EP 7
ルナキン・モーニング・セッション
カランコローン。
軽快な入店ベルの音が響く。
ルナミス帝国発祥の24時間営業ファミリーレストラン、『ルナミスキング』――通称『ルナキン』。
そのポポロ支店の店内には、朝から香ばしいコーヒーの香りと、何かを豪快に焼く暴力的な匂いが漂っていた。
「ほら鷹人、お水のおかわり持ってきたわよ! あと、このニンニクの皮、私が剥いてあげましょうか? 火傷したら大変だもの!」
「いや、水はドリンクバーで自分で汲むし、ニンニクは皮ごと炙るから美味いんだよ。お前は自分のメシを食え、暴走ウサギ」
ボックス席の片側。
薄汚れた作業着姿の鷹人は、テーブルにドンと置かれた『ニンニク山盛りスタミナ定食』を前に、100円ライターで追加の生ニンニクをチリチリと炙りながら、隣でウサギの耳をパタパタさせて世話を焼こうとするキャルルをあしらっていた。
教会の特使を追い払ったあの日から、キャルルの鷹人に対する好感度(というか依存度)は、明らかにメーターを振り切っていた。
今も彼女のテーブルには、可愛らしい『人参サラダとトーストのセット』が置かれているのに、彼女の視線は鷹人の無精髭の生えた横顔に釘付けである。
「だってぇ……鷹人、昨日も夜遅くまで防壁の資材の確認(段取り)してて、疲れてるでしょ? 私の『月光薬』、一滴だけコーヒーに垂らそうか? 疲れなんて一瞬で吹き飛んで、三日間は不眠不休で働けるわよ♡」
「ヤバいクスリの売人みたいなこと言ってんじゃねえ。俺の体力はニンニクで十分だ。あと、近い」
「えへへ……」
ピトッ、と鷹人のたくましい二の腕に頬をすり寄せるキャルル。村の住人が見たら、あのヤンデレ村長が男に甘えているという奇跡の光景に、目をひん剥いて気絶するレベルである。
そんな、どこか微笑ましくもカオスな朝のセッションが繰り広げられていた、その時。
カラン、コローン……。
力なく入店ベルが鳴り、一人の男がフラフラと店に這い入ってきた。
金髪の髪はボサボサ。最高級のミスリルアーマーをだらしなく着崩し、目の下には深い隈ができている。
ポポロ村自警団リーダーにしてA級冒険者、フェイト・ラックである。
「う……うおぇ……あたま、痛ぇ……」
「遅えぞ、パチンカス。朝のパトロールのシフトは一時間前に始まってんだろ」
鷹人が呆れたように声をかけると、フェイトは幽鬼のような足取りで鷹人たちの向かいの席に崩れ落ちた。
彼から漂うのは、強烈な『イモッカ(芋酒とウォッカのハイブリッド酒)』のアルコール臭だった。
「わ、わりぃ鷹人……実はな、俺、今日はどうしてもパトロール休まねえといけなくなったんだ」
「ほう。理由は?」
「……俺の、祖母ちゃんの葬式があるんだよ。急にポックリ逝っちまってよ……悲しくて、涙で前が見えねえんだ……」
フェイトがわざとらしく目頭を押さえる。
だが、鷹人は表情一つ変えず、炙っていたニンニクを口に放り込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「フェイト。お前がこの村に来てから三ヶ月。お前の『祖母ちゃんの葬式』は、先週と先々週にもあったな。これで五回目だ。お前の親はどんだけ複雑な家系なんだよ。増殖でもすんのか」
「ゲッ」
「それに、昨日の夜、ルナミス新聞の『魔獣コロシアム』の予想欄を握りしめながら、酒場でイモッカをラッパ飲みしてたのを見たって、タローマートの親父が言ってたぞ。……単純に、スッテンテンに負けてヤケ酒飲んで、二日酔いになっただけだろ」
鷹人の完璧な理詰めの論破に、フェイトはグゥの音も出ない。
図星を突かれた彼は、冷や汗を流しながら、慌てて腰のポーチから一枚の銀貨を取り出した。
「い、いや! 違うんだ! これは神の思し召しなんだよ! ほら、俺のユニークスキル【コイントス】で決める! 裏が出たら俺は本当に重病なんだ!」
フェイトが親指でコインを弾き飛ばす。
チャリン、と空中で回転する銀貨。
パシッ、と手の甲で受け止め、恐る恐る手を開くフェイト。
「……あ。裏だ」
フェイトの顔に、途端にわざとらしい疲労感が浮かび上がる。
「あー……ダメだ、コイントスが裏を出したせいで、全身の力が抜けていく……俺は、もうダメかもしれない……鷹人、キャルル、後を頼む……おやすみ……」
そう言って、フェイトはファミレスのテーブルに突っ伏し、本当にイビキをかいて眠り始めようとした。
「……チッ。クソの役にも立たねえな、この給料泥棒」
鷹人が呆れてため息をついた、次の瞬間だった。
「――フェイト!!」
バンッ!! と、テーブルが真っ二つに割れんばかりの勢いで両手が叩きつけられた。
先ほどまで鷹人の腕でデレデレと溶けていたキャルルが、目を見開き、ウサギの耳をピンと逆立てて立ち上がっていた。
その顔には、狂気にも似た『慈愛』が浮かんでいる。
「た、大変!! フェイトが重病なのね!? 顔色も真っ青で、お酒の臭いもする! これは間違いなく、内臓疾患と魔力枯渇の併発よ!!」
「えっ、いや、キャルル? 俺はただの二日酔いで――」
「我慢しないで!! この村長が、全身全霊をもって全回復させてあげるからッ!!」
ゴゴゴゴゴ……と、キャルルの全身から恐るべき圧が立ち上る。
彼女は腰からダブルトンファーを抜き放つと、テーブルを飛び越えてフェイトの胸ぐらを掴み上げた。
「ヒィィッ!? 待て、村長! なんでトンファー持ってんだよ!!」
「大丈夫よフェイト! まずは『月影流・骨格矯正』で、凝り固まった背骨と肋骨を物理的に一度バラバラにしてから、特濃の月光薬を流し込んで強制再結合させるから! 一瞬の痛みの後に、極上の健康体が待ってるわ!!」
「ギャアアアアアッ!! それは治療じゃねえ!! 解体作業だ!!」
本気の殺意(という名の治癒)を感じ取ったフェイトは、二日酔いも吹き飛ぶ勢いで目を覚まし、A級冒険者の身のこなしでファミレスの店内を逃げ回り始めた。
「待ちなさいフェイト! あなたの健康は村の健康よ!! 大人しくその足の骨を砕かれなさい!!」
「来るなバケモノォォォッ!! 鷹人! 助けてくれ鷹人ォォッ!!」
ガシャーン! バリィィン!!
ルナキンの店内で、特注安全靴の回し蹴りが空を切り、空のジョッキが吹き飛び、ミスリルアーマーの男が半泣きで床を転がる。
朝っぱらからの大立ち回りに、他の客たちは「また自警団の朝練か」と慣れた様子でコーヒーを飲んでいる。
「……はぁ」
鷹人は一人ボックス席に残り、大騒ぎする二人を横目に、新しく剥いたニンニクを100円ライターで炙り始めた。
呆れてはいるが、その口元はわずかに緩んでいる。
「おい、暴走ウサギ。他所の現場(店)の備品壊したら、弁償はお前のポケットマネーからだからな。……フェイト、逃げ回る元気があるなら、今日のパトロールは三倍の範囲回れよ」
「鬼ィィッ!! どっちも鬼だこの村のツートップゥゥ!!」
フェイトの悲鳴と、キャルルの「全回復させてあげるわぁ!」という愛に満ちた絶叫が交差する。
こんなカオスで騒がしい朝が、ポポロ村の日常だ。
理不尽な異世界で、ただの元自衛官だった鷹人が見つけた、やかましくて、面倒くさくて、けれど決して悪くない『帰るべき現場』。
鷹人は、炙り終わったホクホクのニンニクを口に放り込み、ドリンクバーのメロンソーダで流し込んだ。
「……まぁ、悪くねえか」
ゴールデンバットに火をつけ、紫煙を吐き出す。
いつまでも見ていたくなるような、このどうしようもなく凸凹な三人の日常が、この後訪れる『巨大な理不尽』によって脅かされることなど、今はまだ誰も知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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