイトがボロ雑巾のように地面に座り込み、息を上げている。
「よくやった、お前ら」
鷹人は溶接マスクを外し、額の汗を拭いながら二人に歩み寄った。
「フェイトの精密な切断と、キャルルのバカみたいな運搬速度がなきゃ、俺一人じゃ一ヶ月かかっても終わらなかった。……最高の現場作業だったぜ」
鷹人のその言葉は、建前でも何でもない、現場監督としての心からの称賛だった。
彼一人で無双したわけではない。三人の力が合わさって初めて、この巨大な防壁は完成したのだ。
「た、鷹人……えへへ……」
キャルルは褒められたのが嬉しくてたまらないのか、ウサギの耳をパタパタさせながら、真っ赤な顔で鷹人の袖をギュッと掴んだ。
「フン。まぁ、たまにはこういう疲労も悪くねえか。コイントスの裏が出た時よりは健全だ」
フェイトも、疲れ切った顔の中に、どこか達成感のある笑みを浮かべていた。
「おい、お前ら。壁の上に登れ。完成祝い(打ち上げ)だ」
* * *
夜。
完成したばかりの鋼鉄の防壁の上。
夜風が吹き抜ける中、鷹人、キャルル、フェイトの三人は、星空を見上げながら並んで座っていた。
「ほらよ。タローソンで買ってきた『イモッカ』だ。冷えてるぞ」
鷹人が、度の強い芋焼酎とウォッカのハイブリッド酒のボトルを開け、二人のグラスに注ぐ。
「おっ、気が利くじゃねえか現場監督!」
フェイトが嬉しそうにグラスを受け取る。
「あ、私は少しだけね。月が出てるから、あんまり酔うとまた魔力が溢れちゃって、二人を骨折させてから全回復させたくなっちゃうから……♡」
「こええこと言ってんじゃねえよ暴走ウサギ。お前はジュースにしとけ」
「もう、子供扱いしないでよ!」
キャルルが唇を尖らせながらも、嬉しそうにグラスを掲げる。
眼下には、平和なポポロ村の灯りが暖かく瞬いている。この防壁があれば、ちょっとやそっとのならず者や魔獣の群れが来ても、村人たちは安心して眠ることができるだろう。
「……乾杯」
「乾杯!」
「お疲れさん!」
チンッ、と。
三つのグラスが星空の下で心地よい音を立ててぶつかり合った。
イモッカの強いアルコールが、疲れ切った体に染み渡っていく。鷹人は携帯灰皿を取り出し、今日最後のゴールデンバットに火を点けた。
「……なぁ、鷹人」
フェイトが、星空を見上げながらポツリとこぼした。
「俺、この村に来て、毎日サボってばかりだったけどよ。今日、自分から汗かいて働いてみて……ちょっとだけ、悪くねえなって思ったぜ。お前みたいな無茶苦茶な現場監督の下なら、な」
「私もよ」
キャルルが、鷹人の肩にコテンと頭を乗せた。
「王宮にいた時は、誰かのために自分の力を使うのが義務みたいで息苦しかった。でも……鷹人と一緒に、この村を守るために汗を流すのは……すごく、幸せ」
二人の素直な言葉に、鷹人はタバコの煙を夜空に長く吐き出した。
理不尽な神のくしゃみで飛ばされた異世界。最初は、どうやって生き延びるかだけを考えていた。
だが、気づけばここには、背中を預けられる『仲間』がいる。守るべき『現場』がある。
「……俺たち、結構良いチームじゃねえか」
鷹人の飾らない一言に、フェイトがニヤリと笑い、キャルルが嬉しそうに目を細めた。
鋼鉄の壁の上で、三人の笑い声が夜風に溶けていく。
彼らの絆は、確かなものとして結実していた。
だが――嵐の前の静けさは、いつか必ず破られる。
村の地下深くで、いにしえの『死蟲』の歯車が、最悪の目覚めに向けて静かに駆動音を立て始めていることに、まだ三人は気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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