表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/22

EP 5

ギャンブラーの矜持と、戦場の機転

 ポポロ村の外周を取り囲む深い森。その中を、二人の男が歩いていた。

 一人は、全身から太陽の光を反射させる眩しいミスリルアーマーを纏ったフェイト。

 もう一人は、薄汚れた作業着姿で、口に『ゴールデンバット』を咥えた鷹人である。

 キャルルは村の行政処理(という名目の、鷹人への手作り弁当の準備)で忙しいため、今日はこの二人で定期パトロールに出ているのだ。

「あー、ダルい。なんでA級冒険者の俺が、こんな森の中で雑用みたいな見回りしなきゃなんねえんだよ」

 フェイトが頭の後ろで手を組みながら、不満げにぼやく。

「給料もらってんだろ。文句言う暇があったら足元気をつけろ。こういう足場の悪い現場(森)は、ちょっとした油断が命取りになる」

 鷹人は携帯灰皿に灰を落としながら、周囲の植生や獣道の痕跡をプロの目で油断なく観察していた。

「お前なぁ、堅苦しいんだよ。もっと人生を気楽に、ギャンブルみたいに楽しめって。どうせなるようにしかならねえんだからさ」

「現場をギャンブル感覚で歩く奴から死んでいくんだよ。俺はそういう馬鹿を嫌ってほど見てきた」

 鷹人の冷たい声に、フェイトが肩をすくめようとした、その時だった。

 ズゥゥンッ……!!

 二人の前方、鬱蒼と茂る木々がなぎ倒され、猛烈な熱波が森の空気を焦がした。

 現れたのは、体長四メートルを優に超える巨大な熊型の魔獣だった。赤黒い体毛の隙間からマグマのような炎が漏れ出しており、息を吐くたびに周囲の草が燃え上がる。

 ポポロ村近海では滅多に見ない中ボス級の魔獣、『紅蓮熊クリムゾン・ベア』だ。

「ゲッ……マジかよ。なんでこんな森の浅いとこに、あんなヤバいのが出てくんだよ!」

 フェイトが露骨に顔を引きつらせる。

「おい、パチンカス。お前のA級の剣でパパッと終わらせられるか?」

「バカ言え、アレは討伐に金貨三十枚は下らない中ボスだぞ。……まぁ、俺の『運』が良けりゃ、一瞬で終わるがな」

 フェイトはニヤリと笑うと、腰のポーチから一枚の銀貨を取り出した。

 親指でピンッ、と空高く弾き飛ばす。ユニークスキル【コイントス】の発動だ。

 空中で回転するコイン。紅蓮熊が二人に気づき、炎を纏いながら恐ろしい咆哮を上げて突進してくる。

 パシッ。

 フェイトが手の甲にコインを落とし、確認する。

「……あ」

 フェイトの口から、間の抜けた声が漏れた。

 手の甲に乗っていたのは、紛れもない『裏』。能力が倍化するどころか、極度の疲労に襲われ強制的に昏倒する、大ハズレの目だった。

「わ、わりぃ鷹人。俺、急に眠気が……おやすみ……」

「は……? おい、待て! ふざけんな!」

 ドサッ。

 フェイトはミスリルアーマーをガチャつかせながら、迫り来る魔獣の目の前で、本当に大の字になって爆睡し始めた。

「……チッ。世話が焼ける現場だぜ」

 鷹人は舌打ちし、咥えていたタバコを地面に吐き捨てて安全靴で踏み消した。

 一人なら逃げ切れる。だが、足元には寝こけている相棒がいる。

 仲間を見捨てて逃げるような男なら、鷹人はとうの昔に自衛隊を辞めているし、一人で世界を放浪などしていない。

「来いよ、デカブツ。少し遊んでやる」

 鷹人は脳内のインターフェースを開き、これまで貯めてきた【スクラップPt】を消費した。

 ――【廃品召喚:有刺鉄線(産業廃棄物)×5ロール】

 ガチャンッ! という鈍い音と共に、地球のスクラップ工場で廃棄された、錆びついた凶悪なトゲを持つ鉄線が大量に現れる。

 鷹人は猛スピードでそのロールを蹴り転がし、周囲の太い木々に八の字に巻きつけていく。即席のバリケードだ。

 グォォォォッ!!

 紅蓮熊が炎を纏った前足を振り下ろす。鷹人は間一髪で後ろへ跳んで躱すが、掠めた熱風だけで作業着の一部が焦げた。

 そのまま突進してきた魔獣の巨体が、鷹人が張った有刺鉄線に激突する。

 ギギギギィィッ!

 強靭な地球の鋼鉄線が、魔獣の毛皮に食い込み、その突進力を強引に殺す。

「グガァッ!?」

 予想外の拘束に、紅蓮熊が苛立ちの咆哮を上げる。だが、相手は中ボスだ。炎の熱で有刺鉄線が真っ赤に焼け焦げ、徐々に千切れかけていく。

(……パワーも熱も桁違いか。正面から殴り合えば、一秒で俺の骨が消し飛ぶな)

 鷹人は冷静に戦況を分析しながら、新たにヤクザの押収品カテゴリーから『鉄パイプ』を召喚した。

 魔法も闘気もない鷹人が、あの巨獣を倒す決定打はない。だが、時間を稼ぎ、相棒を叩き起こすことはできる。

「おい、いつまで寝てやがる!! 起きろ、パチンカス!!」

 鷹人は鉄パイプを両手で構え、有刺鉄線を引きちぎろうとする紅蓮熊の顔面に、フルスイングの一撃を叩き込んだ。

 ガァンッ!!

 鈍い音が響くが、熊は僅かに顔を背けただけだ。逆に、その反動で鉄パイプがひしゃげ、鷹人の手が痺れる。

「ガァァァァッ!!」

 激怒した紅蓮熊が、ちぎれた有刺鉄線ごと右腕を薙ぎ払う。

「くっ!」

 鷹人は咄嗟に左腕の金属製腕時計でガードするが、圧倒的な質量に弾き飛ばされ、地面を数メートル転がった。

 口の端から血が流れる。肋骨にヒビが入ったかもしれない。

 ――ズシン、ズシン。

 紅蓮熊が、倒れた鷹人にトドメを刺そうと、炎を滴らせながらゆっくりと近づいてくる。

 その巨体の横には、未だにイビキをかいて眠るフェイトがいた。

「……ぐ……」

 鷹人が痛みを堪えて立ち上がろうとした、その時。

『……ギャンブル感覚で歩く奴から死んでいくんだよ』

 先ほどの鷹人の言葉が、深い微睡みの中にいたフェイトの脳裏にリフレインした。

(……あぁ、そうかよ)

 フェイトは薄く目を開けた。

 視界に映ったのは、自分を置いて逃げることもできたはずなのに、血を流しながら自分と魔獣の間に立ち塞がろうとしている、不器用な男の背中だった。

(……俺は、コイントスで逃げてただけだ。自分の命にも、他人の命にも、責任を持つのが怖かったから……運のせいにして、サボってただけなんだ)

 フェイトは、ゆっくりと立ち上がった。

 ユニークスキル【コイントス】による倍化のオーラはない。ただの、彼自身の素の力だけだ。

「……おい、ヤニカス兄ちゃん」

「あ?」

 鷹人が背後を振り返ると、そこには、いつものふざけた態度は微塵もなく、静かに双剣を抜いたA級冒険者が立っていた。

「俺の負けだ。……現場の責任ってやつを、見せてやるよ」

 フェイトの全身から、凄まじい密度の闘気が立ち上った。

 スキルの倍化などなくても、彼は血の滲むような修練を積んでA級まで上り詰めた本物の天才剣士なのだ。

「遅えよ、バカ野郎」

 鷹人は口の血を拭い、ニヤリと笑った。

「足の筋に、鉄線が食い込んでる。右の踏み込みが甘くなってるはずだ。……そこを狙え」

了解ラジャーだ、現場監督」

 グォォォォッ!!

 紅蓮熊が鷹人に向かって最後の突進を仕掛ける。

 鷹人は逃げない。熊の顔面にめがけて、手にした100円ライターを力一杯投げつけた。

 カチッ。

 魔獣の炎にライターが引火し、顔の目の前で小さな爆発を起こす。

「ガウッ!?」

 紅蓮熊が思わず目を瞑り、足が止まった。

 右足に食い込んだ有刺鉄線が、その巨体のバランスをわずかに崩す。

 ――その、コンマ数秒の絶対的な隙。

「――『双連・閃』!!」

 音を置き去りにした銀色の暴風が、紅蓮熊の巨体を駆け抜けた。

 フェイトの双剣が、魔獣の装甲の隙間、最も柔らかい喉元から心臓にかけてを、完璧な十字に斬り裂いていた。

 ドォォォォンッ……!!

 断末魔を上げる暇もなく、中ボス級の魔獣は血しぶきを上げながら地に伏し、絶命した。

「……ふぅ」

 フェイトは剣の血糊を払い、カチャリと鞘に収めた。

 スキルによるチート抜きで中ボスを仕留めた彼は、肩で息をしながら、鷹人の方を振り返った。

「……どうだ。俺もやればできるだろ」

「ああ。上出来だ。お前の剣は、サイコロの目なんかで決めるには勿体ねえよ」

 鷹人はよろけながら立ち上がり、新しいゴールデンバットを口に咥えると、フェイトの方に箱を投げ渡した。

「……サンキュー」

 フェイトはタバコを一本抜き取ると、自ら鷹人に近づき、鷹人が点けたライターの火を分け合った。

 森の中に、二筋の紫煙が昇る。

 ギャンブルで責任から逃げていた剣士は、命を預ける仲間の重みを知った。

 地球の常識で戦っていた自衛官は、ファンタジー世界における命のやり取りのリズムを肌で理解した。

 背中を預け合うことのできる、本物の『相棒バディ』が誕生した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ