EP 8
小悪党の来訪と、鳴り響くメガホン
ポポロ村の昼下がり。
村の広場に、招かれざる客たちが土足で踏み込んでいた。
ケバケバしい絹の服を着込み、指にじゃらじゃらと金成金趣味の指輪をはめた小太りの男――ルナミス帝国を拠点とする中堅商会の主、ゼニールである。
彼の背後には、顔に傷のある傭兵やならず者たちが、十数人も剣や棍棒を構えて薄ら笑いを浮かべていた。
「さぁて、キャルル村長。返事を聞かせてもらおうか。この村で作られる『ポポロシガー』の独占販売権を、我がゼニール商会に譲渡すると」
ゼニールは、広場に集められた村人たちをねっとりとした視線で舐め回しながら、キャルルに向かって契約書を突きつけた。
「……お断りします。ポポロシガーは、村の皆が丹精込めて育てた大切な品です。特定の商会に買い叩かれるような真似は、村長として絶対に認められません」
キャルルは、ウサギの耳をピンと立て、毅然とした態度で跳ね除けた。
だが、ゼニールは下劣な笑みを深めるだけだ。
「はっはっは! 威勢がいいねぇ、元王女殿下。だがね、俺たち商人は『ノー』という言葉が一番嫌いなんだよ」
ゼニールが指を鳴らすと、ならず者の一人が、広場の隅で怯えていた村人の子供の首根っこを乱暴に掴み上げた。
「ひっ……!」
「おいおい、手荒な真似はするなよ? だけど、もし村長がいい返事をしてくれないなら、夜中に村の畑に火がついたり、可愛い子供が急に『神隠し』に遭ったりするかもしれないなぁ。ああ、怖い怖い」
明確な、卑劣極まりない脅迫だった。
村人を盾に取られ、キャルルはギリッと唇を噛み締めた。腰のダブルトンファーに手が伸びるが、相手は十数人。しかも、村人たちの近くに散開しており、一気に制圧するのは困難だ。
隣に立つ自警団リーダーのフェイトも、ミスリルソードの柄に手をかけてはいるが、舌打ちをして動けずにいた。
「チッ……腐れ外道が。俺の剣より早く、村人に手を出されたら面倒だぜ」
ゼニールは勝利を確信し、下品な腹を揺らして笑った。
「さぁ、賢明な判断を――」
「おい、小太り。そこのガキから手を離せ。現場に部外者が立ち入る時は、ヘルメット着用が義務付けられてんだよ」
突如、ならず者たちの背後から、低く、ドスの効いた声が響いた。
群衆が道を開け、薄汚れた作業着姿の男がゆっくりと歩み出てくる。
口にゴールデンバットを咥え、無精髭をうっすらと生やした赤城鷹人だった。
「……あァ? なんだテメェは。小汚い農民が、俺に意見しようってのか?」
ゼニールが顔をしかめる。
「たか、と……ダメよ、彼ら、村人たちを人質に……!」
キャルルが悲痛な声を上げるが、鷹人はタバコの煙をふぅっと吐き出し、全く焦る様子を見せない。
「暴走ウサギ、落ち着け。こういうチンピラ崩れを相手にする時に、真正面から殴り合うのは三流の現場監督だ」
「なに?」
「力で押してくる奴にはな、暴力よりも効く『社会的抹殺』ってやつを教えてやるのが、地球の流儀だ」
鷹人は100円ライターをポケットにしまうと、脳内のインターフェースを開き、【スクラップPt】を消費した。
(カテゴリー:イベント・選挙用廃棄物。音割れ上等の、ド派手なヤツを頼むぜ)
――【廃品召喚:巨大スピーカーアンプセット & ワイヤレスマイク】
ドンッ!!
突如として、鷹人の両脇に、人間の背丈ほどもある真っ黒で巨大な箱――地球の野外フェスや選挙カーで使われる、大出力の廃品スピーカーが二台現れた。
さらに、鷹人の手の中には、黒いワイヤレスマイクが握られている。
「な、なんだアレは!? 黒い箱……魔導具か!?」
ゼニールやならず者たちが、未知の物体に警戒して一歩後ずさる。
鷹人はマイクの電源スイッチをカチッと入れ、ポンポンとマイクの頭を叩いた。
『あー、あー。マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり』
ビィィィィンッ!!
マイクを通した鷹人の声が、巨大スピーカーによって何十倍にも増幅され、爆音となって広場中に轟き渡った。
「「「ぎゃああああっ!?」」」
鼓膜を破らんばかりの凄まじい大音量に、ゼニールもならず者たちも、思わず武器を落として両手で耳を塞いだ。村の子供を掴んでいた男も、驚愕のあまり手を放して尻餅をつく。
「よし、フェイト。キャルル」
鷹人はマイクを切り、素早く二人に目配せした。村人が解放された、この一瞬の隙。それこそが鷹人の狙いだった。
「了解だぜ、現場監督!」
「行くわよフェイト!」
フェイトの姿がブレた。
A級冒険者の神速の踏み込み。抜剣されたミスリルソードの『峰』が、スピーカーの爆音で平衡感覚を失っているならず者たちの後頭部を、次々と正確に打ち据えていく。
「ガハッ!」「グベッ!」
血を流す暇すら与えず、男たちが次々と白目を剥いて倒れ伏す。
「……私の村の子供に、よくも怖い思いをさせたわねッ!!」
反対側からは、特注の安全靴を履いたキャルルが猛スピードで突進していた。
彼女は腰のダブルトンファーを抜き放ち、残りのならず者たちの膝の裏や腹部といった急所へ、情け容赦ない打撃の雨を降らせる。
「ヒィィッ! う、ウサギがぁぁ!」
月影流の格闘術の前に、チンピラ用心棒など赤子同然だった。
ほんの数十秒の間に、ゼニールが雇った十数人のならず者たちは、一人残らず広場の土を舐めていた。
「ば、バカな……! 俺の用心棒たちが……!」
一人残されたゼニールが、ガチガチと歯を鳴らしながら後ずさる。
「おい、小太り。まだ仕事は終わってねえぞ」
鷹人が再びマイクのスイッチを入れた。
そして、スピーカーのボリュームのツマミを、限界までひねり回す。
『――ポポロ村の近隣諸国、ならびにルナミス帝国軍駐屯地の皆様へお知らせします』
ドゴォォォォンッ!! と、空気が震えるほどの超大音量のアナウンスが、ポポロ村だけでなく、近隣の森や、国境付近の緩衝地帯にまで響き渡った。
『ゼニール商会のゼニール氏が、ポポロ村の特産品を独占するため、村人を人質に取り、畑に火を放つという卑劣な脅迫を行いました! 繰り返します! ゼニール商会は、皆様の愛するポポロシガーの生産地を、力で焼き払おうとしています!!』
「な、なにを……!? や、やめろぉぉぉっ!!」
ゼニールが真っ青になって絶叫するが、スピーカーの爆音の前では蚊の鳴くような声だった。
ポポロシガーは、ルナミス帝国軍の将校や、アバロン魔皇国の貴族たちも愛飲する最高級の嗜好品である。
それを「力で独占し、畑を焼こうとした」という情報が周辺諸国に広まればどうなるか。ゼニール商会は、三カ国の権力者たち全員を敵に回すことになる。まさに、商人としての完全な『社会的抹殺』であった。
『……あー、なお、証拠の音声もしっかり録音してある。言い逃れはできねえぞ』
鷹人はハッタリ(実際には録音機能などない)をかまし、マイクの電源を切った。
「お、おのれぇぇぇっ……! 貴様ら、このまま済むと思うなよ! 俺の背後には、もっと恐ろしいパトロンがいるんだ! 覚えてろぉぉぉっ!!」
完全に心が折れ、社会的にも終わったゼニールは、失禁でズボンを濡らしながら、雇った用心棒たちを見捨てて、広場から森の方へと泣き叫びながら逃亡していった。
「……あーあ。逃げ足だけは一丁前だな」
鷹人がタバコをふかしていると、制圧を終えたフェイトが肩をすくめて戻ってきた。
「お前なぁ、あんなハッタリのデカい声出したら、俺の耳までキンキンになっちまったじゃねえか。悪知恵働くにも程があるぜ」
「バカ言え。誰も死なず、村の畑も傷つかず、小悪党を社会的に抹殺できた。現場の損害保険としては百点満点だろ」
そこへ、キャルルが小走りで駆け寄ってきた。
「鷹人……! フェイトも、ありがとう! おかげで誰も怪我しないで済んだわ!」
ウサギの耳をパタパタと揺らし、弾けるような笑顔を向けるキャルル。
「村長のくせに、簡単に人質なんか取られんじゃねえぞ。……まぁ、よく我慢したな」
鷹人はそう言って、キャルルの頭をワシワシと少し強めに撫でた。
「あうっ……えへへ……」
顔を真っ赤にして大人しく撫でられるキャルルを見て、広場に集まっていた村人たちから、ワッという安堵と歓喜の歓声が上がった。
「すげえぞ、鷹人さん!」
「俺たちの村長と自警団は世界一だ!!」
「ゼニールの間抜け面、最高だったぜ!」
拍手喝采の中、鷹人は「うるせえ、仕事に戻れ」と照れ隠しのように手をヒラヒラと振った。
だが、その心の中には、僅かな引っかかりが残っていた。
(……ゼニールの野郎、最後に『恐ろしいパトロン』って言ってたな。ただの負け惜しみならいいが……)
あの小物商人が、これだけで大人しく引き下がるとは思えない。
鷹人は、先日水路の土砂崩れ現場で見つけた『黒い装甲片』のことを思い出しながら、ポケットの100円ライターをカチリと鳴らした。
村の困りごとは解決した。
しかし、その平和な日常の裏側で、彼らの知らぬ間に、破滅の足音は確実にポポロ村へと近づきつつあった。
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